学位論文要旨



No 212004
著者(漢字) 毛利,洋
著者(英字)
著者(カナ) モウリ,ヒロシ
標題(和) 定量培養法による患者血中HIV-1の経時的測定、およびEx Vivoにおけるジドブジン耐性検査への応用
標題(洋) Quantitative Culture of Human Immunodeficiency Virus Type 1 in the Sequencial Blood Samples,and Its Application to an Vivo Zidovudine-Resistance Assay
報告番号 212004
報告番号 乙12004
学位授与日 1994.11.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12004号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永井,美之
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 吉倉,廣
 東京大学 教授 小林,寛伊
 東京大学 助教授 岩本,愛吉
内容要旨 (緒言)

 HIV感染症は、human immunodeficiency virus(HIV)による慢性持続性の感染症であるが、その結果、数年あるいは十数年の経過でCD4陽性細胞の減少に伴い著しい免疫不全を来たし、いわゆるAIDSを発症するに至る。しかし病気が進行するメカニズムは、いまだ充分には解明されておらず、血中HIV量が病態の進行に関係しているか否かも不明である。そこで、経過の異なる4例につき末梢血単核球(PBMC)におけるHIV感染細胞数、プロウイルス量を定量的に測定し、病気の進行、およびCD4陽性細胞の減少におけるウイルスの役割を検討した。

 逆転写酵素阻害剤の一つ,zidovudinc(AZT)は現在最も多く用いられている抗HIV薬であるが、耐性ウイルスの出現が非常に重要な問題となっている。長期投与を受けた患者から耐性ウイルスが見いだされ、その耐性化には逆転写酵素の41、67、70、215、219番などのアミノ酸の変異が関連していると報告されている。しかしこれらの知見は、transformしたcell lineを用いた実験によるものである。HIVは多数の異なったcloneの集団として体内に存在しており(quasispecies)、また培養することによりそのpopulationが変化してしまう。そこで、より忠実に体内のAZT耐性ウイルスを検出するため、ex vivoによる薬剤耐性のassay法を導入し、患者の血液中HIVの薬剤感受性を定量的に測定した。また治療と耐性ウイルス出現との関係を検討した。

(方法)1.End-point-dilution culture法およびPCR法によるウイルス量の測定

 a)AIDSを発症した3例、および症状の進展がなかった1例につき経過を追ってPBMC中のHIV-1を測定した。

 b)患者のPBMCを1×106個から4倍ごとの希釈系列を作り、これを4列、あるいは10列作る。それぞれのwell にPhytohemagglutinin(PHA)で刺激した正常人PBMCを2×106個加え、IL-2存在下にCo-cultureを行なう。培養は21日間行ない、上清中のp24抗原量にて陽性、陰性の判定を行なう。Reed-Meunchの方法により、患者CD4陽性T細胞106個あたりの50%Tissue Culture Infective Dose(TCID50)を算出した。さらにLTR-gag領域のprimerを用いた定量的Polymerase Chain Reaction(PCR)法にてprovirusDNA量を測定した。

2.AZT耐性HIVの測定

 a)患者の内訳は、ACが10名、ARCが8名、AIDS患者が20名であるが、臨床症状との相関を見るために、AZT治療の有無、症状により3つのグループに分けた。

 b)患者血液より分離した血漿およびPBMCを用いて、10倍ずつの希釈系列を作る。1.の方法と同様に21日間培養するが、各系列にはAZTを、0、1、5、25Mの濃度となるよう加えておく。AZTの各濃度におけるウイルス量(TCID/ml,TCID/106 cells)により耐性の程度を判定した。

 c)上記耐性検査法の結果を確認するために、得られたウイルスの異なるAZT濃度下における増殖を調べた。

 d)逆転写酵素遺伝子塩基配列をPCR、M13mp19を用いて調べた。

(結果)

 1.経過中AIDSを発症した1例での臨床経過とウイルス量測定の結果を図1に示す。CD4陽性細胞数が急激に減少した時期に一致して、ウイルス量は200TCID50/106CD4+cellsから2660TCID50/106CD4+cellsへと著しく増大した。同様に、AIDSを発症した他の2例においても、CD4陽性細胞の減少と同時にあるいは先んじてウイルス量が20-300TCID50/106CD4+cellsから1,000-10,000TCID50/106CD4+cellsへと急激に増大していた。一方、12年以上にわたりCD4陽性細胞数の低下が見られず症状もなかった1例では、ウイルス量も平均200TCID50/106CD4+cellsと低いレベルを維持していた。PCR法にても同様の結果が得られた。

図1

 2.AZT耐性HIVの測定結果を図2に示す。(a)は、未治療患者14例の結果であるが、内8例の血漿中に1TCID/ml以上のウイルスを認めた(平均17TCID/ml)。また、それらはすべて感受性であり、耐性ウイルスは認めなかった。一方PBMC中では全例で1TCID/106cells以上のウイルスを認め、うち1MのAZT濃度下で増殖する軽度耐性HIVが11例に、さらに5M以上のAZT濃度下でも増殖する高度耐性HIVが4例に認められた。(b)は、AZT治療中で症状の安定している11例の結果であるが、血漿中のウイルス量は、平均13TCID/mlと低く、また感受性のものから耐性のものまで様々な結果が得られた。PBMC中ではウイルス量は、平均26TCID/106cellsであったがすでに多くの例で耐性ウイルスを認めた。(c)は、AZT治療中でかつ症状の悪化している13例の結果である。すべての例で血漿中およびPBMC中からウイルスが検出され、その量もそれぞれ平均425TCID/ml、および917TCID/106cellsと高い値を示した。さらに、すべての例で高度のAZT耐性が検出された。

図2:血液中のAZT耐性ウイルス量(a)はAZT未治療患者、(b)はAZT治療中で症状の安定している患者、(c)はAZT治療中にもかかわらず症状が悪化している患者。血漿中のウイルス量を上段に、PBMC中のウイルス量を下段に示す。白、斜線、黒の棒はそれぞれAZT濃度0、1、および5M以上におけるウイルス量を表わす。番号はそれぞれの患者を、HはACの、RはARCの、AはAIDSのステージを表わす。

 これら耐性検査の結果を確かめるために、得られたウイルスを用いて、0、0,04、0,2、1および5MのAZT濃度における増殖を見た。AZT耐性検査で感受性を示したウイルス3種では、いずれも1MのAZTで抑えられ、高度耐性を示したウイルス3種では、5uMのAZT濃度でも増殖することが確かめられた。なお、未治療患者の1例より得られた血漿中の感受性ウイルスおよび、PBMC中の耐性ウイルスの逆転写酵素遺伝子配列を比べてみると、後者では70番のアミノ酸がAZT耐性に関連したArginineに変異していた。

(考察)

 臨床経過の異なる4例につき経過を追ってPBMC中のHIVを測定した。経過中AIDSを発症した3例ではCD4陽性細胞数の減少に先立ち、あるいは同時に感染性ウイルス量が著しく増加していた。一方感染後12年以上にわたり病状の進行のなりかた症例ではCD4陽性細胞数の減少もなく感染細胞数も低いレベルを維持していた。これらの結果は、HIVの増殖がCD4陽性細胞数の減少を引き起こしていることを強く示唆している。

 次に38例の患者につき、AZT耐性の定量的測定を行なったが、AZT未治療の患者4例でPBMC中に高度耐性ウイルスを認めた。このAZT耐性HIVはin vitroで感受性試験にても確認され、さらにうち1例では逆転写酵素の塩基配列からも確かめられた。耐性を示した4例中1例はAZTを服用しているパートナーより最近に感染した患者であり、AZT耐性HIVが感染した可能性もある。しかし、他の3例はAZTが抗HIV薬として使用される以前に感染した症例であり、denovoに体内で生じておそらくPBMC中に潜伏しているものと考えられた。一方AZTを投与中で、しかも症状の安定している患者ではウイルス量は低いレベルに抑えられていたが、PBMC中では1例を除いてほとんどの例ですでに耐性となっていた。さらに症状が悪化している患者では、血漿中およびPBMC中でともに非常に高いウイルス量を示し、しかもすべての例で高度に耐性化していた。これら結果は、AZT耐性HIVがこれまで考えられていた以上に広範に見られ、さらにAZT耐性HIVの出現がウイルス量を増大させ病状を悪化させている可能性を強く示唆している。

