学位論文要旨



No 211999
著者(漢字) 勝田,新一郎
著者(英字)
著者(カナ) カツダ,シンイチロウ
標題(和) 遺伝性高脂血症(WHHL)ウサギの血圧調節機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 211999
報告番号 乙11999
学位授与日 1994.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第11999号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅野,茂
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 助教授 局,博一
 東京大学 助教授 西原,真杉
内容要旨

 遺伝性高脂血症(WHHL)ウサギは、1973年に神戸大学医学部附属動物実験施設において日本白色種ウサギの突然変異体として発見されて以来、近親交配を重ねて確立された系統で、ヒトの家族性高脂血症IIa型に相当する疾患モデル動物といわれている。このウサギは、肝臓においてLDL-receptorが先天的に欠如しているため、血清総コレステロール濃度が正常ウサギの約20倍、トリグリセリド濃度が約9倍の高い値を示す。粥状硬化は、生後3カ月齢までに上行大動脈に発生が認められ、その後加齢にともなって下降大動脈、総頚動脈、冠状動脈等へと進展する。それ故、WHHLウサギは、粥状硬化の生化学的、病理学的側面からの研究のみならず、心臓-血管系の病態生理学的側面からの研究においても理想的な疾患モデル動物といえる。

 ここで観察される粥状硬化は、圧受容器が存在する大動脈弓ならびに頚動脈洞の血管壁に対しても著しい形態学的変化を惹起し、圧反射による急速血圧調節能に著しい影響をおよぼすものと考えられる。そこで、本研究は、疾患モデルとしてのWHHLウサギに関する基礎資料を得るために、このウサギの急速血圧調節機構の一端を明らかにしようとした。

1.自由行動下のWHHLおよび正常ウサギにおける血圧変動性の解析

 意識下の動物の血圧は、心周期、呼吸周期の他に、運動や採食等の行動にともなう動揺が加わって常に変動している。そこで、まず、自由行動下における正常およびWHHLウサギの血圧を6時間にわたり連続的に測定し、粥状硬化の血圧変動性に対する影響を、正常ウサギを対照として比較検討した。

 実験には6-30カ月齢の正常な日本白色種ウサギ25匹および12-35カ月齢のWHHLウサギ12匹を用いた。血圧測定用カテーテルを左鎖骨下動脈より大動脈弓に慢性的に留置し、数日後、ケージ内で自由行動下にて、平均血圧を約6時間にわたり連続的にコンピューターを用いて記録した。

 平均血圧の6時間の平均値(M6h)は、WHHLウサギの方が正常ウサギより有意に高い値を示したが、両者ともに加齢による変化は観察されなかった。一方、平均血圧の6時間の分散は、WHHLウサギの方が有意に増大していた。WHHLウサギにおいては、平均血圧の標準偏差(SD6h)は加齢にともなって有意に増加したが、正常ウサギでは有意な変化はみられなかった。M6hは、正常ウサギではSD6hと有意な負の相関を示したが、WHHLウサギでは有意な相関はみられなかった。

 以上の成績から、WHHLウサギにおける血圧安定性の低下は、粥状硬化による圧受容器の応答性の低下に起因するものと推察した。また、圧反射系は、正常ウサギでは血圧が正常レベル(100mmHg前後)にあるときに最も強力に作動するが、WHHLウサギでは、本実験で測定された血圧レベルでは正常に機能しないことが示唆された。

2.正常ウサギにおける急速血圧調節系の定量的解析法の検討

 圧反射系による急速血圧調節能は、以前より制御理論に基づいて解析が行われてきたが、入力や外乱として多量の出血などが用いられることが多い。入力や外乱が過大な場合、それが調節系への外乱となるばかりではなく、調節系自体の特性をも変えてしまうバラメトリック・フォーシングとなり、本来調節系の持つ調節力が正確に計測されないことが多い。そこで、本研究では、本来の調節系の特性を損なわずに正常な調節能を測るために、急速少量出血に対する血圧応答を指標として正常ウサギの急速血圧調節能を定量化することを試みた。

 8-12カ月齢の正常な日本白色種ウサギ15匹をベントバルビタールナトリウムで麻酔し、2本のカテーテルをそれぞれ左鎖骨下動脈、右鎖骨下動脈より大動脈弓に達するまで挿入した。左鎖骨下動脈より体重1kgあたり2mlの血液を急速(1-2秒以内)に注射器内に抜取り、そのときの大動脈平均血圧の応答を右鎖骨下動脈より記録した。

 出血前30秒間の平均血圧の平均値をコントロール血圧(CAMP)として急速少量出血を行うと、出血直後に大動脈圧は一過性の下降を示した。この時点では神経性血圧調節機構はまだ作動していないので、この下降分(AP1は出血後の一過性の大動脈内での血液量減少による機械的低下であり、急速血圧調節系に対する外乱と考えられる。急速血圧調節系は、外乱が与えられてから約2秒の遅れを持って作動し始め、1-2分後に最大に発揮される。このときに観察される血圧下降分(AP3)が系の定常偏差である。本法で用いた外乱AP1は小さいので、その範囲内では急速血圧調節系は線型と考えられ、また、いずれの応答においても定常偏差APsが観察されることより急速血圧調節系は比例制御系であることが示された。制御理論に基づけば、急速血圧調節系の調節能の一つの指標である開ループゲイン(G)は、次式G=(AP1/APs)-1から計算できる。なお、本実験で求めたAP1は19.6±1.5mmHg、APsは2.6±0.2mmHg、G値は7.3±0.4(平均値±標準誤差)であった。

 本方法では急速血圧調節系に侵襲を与えることなく、かつ、急速血圧調節系の特性を変えることなくその調節能を正確に測定できるものと考えられた。

3.意識下と麻酔下における急速血圧調節能の比較

 ベントバルビタールナトリウム麻酔は、急速血圧調節系に対して様々な影響をおよぼすことが報告されているので、意識下と麻酔下とで急速血圧調節系の調節能を比較検討する必要がある。本実験では、まず、正常ウサギにおいて、意識下と麻酔下で得られた急速血圧調節系の開ループゲイン(G)値を比較検討し、つぎに、WHHLウサギについても正常ウサギと同様の比較検討を行った。

 12-30カ月齢の正常ウサギ14匹、12-29カ月齢のWHHLウサギ7匹について、急速少量出血実験の手術操作と同様に2本のカテーテルを慢性的に留置した。手術後数日して、意識下で急速少量出血実験を行い、それに対する平均血圧の応答を、出血前30秒間および出血後2分間にわたりコンピューターを用いて記録し、さらにS/N比を改善するためにこれらの応答を8回、平均加算した。ついで、意識下での出血実験終了後、ペントバルビタールナトリウム麻酔下で急速少量出血に対する血圧応答を求め、ペントバルビタールナトリウムの圧反射機能に対する影響をG値を指標として定量的に調べた。

 正常ウサギにおいては、麻酔下でのCMAP、AP1およびAPs値は、意識下での値と比較して有意に増大したが、G値には有意な変化が認められなかった。同様の結果は、WHHLウサギにおいても観察された。一方、意識下において、WHHL,ウサギのCMAP、AP1およびAPs値をそれぞれ正常ウサギの値と比較すると、いずれの値もWHHLウサギの方が有意に大きく、G値は有意に小さかった。同様の結果は、麻酔下においても認められた。

 以上の成績から、WHHLウサギ、正常ウサギともにペントバルビタールナトリウム麻酔は、動脈コンブライアンスを低下させる方向に作用していることが示唆された。また、いずれのウサギにおいても、G値にはペントバルビタールナトリウム麻酔の影響がみられなかったので、麻酔下においても意識下と同様に急速血圧調節能を評価できるものと推察された。

4.WHHLおよび正常ウサギにおける急速血圧調節能および大動脈壁の加齢にともなう生理的・形態的変化

 WHHLウサギにおいては、生後3カ月齢までに粥状硬化が上行大動脈に発生する。病変は加齢とともに進行し、さらに末梢動脈へと進展するといわれている。本実験では、WHHLウサギの急速血圧調節能に対する加齢の影響を、G値を指標として正常ウサギと比較検討し、さらに大動脈病理所見と関連づけて検討した。

 実験には6-30カ月齢の正常ウザギ25匹と3-31カ月齢のWHHLウサギ15匹を用いた。ペントバルビタールナトリウム麻酔下で、前述したように左鎖骨下動脈より急速少量出血実験を行い、そのときの血圧応答を右鎖骨下動脈より記録した。実験終了後、大動脈を起始部より腸骨動脈分岐部まで摘出し、肉眼的および組織学的に病理所見を観察した。

 WHHLウサギでは、CMAP値は正常ウサギより有意に高い値を示したが、両者には加齢による有意な変化は観察されなかった。脈圧(PP)、AP1およびAPs値は、WHHLウサギの方が有意に大きく、また、G値は有意に小さく、それらの値は加齢にともなってそれぞれ有意な増加および減少を示した。しかしながら、正常ウサギでは、PP、AP1APs,およびG値の加齢による有意な変化はみられなかった。

 一方、大動脈の病理学的変化は、正常ウサギではいずれの月齢においても肉眼的、組織学的にほとんど観察されなかった。WHHLウサギでは、7カ月齢までのすべての個体に、既に大動脈弓および動脈分岐部のアテロームの存在が認められた。8-12カ月齢および13-24カ月齢では、大部分の剖検例で大動脈全面のアテローム散在ならびに大動脈壁のびまん性肥厚が観察された。さらに25カ月齢以上では、大動脈全面に肥厚および硬化が顕著となり、これらの病変は明らかに加齢にともなって進行するとともに、末梢動脈への進展を示した。

 以上の結果より、WHHLウサギでは、加齢にともなう粥状硬化の進行ならびにその末梢動脈への進展により、動脈壁伸展性の低下、動脈コンプライアンスの減少および圧受容器の機能的変化が惹起され、急速血圧調節系の調節能の低下が生じるものと考えられた。

審査要旨

 遺伝性高脂血症(Watanabe heritable hyperlipidemic:WHHL)ウサギは,1973年に神戸大学医学部附属動物実験施設において日本白色種ウサギの突然変異体として発見されて以来,近親交配を重ねて確立された系統で,ヒトの家族性高脂血症IIa型に相当する疾患モデル動物といわれている。このウサギは肝臓のLDL-receptorを先天的に欠如しているので,血清コレステロール濃度が正常ウサギの約20倍,トリグリセリド濃度が約9倍の高値を示す。粥状硬化は生後3カ月齢までに上行大動脈に発生し,その後は加齢にともない下行大動脈,総頚動脈,冠状動脈などに進展する。それゆえ,WHHLウサギは粥状硬化の生化学的,病理学的研究のみならず,心血管系の病態生理学的側面からの研究においても理想的な疾患モデル動物といえる。

 本研究はこのWHHLウサギに関する病態生理学的基礎資料を得るために,急速血圧調節機構の一端を明らかにしようとしたもので,研究の内容は4部に大別される。

 意識下の動物の血圧は心周期,呼吸周期の他に,運動や採食等の行動にともなう動揺が加わり常に変動しているので,まず,自由行動下における正常およびWHHLウサギの血圧を6時間にわたり連続測定し,粥状硬化の血圧変動性に対する影響を正常ウサギを対照として検討している。その結果,WHHLウサギにられる血圧安定性の低下は粥状硬化による圧受容器の応答性の低下に起因すること,また,圧反射系は,正常ウサギでは血圧が正常レベル(100mmHg前後)にあるときに最も強力に作動するが,WHHLウテギの場合,この実験で測定された血圧レベルでは正常に機能しないことを明らかにしている。

 つぎに,本来の調節系の特性を損なわずに正常な血圧調節能を測るために,急速少量出血に対する血圧応答を指標として正常ウサギの急速血圧調節能を定量化することを試みている。左鎖骨下動脈より体重1kgあたり2mlの血液を1〜2秒以内は注射器内に抜き取り,そのときの大動脈平均血圧の応答を右鎖骨下動脈から記録する方法により,開ループゲイン:G=(AP1/APs)-1を求めれば,急速血圧調節系に余分を侵襲を与えず,また,特性も変えることなく,その調節能を正確に測定できることを示している。

 ついで,ペントバルビタール・ナトリウム麻酔は急速血圧調節系に対して様々な影響をおよぼすことが報告されているので,意識下と麻酔下とで急速血圧調節系の調節能を比較検討している。まず,正常ウサギにおいて,意識下と麻酔下で得られた急速血圧調節系のG値について調べ,続いてWHHLウサギについても同様の実験を行った結果,両ウサギともに,ペントバルビタール・ナトリウム麻酔は,動脈コンプライアンスを低下させる方向に作用しているが,G値には麻酔の影響がほとんど現れなかったので。麻酔下においても意識下と同様に急速血圧調節能を評価できることを立証している。

 最後に,WHHLウサギおよび正常ウサギにおける急速血圧調節能および大動脈壁の,加齢にともなう生理的・形態的変化について麻酔下の個体を用いて検討している。G値を指標として急速血圧調節能を評価し,大動脈の病理所見と対比して,正常ウサギの成績と比較検討した結果,WHHLウサギでは,加齢にともなう粥状硬化の進行ならびにその末梢動脈への進展により,動脈壁の伸展性低下,動脈コンプライアンスの減少および圧受容器の機能的変化が惹起され、急速血圧調節系の調節能の低下が生じることを明らかにしている。

 以上を要するに,本論文は,これまで十分検討されていなかった高脂血症の疾患モデルであるWHHLウサギの急速血圧調節機構について,システム生理学の観点から新しい知見を得たものであり。学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって,審査員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50912