本研究は、ヒト脊髄液の動態を調べるために、MRIにおいて、gradient echo法を用いて流れによる位相の変化を強調したpulse sequenceを作り、脊椎クモ膜下腔髄液流の描出と流速の定量を試み、脊椎クモ膜下腔における脊髄液の動態について検討したものであり、下記の結果を得ている。 1、TRの長さ、コイル、周囲の物質の違いは、流れによる位相変調に影響を及ぼさず、一般臨床に使われる超伝導高磁場機種での位相法による生体内の流速測定は可能である。 2、脊椎クモ膜下腔における脊髄液の動態 (1)心電図との関係;心収縮の中後期に尾側への最大流速を示すピークがあった。その後拡張期になるにつれ頭側へと流れの向きが変わった。頭側への流れは明確なピークを示さぬ場合が多かった。頭側へ向かう流速は尾側へ向かう流れに比較して遅かった。変化は頚椎においては第4、第6頚椎部に強く、胸椎部においては尾側にいくに従って、緩やかになった。第2腰椎レベルでは流速がとらえられない例もあった。(2)各椎体レベルの尾側流の最大流速;尾側方向への流れ、すなわち尾側流の流速に関与する因子が何かを調べるために重回帰分析を行ったところ、頭蓋からの距離と断面積が説明変数として有意に回帰式に寄与した。ただし寄与率は18.3%であった。(3)各椎体レベルの頭側への最大速度;各椎体レベルの頭側への最大流速は、それぞれのレベルでの尾側への最大流速より明らかに低かった。単相関をとると、頭側への最大流速は、尾側の最大流速と1%の危険率をもって有意に相関したが、レベル、断面積とは相関しなかった。(4)尾側への最大速度と心電図との関係;尾側への最大流速を示すのは何番目のディレー番号かを調べたところ、心収縮期に分布し、尾側にいくに従って最大流速を示すディレー番号は心電図上R波に対して遅れていくことがわかった。(5)頭側への最大速度と心電図との関係;逆に頭側への最大速度の分布は、ディレー番号の初期と後期に分布し、これは心拡張期と心収縮初期に当たった。椎体レベルとの関連は明かではなかった。 以上をまとめると(1)脊髄液は心電図に同期して尾側、頭側方向に往復運動をしている。(2)尾側への最大流速と心電図上R波からのディレーには、脊椎の高位と脊椎クモ膜下腔の断面積の両者が関与している。(3)流速の主たる要因としては頭蓋内からの脊椎クモ膜下腔への髄液の駆出が考えられることが示された。 以上、本論文は、位相法の開発により、精度の高い脊髄液動態の測定を可能とし、その結果、椎体各レベルの流速を測定することが可能になり、脊椎クモ膜下腔における脊髄液の流速を決定する要因を検討することができた。本研究は、これまで明かでなかったヒト脊椎クモ膜下腔の脊髄液動態を明らかにし、今後の脊髄液循環動態の異常をきたす疾患の病態解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |