学位論文要旨



No 211990
著者(漢字) 中村,昇
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ノボル
標題(和) 確率論的手法による木質構造部材の性能解析
標題(洋)
報告番号 211990
報告番号 乙11990
学位授与日 1994.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11990号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 有馬,孝礼
 東京大学 教授 大熊,幹章
 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 助教授 太田,正光
 株式会社ミサワホーム 技術開発部長 安藤,直人
内容要旨

 世の中には不確定なことが多い。関東大震災級の地震や室戸台風クラスの台風がいつ来るのか、はたまた明日の天気はどうなるのか。われわれの研究している木材・木質材料、あるいは木質構造物の強度はどれくらいなのか、どれくらいの地震力や風圧力あるいは積雪荷重がそれらの構造要素に加わるのか。これらはすべて不確定な変数であり、確率変数で表されるべきものである。たとえば、地震や台風、積雪は30年や50年といった期間における最大の震度や風圧力、積雪深を表す再現期待値で表されるし、明日の天気であれば天気予報を見れば分かるように、雨の確率で表されている。しかし木材・木質材料の強度や木質構造物の剛性、強度はどうだろうか。最近、ようやく変動係数や統計的下限値を用いて論議することが多くなってきたが、まだまだ剛性や強度全体の分布を用いて論議することは、それほど多くないのが実状ではないだろうか。

 本研究は、木材におけるヤング係数や強度等の材質、および作用する荷重を確率変数として捉え、統計と確率の知識を用いて客観的に評価する信頼性理論を適用し、木質構造部材の解析を行った。第4章では、確率論に基づく、縦つぎ材(フィンガージョイント材)の強度解析および、確率変数を空間にひろげた確率過程を用いた縦つぎ材の長さ方向のヤング係数の変動の表現方法の検討を行っている。また、第5章では、実大材を用いた実験データをもとに、在来構法構造用製材に鋼構造における限界状態設計規準(案)を適用し、終局限界状態および使用限界状態における、信頼性解析を行った。さらに、第6章においては、スギ丸太材のヤング係数の出現確率についての解析、釘接合部のせん断耐力の信頼性解析、確率論に基づいた残留強度劣化モデルの提案、確率論を用いた乾燥による柱材の断面寸法の変化や木質床の歩行感について若干の解析を行っている。

 結果をまとめると以下のようになる。

 (1)縦つぎ材の強度は、構成要素である木材部と縦つぎ部の強度のうち、小さい方の影響を受け、それ以上に小さくなること、縦つぎ部の数が増えるにつれて小さくなること、強度のバラツキ(変動係数)についても同様の傾向にある。また、縦つぎ部の破壊する確率をみると、木材部の強度分布、縦つぎ部の強度分布の位置関係に大きく関わってくること、つまり両者が離れていると強度の小さな要素の破壊する確率が高くなり、ある程度近づいてくると偏らなくなる。

 (2)強度保証された材を用いて製造した縦つぎ材について、強度の向上が見られなったが、縦つぎ加工の技術がさらに向上し、縦つぎ材のもとの強度分布を表す曲線が、幅はそのままで(バラツキが小さく)右に移動すれば、まさに高強度・高信頼性木材となることを示すものである。このためには縦つぎ部の強度を理論的に解明するべきである。

 (3)フィンガージョイント材のヤング係数は、平均値や分散の集合平均が長さ方向の位置によらない、またある位置におけるヤング係数とその位置からある長さ離れた位置におけるヤング係数との相関が、2個所の位置の差のみに依存する"弱定常"と考えられる。このような確率過程の概念を用いて、ヤング係数の変動を表現することができる。

 (4)在来構法用構造製材の、曲げ強度における終局限界状態の信頼性については、(1)製材の強度のバラツキが大きく、2次モーメント法により信頼性指標と破壊確率Pfの関係を求めることは危険である。(2)札幌、新潟、東京、大阪において、設計積載荷重に対する設計固定(積雪)荷重の比の値に対する耐力係数の値は、全体的にほぼ等しい。(3)の値を同じにとるなら、積雪の少ない地方においては当然のことながら、大きな安全率がとれる。(4)これまでの実大材の強度を基準にするならば、「製材に係わる日本農林規格」(旧JAS)と「針葉樹の構造用製材の日本農林規格」(新JAS:目視等級区分)には整合性が見られるが、新JAS(機械的等級区分)には整合性が見られない。(5)在来構法構造用部材を小屋梁に用いた場合、旧JAS、新JAS(目視等級区分)の場合=1.0、新JAS(機械的等級区分)の場合=0.95、床梁に用いた場合=1.0とすれば、鋼構造や枠組壁工法と同レベルの安全率が得られる。

 また、たわみ(ヤング係数)における使用限界状態の信頼性については、(1)強度と同様、鋼材に比べ、製材のヤング係数のバラツキは大きい。(2)の値に対するの値は、ほぼ等しい。(3)地域によらずの値がほぼ等しい。(4)強度と同様、旧JASおよび新JAS(目視等級区分)には整合性が見られる。(5)いずれの規格においても鋼構造、枠組壁工法とほぼ同レベルの信頼性が達成できると考えられる。

 さらに、信頼性という観点からすれば、いずれの規格においても、許容応力度の値や建築学会のヤング係数の推奨値は少々小さいのではないかと思われる。

 (5)スギ中目丸太のヤング係数の出現確率において、分布としての地域変動が認められた。しかし、収集する地域やデータに限りがあり本研究の結果からは、変動が認められるとする結論は早急である。

