学位論文要旨



No 211995
著者(漢字) 藤田,秀司
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,シュウジ
標題(和) 生物活性を指向したスフィンゴ糖脂質類の合成研究
標題(洋)
報告番号 211995
報告番号 乙11995
学位授与日 1994.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11995号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,謙治
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
内容要旨

 本論文は、3S配置を有するスフィンゴシンおよびセラミド誘導体、シアリルセラミド類、デ-N-アセチルGM3,およびGM3類縁体、デ-N-アセチルGM2の合成に関する研究で5章よりなる。

 著者は糖鎖工学を応用した医薬品開発という観点から複合糖質の中で多彩な生物活性を有することが知られている糖脂質類に着目し、新たな生物活性を指向した非天然型の脂質ならびに糖脂質類の合成を行なった。

 第1章では最近の医療分野における糖鎖という観点から、医薬品をはじめDDSへの応用、更に糖鎖腫瘍マーカーに対するモノクローナル抗体を用いた血清診断の現状について記述した。

 第2章では3S配置を有するスフィンゴシンおよびセラミド誘導体の合成ついて記述した。スフィンゴシンはスフィンゴシン糖脂質の糖鎖を支える疎水基として知られているが、それ自身にもPK-Cに対する阻害作用をはじめ様々な生理機能に関与することが知られている。しかしながらこれらの作用は天然型のD-エリスロ体(2S,3R)にのみ観察されることから、著者は新たな生物活性を指向し、3S配置を有するスフィンゴシンおよびセラミド誘導体の合成を検討した。合成法はD-グルコースから調整した1のキラリティーを利用し、以下に示す如く行なった。1を過ヨウ素酸酸化後Wittig反応により増炭し、次いでメシル化して2とした。2にNaN3を作用させE体3及びZ体4を得た。3はNaBH4還元後、脱ベンジリデン化し5へと導いた。ここで環状メシレート2に対するアジド化は低収率であったことから、2を直鎖状の6に変換後アジド化を行なったところ、高収率で7を得ることができた。次いで7から5工程を経て目的化合物である8及び9を合成した。

 2R,3S誘導体の合成は出発原料として6を用い、以下のように行なった。6にCsOAcを作用させ3位が反転した10とし、次いで4工程で11及び12とした。11はNaBH4還元することにより13に変換した。更に11及び12は各々4工程で目的とする14及び15へ導くことに成功した。

 合成したスフィンゴシン5(L-スレオ)及び13(L-エリスロ)については共同研究者のIgarashiらによりPK-Cに対する阻害作用が調べられた。その結果、L-スレオ体5については天然のD-エリスロ体よりも強い中程度の活性が認められたが、L-エリスロ体13についてはD-エリスロ体と同等の弱い活性であった。しかしながら、これら3種のスフィンゴシンをN,N-ジメチル化した誘導体においては、D-エリスロ体にのみ極めて強い活性が認められた。

 

 第3章では神経突起伸展作用を有する化合物の探索研究として行なったシアリルセラミド類の合成について記述した。使用したセラミドは天然型のD-エリスロ体と第2章で記述した非天然型のL-スレオ体の2種類を用いた。天然型のセラミド受容体16とシアル酸供与体17とをHgBr2.Hg(CN)2存在下に縮合し、体18及び体19を得た。18及び19は各々苛性ソーダで脱保護することにより、目的のシアリルセラミド20及び21へと導いた。

 非天然型セラミドを有するシアリルセラミド22及び23も同様に、8から3工程を経て調整した受容体24と17とを縮合後、脱保護することにより合成した。

 合成した4種のシアリルセラミド類のNeuro2aに対する神経突起伸展作用については、著者の所属する研究所ならびにTsujiらにより調べられた結果,シアリルコレステロールには及ばないものの化合物20に中程度の活性が認められた。

 

