本論文は、ペンタシル型ゼオライトの酸性質の制御に基づき、シメン類のパラ位選択的脱アルキル化反応、気相ベックマン転位反応を利用したシクロヘキサノンオキシムからの -カプロラクタム合成、および気相ピリジン塩基類合成に対する効果的な触媒の開発に成功した研究をまとめたものであり、12章よりなる。 H-ZSM5で代表されるペンタシル型ゼオライトは、5員環(ペンタシル骨格)を最小単位として構築されたアルミノシリケートで、4級アンモニウム塩をテンプレートとして水熱合成される。ペンタシル型ゼオライトは、1)Si/Al原子比を6〜∞と広範に変えることができ、固体酸量および親水/疎水バランスを自在に制御できる、 2)細孔径は0.54-0.56nmで、ベンゼン環の有効分子径(0.523nm)に近く、o-/m-/p-異性体を識別し得る、および3)イオン交換によって酸、塩基性のバランスが制御できるなどの特長を有し、新規な触媒素材として多くの可能性を持っている。 本論文では、工業的に有意義な3つの化合物群(シメン類、 -カプロラクタム、およびピリジン類)を選び、ペンタシル型ゼオライト(ZSM5)触媒を用いる気相合成反応を検討した。その結果、触媒作用因子に関する幾つかの発見を基礎に、触媒機構を明らかにするとともに、工業プロセスとしての完成度を高めることにも成功している。 第1章では、研究の背景および概略について述べている。 第2章では、ペンタシル型ゼオライトの合成法、触媒反応評価法、用いた解析手法について概説している。 第3章および第4章では、触媒作用の基本となる固体酸分析手法の確立を目指し、アミン滴定法、NH3昇温脱離法、およびピリジンのパルス吸着法で比較測定を行っている。酸量がAl含量の約60%であること、酸強度がHo≦-3.0以上の強酸性であること、Si/Al≧6700の高シリカH-ZSM5にはほとんど酸点が存在しないことなどを見いだした。また、細孔外酸点は基質の拡散抵抗を受けないため、触媒反応を大きく左右するが、細孔外表面積として、水熱合成後のテンプレートを含有したままでBET表面積を測定できる簡易測定法を開発、提案している。 第5章では、シメン類のパラ位選択的脱アルキル化反応に対する効果的な触媒の開発とそのキャラクタリゼーションについて述べている。ZSM5触媒にMgOなどのアルカリ土類金属酸化物を担持して、外表面の活性点を疲毒することにより、細孔内のみが機能し、比較的容易に形状選択性が得られることを見いだした。本反応の成功にむけての困難な点は、脱アルキル化活性を維持しながら、脱離する。プロペンのオリゴメリゼーション等の副反応を抑制し、かつ触媒寿命を延ばすことにある。本章で、酸強度と酸量との積が高い選択性を得るための鍵であることを結論している。 第6章〜第10章では、シクロヘキサノンオキシムの -カプロラクタムヘの気相ベックマン転位反応に対する効果的な触媒の開発とそのキャラクタリゼーションについて述べている。本反応は、硫安を副生しない無公害型プロセスとして多くの研究がなされてきたが、未だ満足すべき触媒が見いだされていない。液相ベックマン転位反応は発煙硫酸中で行われるため、固体触媒においても強酸性触媒の研究が中心であった。本論文では、気相ベックマン転位反応の活性点が予想とは異なり、ペンタシル型ゼオライトの細孔外表面にある中性シラノール基であることが明らかにされている。さらに、このシラノール基は結晶性部分に存在することが必要で、非晶質部分のシラノール基や酸性のシラノール基は選択性を下げ、コーキングによる失活が大きいことも明らかにした。最適なペンタシル型ゼオライトは、Si(OEt)4をケイ素源とし、Al源は使わず、(C3H7)4N+OH-をテンプレートとして"液相法"と名付けた水熱合成法で得られることを見いだした。このものは酸点を全く含まず、高い結晶化度と広い細孔外表面積を持つため、 -カプロラクタム選択性が高い(約85%)こと、またコーキングによる失活も少ない。さらに、細孔外表面を(CH3)4SiClにより修飾することにより、オキシム転化率100%においてラクタム選択性が95%という極めて高い成績を与えることを見いだしている。転化反応過程をin-situ FT-IRで追跡したところ、反応は既に373 Kで生じており、623 Kでの反応温度は生成ラクタムの脱離に必要であることが分かった。また、中性シラノール基とオキシム水酸基との間に強い相互作用が観察され、転位反応中間体としてオキシムシリルエーテルが形成されることを提案した。 第11章では、気相ピリジン塩基類合成触媒に関する研究を述べている。アセトアルデヒド/ホルムアルデヒド/アンモニアからのピリジン塩基類合成に対し、Si/Al=30〜120の中程度の酸量を持つペンタシル型ゼオライトを、Pb2+、Tl+、Zn2+、あるいはCo2+でイオン交換した触媒を用いることにより、ピリジン塩基類の収率が飛躍的に向上(収率=81%)することを見いだしている。このイオン交換の効果は、酸量をある程度下げる働きがあるが、活性の傾向を説明するには不十分であり、イオン自身の脱水素特性も考慮する必要があることを指摘した。 第12章では、本研究の結論および今後の課題について述べている。 以上、本論文はペンタシル型ゼオライトの優れた形状選択性および固体酸性を明らかにし、それを用いた幾つかの新規触媒プロセスに関して基礎と応用の両面にわたる研究を行ったもので、本分野の化学、特に触媒基礎化学に貢献するところ誠に大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え、実験を行ったもので、本著者の寄与は極めて大きいと認める。よって、佐藤洋氏は博士(理学)の学位を受ける資格があると判定する。 |