 (6)釘の本数が増すと、釘接合部における耐力分布の様子が変化し、釘接合部が複数となりマルチブルに働くようになると、その耐力分布はワイブル分布に近似される傾向がある。

 (7)残留強度減少モデルや応力と残留強度分布の関係モデル、また初期強度の分布および寿命の分布を仮定することにより、繰り返し荷重下におけるパーティクルボードの残留強度減少の推移を表現できる。つまり、初期強度の分布と、破壊までの繰り返し数のデータが得られれば、残留強度減少の推移を表現できる。

 (8)挽立て寸法や収縮率をある分布を持った確率変数としてとらえることにより、挽立て寸法のバラツキ(変動係数)および乾燥による補収縮率(=1-収縮率)の平均値、変動係数が求まれば、乾燥後の断面寸法が規定寸法を担保するための挽立て寸法の平均値が求められる。

 (9)歩行感覚の評価を床の性状の関数として表すことにより、信頼性手法を用いて梁の断面寸法等を設計することができる。このような手法により、例えば99%の人が普通以上と評価する床を設計することができる。

 木材・木質材料の強度、比重、熱伝導率、収縮率等の材質は確定量ではなく、確率量である。しかも、その材質が局部的に変動する確率過程である。木材・木質材料を高信頼性材料として利用していくためには、材質を確率量、確率過程として扱っていくことが不可欠である。このようなことが建築の規格、あるいは木質材料を製造する上で確立、反映されれば、鉄やFRP等の工業製品と同レベルの材料として、広範な利用が可能となるであろう。

審査要旨

 材料の強度をはじめとする各種材質は必ずバラツキを有しているので,確率論的な取り扱いがなされるべきであるが,複雑な要素からなる構造設計などでは確定的な数値で扱われてきた。しかしながら,木質構造の自由度の拡大に伴って,より合理的で安全性に対して確率的な評価や信頼性解析が必要とされるようになってきた。本研究は木材,木質部材の製造過程および使用される条件下における数値を確率変数としてとらえ,その性能解析を確率論的に扱ったものであり,主たる内容は以下の通りである。

 縦継ぎ材の強度はその構成要素である木材部と接着接合縦継ぎ部の強度のいずれか小さい方によって定まるので,縦継ぎ個数の増すにつれ小さくなり,構成要素のバラツキ(変動係数)によって大きく影響を受ける。木材部および接着接合縦継ぎ部の強度分布から縦継ぎ材の破壊する確率を算出した結果は,実験結果の傾向を適切に表示できた。また,プルーフ試験によって強度保証された材を用いて構成される縦継ぎ材は強度向上がみられ,縦継ぎ部の加工技術によって高強度・高信頼性になり得ることを示唆した。

 構造用製材の在来構法木造における曲げ強度における終局限界状態の信頼性について他構造と共通の荷重状態を想定し分析を行った。実大材の強度実験からみると既存の日本農林規格による目視等級区分と機械的等級区分では信頼性評価上差異はあるが,耐力係数を部材に定めることによって鋼構造や枠組壁工法と同レベルの安全性が可能になることを示した。建築物の使用時におけるたわみに関する限界状態の信頼性についても強度と同じ傾向にある。製材の強度,ヤング係数のバラツキは大きいものの,いずれかの規格に対応する許容応力度や建築学会のヤング係数の推奨値はやや小さい傾向がみられる。

 集成材構造設計にかける各部材のヤング係数の評価はきわめて重要であり,集成材製造段階ではそれを構成するラミナの選別に依存している。したがって,各地域で目的とするヤング係数のスギ集成材を製造しようとしたとき,その地域で算出する材がどのようなヤング係数の分布を有しているかが必要となる。逆にある地域のヤング係数の分布が明らかであるならばえられる製品の性状は予想がつくことになるので,既存のヤング係数分布をもとに製品のヤング係数を算出するシミュレーションの方法を示した。

 上記のような視点に対応するために現在適正利用が重要視されている代表的なスギ中目丸太のヤング係数についていくつかの地域で計測を行い,各丸太から製材されてえられた集成材ラミナのヤング係数の分布を求めた。丸太の打撃縦振動によるヤング係数区分は大きな区分にはかなり有効であるが,樹幹内分布はいくつかのタイプに区分され,製材時における木取り方法に活かすには表層付近のヤング係数を求める手法との併用が必要であることを示した。

 釘接合部における耐力分布は釘の本数が増すとその形状が変化することを明らかにした。とくに釘打ちパネルなど釘接合が複数存在し,マルチプルに働くようになると,その耐力分布はワイブル分布に近似される傾向があることを明らかにした。

 建設現場における製材品の寸法はそれを製材する時の挽き立て精度と乾燥による収縮量という分布を有した確率変数としてとらえることができるので,その算出方法を明らかにした。それをもとに既存の精度,収縮率の平均値と変動係数から規定の断面寸法を担保するための平均挽き立て寸法の平均値を示し,指針を示した。

 木質構造における床の歩行時における振動評価はきわめて重要であるが,歩行感覚は個人によるバラツキが存在する,いわゆる確率量としてとらえることが必要である。すなわち,床を構成する梁などのヤング係数の確率量としての分布と感覚評価の確率量を用いた信頼性解析手法がより合理的な構造設計を可能にすることを示唆した。

 以上本論文は,木材,木質材料の強度や収縮などの材質を確率量としてとらえ,複合部材の強度,破壊性状の予測および木質構造設計における木質部材の性能解析について信頼性評価指標としての位置づけをはじめて明らかにしたものであり,学術上,応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。

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