本研究はHIV感染患者の血液中ウイルス量を定量培養法、定量的PCR法を用いて経時的に測定し、病気の進行におけるウイルス増殖の役割を考察するとともに、その定量培養法を応用したジドブジン耐性検査法を導入し、治療の有無、および病気の進行と薬剤耐性ウイルスの出現との関係について検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.臨床経過の異なる4例の患者につき、5年から12年にわたり保存されていた末梢血単核球(PBMQ中のウイルス量をEnd-Point-Dilution Culture法、および定量的PCR法により測定した。3例は経過中病気が進行しAIDSを発症した症例であるが、CD4陽性細胞の減少に先立ち、あるいは同時に著しいウイルス量の上昇が認められた。すなわち無症候性キャリアの時期では20-300TCID50/106CD4+cellsと低く、CD4陽性細胞の減少する時期では1,,000-10,000TCID50/106CD+cellsに上昇、さらにその後も高い値を示していた。一方、12年以上にわたり症状もなく、 x陽性細胞の減少も見られなかった1例では、ウイルス量も平均200TCID50/106CD4+cellsと低い値を維持していた。またPCR法によるプロウイルス量の測定結果も同様の変化を示した。これらの結果は患者体内でのウイルスの増加とCD4陽性細胞の減少、及び病気の進行とに強い相関があることを示している。 2.患者血液中のジドブジン耐性ウイルスを、より忠実に検出し定量するために、上記定量培養法を応用したex vivo薬剤耐性検査法を導入した。未治療患者14例では、血漿中のウイルス量の平均が17TCID/mlで、すべての例でジドブジンに感受性であった。一方、PBMC中ではウイルス量はl95TCID/106cellsを示したが、これまでの報告とは異なり、4例より耐性ウイルスが検出された。これらのウイルスはin vitroの薬剤感受性試験でも同様のphenotypeを示し、また、うち1例で調べたウイルスの逆転写酵素遺伝子には、ジドブジン耐性に関連したアミノ酸の変化(70番目のリジンがアルギニンに変異)を起こす変異が認められた。未治療患者に見られたこれらの耐性ウイルスは、1例では他の患者からのtransmissionによるものの可能性があるが、3例ではdenovoにより体内で生じたものと考えられた。ジドブジンの治療中で症状の安定している患者11例では、血漿中で13 TCID/ml.PBMC中で26 TCID/106cellsと低いウイルス量を示したが、すでに多くの例に耐性ウイルスが認められた。さらにジドブジンの治療中にもかかわらず病状の悪化している患者13例では、血漿中で425 TCID/ml、PBMC中で917 TCID/106cellsと高いウイルス量を示し、かつすべての例で高度の耐性化が見られた。これらの結果は、ジドブジン耐性ウイルスがこれまで考えられていた以上に広範に存在することを示すとともに、耐性ウイルスの出現が病気を進行させている可能性を示唆するものである。 以上、本論文は、経過の異なる患者血液中の感染性ウイルス量およびプロウイルス量を経時的に調べることにより、体内ウイルス量と、CD4陽性細胞の減少、及び病態の進行とが非常に密接に関係していることをあらためてよく示している。また、ex vivoの薬剤耐性検査法によりジドブジン耐性を測定し、ジドブジン耐性化の深刻さを示すとともに、耐性ウイルスの出現と病気の進行との関連性を間接的ではあるが示している。よって、本研究はHIV感染症の病態におけるウイルス増殖の役割、およびHIVの薬剤耐性化の理解に寄与するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |