学位論文要旨



No 212003
著者(漢字) 飛松,好子
著者(英字)
著者(カナ) トビマツ,ヨシコ
標題(和) 磁気共鳴画像位相法による正常ヒト脊髄液動態の研究
標題(洋)
報告番号 212003
報告番号 乙12003
学位授与日 1994.11.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12003号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,康人
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 助教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 荒木,力
内容要旨 1目的

 MRIにおいて、gradient echo法を用いて流れによる位相の変化を強調したpulse sequenceを作り、脊椎クモ膜下腔髄液流の描出と流速の定量を試み、脊椎クモ膜下腔における脊髄液の動態について検討した。

2方法1)使用装置

 1.5Tesla超伝導型磁気共鳴装置 Magnetom 1.5T(シーメンス社製)を使用した。

2)使用pulse sequence

 位相法により脊椎クモ膜下腔の脊髄液の流速を測定するためにgradient echo法FLASH2Dのスライス選択方向の磁場勾配の印加時間を延長して、スライス選択方向に対して直交する、緩徐な流速に対してのみ感受性の高いencoding sequenceと画像上の位置情報を与えるための位相勾配や、磁化率の異なる物質による位相変調をサプトラクションするためにrephase gradientを加えたbase sequenceを作成した。

3)実験

 作成したpulse sequenceと流速の実測値とを対応させるためと、生体環境下においても流速に対する位相変調が同様に対応することを確認するために実験を行った。

4)生体

 被験者を仰臥位とし、第2頚椎レベル(第2頚椎椎体尾側と歯突起先端との中点のレベル)、第4頚推レベル(第4頚椎椎体頭尾側方向の中点のレベル、以下同様)、第6頚椎レベル、第1胸椎レベル、第4胸椎レベル、第8胸椎レベル、第12胸椎レベル、第2腰椎レベルの横断位相画像を得た。

 頚椎部にはneckコイル胸腰椎部にはlong spinalコイルを使用した。

 撮像には作成したpulse sequenceを使用した。撮像のパラメーターとしては、flip角;20゜,TE;18ミリ秒,TR;40-70ミリ秒,zooming factor;1.5, matrixsize;256×256,加算回数;1回,スライス厚;5mmとした。R波をトリッガーとして、心電図トリッガーをかけ、同一部位に対し、1心拍あたり13枚撮像した。

 得られた画像に対し、encoding画像から、base画像サブトラクションし、位相変調から流速を計算した。

 また画像から、各レベルの脊椎クモ膜下腔の断面積から脊髄の断面積を引いた面積を算出し、その部位のクモ膜下腔の面積とした。

3対象

 健常男子19人を対象とした。年齢は18歳から29歳で、平均23.3歳であった。身長は163cmから183cmで、平均171.7cmであった。体重は57kgから120kg、平均70.1kgであった。

4結果1)ファントム実験

 (1)TRの長さ、コイル、周囲の物質の違いは、流れによる位相変調に影響を及ぼさない。

 (2)一般臨床に使われる超伝導高磁場機種での位相法による生体内の流速測定は可能である。

 ことがわかった。

2)脊椎クモ膜下腔における脊髄液の動態(1)心電図との関係

 心収縮の中後期に尾側への最大流速を示すピークがあった。その後拡張期になるにつれ頭側へと流れの向きが変わった。頭側への流れは明確なピークを示さぬ場合が多かった。頭側へ向かう流速は尾側へ向かう流れに比較して遅かった。変化は頚椎においては第4、第6頸椎部に強く、胸椎部においては尾側にいくに従って、緩やかになった。第2腰椎レベルでは流速がとらえられない例もあった。

(2)各椎体レベルの尾側流の最大流速

 尾側方向への流れ、すなわち尾側流の流速に関与する因子が何かを調べるために重回帰分析を行ったところ、頭蓋からの距離と断面積が説明変数として有意に回帰式に寄与した。ただし寄与率は18.3%であった。

(3)各椎体レベルの頭側への最大速度

 各椎体レベルの頭側への最大流速は、それぞれのレベルでの尾側への最大流速より明らかに低かった。単相関をとると、頭側への最大流速は、尾側の最大流速と1%の危険率をもって有意に相関したが、レベル、断面積とは相関しなかった。

(4)尾側への最大速度と心電図との関係

 尾側への最大流速を示すのは何番目のディレー番号かを調べたところ、心収縮期に分布し、尾側にいくに従って最大流速を示すディレー番号は心電図上R波に対して遅れていくことがわかった。