 第4章においては、生体の様々な生理機能に関与することが知られているガングリオシドGM3に着目し、新たな生物活性を指向した6種類のGM3関連化合物25〜30の合成について記述した。標的化合物はシアル酸5位の修飾体であることから、シアル酸供与体として5位に最終段階で脱離可能なBoc基を導入したチオグリコシド誘導体31を既知の32から調整し、鍵化合物として用いた。31とラクトース受容体33とのグリコシル化はプロモーターにPhSeOTfとTMSOTfとを用いることにより、低温で速やかに反応が進行し、/=11/1と所望の-グリコシド34を高選択的に高収率で得ることができた。次いで、34は5工程を経て3糖性供与体36へと導いた。36とセラミド受容体16とをBF3・OEt2をプロモーターに用いて縮合し、完全保護の糖脂質37を得た。37の脱保護については、種々の検討結果からメチルエステルの開裂、脱Boc化、脱アシル化の順に行ない、目的のデ-N-アセチルGM3位置異性体25を得ることに成功した。

 デ-N-アセチルGM326及びその立体異性体27の合成も25と同様の方法で行なった。最初の鍵反応となる31とラクトース受容体38とのグリコシル化においては、先と同様のプロモーターの存在下、溶媒としてジクロロメタンーアセトニトリルを用いた場合には-グリコシド39を、ジクロロメタンを用いた場合には-グリコシド40を各々、優先的に収率よく得ることができた。39及び40は各々3糖性供与体に変換後、セラミドとの縮合を経て目的とする26及び27へ導いた。叉、25の合成中間体である37及び39から誘導された41は各々、脱Boc化後メチルイソシアネートを作用させ、次いで脱保護することにより28及び29へ導いた。更に、同様の手法でシアル酸5位にメトキシアセチル基を有するGM3類縁体30も合成した。

 

 第5章では発癌と密接に関連することが示唆されているデ-N-アセチルガングリオシド類に着目し、天然には未だ発見されていないデ-N-アセチルGM242の合成について記述した。標的化合物42を合成するに当たり当初、第4章で記述したデ-N-アセチルGM3の合成中間体であるN-Bocシアリルラクトース誘導体39を糖受容体として用い、N-フタロイル基で保護した種々のガラクトサミン供与体とのグリコシル化を検討した。しかしながら何れの条件下でもカルバメート誘導体43を主生成物として与えた。この原因としてはグリコシル化反応の際に生成する酸によるものと考え、そこで酸に安定な保護基であるN-フタロイル基をシアル酸5位の保護基として用いることとした。N-フタロイル保護のシアル酸チオグリコシド供与体44を45から調整し、ラクトース受容体38とのグリコシル化を検討した。その結果、N-Boc供与体の場合とは異なり反応プロモーターにPhSeOTfのみを用いる条件が最も良好な結果を与え、満足の行く収率で所望の3糖誘導体46を得ることができた。46にガラクトサミン残基を導入する際、シアル酸5位のフタロイル基と区別する必要がある。そこで2位をアジド基にしたガラクトースのS-キサンテート48を供与体として用いた。本グリコシル化においてもPhSeOTfをプロモーターとして用いることにより、2位が隣接基関与のないアジド基であるにも関わらず目的とする-配置の4糖性誘導体50を優先的に高収率で得ることができた。50を供与体へ変換する為、チオ酢酸によりN-アセチル体とした後に水酸化パラジウム-炭素触媒による接触還元次いでアセチル化を行なったところ、目的の51の他にフタロイル基のベンゼン環がシクロヘキサン環にまで還元された52が副生した。52の1,2-シクロヘキサンジカルボキシルイミド基もフタロイル基と同様のN-保護基として扱うことができるものと考え、52についても以後の実験を進めた。51及び52は各々、3工程で供与体へ変換後セラミド受容体16と縮合し、次いで脱保護を行なうことにより目的化合物のデ-N-アセチルGM242へ導くことに成功した。

 合成したデ-N-アセチルGM2を免疫原としたモノクローナル抗体の作製が著者の所属する研究所の免疫グループにより行なわれ、4種の抗体を取得することに成功した。ここで得られた抗体の特異性について調べたところ、1種類はデ-N-アセチルGM2の4糖部分を認識する抗体であり、他の3種類はNeuNH22→3Galの2糖部分を認識する抗体であることが判明した。

 

 以上記述した如く生物活性を指向した脂質及び糖脂質誘導体として、3S位置を有するスフィンゴシン及びセラミド誘導体、シアリルセラミド類、デ-N-アセチルGM3及びGM3類縁体、更にデ-N-アセチルGM2の合成に成功した。

審査要旨

 本論文は,3S配置を有するスフィンゴシン及びセラミド誘導体,シアリルセラミド類,デ-N-アセチルGM3及びGM3類縁体,デ-N-アセチルGM2の合成に関するもので5章よりなる。

 著者は多彩な生物活性を有することが知られている糖脂質類に着目し,新たな生物活性を指向した非天然型の脂質ならびに糖脂質類の創製を目的として以下の研究を行った。

 第1章で糖鎖工学を応用した医薬品等の開発の現状と本研究の意義について概説した後,第2章では3S配置を有するスフィンゴシン及びセラミド誘導体の合成について述べている。スフィゴシンはプロテインキナーゼ-Cに対する阻害作用をはじめ様々な生理機能に関与することが知られている。これらの作用は天然型のD-エリスロ体にのみ観察されることから,新たな生物活性を指向した3S配置を有するスフィンゴシン及びセラミド誘導体の合成を行った。

 211995f05.gif

 D-グルコースから調製した1をメシル体2とし,アジド化後2工程を経て3の合成に成功した。2R,3S誘導体10は2から得られる4の3位を反転させ7とし,8及び9を経て得た。さらにセラミド11及び12の合成も行った。合成品のPK-Cに対する阻害作用を調べたところ,L-スレオ体3については天然のD-エリスロ体よりも強い中程度の活性が認められたが,L-エリスロ体10についてはD-エリスロ体と同等の弱い活性であった。更にこれら3種のスフィンゴシンをN,N-ジメチル化した誘導体においては,D-エリスロ体にのみ強い活性が認められた。

 第3章では神経突起伸展作用を有する化合物の探索するために行ったシアリルセラミド類の合成について述べている。シアル酸供与体13とセラミド受容体14ないしは21を組み合わせることにより,目的の天然型シアリルセラミド17,18および非天然型セラミドを有するシアリルセラミド19,20を合成した。4種のシアリルセラミド類の神経突起伸展作用について調べたところ,シアリルコレステロールには及ばないものの化合物17に中程度の活性が認められた。

 211995f06.gif

 第4章では,生体の様々な生理機能に関与することが知られているGM3に着目し,新たな生物活性を指向したGM3類縁体22〜27の合成について述べている。標的化合物はシアル酸5位の修飾体であることから,5位に最終段階で脱離可能なBoc基を導入したチオグリコシド誘導体28を供与体として用いた。28とラクトース受容体30或いは31とのグリコシル化はPhSeOTf

 211995f07.gif

 とTMSOTfとを用いることにより,低温で速やかに反応が進行し,条件の選択により32,34および35を優先的に得ることができた。前頁図示のごとくして目的の22〜27の合成に成功した。

 第5章では発癌との関連が示唆されているデ-N-アセチルガングリオシド類に着目し,天然には未だ発見されていないデ-N-アセチルGM239の合成について述べている。シアル酸供与体40を28と同様の手法で調製し,ラクトース受容体31とのグリコシル化をPhSeOTfのみを用いると良い収率で目的の3糖誘導体42を与えた。これを4糖性誘導体45,46を経て供与体へ変換後,セラミド受容体14との縮合により目的のデ-N-アセチルGM239へ導くことに成功した。このものを免疫原としたモノクローナル抗体が作製され,4種の抗体を取得することに成功した。得られた抗体の特異性について調べたところ,1種類はデ-N-アセチルGM2の4糖部分を認識する抗体であり,他の3種類はNeuNH22→3Galの2糖部分を認識する抗体であることが判明した。

 211995f08.gif

 以上本論文は,新規な生物活性を指向し従来にない非天然型の脂質及び糖脂質誘導体として,3S位置を有するスフィンゴシン及びセラミド誘導体,シアリルセラミド類,デ-N-アセチルGM3及びGM3類縁体,更にデ-N-アセチルGM2の合成に成功し,生物機能を探る道を開いたものであり,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク