学位論文要旨



No 212007
著者(漢字) 阿部,廣史
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ヒロフミ
標題(和) 不飽和土の力学特性の評価手法に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 212007
報告番号 乙12007
学位授与日 1994.12.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12007号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 石原,研而
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 山崎,文雄
内容要旨

 不飽和土では,飽和土に比べ,その力学的評価方法が確立されていないことおよび試験法の整備が遅れていることから,安定解析などにおいてその特性を取り入れている例はほとんど見受けられないのが実状である。一方,浸透流解析においては,飽和-不飽和領域を対象とした解析が数多く実施される状況になってきている。しかしながら,この場合においても試験法が確立されていないため地盤の浸透特性は推定値を採用しているのが現状である。

 そこで本研究の目的は,飽和土と対比しつつ,不飽和土の力学特性を把握することであり,(ua-uw)で定義するサクションが不飽和土の変形・強度特性あるいは浸透特性に及ぼす影響を実験的に明確にし,その評価手法を提案することである。

 具体的な研究目的は以下のようにまとめることができる;

 (1)室内試験および原位置試験におけるサクション測定法を体系化し,その評価方法を確立する。

 (2)サクションが一軸・三軸圧縮試験および圧密試験の結果に及ぼす影響を評価する。

 (3)不飽和土のコラプス現象を詳細に調べ,その挙動の解釈およびBishopの有効応力との関連について検討する。

 (4)不飽和土の強度特性と水分保持特性の関連性を評価し,有効応力の適用範囲,Bishopの有効応力パラメータの推定方法について提案する。

 (5)新しい透気・透水試験機を提案する。

 (6)自然斜面内のサクション・地下水の流れを評価し,その安定解析への適用方法を検討する。

 各章の概要と結論をまとめると;

 第1章では,研究の背景・目的および既往の研究の現状について取りまとめている。

 第2章では,不飽和土の試験方法について述べている。その内容は,室内試験と原位置試験に大別され,本研究に適用した試験法を中心に記述している。室内試験については,セラミックディスクを用いた加圧法が力学試験時のサクション測定・制御に最も適していることを示すとともに,セラミックディスクの初期設定法が重要であることを提示した。

 原位置試験については,テンショメータ法を中心にその取扱いおよび測定法について述べている。また,原位置サクションの測定に影響を与える要因についても検討している。

 第3章では,不飽和土の力学的挙動に及ぼすサクションの影響についてまとめた。まず,力学試験時の排気・排水条件についての整理を行い,排気・非排気試験および排気・排水試験においても工学的に意義のある一軸圧縮試験を実施することができることを示した。また,飽和土の一軸圧縮試験時のサクションを測定することにより,供試体の乱れが評価可能であることを示した。

 締固め土の強度特性と水浸飽和に伴う強度低下の問題では,水浸飽和時の供試体の膨張の程度が問題であり,一般的に実施されている,単純に水浸する方法では強度の過少評価につながることを示した。

 サクションが圧密降伏荷重に及ぼす影響に関しては,サクションによる圧縮には限界(すなわち収縮限界)があることを示すとともに,サクションによる圧縮を受けた供試体を飽和した後の圧密降伏応力にも限界があることを示した。また,この試験から,圧縮試験時のを決定すると,せん断時のと比較して,かなり小さな値が得られることがわかった。

 第4章では,不飽和土における特有な問題であるコラプス現象について検討している。締固め土の浸水時のコラプス変形は,Soaked Lineと呼ぶ水浸後圧縮線で規定されており,この線が顕著なコラプス変形を生ずるか否かの基準線となることを示した。また,コラプス変形を詳細に調べる目的で実施した不飽和土の三軸K0圧密試験では,K0状態を保ったまま行った軸荷重の除荷と浸水飽和による除荷での応力径路は,本質的に異なる応力径路をたどることを示した。また,サクション解放によるK0除荷の場合には構造破壊による異方的なコラプス変形と弾性的な膨張変形が常に生じており,その挙動はいずれの変形特性が卓越するかにより異なることを示した。また,せん断力の作用下でのサクションの減少はせん断変形を進行させる。したがって,サクション減少に伴い有効応力径路が破壊線に近づく挙動は,降雨による不飽和斜面の崩壊メカニズムに関与している可能性があることを示した。