(5)頭側への最大速度と心電図との関係

 逆に頭側への最大速度の分布は、ディレー番号の初期と後期に分布し、これは心拡張期と心収縮初期に当たった。椎体レベルとの関連は明かではなかった。

5考察1)健常者の脊椎クモ膜下腔における脊髄液の流速について

 脳脊髄液は、脳室の静脈叢で生成され、頭蓋内、脊柱管内を循環し、クモ膜顆粒に吸収される。しかし、その循環の速度、パターンは、未だ明らかではない。しかし心電図に同期して脊椎クモ膜下腔を脊髄液が尾側頭側に往復運動をすることがこの度のMRI位相法を使った観察によって改めて明らかになった。この様に、脊髄液は、心電図に同期した尾側頭側の往復運動を繰り返しながら、ある時間をかけて頭蓋内、脊柱管内を循環していると考えられる。

 これまでも脊椎クモ膜下腔における脊髄液の動態の研究は行われてきたが、精度の問題があり、その速度の決定因に関する分析はなかった。しかしこの度、位相法の開発により、椎体各レベルの流速を測定することが可能になり、脊椎クモ膜下腔における脊髄液の流速を決定する要因を検討することができた。その結果、測定部位の頭蓋からの距離、すなわち椎体レベルと、その断面積の2者が速度の決定に関与していることがわかった。しかしその寄与率は低く、むしろ速度の決定要因としては、心収縮期に頭蓋内に流入する血液量とそれによる脳容積の拡大が、頭蓋内の脳脊髄液を脊椎クモ膜下腔へと駆出し、脊髄、脊椎クモ膜下腔を含めた解剖学的構造、血圧や静脈圧等がその量や速度に関与していると考えられた。

6結語

 著者が新たに開発したpulse sequenceによるMRI位相法で健常男子19例の脊椎クモ膜下腔の脊髄液の動態を調べ、次のことを明らかにした。

 1)脊髄液は心電図に同期して尾側、頭側方向に往復運動をしている。

 2)尾側への最大流速と心電図上R波からのディレーには、脊椎の高位と脊椎クモ膜下腔の断面積の両者が関与している。

 3)流速の主たる要因としては頭蓋内からの脊椎クモ膜下腔への髄液の駆出が考えられる。

審査要旨

 本研究は、ヒト脊髄液の動態を調べるために、MRIにおいて、gradient echo法を用いて流れによる位相の変化を強調したpulse sequenceを作り、脊椎クモ膜下腔髄液流の描出と流速の定量を試み、脊椎クモ膜下腔における脊髄液の動態について検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1、TRの長さ、コイル、周囲の物質の違いは、流れによる位相変調に影響を及ぼさず、一般臨床に使われる超伝導高磁場機種での位相法による生体内の流速測定は可能である。

 2、脊椎クモ膜下腔における脊髄液の動態

 (1)心電図との関係;心収縮の中後期に尾側への最大流速を示すピークがあった。その後拡張期になるにつれ頭側へと流れの向きが変わった。頭側への流れは明確なピークを示さぬ場合が多かった。頭側へ向かう流速は尾側へ向かう流れに比較して遅かった。変化は頚椎においては第4、第6頚椎部に強く、胸椎部においては尾側にいくに従って、緩やかになった。第2腰椎レベルでは流速がとらえられない例もあった。(2)各椎体レベルの尾側流の最大流速;尾側方向への流れ、すなわち尾側流の流速に関与する因子が何かを調べるために重回帰分析を行ったところ、頭蓋からの距離と断面積が説明変数として有意に回帰式に寄与した。ただし寄与率は18.3%であった。(3)各椎体レベルの頭側への最大速度;各椎体レベルの頭側への最大流速は、それぞれのレベルでの尾側への最大流速より明らかに低かった。単相関をとると、頭側への最大流速は、尾側の最大流速と1%の危険率をもって有意に相関したが、レベル、断面積とは相関しなかった。(4)尾側への最大速度と心電図との関係;尾側への最大流速を示すのは何番目のディレー番号かを調べたところ、心収縮期に分布し、尾側にいくに従って最大流速を示すディレー番号は心電図上R波に対して遅れていくことがわかった。(5)頭側への最大速度と心電図との関係;逆に頭側への最大速度の分布は、ディレー番号の初期と後期に分布し、これは心拡張期と心収縮初期に当たった。椎体レベルとの関連は明かではなかった。

 以上をまとめると(1)脊髄液は心電図に同期して尾側、頭側方向に往復運動をしている。(2)尾側への最大流速と心電図上R波からのディレーには、脊椎の高位と脊椎クモ膜下腔の断面積の両者が関与している。(3)流速の主たる要因としては頭蓋内からの脊椎クモ膜下腔への髄液の駆出が考えられることが示された。

 以上、本論文は、位相法の開発により、精度の高い脊髄液動態の測定を可能とし、その結果、椎体各レベルの流速を測定することが可能になり、脊椎クモ膜下腔における脊髄液の流速を決定する要因を検討することができた。本研究は、これまで明かでなかったヒト脊椎クモ膜下腔の脊髄液動態を明らかにし、今後の脊髄液循環動態の異常をきたす疾患の病態解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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