審査要旨 | | 海洋の動植物がさまざまな生理活性物質をつくるのみならず,微生物によって特に毒素の類が産生されることも明らかになってきた。この中でフグ毒(テトロドトキシン)は強力な麻痺性神経毒で,海洋細菌や放線菌類が産生しており,海洋の堆積物や懸濁物などから検出されることも報告されている。一方,多くの貝類よってフグ毒に似た中毒が起こるが,これは麻痺性貝毒(PSP)と呼ばれ,有毒な渦鞭毛藻類を貝類が捕食した結果引き起こされると考えられている他に,微生物の大きさの粒子も関連していることが示唆されている。 本研究ではタイ湾沿岸の微生植によるテトロドトキシン(TTX)やPSPの産生能を調べ,二枚貝(Asaphisviolascens)からTTXならびにPSPを産生する海洋細菌が初めて分離された。そこで,実験条件下において増殖に伴う毒産生の様相を詳しく解析したものである。なお,本論文における二枚貝や海洋細菌の産生する毒性は人間に中毒症状を引き起こす濃度に比べると,かなり低いレベルでの現象を取り扱っている。 1.タイ湾沿岸域より分離されたSCB産生細菌 タイ湾沿岸において海水,海底堆積物や脊椎,無脊椎など20種類の動物から合計489株の微生物を分離した。マウス神経芽細胞を用いるナトリウムチャンネル阻害(SCB)物質の検定法を用いて,SCB産生細菌112株をスクリーニングした。この中の5株の細菌では4株がVibrio属で,1株がPseudo monas属であった。 2.二枚貝(A.violascens)から分離されたTTXならびにPSPを産生する海洋細菌 タイ湾北部のSichang島周辺の二枚貝の7器官からSCB産生細菌のスクリーニングを行った。それぞれの器官の単位重量当たりの細菌数は二枚貝の毒性の高い時期(1990年5月29日)には高くなり(108-9cfu/gレベル),毒性の低い時期(1990年8月4日)には低くなる(106-7cfu/gレベル)傾向が認められた。分離されたVibrio属の細菌3株はGTX1〜4,STX,neoSTX,とdecarbamoyl STXなどの麻痺性貝毒およびTTX,4epi-TTX,およびanhydro-TTXなどのフグ毒を産生した。また,Micrococcus属およびFlauobacterium属の細菌各1株と未同定細菌1株も同様な産生能を持つことが認められた。これまでにはPSPあるいはTTXを産生する細菌については報告があるが,1株で両者あるいはその関連物質を産生する細菌が分離されたのは初めてのことである。 3.Vibrio属細菌2株の増殖に伴うTTXならびにPSPの産生様式 Vibrio属細菌2株を28℃,200rpmで振とう培養を行いながら定時的に増殖を調べ,菌体と上清に分けてTTXおよびPSP産生の様相を追跡した。TTXとPSPの産生様式は変動も大きく,不安定であったが,その傾向は以下のごとく要約される。SCB物質は対数増殖期に産生され始め,停止期に活発に産生され,主に細胞内に認められた。HPLCによる毒成分の分析の結果,St-1-1株の細胞内にはTTX,STX,neoSTX,GTX1,およびGTX2が,また培養液上清中にはneoSTX,GTX2〜4が検出された。SP-H-2株も同様の傾向であった。 4.二枚貝水抽出液の細菌の増埴ならびに毒産生に対する影響 毒性の高い時期と低い時期の二枚貝の肉を常温で海水抽出し,抽出液(それぞれHB,LBとした)を調整した。これらをL-培養液,海水+0.2%グルコース,海水のみなどの培地に加え,TTXならびにPSP産生能を持つ細菌株4株を培養して,その増埴および毒産生能を調べた。その結果,LBを加えると細菌の増殖が多くの場合著しく劣ること,また細菌細胞当たりのSCB産生能がHBを加えることによりかなり高くなることが認められた。このSCB物質を分析した結果,これら細菌株はPSPやTTXを産生しているが,HBを加えることによって特にTTXおよびその関連物質の産生が促進されることが認められ,二枚貝とその各器官にみられる細菌との間に毒性の発現に関して何らかの関係があることが考えられた。 以上,本研究はナトリウムチャンネルを阻害するSCB物質を産生する海洋細菌をタイ湾沿岸から分離し,その毒産生能を調べた結果,二枚貝からPSPおよびTTXを産生する細菌が初めて分離された。さらにその産生条件について検討したもので,学術上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文が博士(農学)として価値あるものと認めた。 |