学位論文要旨



No 211994
著者(漢字) 鈴木,正肚
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサト
標題(和) ウリ科野菜用接ぎ木装置の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 211994
報告番号 乙11994
学位授与日 1994.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11994号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木谷,収
 東京大学 教授 高倉,直
 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 助教授 岡本,嗣男
 東京大学 助教授 大下,誠一
内容要旨

 本研究は「ウリ科野菜の接ぎ木苗を省力的に大量生産する装置を開発する」ことを目的として行ったものである。

 一連の開発研究では,

 (1)接ぎ木苗生産の現状調査

 (2)機械接ぎ木に必要な要素技術の開発

 (3)機能確認機による機械接ぎ木の可能性の検討

 (4)実験機による連続接ぎ木作業の実現

 (5)実証機による実用化研究

 を実施した。

1.接ぎ木苗生産の現状調査

 野菜生産では,労働力の高齢化や担い手不足,周年栽培に伴う収穫作業と育苗作業の競合などによる労働力不足が深刻になっている。そのため接ぎ木苗などの野菜苗は購入して利用し,栽培に専念したいと希望する農家が増加している。日本でも苗生産業が成り立つ社会背景ができてきた。

 接ぎ木苗は,果菜生産では連作障害を回避するために不可欠となっており,主要な果菜であるキュウリ,スイカ,メロン,トマト,ナスの栽培面積の約60%で利用されている。接ぎ木作業は全て手作業で,農家では相互に労働力を提供し合っての共同作業により,苗生産業者では40〜50名のパートタイマーの雇用によって行なわれている。しかし,接ぎ木作業は小さな苗の切断,接着という精密な作業が多く,熟練が必要であるため,農家では労働力不足と作業後の疲労などが,苗生産業者では熟練者を確保することが大きな問題となっている。このような状況のもと接ぎ木作業の機械化が強く要望されている。

2.機械接ぎ木の要素技術の開発

 装置開発に先立ち,接ぎ木作業を機械で行うために必要な基本技術を検討した。対象作物は主として穂木はキュウリ,台木はカボチャとした。

 各種接ぎ木法について,活着率や成苗率,作業の難易,作業工程数などの観点から比較した。その結果,台木の子葉一枚と生長点を一工程で切り落とし,そこに胚軸を斜めに切断した穂木を接着する「片葉切断接ぎ」が最も適した方法であった。

 穂木,台木の切断位置を決める基準部位を探索するため苗形状を調査した。その結果,子葉展開基部(胚軸への子葉の付け根部分)が苗形状の影響が最も少ないことを見いだした。また,切断面が平滑であることが活着に良いため,切断はカミソリで行うことにした。

 エアハンドのフィンガによって苗を把持することを前提に,キュウリ苗,カボチャ苗の胚軸を30〜70%押しつぶし,その後の苗生育と胚軸が受ける損傷から把持法を検討した。その結果,胚軸径の30%まで押しつぶしても苗の生育に問題はなく,胚軸は損傷を受けなかった。これらの検討結果と胚軸径のばらつきは0.1〜0.2mmと小さいことから,フィンガ把持面にばらつきを吸収するウレタンゴムを貼付するだけで把持できると判断した。

 接着資材として瞬間接着剤や医療用テープなどを検討したが,作業性や活着率に問題があったため,本研究では,手接ぎ木で使用しているクリップを採用することにした。

3.機能確認機による機械接ぎ木の可能性の検討

 機械接ぎ木に必要な要素技術を組み合わせた機能確認機を製作し,キュウリ接ぎ木を行って機械接ぎ木の可能性を検討した。

 接ぎ木法として選択した「片葉切断接ぎ」は機械による接ぎ木作業でも活着率は低下しなかった。

 苗供給は苗をハンガに子葉展開基部で吊り下げる方法とした。そしてハンドが子葉展開基部下の胚軸を把持したら最終の接着工程まで解放しないようにした。すなわち苗の供給時に把持,切断,接着の位置を決めるようにした。この方法は持ちかえがないため,育苗方法によって大きく変化する苗形状の影響を最小限に押さえるのに有効であった。