 第5章では,砂質土の水分保持特性と強度特性の関連性について検討した。その結果,不胞和土の有効応力パラメータは,水分保持特性との間に相関性があり,水分保持特性試験結果より推定可能であることを示した。また,砂質土の場合,サクションの変化がその強度特性に及ぼす影響は,相対的にはごくわずかであること。強度定数としては,dを一定とし,サクションによる影響をcdの変化としてとらえるべきであると言える。

 この章では,砂質地盤の水分保持特性と圧気工法の関連についても検討した。圧気工法での圧気圧力は切羽の安定という観点のみで決定するのではなく,圧気による砂質地盤の不飽和化に対する評価も必要であることを指摘した。

 第6章では,不飽和土の有効応力に関する実験定数の推定法について検討した。その結果,供試体の水分保持特性と破壊時の(,pF)関係に相関性があることを新たに見出だした。この関係を適用することにより,水分保持特性が把握できれば,が推定可能であることを示した。また,=1が適用可能なサクションの範囲は,試料の粘土含有量で判断可能であることを示した。したがって,砂質土の粘土分が判ると,その試料の空気浸入値が逆に推定可能であることが明らかになった。

 さらに,この章では,提案したおよび空気浸入値の推定方法を適用し,不飽和砂質土地盤のサクションを考慮して安定性を評価する場合の手順を提示するとともに,地盤内のサクションの変動範囲を評価する手段として,水分保持特性試験を実施することを推奨した。

 第7章では,砂質土の浸透特性を試作した透水・透気試験装置を用いて調べた。ここで得られた結果の特徴は,特に高い含水量の範囲で透水係数が急激に落込むことである。透気係数は,供試体の空気侵入値に支配され,飽和度の低下とともにほぼ一定の値となる。

 不飽和土の透水性は水分保持特性と強い相関性があり,この関係を適用した推定法がさらに詳細に検討されるべきである。

 第8章では,原位置サクションの計測結果からみた不飽和斜面の安定問題について考察している。斜面の安定問題を考える場合,水分保持特性の空気侵入値前後でのサクションの効果が斜面の安全率の変化に特に顕著に影響を及ぼし,地盤が飽和状態からわずかに不飽和な状態に移行する時,サクションの存在が斜面の安定性に対しかなり効果的に影響することを示した。

 また,原位置サクションの計測および地下水位の観測結果から,斜面の中の地下水の流れは,唯一の自由地下水面を持つ流れのような単純なモデルでは説明できないことを示した。平常時の斜面内では,一般に,各深度においてほぼ零あるいは幾分マイナスの水頭状態が安定的状態として存在し,降雨時に水頭が上昇傾向を示すものと考えられる。この場合,どの深度での水頭が上昇するかを評価することが重要となることを示した。

審査要旨

 我国は、世界的に見ると相対的に湿潤な環境にあるが、地下水面上の地盤、特に自然斜面近くや盛土の法面近くのほとんどの地層は、不飽和状態にある。したがって、降雨時の斜面崩壊を含め非常に多くの土質工学の問題が不飽和土の変形・強度特性に関係している。一方、これまでの土質工学の研究は飽和土を対象とした研究がほとんどであり、実際問題における不飽和土の変形・強度特性の取扱いは、全応力をパラメータとした経験式・実験式に基づくものがほとんどであった。したがって、不飽和土の変形・強度特性の系統的研究とともに、サクション(=間隙空気圧ua-間隙水圧uw)の測定値に基づく我国の実状にあった実用的な方法の提案が求められてきている。しかし、不飽和土の変形・強度特性の研究では、全応力、間隙水圧、間隙空気圧の三つの物理量を扱わなければならないため、その試験法の開発、系統的実験、実験結果に基づく変形・強度特性の理論化が著しく立ち遅れている。

 本研究は、我国で実際に問題になる比較的飽和に近い不飽和状態にある土の力学特性を実験的に研究したものである。特に、サクションの測定法、サクションの測定値を基礎とする不飽和土のせん断強度を推定する実用的な方法を提案している。

 第1章は、従来の研究をとりまとめてある。特に、Bishopの有効応力式:’=-ua+(ua-uw)と適用性について論じている。土が吸水してサクションが低下すると、Bishop式に従うと有効応力’は減少するが、それにもかかわらず一次元状態にある不飽和土が緩い状態にあると体積収縮する(コラプス現象と呼ばれている)。この現象は飽和土に対する有効応力原理に反するので、従来Bishopの式の妥当性が問題とされてきた。しかし、サクションの低下によりミクロ的構造保持能力が低下して構造のコラプス(崩壊)が生じたと理解すべきであり、第2項(ua-uw)はミクロ的構造保持能力を表していると述べている。また、マクロ的せん断抵抗はミクロ的構造保持能力と正の相関にあることから、第2項(ua-uw)がいう事実と矛盾しないことを指摘している。

 第2章では、室内実験と原位置実験におけるサクションの測定法を詳細にかつ系統的に論じている。特に、セラミックディスクを用いて正確に供試体のサクションを測定する方法を詳細に検討し、高いサクションを持つ供試体のサクシランの新しい方法(針貫入法と呼ぶ)を提案している。

 第3章では、間隙水圧と間隙空気圧の両方を、すなわちサクションを正確に測定た不飽和粘性土の一軸圧縮試験・三軸圧縮試験と一次元圧密試験、およびそれに対応した飽和供試体の試験の結果をとりまとめて、いくつかの新しい知見を示している。すなわち、一軸圧縮試験でもサクションを測定することにより有効応力での強度パラメータ(内部摩擦角’、粘着力係数c’)を求められること、原位置から得られた不攪乱試料は乱れている程サクションが小さいことから、サクションを測定することにより供試体の乱れの程度が推定できること、飽和に近い状態では=1.0と見なしてBishop式で有効応力’を求めて、飽和供試体を用いた試験により求めた強度パラメータ’、c’を用いてせん断強度を求められることを示している。更に、水浸時により不飽和土のせん断強度は低下するが、サクションの低下とともに体積膨張によっても低下するので、原位置での体積膨張条件を考慮して降雨時のせん断強度を推定すべきことを示している。

 第4章では、従来議論が集中していた一次元状態でのコラプス現象のメカニズムを、側方応力r’が測定できる新しく開発した自動三軸試験装置を用いて実験を行って検討している。その結果、軸荷重除去による有効軸応力a’の減少に伴う除荷では主応力比a’/r’が減少するが、サクションの解放によるa’の減少に伴う除荷では主応力比a’/r’が増加することを新たに見い出している。すなわち、緩い不飽和土のコラプスは、有効応力減少による弾性的リバウンド、サクション解放によるミクロ的構造崩壊、a’/r’の増加によるせん断載荷による変形の複合したものであることを明らかにした。

 第5章では、圧気シールド工法等で問題になる不飽和砂質土のせん断強度を系統的一軸圧縮試験と三輪圧縮試験で検討している。すなわち、砂質土では空気が浸入しやすいため、一旦空気が浸入すると僅かなサクションの変化で著しい排水が生じる。その際、サクションの変化に伴うせん断強度の変化も非常に小さいことを示している。

 第6章は、本研究の中心をなす部分である。すなわち、水分保持特性("サクションをcmで表した値の常用対数値pF"〜含水比w関係)と「三軸試験で求めた〜w関係」は相似関係にあり、とwは線形関係にあること、更に=1.0が適用できる下限のpF値と粘土含有量(%)の間には線形関係があることを新たに見い出している。この二つの関係を用いると、原位置でサクションが測定されていて、水分保持特性と有効応力での強度パラメータおよび粘土含有量が既知であれば、不飽和状態でのせん断強度が推定できることを示している。

 第7章では、降雨時の地盤内の飽和度の分布・時間的変化を数値解析求めるのに必要となる不飽和土の透水係数・透気係数を正確に測定するために開発した室内実験装置と、それを用いて求めた砂質土の実験結果を示し、水分保持特性と強い相関性があることを示している。

 第8章は、いくつかの現場で測定されたサクションのデータを基礎に、不飽和斜面の降雨に伴う安定問題を、地下水の流れと安定解析に基づいて論じている。

 第9章は、結論である。

 以上要するに、本研究は不飽和土の変形・強度特性、不飽和斜面の安定問題において従来不明であった多くの点を明らかにしていて、土質工学の分野の研究と技術の進展に貢献する所が大である。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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