学位論文要旨



No 211993
著者(漢字) 前田,善夫
著者(英字)
著者(カナ) マエタ,ヨシオ
標題(和) 北海道の軽種馬生産地帯における草地土壌の養分状態および馬における牧草の栄養価に関する研究
標題(洋)
報告番号 211993
報告番号 乙11993
学位授与日 1994.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11993号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 教授 松本,聰
 東京大学 教授 山崎,素直
 東京大学 教授 森,敏
内容要旨

 北海道日高地方は北海道開拓開始当時から馬産地帯として発展してきた。日高地方の馬産を支えてきたのは全耕地面積の70%以上を占める草地であるが,この地方の草地に関する研究および馬の飼料としての牧草の栄養価について系統だった研究はほとんどみられない。そこで,この地方の草地土壌の養分状態について土壌群別,地域別に検討するとともに,ここで生産されたチモシーの飼料成分含有率および馬による消化試験によりその栄養価について検討した。

1.採草地土壌の化学性

 日高地方を東部(えりも町,様似町,浦河町,三石町),中部(静内町,新冠町)および西部(門別町,平取町)の3地区に区分して土壌の化学性をみると,低地土では,交換性石灰およびカリ含量,リン酸吸収係数,土壌pHは東部地区から西部地区にかけて次第に低くなる傾向を示していた。黒ボク土でも低地土と同様に,交換性石灰,苦土およびカリ含量,リン酸吸収係数は東部地区から西部地区にかけて低くなる傾向を示した。交換性苦土含量は低地土では中部地区がやや低く,黒ボク土では東部地区から西部地区にかけて低くなる傾向を示した。交換性苦土含量で低地土と黒ボク土でやや異なる傾向にあるものの,交換性塩基含量は東部地区>中部地区>西部地区の関係がみられた。同様の傾向はリン酸吸収係数でもみられた。

 土壌を低地土,泥炭土,黒ボク土および褐色森林土に4区分して養分状態をみると,交換性石灰含量は泥炭土がもっとも高く,黒ボク土が低かった。交換性苦土は泥炭土,褐色森林土が高く,黒ボク土が低かった。有効態リン酸含量は低地土が他の土壌より高い含量であった。

 北海道で策定された土壌診断基準に照らしてみると,交換性石灰,交換性苦土および有効態リン酸含量は高い草地が多く,減肥が可能な草地が多かった。地区別では交換性石灰および苦土は東部地区で,有効態リン酸は中部地区で減肥が可能であった。土壌区分別では泥炭土の交換性石灰および苦土,褐色森林土の交換性苦土で減肥可能であった。

2.採草地土壌の微量要素含量

 土壌区分別に微量要素をみると,全セレン含有率は低地土が他の土壌に比べて低い値であった。可溶性セレン含有率は逆に低地土が高い傾向がみられた。可溶性セレン含有率は遊離酸化鉄含有率と負の相関関係にあった。全銅含有率は低地土が高く,黒ボク土が低い値であった。可溶性銅含有率は黒ボク土が低地土や泥炭土に比べて低かった。黒ボク土では0.5ppm以下の含有率の草地が多かった。全マンガン含有率は低地土が他の土壌より高い値であった。可溶性マンガン含有率は泥炭土がもっとも高く,次いで低地土であった。全亜鉛含有率は低地土がもっとも高く,黒ボク土が低かった。可溶性亜鉛含有率は黒ボク土が他の土壌に比べて低い値であった。

 微量要素含有率を地区別に比較すると,各要素とも全含有率は東部地区から西部地区にかけて次第に低くなっていく傾向がみられた。この地区間の違いは土壌区分別でもその傾向がみられ,セレンおよびマンガンでその傾向が強かった。可溶性含有率でも同様の傾向がみられた。土壌区分別に分けて地区間の違いを比較すると,低地土では可溶性銅含有率を除きその傾向が明瞭であった。黒ボク土では可溶性マンガンでその傾向がみられた。

 交換性塩基含量,リン酸吸収係数と同様に微量要素含有率でも東部地区から西部地区にかけて次第に低くなっていく傾向がみられた。日高地方は地区によって覆っている火山灰は降灰時期や噴出源の火山が異なる。また,表層地質をみると構造帯が異なる。これらの違いが土壌の養分含量が地区によって異なる要因となっていると考えられた。

