学位論文要旨



No 211991
著者(漢字) 安藝,晋治
著者(英字)
著者(カナ) アキ,シンジ
標題(和) 生物活性を有するテルペノイドの合成研究
標題(洋)
報告番号 211991
報告番号 乙11991
学位授与日 1994.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11991号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,謙治
 東京大学 教授 鈴木,昭憲
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
内容要旨

 本論文は、生物活性を有する4種のテルペノイドの合成と、テルペノイド合成において有用と考えられる2種の基本骨格の構築法について論じたもので、四章よりなる。

 テルペノイド類は、生体関連物質であったり、生物活性を有するものが数多く知られ、また構造的にもユニークなものが多いことから、合成化学者の恰好のターゲットとなってきた。そして、その研究過程において得られた知見は、有機合成化学の進歩に寄与してきたといっても過言ではない。また、近年の研究領域の広がりから(他分野との境界領域へ)、有機合成化学の担う役割は益々大きくなってきたといえる。以上のような視点から、著者は生物活性を有するテルペノイドの合成研究を行ない、以下の成果を得た。

 第一章では、熱帯性緑藻Caulerpa ashmeadiiより単離され、抗菌活性とともに魚に対して摂食阻害活性を有するセスキテルペン(E)-3-formyl-5-(2,6,6-trimethyl-2-cyclohexenyl)-3-pentenal(1)の合成と、その絶対立体配置の決定について述べている。ブタ肝臓エステラーゼを用いた不斉加水分解によって光学純度良く得られるアルコール[(R)-3]から、アルデヒド4へと導いた。4に対してWittig反応を立体選択的に行ない5を得、その後二工程をへて(S)-1の合成を達成した。また、鏡像体(R)-1についても(S)-2から同様の方法によって合成した。天然物1の絶対立体配置はこれまで不明であったが、比旋光度の符号に関して、天然物と著者の合成品との比較から、図示のごとくSであることが決定された。

 

 第二章では、マダラ蝶Euploea klugiiの腹部にあるブラシ状突起物(hairpencil)より単離され、性フェロモンである可能性が示唆されたカロチノイド分解物(+)-9,10-epoxytetrahydroedulan[(+)-7]、およびこのものとともに単離され、またトケイゾウPassiflora edulis(Sims)からも単離されたことが報告されている(-)-dihydroedulan II[(-)-6]の合成について述べている。第一章で用いたアルコール[(S)-2]から導かれるニトリル8を出発原料として用いた。9のエポキシ化反応における生成物10の立体化学は、過去における類縁化合物についての報告例において意見が分かれていたため推定できなかったが、10が結晶性化合物であったため、X線結晶解析によってシスと決定することができた。次の10の水和反応における生成物11の立体化学についても、後の段階で結晶性化合物へと誘導し、X線結晶解析を行なうことによって決定した。その後,-不飽和スルホン基を有する11の分子内Michael反応によって、望む立体配置を有した2環性化合物12へ導いた。12は脱硫して13とし、その後W.Franckeらの方法に従って(-)-6の合成を達成した。最後に、ブロムヒドリン14をへて、高い光学純度の(+)-7の合成に成功した。

 

 第三章では、クロヅルTripterygium wilfordiiの根から単離された、抗HIV活性を有するtripterifordin(15)の合成について述べている。1968年に森らによって合成された16を出発原料として用い、カルボニル基をオレフィン化後17を水和することにより、ラセミ体として15の合成に成功した。

 

 第四章では、"新規テルペン骨格の合成研究"と題して、エポキシオレフィンの環化反応について述べている。第二節において、シリルエノールエーテル18に四塩化スズを作用させることにより、エポキシドの転位をともなったAldol縮合がおこり、その結果シスの立体化学を有したヒドロアズレン19を構築することができた。また第三節においては、(2E,6E)-farnesolから導かれる20に四塩化チタンを作用させることにより、ヒドロベンズ[e]インデン21を構築することができた。

 

 これら確立された2つの骨格構築法は、有効にテルペノイド合成に利用されるものと期待される。

 以上本論文は、生物活性を有する4種のテルペノイドの合成法を開拓し、またその1種については、不明であった絶対立体配置を合成化学的に決定したものである。さらには、テルペノイド合成上有用と考えられる2種の基本骨格の新しい構築法を確立したものである。

審査要旨

 本論文は,生物活性を有する4種のテルペノイドの合成と,テルペノイド合成において有用と考えられる2種の基本骨格の構築法について論じたもので,四章よりなる。テルペノイド類は,医薬・農薬としての活性や,フェロモン・摂食阻害物質など化学生態学的にも興味ある活性など広範な生物活性物質群であり,構造決定,合成法の開拓,構造-活性相関など追求すべき課題は広く深い。著者は,この点に着目し,主として生態学的に興味あるテルペノイドを対象に合成研究を行った。序論で研究の背景や意義を概説したのち,第一章では,熱帯性緑藻Caulerpa ashmeadiiより単離され,抗菌活性とともに魚に対して摂食阻害活性を有するセスキテルペン(E)-3-formyl-5-(2,6,6-trimethyl-2-cyclohexenyl)-3-pentenal(1)の合成と,その絶対立体配置の決定について述べている。ブタ肝臓エステラーゼを用いた不斉加水分解によって光学純度良く得られるアルコール[(R)-3]から,6工程をへて(S)-1の合成を達成した。天然物1の絶対立体配置はこれまで不明であったが,比旋光度の符号に関して,天然物と著者の合成品との比較から,図示のごとくSであることが決定された。

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 第二章では,マダラ蝶Euploea klugiiの腹部にあるブラシ状突起物(hairpencil)より単離され,性フェロモンである可能性が示唆されたカロチノイド分解物(+)-9,10-epoxytetrahydroedulan[(+)-5],およびこのものとともに単離され,またトケイソウPassiflora edulis(Sims)からも単離されたことが報告されている(-)-dihydroedulanII[(-)-4]の合成について述べている。アルコール[(S)-3]から導かれるニトリル6を出発原料として用い,7の分子内Michael反応によって,望む立体配置を有した2環性化合物8へ導いた。8は脱硫後,2工程をへて(-)-4の合成を達成した。最後に,ブロムヒドリン10をへて,高い光学純度の(+)-5の合成に成功した。

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 第三章では,クロヅルTripterygium wilfordiiの根から単離された,抗HIV活性を有するtripterifordin(11)の合成について述べている。1968年に森らによって合成された12を出発原料として用い,カルボニル基をオレフィン化後13を水和することにより,ラセミ体として11の合成に成功した。

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 第四章では,"新規テルペン骨格の合成研究"と題して,エポキシオレフィンの環化反応について述べている。第二節において,シスの立体化学を有したヒドロアズレン14,第三節においてヒドロベンズ[e]インデン15の構築に成功した。

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 これら確立された2つの骨格構築法は、有効にテルペノイド合成に利用されるものと期待される。

 以上本論文は,生物活性を有する4種のテルペノイドの合成法を開拓し,その1種については,不明であった絶対立体配置を合成化学的に決定し,さらには,テルペノイド合成上有用と考えられる2種の基本骨格の新しい構築法を確立したものであって学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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