 経時的にウイルス量をみた実験からは、ウイルス量の増大する時期から治療を開始すべきと考えられる。しかしその一方AZT耐性検査の結果からも明らかなように、想像以上に耐性ウイルスが生じており、早期に無効となることが予想される。耐性やウイルス量の検索も含めた臨床的検討が重要と考えられる。

審査要旨

 本研究はHIV感染患者の血液中ウイルス量を定量培養法、定量的PCR法を用いて経時的に測定し、病気の進行におけるウイルス増殖の役割を考察するとともに、その定量培養法を応用したジドブジン耐性検査法を導入し、治療の有無、および病気の進行と薬剤耐性ウイルスの出現との関係について検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.臨床経過の異なる4例の患者につき、5年から12年にわたり保存されていた末梢血単核球(PBMQ中のウイルス量をEnd-Point-Dilution Culture法、および定量的PCR法により測定した。3例は経過中病気が進行しAIDSを発症した症例であるが、CD4陽性細胞の減少に先立ち、あるいは同時に著しいウイルス量の上昇が認められた。すなわち無症候性キャリアの時期では20-300TCID50/106CD4+cellsと低く、CD4陽性細胞の減少する時期では1,,000-10,000TCID50/106CD+cellsに上昇、さらにその後も高い値を示していた。一方、12年以上にわたり症状もなく、x陽性細胞の減少も見られなかった1例では、ウイルス量も平均200TCID50/106CD4+cellsと低い値を維持していた。またPCR法によるプロウイルス量の測定結果も同様の変化を示した。これらの結果は患者体内でのウイルスの増加とCD4陽性細胞の減少、及び病気の進行とに強い相関があることを示している。

 2.患者血液中のジドブジン耐性ウイルスを、より忠実に検出し定量するために、上記定量培養法を応用したex vivo薬剤耐性検査法を導入した。未治療患者14例では、血漿中のウイルス量の平均が17TCID/mlで、すべての例でジドブジンに感受性であった。一方、PBMC中ではウイルス量はl95TCID/106cellsを示したが、これまでの報告とは異なり、4例より耐性ウイルスが検出された。これらのウイルスはin vitroの薬剤感受性試験でも同様のphenotypeを示し、また、うち1例で調べたウイルスの逆転写酵素遺伝子には、ジドブジン耐性に関連したアミノ酸の変化(70番目のリジンがアルギニンに変異)を起こす変異が認められた。未治療患者に見られたこれらの耐性ウイルスは、1例では他の患者からのtransmissionによるものの可能性があるが、3例ではdenovoにより体内で生じたものと考えられた。ジドブジンの治療中で症状の安定している患者11例では、血漿中で13 TCID/ml.PBMC中で26 TCID/106cellsと低いウイルス量を示したが、すでに多くの例に耐性ウイルスが認められた。さらにジドブジンの治療中にもかかわらず病状の悪化している患者13例では、血漿中で425 TCID/ml、PBMC中で917 TCID/106cellsと高いウイルス量を示し、かつすべての例で高度の耐性化が見られた。これらの結果は、ジドブジン耐性ウイルスがこれまで考えられていた以上に広範に存在することを示すとともに、耐性ウイルスの出現が病気を進行させている可能性を示唆するものである。

 以上、本論文は、経過の異なる患者血液中の感染性ウイルス量およびプロウイルス量を経時的に調べることにより、体内ウイルス量と、CD4陽性細胞の減少、及び病態の進行とが非常に密接に関係していることをあらためてよく示している。また、ex vivoの薬剤耐性検査法によりジドブジン耐性を測定し、ジドブジン耐性化の深刻さを示すとともに、耐性ウイルスの出現と病気の進行との関連性を間接的ではあるが示している。よって、本研究はHIV感染症の病態におけるウイルス増殖の役割、およびHIVの薬剤耐性化の理解に寄与するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク