学位論文要旨



No 212001
著者(漢字) 佐藤,洋
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヒロシ
標題(和) 「ペンタシル型ゼオライトの酸性質制御と触媒作用に関する研究」
標題(洋) "STUDIES ON THE ACIDITY CONTROL AND THE CATALYSIS OF THE PENTASIL ZEOLITES"
報告番号 212001
報告番号 乙12001
学位授与日 1994.11.28
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12001号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 近藤,保
 東京大学 教授 岡崎,廉治
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 助教授 辰巳,敬
内容要旨 1、「はじめに」

 H-ZSM-5で代表されるペンタシル型ゼオライトは、5員環(ペンタシル骨格)を最小単位として構築されたアルミノシリケートで、4級アンモニウム塩をテンプレートとして水熱合成される。以下の特徴を有する新規な触媒素材である。

 1)Si/Al原子比を6〜∞と広範に変えることが出来、固体酸量及び、親水/疎水バランスを自在に制御出来る。

 2)細孔径は5.4〜5.6Åで、ベンゼン環の有効分子径(5.23Å)に近く、o/m/p-異性体を識別し得る。形状選択性触媒と云われる由縁である。

 3)イオン交換によって酸、塩基性のバランスが制御出来る。

 本研究では工業的に有意義な3つの化合物群(シメン類、-カプロラクタム、ピリジン類)を選び、ペンタシル型ゼオライト(ZSM-5〉触媒を用いる気相合成反応を検討した。その結果、触媒性能向上に関する幾つかの発見を伴って工業プロセスとしての完成度を高めると共に、その触媒作用の本質をもかなりの程度まで、明らかにする事が出来た。以下、各検討結果を要約する。

2、「ペンタシルゼオライトのキャラクタリゼーション」

 まず触媒作用を論ずる基本となる固体酸分析手法の確立を目指し、H-ZSM-5の酸性質を1)アミン滴定法、2)NH3-TPD法、3)ピリジンのGCパルス吸着法で比較測定した結果、a)酸量はAl含量の約60%に相当すること、b)酸強度はH0≦-3.0以上の強酸性である事が判ったが、4)吸着ピリジンのFT-IR分析法では酸量がAl含量の約30%程度となり、分子吸光係数の見直しが必要と判った。

 一方、NH3-TPD測定の結果、Na-ZSM-5にはNa+のルイス酸性に由来すると思われる弱い酸点が検出されたが、Si/Al≧6700の高シリカH-ZSM-5には殆ど酸量が検出されなかった。

 また、FT-IRによるシラノール分析の結果、酸性シラノールはAl含量に比例し、中性シラノールはある程度までは細孔外表面積に比例的である事が判った。

 細孔外酸点は基質の拡散抵抗を受けないため、場合によっては触媒反応を大きく左右する。細孔外表面積(ESA)として、水熱合成後のテンプレートを含有したままでBET表向積を測定すると云う簡易測定法を開発、提案した。

3、「シメン類のパラ位選択的脱アルキル化反応に対する効果的な触媒の開発とそのキャラクタリゼーション」

 

 ZSM-5にアルカリ土類金属酸化物(MgOなど)を坦持して外表面の活性点を被毒する事により細孔内の活性点のみが働き、比較的容易に形状選択性が得られることを見い出した。

 最も難しい課題は、脱アルキル化活性を維持しながら、脱離するプロピレンのオリゴメリゼーション等の副反応を如何に抑制し、回収プロピレン純度を上げ、且つ触媒寿命を延ばす事であった。これに対する答えは以下の3点に要約されるデリケートな酸性質の制御にあることを見い出した。

 1)Liイオン交換:Li-ZSM-5は穏やかなるも十分な酸性を有する、

 2)H-ZSM-5のNaによる部分イオン交換:Na+で部分的に遮蔽されたH+が適度な酸性を有する

 3)Si/Al≧5000(Al≦90ppm)と、極端に高シリカなH-ZSM-5:回収プロピレンの純度は高いものが得られるが、脱アルキル化活性は低い。

 上記結果より、本反応に対しては酸強度と酸量の積が、高い選択率を得る為の鍵であると結論した。

4、「シクロヘキサノンオキシムの-カプロラクタムヘの気相ベックマン転位反応に対する効果的な触媒の開発とそのキャラクタリゼーション」

 

 本反応は、硫安を副生しない無公害型プロセスとして多くの研究が為されてきたが、未だ満足すべき触媒が見い出されていない。液相ベックマン転位反応は発煙硫酸中で行なわれるため、固体触媒を用いる気相転位反応に於いても強酸性触媒の研究が中心であった。

 我々は、気相ベックマン転位反応の活性点はペンタシル型ゼオライトの細孔外表面にある中性シラノール基である事を始めて明らかにした。更に、このシラノール基は結晶性部分に存在することが必要で、非晶質部分のシラノール基や酸性のシラノール基は選択性を下げ、コーキングによる失活が大きい事も明らかにした。

 最適なペンタシル型ゼオライトは、Si(OEt)4を珪素源とし(Al源は使わず)、Pr4N+OH-をテンプレート(鋳型)として"液相法"と名付けた水熱合成法で得られる。このものは酸点を全く含まず、高い結晶化度と、広い細孔外表面積を有するため、ラクタム選択率が高く(〜85%)、コーキングによる失活も少ない。この超高シリカ(Si/Al≧30,000)ZSM-5のラクタム選択率は、Me3SiCl(TMCS)による表面修飾(CVD処理)で更に向上し、オキシム転化率=100%に於いてラクタム選択率=95%と云う極めて高い成績を与える事を見い出した。このTMCS処理はシラノール基密度を減少させて疎水性を増す事により、反応中間体のスムーズな転位を促すと共に、生成ラクタムの速やかな脱離を促進すると推定される。

 転位過程をin-situ FT-IRで追跡した結果、1)転位反応は100℃で既に生じており、350℃と云う反応温度は生成ラクタムの脱離に必要である事、及び2)中性(末端)シラノール基とオキシム水酸基の間に強い相互作用が観察され、転位中間体として、オキシムシリルエーテルの形成が示唆される事を見い出した。

 但し転位中間体については、350℃と云う高温では、中性シラノール基が相対的に弱塩基性であるオキシム水酸基に対して酸性的に挙動し、その結果、通常のイミニウムカチオン機構で転位が進行している事も考えられる。より工夫された検証実験が必要である。

5、「効率的な気相ビリジン塩基類合成触媒の開発」

 

 アセトアルデヒド/ホルムアルデヒド/アンモニアからのピリジン塩基類合成に対し、Si/Al=30〜120の中程度の酸量を持つペンタシル型ゼオライトを、Pb(II),Tl(I),Zn(II).あるいはCo(II)でイオン交換した触媒を用いる事により、ピリジン塩基類の収率が向上する(Yd.=81%)事を見い出した。このイオン交換の効果は、酸量をある程度下げる事は判ったが活性の傾向を説明するには不十分で、イオン自身の特性(脱水素能など)も考慮する必要がある。作用機構の解明には更に詳細な検討が必要である。

6、「結言」

 本研究を通じて、ペンタシル型ゼオライトの優れた形状選択性及び固体酸性を明らかにすることができた。これらの特性は、細孔構造、広範に変化可能なSi/Al組成比、及びイオン交換特性に由来する。

 他にも多くの化学プロセスがこのペンタシル型ゼオライトを用いて開発され、且つ幾多の触媒基礎研究をも触発していることを考慮すると、新規な物質の発明こそが新しい化学の領域を開く鍵である事に思いを新たにした。

審査要旨

 本論文は、ペンタシル型ゼオライトの酸性質の制御に基づき、シメン類のパラ位選択的脱アルキル化反応、気相ベックマン転位反応を利用したシクロヘキサノンオキシムからの-カプロラクタム合成、および気相ピリジン塩基類合成に対する効果的な触媒の開発に成功した研究をまとめたものであり、12章よりなる。

 H-ZSM5で代表されるペンタシル型ゼオライトは、5員環(ペンタシル骨格)を最小単位として構築されたアルミノシリケートで、4級アンモニウム塩をテンプレートとして水熱合成される。ペンタシル型ゼオライトは、1)Si/Al原子比を6〜∞と広範に変えることができ、固体酸量および親水/疎水バランスを自在に制御できる、

 2)細孔径は0.54-0.56nmで、ベンゼン環の有効分子径(0.523nm)に近く、o-/m-/p-異性体を識別し得る、および3)イオン交換によって酸、塩基性のバランスが制御できるなどの特長を有し、新規な触媒素材として多くの可能性を持っている。

 本論文では、工業的に有意義な3つの化合物群(シメン類、-カプロラクタム、およびピリジン類)を選び、ペンタシル型ゼオライト(ZSM5)触媒を用いる気相合成反応を検討した。その結果、触媒作用因子に関する幾つかの発見を基礎に、触媒機構を明らかにするとともに、工業プロセスとしての完成度を高めることにも成功している。

