学位論文要旨



No 211982
著者(漢字) 鳥羽,誠
著者(英字)
著者(カナ) トバ,マコト
標題(和) 配位化学的ゾルゲル法による複合酸化物の調製と応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 211982
報告番号 乙11982
学位授与日 1994.11.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第11982号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 助教授 奥原,敏夫
内容要旨 1.

 複合酸化物は、各種反応の不均一系触媒や各種の材料など多くの用途をもち、その構造や物性は、原料、調製法、調製条件、および焼成の条件などによって変化する。このような多様な複合酸化物の構造や物性は、調製途中における原料から複合酸化物へと変化する際の加水分解や縮重合反応などの化学反応の違いによってもたらされると考えられる。

 筆者は複合酸化物調製に有機多座配位子を用いることにより、複数の原料の加水分解速度を平準化して均質な複合酸化物を得るとともに、有機多座配位子の構造を複合酸化物の物性に反映させることを試み、配位化学的ゾルゲル法による複合酸化物調製を行なった。配位化学的ゾルゲル法による複合酸化物調製法は、錯形成、加水分解、高分子化(ゲル化反応)の三段階からなる。この反応過程において多座配位子は金属元素との安定な錯体の形成による各成分の加水分解速度の平準化や、異種の金属原子同士が配位子を介して結合した架橋錯体の生成による同種の元素同士の凝集、結晶化の抑制などの効果により、均質度の高い複合酸化物を与えると考えられる。加えて有機多座配位子の構造を変化させることにより種々の物性を持った複合酸化物を調製しうる可能性もある。そこで本研究では、配位化学的ゾルゲル法と従来からの一般的な複合酸化物調製法である共沈法や混練法を比較して、複合酸化物の物性と調製法の関係を明らかにし、有機多座配位子による複合酸化物の物性制御を試みた。さらに配位化学的ゾルゲル法の応用として触媒担体用耐熱性アルミナ複合酸化物の調製および酸化鉄含有複合酸化物の構造制御について検討したので、以下報告する。

2.複合酸化物の物性に及ぼす調製法の影響

 配位化学的ゾルゲル法により複合酸化物を調製し、その均質度、酸性度および触媒活性について共沈法や混練法などの従来法との比較を行ない、物性に及ぼす調製法の影響について検討した。粉末X線回折や固体MAS-NMRスペクトル測定の結果、配位化学的ゾルゲル法複合酸化物は、従来法の試料に比べ特定の単独成分の結晶化が進行しにくく、互いの成分が細かく混じりあっており(図1)、ヘテロ金属酸素結合(M-O-M’)の生成度が高い(図2)ことがわかった。これらの結果は、配位化学的ゾルゲル法複合酸化物の均質度が、従来法の試料に比べて高いことを示している。M-O-M’結合の生成に依存するとされている複合酸化物の酸性度をアンモニアTPDで測定したところ、その酸量は、結晶化が起こらなかった系や組成では、配位化学的ゾルゲル法>共沈法>ヒドロゲル混練法となり、M-O-M’結合の生成度と酸量に比例関係が見られた。組成比が変化すると、ある元素から他の元素への置換による構造の変化が比表面積や細孔構造に反映すると考えられる。配位化学的ゾルゲル法複合酸化物の比表面積や細孔分布は、組成比に対して一義的に変化し、他の調製法に比べて組成比の変化を最もよく反映する調製法であることがわかった。ベンゼンのイソプロピル化反応では調製法による違いは転化率の高い複合酸化物触媒で顕著に見られ、反応初期の転化率は配位化学的ゾルゲル法>共沈法>ヒドロゲル混練法の順となり、この順は酸量の順と一致した。配位化学的ゾルゲル法は、高い均質性をもつ複合酸化物が得られるため、酸点のような各成分が互いに高分散に存在し、かつ、相互の結合を生成する必要があるような物性の創製に好ましい手法といえる。

図1 チタニア/シリカの粉末X線回折 / 図2 複合酸化物の29Si MAS-NMR A:ゾルゲル、B:共沈、C:ヒドロゲル混練、550℃、8時間焼成M/Si=1(M=Al,Ti)
3.有機多座配位子を用いる複合酸化物の物性制御