 ウレタンゴムを貼付したフィンガは胚軸を傷つけることはなかった。

 機能確認機は7秒で1株の接ぎ木作業を行った。台木の切断精度は,葉柄展開角の違いによって異なり,良好切断率(子葉と生長点を精度良く切除した割合)は10〜80%と変化し,作用は不安定であった。また接着は,クリップが台木葉柄に接触したときに失敗した。そのため機能確認機の性能は,接着率(穂木と台木の切断面が外見的に合っている接ぎ木苗(接着株)の供試苗に対する割合)83%,活着率(順化終了時点で穂木が枯死していない接ぎ木苗の供試苗に対する割合)65%,成苗率(穂木の本葉枚数が3枚以上展開している接ぎ木苗の供試苗に対する割合)60%と低いものであった。

 機能確認機による接ぎ木試験の結果,性能は低いものの,機械接ぎ木の成否を決める「接ぎ木法」,「切断位置決め法」そして「把持法」は目的どおり機能したことから機械接ぎ木は可能であると判断した。

4.実験用接ぎ木装置による連続接ぎ木作業

 機能確認機で得た基本技術を受け継ぎ,これに新たな技術を組み込んだ実験機を開発して20株連続接ぎ木作業を行った。

 切断機構は,台木,穂木とも苗形状を矯正しながら切断する回転アーム型とした結果,切断作用は安定した。しかし,台木切断では,苗が搬送中にハンガ上を移動することがあり,良好切断率は約50%であった。その他の機構は目的どおり作動した。

 実験機は連続20株の接ぎ木作業を約1分で行うことができ,作業能率は接ぎ木操作のみを比較すると手接ぎ木の約10倍,接着率98%,活着率95%そして成苗率87%と手接ぎ木並みの作業精度であった。

 機械接ぎ木苗が収量,品質などに及ぼす影響を手接ぎ木苗との比較栽培によって調査した。その結果,収量,上物率などに差はなく,機械接ぎ木苗が栽培上でも問題がないことを確認した。

 また,実験機を用いプリンスメロン,スイカ苗の接ぎ木作業を行い,適応性を見た。プリンスメロンでは接着率95%,活着率95%,成苗率78%,スイカはそれぞれ90%,78%,78%であった。実験機は両苗にも適応性があった。

5.実証機による接ぎ木装置の実用化試験

 機能確認機及び実験機で開発された技術をベースとし,穂木,台木の供給は人手で行い,クリップはパーツフィーダによって自動供給する実証機を開発した。実証機を埼玉,岩手両県の園芸試験場と苗生産現場に持ち込み,8回の実験,7000株を越える接ぎ木作業を行って実用性を確認した。

 実証機で作業するのに要する人員は苗供給2名,苗補給・取り出し1名,接ぎ木苗の植え付け2名計5名である。キュウリ接ぎ木作業を行った結果,作業能率は11〜14株/分,作業精度は接着率90%以上,活着率,成苗率95%(接着株に対する割合)以上であった。

 良好切断率は,切断機構を回転アーム型とし,苗をハンガに吊り下げた直後に把持して切断部に搬送するようにしたこと,切断時に葉柄部分を支えるようにしたことによって95%以上に向上した。

 これらの結果から実証機は実用性があると判断された。

6.接ぎ木装置の実用化と利用実態

 これまでの研究成果を農業機械メーカに技術移転した結果,1993年10月に「接ぎ木ロボット」が全国に販売された。

 接ぎ木ロボットは全長2100mm,全幅1340mm,全高1025m,質量215kgである。また,動力源は商用電源交流100Vである。

 接ぎ木ロボットを購入した2個所の苗生産業者で利用実態を調査した。

 千葉県の苗生産業者は,接ぎ木時期の3月下旬から4月下旬にかけて20万株を超える接ぎ木苗生産に利用し,自社ブランドとOEMで出荷していた。クリップ詰まりなどの指摘があった。

 京都府の苗生産組合は接ぎ木ロボッドを2台購入し,組合員が共同利用していた。2〜3月にキュウリ接ぎ木苗を30万株出荷していた。

 2個所とも既設のビニルハウスを改装せずに接ぎ木ロボットを設置していた。また,接ぎ木作業は,前者は接ぎ木が未経験の男子学生アルバイトが,後者は女性のパートタイマーが実施していた。両オーナーとも接ぎ木性能に満足していた。

 接ぎ木装置の開発は,消費者には果菜の安定供給を,生産者には労働力不足の解消と精密な作業の機械化による効率化を,また生産規模の拡大と適期に作業できることを可能にした。一方,苗生産業者には,事業に付加価値の高い接ぎ木苗を加えることによる事業拡大を可能とするものと期待される。

審査要旨

 接ぎ木苗は,果菜生産では連作障害を回避するために不可欠となっており,主要な果菜であるキュウリ,スイカ,メロン,トマト,ナスの栽培面積の約60%で利用されている。接ぎ木作業は全て手作業で行われてきた。しかし野菜生産では,労働力の高齢化や担い手不足,周年栽培に伴う収穫作業と育苗作業の競合などによる労働力不足が深刻になっている。本研究はウリ科野菜の接ぎ木苗を省力的に大量生産する装置を開発することを目的として行ったものである。

 まず装置開発に先立ち,接ぎ木作業を機械で行うために必要な基本技術を検討した。対象作物は主として穂木はキュウリ,台木はカボチャとした。各種接ぎ木法について,活着率や成苗率,作業の難易,作業工程数などの観点から比較した。その結果,台木の子葉一枚と生長点を一工程で切り落とし,そこに胚軸を斜めに切断した穂木を接着する片葉切断接ぎが最も適した方法であることを明らかにした。また穂木,台木の切断位置を決める基準部位を探索するため苗形状を調査した。その結果,子葉展開基部が苗形状の位置は苗形状の影響が最も少ないことを見いだした。

 これらの結果を基にして機械接ぎ木に必要な要素技術を組み合わせた機能確認機を製作し,キュウリ接ぎ木を行って機械接ぎ木の可能性を検討した。接ぎ木法として選択した片葉切断接ぎは機械による接ぎ木作業でも活着率は低下しなかった。苗供給は苗をハンガに子葉展開基部で吊り下げる方法とした。この方法は持ちかえがないため,育苗方法によって大きく変化する苗形状の影響を最小限に押さえるのに有効であった。台木の切断精度は,葉柄展開角の違いによって異なり,良好切断率(子葉と生長点を精度良く切除した割合)は10〜80%と変化し,作用は不安定であった。

 機能確認機で得た基本技術を受け継ぎ,これに新たな機構を組み込んだ実験機を開発して20株連続接ぎ木作業を行った。切断機構は,台木,穂木とも苗形状を矯正しながら切断する回転アーム型とした結果,切断作用は安定した。実験機は連続20株の接ぎ木作業を約1分で行うことができ,作業能率は接ぎ木操作のみを比較すると手接ぎ木の約10倍,接着率98%,活着率95%そして成苗率87%と手接ぎ木並みの作業精度であった。また機械接ぎ木苗が収量,品質などに及ぼす影響を手接ぎ木苗との比較栽培によって調査した。その結果,収量,上物率などに差はなく,機械接ぎ木苗が栽培上でも問題がないことを確認した。さらに実験機を用いプリンスメロン,スイカ苗の接ぎ木作業を行い,適応性を調べた。プリンスメロンでは接着率95%,活着率95%,成苗率78%,スイカはそれぞれ90%,78%,78%であった。実験機は両苗にも適応性があった。

 機能確認機及び実験機で開発された技術をベースとし,穂木,台木の供給は人手で行い,クリップはバーツフィーダによって自動供給する実証機を開発し,7,000株を超える接ぎ木作業を行って実用性を確認した。実証機の良好切断率は,切断機構を回転アーム型とし,苗をハンガに吊り下げた直後に把持して切断部に搬送するようにしたこと,切断時に葉柄部分を支えるようにしたことによって95%以上に向上した。実証機で作業するのに要する人員は苗供給2名,苗補給・取り出し1名,接ぎ木苗の植え付け2名,計5名である。キュウリ接ぎ木作業を行った結果,作業能率は11〜14株/分,作業精度は接着率90%以上,活着率,成苗率95%(接着株に対する割合)以上であった。

 以上の研究成果を農業機械メーカに技術移転した結果,「接ぎ木ロボット」として全国に販売された。これを購入した2ヶ所の苗生産業者が使用している3台について利用実態を調査したところ,それぞれ1台当り15〜20万株/月の接ぎ木作業を行っており,十分な性能を発揮していることを確認した。

 以上要するに本研究は,ウリ科野菜用接ぎ木装置の開発に当たり,その要素技術確立のための研究を行い,実用水準の装置システムを完成し,この分野に学術上,応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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