紫外領域で可変波長性があり、しかも高効率なレーザー媒体は、その出現が待望されて久しい。このようなレーザーが開発されれば、物理、化学、医学、半導体産業等の幅広い分野でその応用が図られ、科学技術の発展に大きく貢献するものと考えられる。最近では、強力な紫外線を発生することで知られているエキシマレーザーを液相等の凝縮相中で発振させることにより、高効率化および可変波長化しようという研究が進められている。また、固体レーザー結晶の分野においても、フッ化物単結晶中にレアアースイオンをドープする等の方法を用いて、紫外線レーザー結晶を開発するための研究が盛んになってきている。しかしながら、これら凝縮相中における励起原子・分子の生成および安定化機構あるいは緩和過程に関しては未知な部分が多く、未だに高性能なレーザー媒体は得られていない。そこで本研究では、新規な可変波長紫外レーザー媒体の探索および開発を目的として、液相・固相・超臨界相中における原子・分子の電子的励起機構、励起状態の安定化機構、ならびにその緩和過程に関する動力学的な研究を行ない、得られた知見を基にしてレーザー発振テストを実施した。 まず、凝縮相中でエキシマレーザー発振を得るための基礎研究として、凝縮相中における励起分子のクラスター化現象およびケージ効果を把握するため、液相および固相のXe中に分散されたIClを光励起し、生成した準安定分子(Xe2IおよびXe2Cl:以下エキサイプレックスと総称する)の発光寿命およびスペクトルを測定した。液相においてはエネルギー的に生成され難いXe2Iの発光が見られたことから、IClの分解によって生成したCl原子は直ちにケージから抜け出すことが明らかとなった。この反対に、固相においてはXe2Iの発光が見られなかったことから、結晶場の中ではCl原子がケージから直接抜け出すことは不可能であることがわかった。また、図1に示すとおり、相転移近傍において発光波長が急激に変化することから、エキサイプレックスは液相においては強度にクラスター化していることが示唆された。 図1 Xe2I(上図)およびXe2Cl(下図)の発光波長ピーク値の温度依存性(点線はXeの融点を示し、は液相中のデータであることを示す。△は溶液を過冷却にすることによって得られたアモルファス状の固体で得られた値であり、▲は結晶性の固体から得られた値である。) このクラスター化現象によってエキサイプレックスは安定化され、交換反応から守られていると考えられる。Xe2IとXe2Clとの生成比の励起波長依存性を解析した結果、二光子吸収による銛打ち反応のポテンシャルサーフェスが明らかとなり、選択的に一方のエキサイプレックスのみを生成させることも可能であることが実証された。 前記のクラスター化現象をより詳細に解析するため、低圧気相から超臨界相までの幅広い密度領域のXe雰囲気下においてXe2Clを生成させ、その発光寿命およびスペクトルを測定した。発光スペクトルの圧力依存性から、溶媒であるXe原子はエキサイプレックスが構成する分子平面に対して上下の位置に一つずつ配位してクラスターを形成することが明らかとなった。クラスター化は高圧気相および超臨界相中においても液相と同様に起こり、これによってエキサイプレックスのエネルギーは、約0.27eV安定化される。また、エキサイプレックスの非発光緩和は、Cl2分子との衝突によってのみ起こり、Xeと衝突しても緩和は起こらないことが実証された。さらに、発光寿命の圧力依存性を解析した結果、Cl2とエキサイプレックスとの間の非発光緩和過程は、気相と同様な衝突と凝縮相で見られる拡散律速による会合との二つの過程の合成で表わされることが明らかとなった。すなわち、気相における衝突頻度を ZK=<v>n(=衝突断面積、<v>=平均速度、n=衝突パートナーの数密度)、凝縮相中での拡散会合頻度をZD=4RDn(R=拡散物質の直径、D=拡散係数)とすると、低圧の気相から高密度の凝縮相までにわたる広範囲な圧力領域における衝突頻度Zは、 という式で表わすことが可能である。本系では、気相衝突による非発光緩和速度定数Kdは7.1(±1)x10-10cm3s-1であり、拡散律速による会合頻度ZDは、[Xe](溶媒であるXeの密度、単位;atom cm-3)を変数としてZD=7.9(±0.5)x10-13/[Xe]s-1にて与えられることがわかった。高圧気相・超臨界相におけるこれらの動力学的特性は、本系がレーザー媒体として適当であることを示している。しかしながらレーザー発振テストにおいては、利得を得ることが出来なかった。この原因は、エキサイプレックスが発光緩和する際に放出する運動エネルギーによって光の散乱が生ずるためと考えられる。 次に、分子の再結合発光を利用したレーザーシステムを検討するため、Ar結晶中のO2分子をArFレーザー光(193nm)によってSchumann-Runge帯へ励起し、ケージ効果を利用してO2分子を再結合させて、その発光について調べた。その結果これまでに知られていたA’3u(v=0,=3)→X3g-遷移の他に短寿命の発光があることを見い出した。この発光のピーク強度をRKRポテンシャルを用いて算出された発光強度推定値と比較した結果、発光はc1u-(v=5)→a1g遷移によるものと同定することが出来た。この発光が選択的にc1u-状態のv=5レベルから起こる理由は、c1u-状態の振動エネルギー間隔がv>5のレベルでは数十cm-1と狭いのに対して、v=5において急に130cm-1前後に広がるためと考えられる。レーザー発振についても検討したが、光の増幅現象は見られなかった。 最後にYLiF4結晶中にドープされたCe3+イオンの5d→4f遷移を利用したレーザーシステムについての検討を行なった。チョコラルスキー法を用いて作製した1wt%のCe3+を含むYLiF4結晶に193nmあるいは248nmのレーザー光を励起光として照射したところ、180cm-1といった大きな利得係数が得られ、また可変波長幅も325nmを中心として10nm以上にわたることが確認された。励起光強度を上げるにともなって生じるスペクトル崩壊の状況を図2に示す。 図2 KrFレーザーによる励起によって得られたCe3+ドープYLiF4結晶の蛍光およびASEスペクトル(励起光強度は(a)2mJ/cm2,(b)10mJ/cm2,(c)18mJ/cm2,(d)20mJ/cm2) これらのことから、この結晶は世界で初めて得られた「紫外領域で可変波長性のあるレーザー結晶」であることが明らかとなった。なお、この結晶を励起した直後に発生する320nm未満の短波長領域での光の吸収現象を解明するため、吸収強度の励起光強度依存性を調べ、時間分解を行なった。その結果、吸収が発生する原因はトランジェントカラーセンターの発生およびCe3+(4f2F5/2)の吸収帯のホットバンドによる広がりにあることがわかった。このことから、結晶中のCe3+イオン濃度を低減することにより、さらに性能のよい結晶を作製できると予想される。 以上の研究の結果、凝縮相中におけるケージ効果、クラスター化現象、および非発光緩和過程の概要が明らかとなり、新規なエキサイプレックスレーザーを開発するための基礎情報が得られた。さらに、可変波長紫外レーザー結晶の開発および実証に成功した。 |