 錯体触媒に見られるように、金属原子のまわりに配位子を配位させることにより、触媒の構造を制御して高選択的反応が実現されている例が多い。この発想を複合酸化物調製の反応に取り入れて、配位化学的ゾルゲル法に用いる有機多座配位子の構造を系統的に変化させることにより、アルミナ/シリカの物性を系統的に変化させることを試みた。アルミナ/シリカの比表面積は、エチレングリコールなどの立体障害が少なく、強く金属に配位する配位子を用いて調製すると比較的大きな比表面積となり、他のジオールを用いた場合は、水酸基が結合した炭素原子に結合しているアルキル基が長鎖になるほど、あるいはアルキル基の数が増えるほど比表面積は増加した(表1)。ミクロ孔分布もジオールの分子形に依存し、分子サイズが大きいほど、細孔径が大きくなることがわかった。酸性度は、用いるジオールのタイプと、水酸基に隣接する炭素周辺の立体に依存した。これは、ジオールのタイプによりSi-O-Al結合の生成過程が異なることによるものと考えられる。以上の結果は、配位化学的ゾルゲル法により、アルミナ/シリカの比表面積やミクロ孔を有機多座配位子のタイプや分子サイズを変えることにより制御可能であることを意味している。有機多座配位子による触媒の物性制御は、メタノール転化反応やナフタレンのアルキル化反応結果にも反映し、反応の制御に有効な手法となりうることがわかった。しかし、現時点では反応結果全てを説明できるまでには至っておらず、さらに複合酸化物の物性制御法として完全にするために、調製過程での反応や構造変化の解明の必要があると思われる。

表1 ジオールを有機多座配位子として用いて調製した550℃,8時間焼成したアルミナ/シリカ(Al/Si=0.04)の比表面積
4.燃焼触媒用耐熱性アルミナ複合酸化物担体の調製

 複合酸化物の結晶化等の相変化の難易は、複合酸化物の均質度に左右され、その均質度は調製法により大きく異なるとの知見を得た。一般に、相変化の難易は比表面積に大きな影響を与えるため、高比表面積の維持が不可欠な場合においては、相変化のおこりにくい材料合成の手法が要求される。そこで耐熱性複合酸化物担体の調製に配位化学的ゾルゲル法を用いて、より耐熱性に優れたアルミナ複合酸化物担体の調製を試みた。固相反応の進行速度が遅い1200℃以下の焼成温度領域では、配位化学的ゾルゲル法で調製したアルミナ複合酸化物は、共沈法試料に比べて高い比表面積を示した(図3)。高比表面積の維持、耐熱性の向上に最も有効な条件は、原料としてアルコキシドを用い、Al2O3へ添加する成分は、BaOを用いた場合であった。高比表面積となるBaO/Al2O3組成は、焼成温度に無関係に一定とはならず、1000℃、1200℃、1450℃焼成で最高の比表面積を示した試料は、それぞれBaO添加量15wt%、10wt%、20wt%であった。各温度で最高の比表面積を示したBaO/Al2O3の構造は、1200℃以下では非晶質、1450℃ではマグネトプランバイト構造であった。さらに、最も高温まで非晶質構造を維持した10wt%BaO/Al2O3を用いた耐久性試験を行ったところ、1000℃、100時間、1200℃、3時間焼成でそれぞれ139m2g-1、96m2g-1と高い比表面積を維持した。

図3 各焼成温度における10wt%BaO/Al2O3の比表面積に及ぼす調製法の影響

 添加成分や原料を選択して配位化学的ゾルゲル法により調製したアルミナ複合酸化物は、従来の代表的調製法である共沈法に比べて、耐熱性、耐久性ともに高く、本法がより高性能な耐熱性アルミナ複合酸化物の調製に有効であることを示しているといえる。

5.有機多座配位子による担持酸化鉄の構造制御

 有機多座配位子による物性制御の手法を材料合成に応用し、磁性材料として有名な酸化鉄含有複合酸化物の構造を制御することを試みた。高い飽和磁化率を持つ酸化鉄含有複合酸化物を与えた調製法は、糖類などの有機多座配位子を酸化物担体に含浸した後、酸化鉄の原料となる鉄化合物の溶液を含浸する二段含浸法や鉄化合物と有機多座配位子を予め錯形成させた後に含浸する一段含浸法であった(表2)。一段含浸法では鉄化合物の構造を有機多座配位子の配位により制御することで、二段含浸法では、酸化物担体の表面を有機多座配位子により修飾したところに鉄を含浸することによって酸化鉄前駆体の構造制御が行なわれ、これがスピネル構造の生成を促進したと考えられる。以上の結果は、複合酸化物の物性制御には、トポタキシー効果を利用した有機多座配位子を用いる表面改質法も有効な手法であることを示していると言える。