3.チモシーの飼料成分含有率

 チモシーの粗タンパク質,無機成分含有率および微量要素含有率を成馬の維持の要求量を満たす含有率を基準にして検討した。粗タンパク質の維持の要求量は8.0%であるが,調べたチモシーの70%は8.0%以下の含有率であった。同様にカルシウム含有率は約半数のチモシーが維持量を満たす含有率に至っていなかった。リン,マグネシウム含有率は概ね維持量を満たす含有率であった。カリウムは馬の要求量に対して約6倍の含有率であった。

 土壌養分との関連をみると,交換性石灰含量が高くなってもチモシーのカルシウム含有率は一定の含有率以上には高くならなかった。マグネシウムおよびリンも同様に交換性苦土および有効態リン酸含量が高くなっても含有率は高くならなかった。粗タンパク質および無機成分含有率は土壌区分間あるいは地区間に違いはみられず,土壌の養分状態の土壌区分間,地区間の違いを反映していなかった。

 微量要素含有率はチモシーに欠乏症や過剰症が発生するような含有率ではなかったが,馬の飼料としてみると不足する例が多かった。もっとも不足していたのはセレンであり,馬の飼料としての必要量0.1ppmに対して平均で0.017ppmで,必要量の約1/5の含有率であった。馬の白筋症発生の一因となる含有率であった。銅の平均含有率は7.5ppmで,チモシーの約90%は馬の飼料としての必要量10ppm以下の含有率であった。亜鉛含有率は平均で21ppmであり,銅と同様にチモシーの90%は馬の飼料としての必要量40ppm以下の含有率であった。銅および亜鉛は馬の骨端症発生をもたらす恐れのある含有率を示した。マンガン含有率は平均で46ppmで馬の飼料としての必要量40ppm以上の値を示した。しかし,40ppm以下のチモシーも約半数みられ,これらは土壌の交換性石灰含量が高く,土壌pHの高い草地で生産されたチモシーであった。

 施肥の差異により含有率に違いがみられた成分はマンガンであった。土壌pHが低くなるような施肥条件でマンガン含有率は高くなった。交換性石灰含量が高くチモシーのマンガン含有率が低い草地では塩安のような生理的酸性肥料が有効であった。

 チモシーの飼料成分含有率に品種間の違いがみられ,育種的方法で含有率を改善出来る可能性が示された。

4.放牧地の植生と土壌の養分状態

 馬の放牧地は不食過繁地が島状にエリアとして形成される。不食過繁地ではチモシーが優占しているが,採食部分ではチモシーが衰退して,スズメノカタビラや矮生化したシロクローバが優占していた。日高地方の馬の放牧地は連続放牧の方式で利用されており,チモシー衰退の原因となっている。

 土壌の養分状態をみると,交換性カリ含量が採食部と不食過繁地で異なり,糞尿が集中的に排泄される不食過繁地で高くなり,採食部の1.7倍の含量であった。他の要素では採食部と不食過繁地で差はみられず,採草地と同様の含量であった。

5.馬におけるチモシー乾草の栄養価

 乾草の消化率や栄養価の低下は収穫の遅れがもっとも大きく影響していた。収穫の遅れに伴う栄養価の低下程度は反芻家畜に比べて大きく,乾物消化率は1日あたり0.5%低下する

 反芻家畜では消化率の低い乾草の採食量は低下するが,馬では消化率が低くなっても採食量は一定で,可消化乾物摂取量が低下し,乾物排泄量が多くなる。このことが反芻家畜と著しく異なるところであった。

 反芻家畜の飼料の評価に活用されているデタージェント分析法や酵素分析法は馬の飼料の評価にも活用出来ることが示された。

 チモシーの可消化エネルギー含量推定にリグニン含有率が利用出来ることが示された。生産者が簡易に推定する方法として収穫した日時も活用出来ることが示された。

審査要旨

 わが国軽種馬の80%を生産している北海道日高地方の牧場における草地土壌の養分状態および牧草の飼料成分含有率,栄養価について系統的な研究を行い,日高地方の牧草生産の問題点を明らかにするとともに,馬にとって良質な飼料を生産するための方策を検討した。