 第1章では、研究の背景および概略について述べている。

 第2章では、ペンタシル型ゼオライトの合成法、触媒反応評価法、用いた解析手法について概説している。

 第3章および第4章では、触媒作用の基本となる固体酸分析手法の確立を目指し、アミン滴定法、NH3昇温脱離法、およびピリジンのパルス吸着法で比較測定を行っている。酸量がAl含量の約60%であること、酸強度がHo≦-3.0以上の強酸性であること、Si/Al≧6700の高シリカH-ZSM5にはほとんど酸点が存在しないことなどを見いだした。また、細孔外酸点は基質の拡散抵抗を受けないため、触媒反応を大きく左右するが、細孔外表面積として、水熱合成後のテンプレートを含有したままでBET表面積を測定できる簡易測定法を開発、提案している。

 第5章では、シメン類のパラ位選択的脱アルキル化反応に対する効果的な触媒の開発とそのキャラクタリゼーションについて述べている。ZSM5触媒にMgOなどのアルカリ土類金属酸化物を担持して、外表面の活性点を疲毒することにより、細孔内のみが機能し、比較的容易に形状選択性が得られることを見いだした。本反応の成功にむけての困難な点は、脱アルキル化活性を維持しながら、脱離する。プロペンのオリゴメリゼーション等の副反応を抑制し、かつ触媒寿命を延ばすことにある。本章で、酸強度と酸量との積が高い選択性を得るための鍵であることを結論している。

 第6章〜第10章では、シクロヘキサノンオキシムの-カプロラクタムヘの気相ベックマン転位反応に対する効果的な触媒の開発とそのキャラクタリゼーションについて述べている。本反応は、硫安を副生しない無公害型プロセスとして多くの研究がなされてきたが、未だ満足すべき触媒が見いだされていない。液相ベックマン転位反応は発煙硫酸中で行われるため、固体触媒においても強酸性触媒の研究が中心であった。本論文では、気相ベックマン転位反応の活性点が予想とは異なり、ペンタシル型ゼオライトの細孔外表面にある中性シラノール基であることが明らかにされている。さらに、このシラノール基は結晶性部分に存在することが必要で、非晶質部分のシラノール基や酸性のシラノール基は選択性を下げ、コーキングによる失活が大きいことも明らかにした。最適なペンタシル型ゼオライトは、Si(OEt)4をケイ素源とし、Al源は使わず、(C3H7)4N+OH-をテンプレートとして"液相法"と名付けた水熱合成法で得られることを見いだした。このものは酸点を全く含まず、高い結晶化度と広い細孔外表面積を持つため、-カプロラクタム選択性が高い(約85%)こと、またコーキングによる失活も少ない。さらに、細孔外表面を(CH3)4SiClにより修飾することにより、オキシム転化率100%においてラクタム選択性が95%という極めて高い成績を与えることを見いだしている。転化反応過程をin-situ FT-IRで追跡したところ、反応は既に373 Kで生じており、623 Kでの反応温度は生成ラクタムの脱離に必要であることが分かった。また、中性シラノール基とオキシム水酸基との間に強い相互作用が観察され、転位反応中間体としてオキシムシリルエーテルが形成されることを提案した。

 第11章では、気相ピリジン塩基類合成触媒に関する研究を述べている。アセトアルデヒド/ホルムアルデヒド/アンモニアからのピリジン塩基類合成に対し、Si/Al=30〜120の中程度の酸量を持つペンタシル型ゼオライトを、Pb2+、Tl+、Zn2+、あるいはCo2+でイオン交換した触媒を用いることにより、ピリジン塩基類の収率が飛躍的に向上(収率=81%)することを見いだしている。このイオン交換の効果は、酸量をある程度下げる働きがあるが、活性の傾向を説明するには不十分であり、イオン自身の脱水素特性も考慮する必要があることを指摘した。

 第12章では、本研究の結論および今後の課題について述べている。

 以上、本論文はペンタシル型ゼオライトの優れた形状選択性および固体酸性を明らかにし、それを用いた幾つかの新規触媒プロセスに関して基礎と応用の両面にわたる研究を行ったもので、本分野の化学、特に触媒基礎化学に貢献するところ誠に大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え、実験を行ったもので、本著者の寄与は極めて大きいと認める。よって、佐藤洋氏は博士(理学)の学位を受ける資格があると判定する。

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