表2 有機多座配位子を用いて含浸法により調製した10wt%Fe2O3-TiO2の飽和磁化率*:一段含浸法、無印:二段含浸法焼成条件:400℃,1h
審査要旨

 本論文は、配位化学的な考え方を取入れたゾルゲル法による複合酸化物の調製法とその触媒等への応用に関するものである。各種の複合酸化物が触媒、吸着剤など化学機能材料として広く利用されているが、これらの構造、物性は、調製時に起こる加水分解、沈殿、縮重合反応などの化学反応により複雑に変化する。本論文で用いたゾルグル法は、論文提出者の考案した調製過程における架橋錯体の形成、配位子種の効果など配位化学的因子の制御を重視したもので、配位化学的ゾルゲル法とよんでいる。すなわち、有機多座配位子を用いて複数金属原料の反応速度を平準化することにより生成する複合酸化物の構造、組成、物性の制御をはかっている。その結果、均質かつ高表面積など、優れた物性を有する複合酸化物触媒の合成を実現したものであり、全6章からなっている。

 第1章は序論であり、複合酸化物の構造、組成、均質性、物性制御における調製法の重要性を指摘し、配位化学的な考え方を複合酸化物の調製法に取り入れ、有機多座配位子を用いるゾルゲル法により複合酸化物の構造や物性を制御するという本研究の目的、意義について述べている。

 第2章は、複合酸化物の物性、とくに均質性に及ぼす調製法の影響について検討した結果を述べている。原料金属アルコキシドと有機多座配位子との錯形成により、加水分解速度の平準化、架橋錯体の生成を通して均質な複合酸化物の調製が可能と考え、アルミナ/シリカなどの複合酸化物を配位化学的ゾルゲル法により調製した。その結果、共沈法や混練法などの従来法に比べて均質度の高い複合酸化物が得られ、M-O-M’結合(M,M’=金属元素)の生成度も高いことを明らかにした。さらに、これら酸化物の酸性質をアンモニア吸着により調べ、均質度やM-O-M’結合生成度の違いは酸性度や比表面積、触媒活性とも密接な関連をもつことを明らかにしている。

 第3章は、有機多座配位子を用いる複合酸化物の物性制御に関するものである。有機多座配位子が、複合酸化物の構造をきめる鋳型や核の役割を果たすことを期待し、有機多座配位子の分子形を規則的に変化させて、複合酸化物の物性を制御することを試みている。配位子として種々のジオールを用いて調製した複合酸化物の比表面積や細孔径、酸性度、さらにこれらを触媒とするメタノール転化反応やナフタレンのアルキル化を調べ、反応活性や選択性がジオールの構造の変化に対応して変化し、有機多座配位子によって複合酸化物の物性を制御することが可能であることを示している。

 第4章は、燃焼触媒用複合酸化物担体の調製に適用した結果を述べている。すなわち、配位化学的ゾルゲル法を耐熱性担体として知られるアルミナ複合酸化物の調製に用い、高性能な担体の調製を試みている。その結果、均質度の向上にともない結晶化等の相変化が抑制され、従来、一般的な調製法として最も耐熱性の高い複合酸化物を与える共沈法よりもさらに耐熱性にすぐれた担体の合成が可能であることを見出した。とくに、BaO/Al2O3系が高耐熱性、高耐久性の担体となることを明らかにしている。

 第5章は、有機多座配位子による担持酸化鉄の構造制御の可能性について検討した結果について述べている。有機多座配位子を用いる物性制御の応用としては含浸法による調製における担持成分の構造制御を試みている。酸化チタン等の酸化物の表面に担持した酸化鉄の構造や飽和磁化率は、用いる有機多座配位子の量や構造に依存して変化し、一段含浸法では配位力の強いジオールを、二段含浸法ではクエン酸、糖アルコール、単糖類をそれぞれ有機多座配位子に用いた場合に、担持酸化鉄の飽和磁化率が高くなることを見出している。

 第6章は、総括であり、本研究を要約するとともに、有機多座配位子を用いて複合酸化物の物性制御を行なう配位化学的ゾルゲル法の手法によって、今後複合酸化物材料の触媒化学、材料化学への応用が一層広がるとの展望を述べている。

 以上、本論文は、固体触媒のデザインを念頭において、配位化学的ゾルゲル法により調製される複合酸化物の構造、表面物性、さらに触媒機能について調製条件、多座配位子等を広範に変えて検討したもので、均質性、高表面積、耐熱性にすぐれた複合酸化物の合成法に新規で有用な知見を得ている。その成果は広く触媒化学、材料化学の分野に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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