学位論文要旨



No 211989
著者(漢字) 田村,靖夫
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ヤスオ
標題(和) 難接着性木材の接着に関する研究
標題(洋)
報告番号 211989
報告番号 乙11989
学位授与日 1994.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11989号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大熊,幹章
 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 助教授 有馬,孝礼
 東京大学 助教授 小野,拡邦
 筑波大学 教授 富田,文一郎
内容要旨

 安価な南洋材を利用して発展してきたわが国の合板工業は、木材資源の枯渇化および熱帯雨林の保護の動きなどの影響を受けて、良質な原木の入手難および価格の高騰などの問題に直面してきた。良質なラワン材を使用して内装用の薄物合板を主体に生産していた合板工業も、そのような情勢変化に対応すべく、原木として未利用樹種の使用や再生可能な針葉樹材への転換、低品位木材も利用できる厚物合板への製品転換、製品歩留まりの向上およびその他製造コスト低減などの対策を講じて存続の努力を行ってきた。その過程において、具体的にはフェノール樹脂接着剤による合板の接着耐久性の向上、レゾール型フェノール樹脂接着剤によるカプール材に対する接着、含水率の高い単板の接着、樹脂を多く含む木材に対する接着性の改善ならびに針葉樹材の接着改善など、接着剤ならびに接着に対する要望が次々と提起されてきた。

 接着剤の改良や接着方法の面からこれらの問題を解決するための検討を行ってきたが、その結果次に示すような成果を得たので、ここにまとめて報告する。

 まず最初に、厚さ3mm程度の薄物合板の接着耐久性を確認するためにフェノール樹脂やユリア・メラミン樹脂接着剤により接着した合板の屋外ばくろ試験を行った。その結果、使用した接着剤の種類によって接着耐久性に差が認められたが、それ以上に表面単板の腐朽や磨耗などが合板の劣化に大きな影響を与える結果を得た。このような結果から、メラミン樹脂のようなアミノ樹脂接着剤を使用した合板でも、木質部の腐朽などを防ぐ処置をとることにより合板の耐久性を高めることが可能であることを知った。

 このような知見に基づいて、アミノ樹脂にフェノール樹脂をを混合した接着剤でも、実用上優れた耐久性を有する合板が得られることを予想して、引き続いて変性タイプの接着剤の検討を行った。その結果、メラミン樹脂(MF)にフェノール樹脂(PF)を混合した接着剤は、MF/PFの混合比が7/3程度でアミノ樹脂接着剤なみの熱圧条件での接着が可能であり、かつJAS特類合板規格である72時間連続煮沸処理に耐える高度の耐水性を有することを見出した。

 さらに、この接着剤を用いて種々の接着条件により接着した合板の接着耐久性をウェザーメーターによるばくろ試験を中心にして検討を行った。そして、接着時における単板含水率、塗付量、ならびに熱圧条件に留意して接着することによってフェノール樹脂接着剤に近い接着耐久性を示すことを見出した。また同時に、カプール材のような接着に問題を有する木材に対しても良好な接着性を示すことから、この系の接着剤は難接着性木材用の接着剤としても有用であることを知った。

 高含水率単板は、接着が難しいという点において、難接着性木材の一種として考えることができる。高含水率単板を使用して合板を得ることができれば、原木の利用率を高めることが可能になり、合板のコスト低減に結びつく。そこで、その接着方法についても検討を行った結果、接着層に含まれる水分量の経時変化を考慮した接着条件によって合板を接着して、接着剤の過浸透を抑えることにより、高含水率単板の接着性が改善されることを知った。また高縮合化した接着剤が高含水率単板の接着に適していることも見出した。

 さらにその検討過程において、高含水率単板を使用して接着剤混入法による防虫合板を接着すると、防虫剤が接着剤に包埋されずに木材内部へ浸透していくという副次的な効果も見出した。

 次に接着に障害を与える成分を含む木材である樹脂を多く含むクルインなどの木材の接着について検討した。その結果、この種の木材の接着性が低下する原因には、接着剤とのぬれが低下する以外に、接着層水分の経時挙動が接着に大きく影響していることがわかった。水分が接着層に長い時間残存することが接着剤の過浸透を引き起こしていることもクルイン材の接着性低下の一つの原因になっていることを見出した。このような木材の接着にはまったく高含水率単板の接着条件同様な共通した配慮が必要であることがわかった。

 合板の接着時において接着剤の相手単板への転写と接着層水分の挙動が重要であることは、難接着性木材の一つに含まれるカプール材の接着などにおいても認められた。カプール材の接着にはアルカリタイプの接着剤よりも酸性タイプの接着剤の方が適しており、レゾール型フェノール樹脂接着剤によって接着するときは、アルカリ度を抑えた樹脂でかつ低分子量成分を含む接着剤が好ましいことを示した。

 最近、地球環境の保全と熱帯雨林の保護の動きが活発になるにしたがって、合板用原木を南洋材から針葉樹へ切り替えるところが増えてきた。しかし実際に針葉樹材を使用してアミノ系樹脂接着剤によってベイマツのような針葉樹材を接着すると、その接着に種々の問題があることがわかってきた。そこで、ベイマツを中心とする針葉樹材の接着性についての検討を行った。ベイマツの場合、ぬれがよい材は接着性がよくなる傾向にあり、接着剤としてはカプール材用のフェノール樹脂接着剤とは反対に、強いアルカリ性を有した高分子量のレゾール型フェノール樹脂が適していることが判明した。このような一連の検討結果から、レゾール型フェノール樹脂接着剤を使用して南洋材あるいは針葉樹材を接着するときは、異なる性質を持つフェノール樹脂接着剤が必要であることが明らかになった。