 本論文は6章からなり,第1章では北海道日高地方の飼料生産の現状と本研究の目的について述べている。

 第2章では軽種馬の生産基盤となる草地について日高支庁管内の軽種馬生産牧場の採草地336筆の土壌の養分状態を調べた。採草地土壌の化学性は土壌区分でやや異なるものの交換性塩基含量,リン酸吸収係数は東部地区>中部地区>西部地区の順になった。土壌区分別にみると,交換性石灰含量は泥炭土,交換性苦土含量は泥炭土と褐色森林土に高く,黒ボク土には低かった。有機態リン酸含量は低地土が他の土壌より高かった。石灰,苦土などの交換性塩基含量や有機態リン酸含量は土壌診断基準に示された基準値を大きく上回る草地が多かった。土壌中の微量元素の全含有率は交換性塩基含量と同様に東部地区から西部地区にかけて次第に低くなる傾向がみられ,セレンおよびマンガンでその傾向は特に強かった。可溶性微量元素含有率でも同様の傾向がみられた。日高地方は地区によって覆っている火山灰が異なり,さらに表層地質をみると構造帯が異なる。これらの違いが地区による土壌の養分状態の異なる要因になっていることが明らかになった。

 第3章では,イネ科牧草.チモシーの飼料成分含有率に及ぼす施肥の影響を検討した。チモシーの粗タンバク質や無機成分含有率に土壌区分間あるいは地区間で違いはみられず,交換性塩基や有効態リン酸含量が高くなってもチモシーの無機成分含有率は一定の含有率より高くはならなかった。また粗タンパク質やカルシウム含有率は馬の維持の要求量を満たさない例が多くみられた。微量要素はチモシーに欠乏症や過剰症が発生するような含有率ではなかったが,馬の飼料としてみると不足する例が多かった。最も不足しているのはセレンであり,平均で0.017ppmと必要量の1/5程度で,白筋症発生の一因となる含有率であった。銅は7.5ppmで90%のチモシーは馬の必要量10ppm以下の含有率であった。亜鉛も必要量40ppmに対して平均21ppmで90%のチモシーが必要量以下となった。マンガン含有率は平均46ppmで必要量40ppmを上回っているが,チモシーの約半数は40ppm以下の含有率であった。施肥によって含有率に差異がみられたのはマンガンで,土壌pHが低くなるような施肥条件でマンガン含有率は高くなった。土壌交換性石灰含量が高くチモシーのマンガン含有率の低い草地では塩安のような生理的酸性肥料の施与が有効であった。また,飼料成分含有率は植物種間および品種間で違いがみられ,草種の選択や育種的方法で含有率を改善できる可能性が示された。

 第4章では放牧地316筆の植生および土壌状態を調べた。馬の放牧地では糞尿が集中的に排泄されることによって不食過繁地が島状にエリアとして形成される。不食過繁地ではチモシーが優占しているが,採食部ではチモシーは衰退し,スズメノカタビラや矮生化したシロクローバが優占している。採食部のチモシーの衰退は連続放牧の方式がとられ,常に喫食されているためである。不食過繁地はゼオライトの施用によりかなりの回復が認められた。

 第5章では馬を用いた消化試験を行い,チモシー乾草の乾物消化率および栄養価を求めた。6月上旬から7月下旬にかけて収穫されたチモシー乾草の乾物消化率は31〜56%の範囲にあり,収穫が遅くなるに伴い1日あたり0.5%低下した。この低下割合はめん羊に比べて大きかった。また,反芻家畜の場合と大きく異なり馬では乾物消化率が低くなっても乾物摂取量の低下はみられず,排泄量が増大した。チモシーのリグニン含有率から可消化エネルギーが推定され,この推定値と養分摂取量から出穂期までに収穫されたチモシーの乾草は繁殖雌馬の可消化エネルギーや粗タンバク質,無機物の要求量を概ね満たすことが示された。

 第6章は総合討論である。

 以上本論文は,北海道日高地方における草地土壌の養分状態について土壌群別,地域別に検討するとともに,生産されたチモシーの飼料成分含有率および馬による消化試験によりその栄養価について明らかにし,馬にとって良質な飼料の生産に対して具体的な知見を示したものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,博士(農学)を授与するに価するものと認めた。

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