本論文では、建築物の耐震性・居住性の向上をはかる手段として構造物に適用される免震・制振構造を取り上げる。耐震構造において有効な設計法であるエネルギー収支に基づいた応答評価法を、この新しい構造形態である免震・制振構造に適用し、設計法として提案した。さらに実際に設計された免震・制振建物の応答解析結果との比較により提案した予測式の検証を行った。従来の手法により設計した建物に対してエネルギー収支の観点から再評価を行った。 我が国の建築物は耐震設計がなされている。その極限耐震設計においては、構造骨組は塑性化しても倒壊に至らなければよいことを判定基準としている。 病院や銀行の電算センターなどにおいては、大地震後も構造体や建物内部の諸設備が正常に機能し続けることを求めるようになってきた。また一般の高層事務所ビルや高層ホテルなどでは、強風時や地震時のゆれ、大スパンの床の上下振動など振動に対する居住性について関心が持たれ始めた。 このような社会的要求や積層ゴムアイソレータ・ダンパーなどの新素材の開発を背景に、地震の影響を受けない建築物を実現する理想主義に燃えた先駆者の努力と情熱が、新しい構造形態である免震・制振構造を産み出した。現在、建物の耐震性・居住性の向上を目標に、これらの構造に対する多くの研究や開発が行われている。 建物の耐震性を論ずる方法として、秋山により提唱されたエネルギーの収支に基づいた応答評価法がある。この方法は、地震動の構造物への荷重効果をエネルギー入力として捕らえ、建物に投入された総エネルギー入力が骨組各部にどのように配分されるか、エネルギー配分を支配する振動諸元はなにか、また、振動諸元の変動がエネルギー配分にどのように影響を与えるかを、数多くの電子計算機を用いた数値解析結果から、エネルギー収支に関わる概念としてまとめ上げ、耐震設計法として理論構築されたものである。 動的解析により建物の地震時挙動をシミュレーションすることで、初めて応答低減効果を把握することのできる免震・制振構造を設計するには、地震時の動的挙動を規定する諸元とそれらの諸元の変動が応答に与える影響を明らかにする必要がある。また、耐震設計の目標を見失わないためにも、構造物の応答特性を一般的にとらえ、個々の応答結果を総合的に評価できるようにする必要がある。 エネルギーの収支に基づいた応答評価法は、解析結果を抽象化しその中から一般性を導き出すことに主眼をおいた方法である。免震・制振構造においてこの方法が成立することは、構造計画における種々の選択を大局的の行うこと可能にし、設計法の基礎になり得ると考える。 本論文の目的の一つは、免震・制振構造に適用するためのエネルギーの収支に基づいた応答評価法を提案することにある。さらに、これらの応答評価法に基づき、構造物の耐震安全性を問題とする場合の免震・制振構造の限界について考察を加える。 第二の目的は、実際に設計された建物の解析モデルを用いて応答評価法を検証することである。建物設計例を用いた地震応答解析を行い、現実的な振動諸元を用いた解析値と予測値の比較により応答予測式を検証する。さらにエネルギー論的な視点からこれらの設計例に評価を加える。 筆者は振動外乱を受ける建築物を耐震構造・免震構造・制振構造に分け、制振構造については、エネルギー吸収機構・質量効果機構・自動制御機構に分類している。制御方式の違いにより、構造物をパッシブ制振構造とアクティブ制振構造に分類すると、アクティブ制振構造である自動制御機構を除き、耐震構造を始めとして他はパッシブな構造に分類される。パッシブな制振構造では、地震動による建物の総エネルギー入力についても通常の耐震構造と同じ扱いができ、耐震構造との違いは構造物内部でのエネルギー配分のみに限られる。 本論文において対象とするものは、免震・制振構造のうち、パッシブ制振構造である免震構造・エネルギー吸収機構・質量効果機構とする。この検討においてはアクティブ制振構造は除外している。 以下に、対象とする免震・制振構造をエネルギー論的な観点から述べる。 (1)免震構造は、第1層の剛性を上層部に比べて格段に小さくし、総エネルギー入力を第1層に集中させる構造であり、第1層の最大変形を抑制するためにエネルギー吸収機構としてダンパーが取り付けられる。上部構造へのエネルギー入力は小さく、構造骨組は塑性履歴エネルギー吸収能力は必要としない。 (2)地震動の総エネルギー入力を構造骨組の弾性歪エネルギーとして蓄えたものを、各階に取り付けたエネルギー吸収機構であるダンパーが層間変位を利用して徐々にエネルギー吸収を行い、応答変位を抑制するものである。大きな弾性歪エネルギーを蓄積できる高層建物に適用される例が多く、骨組架構を塑性化させない設計も可能になる。 (3)チューンドマスダンパー(Tuned Mass Damper)を設置した建物の地震時の応答低減効果は、マスダンパーによるエネルギースペクトルのピークカット効果と、マスダンパーが振動エネルギーとして入力エネルギーを蓄えるエネルギー吸収効果に分けることができる。 エネルギースペクトルのピークカット効果は、建物の共振振動数における応答スペクトルが、付加質量を付けることで2つのピークに別れ、結果的に減衰を付加した場合の応答スペクトルと等価な効果をもたらすものである。 入力エネルギー吸収効果は、地震動により建物が加振されるとマスダンパーが共振し、マスダンパーに振動エネルギーが蓄積される。この蓄積されるエネルギーが大きいほど応答低減効果が大きくなる。建物と可動質量の間に取り付けられたダンパーは、建物へのエネルギーの逆流を生む可動質量の過大な変位を抑制するとともに、マスダンパーに蓄えられたエネルギーを徐々に消費する。 これらの研究から、新しい構造形態である免震・制振構造にも、応答低減効果には限界が存在することが明らかになった。 (1)免震構造では、ダンパーの調整効果によるせん断力低減効果は最大1/2であり、周期が長周期化することによる応答せん断力の低減に帰着する。 (2)エネルギー吸収機構による応答低減効果は、最も有効に働いた場合においてもDs値で0.4程度に留まるため、応答層せん断力をさらに低減するためには、構造骨組自体が長周期化する必要がある。 (3)質量効果機構では、マスダンパーの建物の質量に対する質量比によりエネルギー吸収効果に限界が生じる。質量比が小さい場合はエネルギースペクトルのピークカット効果の方か応答低減効果が大きいが、地震動のように周波数特性が規定できなものについてはエネルギー吸収効果に頼らざるを得ない。 これらの限界を知ることが、新しい構造形態の設計する上では大変重要なことと考える。 免震・制振構造にエネルギー収支に基づいた設計法を提案し、建物設計例に適用した結果、つぎのような結論を得た。 免震・制振構造の応答特性をより一般的に捕らえ、耐震設計の目標を見失わないためにも、個々の応答結果を総合評価する必要がある。エネルギーの収支に基づいた応答評価法は、応答解析結果を抽象することから導き出された一般性に主眼をおいた方法である。この方法は大局的な見地から構造計画における種々の選択を行うことを可能にし、新しい構造形態の有力な設計法になり得ると考える。特に免震・制振構造のように地震動に対する動的検討を必要とする場合、エネルギー収支に基づく応答評価法は設計者にとって有力な武器になると確信する。今後ともエネルギーの収支に基づいた応答評価法を適用することで、新しい構造形態を実現し、建築設計の自由度を高めて行きたいと考える。 |