 いっぽう、フェノール樹脂とメラミン樹脂とを混合したすなわちフェノール・メラミン樹脂接着剤は、カプール材のような南洋材でも、またベイツガのような針葉樹材に対しても良好な接着性を示し、難接着性木材用の接着剤として極めて好適な接着剤であることが改めて確認された。

 最後に木材資源に替わる材料として農産廃棄物であるコーリャン茎を使用してボード化する検討を行った。コーリャン茎は1年植物のコーリャンから得られるものであり、その表皮にはワックスが含まれて極めて接着が困難である。また茎の心部には軽軟で強い親水性を示す髄がある。このような茎は代表的な難接着性材料であり、難接着性木材に関する知見を活用することができる。しかしその接着においては、結論的にインシアネート系接着剤が好適であることを確認した。また、髄に低分子量のフェノール樹脂を含浸することによって、茎の補強と疎水化を可能にした。

 なお、その際にGPCを使用して、含浸に適するフェノール樹脂の選別を行う実際的な評価方法を提案すると共に、このようにして得たボードには、低比重でも高い強度を有するほかに、優れた寸法安定性を有するなどの特徴があることを示した。

審査要旨

 難接着性木材とは通常の接着条件では接着することが難しい木材と定義し,具体的には20%前後の含水率を有する木材,過乾燥のために接着面が熱変性している木材,材自身の凝集力が弱い軽軟材や水を強く浸透する材,緻密な組織の高比重材,ならびに接着を阻害する成分を含む木材などをその例にあげている。

 この研究は合板の接着に関するものであるが,全体的には難接着性木材に対するフェノール・メラミン樹脂接着剤の有用性,ならびに接着時における接着層の残存水分と接着剤の浸透挙動の重要性を強調している。本論文は9章よりなっている。

 はじめに難接着性木材の接着性改良の必要性を述べた後,まず薄物合板の耐久性を検討して,接着剤以上に木材自身の劣化が合板の耐久性に大きな影響を与えていることを示して,合板の耐久性が必ずしも接着剤の耐久性に支配されるものでないことを指摘した。

 続いて第3章では,フェノール樹脂(PF)とメラミン樹脂(MF)とを混合するとメラミン樹脂接着剤と同様な接着条件で煮沸水72時間浸せきに耐える耐水性を示すことを見出した。

 その知見から詳細な検討を行い,PF/MFの混合比は3/7が接着耐水性の点で適当であること,接着耐久性に接着時の単板含水率や接着剤の塗付量が大きく影響すること,およびこの接着剤がカプール材の接着に適していることなどの結果を得ている。

 第4章においては,合板業界に高い関心のあった問題として,単板の乾燥収縮を減らして合板歩留まり向上を図る際に生じた高含水率単板の接着性を改善する接着方法や接着剤の改良を検討した。そして異なる含水率の単板を組み合わせて接着すること,高縮合度化したアミノ樹脂接着剤が安定した接着性を示すことを見出した。続いて第5章では,接着剤混入法による防虫合板の製造における単板含水率の影響を検討し,接着時の単板含水率が高いときは木材内部への防虫剤の拡散がよくなる結果を得ている。

 第6章では,樹脂(やに)を多く含むクルイス材が接着性を低下させる一因として接着層の残存水分が影響していることを示し,接着層水分が減少し難いために接着剤の過浸透を引き起こして,接着性を損なわせている結果を得ている。

 第7章においては,接着剤の改良によって接着阻害成分を含むカプールやクルイン材,および針葉樹材の接着性改善に関する検討を行っている。カプール材の接着に対するアルカリレゾール型フェノール樹脂の適性について検討した結果,カプール材の接着には酸性下で硬化する接着剤を使用するのが好ましく,アルカリ型フェノール樹脂接着剤では低縮合樹脂成分を含むものが適当で,長い熱圧時間を必要とする。しかし針葉樹材を接着するときは,逆に高縮合成分を主体としたフェノール樹脂接着剤が適しており,結局,南洋材を接着するときと針葉樹材を接着するには,各々特性が異なる接着剤を使用する必要があることを明らかにした。

 また一連の試験によって,フェノール・メラミン樹脂接着剤はカプール材やクルイン材,あるいは針葉樹材など幅広い樹種の接着に適しており,難接着性木材の接着剤として好適な接着剤であることを示した。特にこの接着剤に少量の有機溶剤を混合し,コーングルテンのようなタンパク質を接着補強剤として併用することにより,樹脂(やに)を多く含むクルイン材などの接着性改善にも有効であるとの結果も得た。

 最後の第8章では,表皮にワックスを含み軽軟な髄を有するコーリャン茎の接着について検討した。ワックスを含む表皮はイソシアネート系接着剤により接着可能であり,髄の補強にはフェノール樹脂の含浸が必要である。フェノール樹脂による補強効果は樹脂の分子量により著しく異なり,低分子の初期縮合物を主体とする樹脂がもっとも適していた。そしてコーリャン茎にフェノール樹脂の初期縮合物を含浸してシート状に結び合わせたのち,イソシアネート系接着剤により茎の繊維方向が互いに直交するように重ね合わせて接着したボードは木質系ボードに匹敵する物性を有していることを報告している。

 以上要するに,本論文は通常の接着条件では接着が困難な木材,すなわち難接着性木材の接着性向上に関するもので,難接着性木材に対するフェノール・メラミン樹脂接着剤の有用性,並びに接着時における接着層の残存水分と接着剤の浸透挙動の重要性を明らかにしたものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文に値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50910