学位論文要旨



No 212012
著者(漢字) 工藤,達郎
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,タツロウ
標題(和) スーパーキャビテーティング・プロペラの理論解析と設計への応用
標題(洋)
報告番号 212012
報告番号 乙12012
学位授与日 1994.12.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12012号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,洋治
 東京大学 教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 助教授 山口,一
 東京大学 助教授 荒川,忠一
内容要旨

 高速あるいは低圧下で作動する流体機器では、部分的に静圧が流体の蒸気圧以下になる箇所が生じ、そこではしばしばキャビテーションが発生する。舶用プロペラも例外ではなく、主に周速の速い翼端部背面側を中心にキャビテーションが発生していることが多い。特に高速船用のプロペラでは、キャビテーシッンがプロペラ翼をほとんど覆い尽くしてしまい後流中にまで延びている、スーパーキャビテーション状態(以下SC状態という)になることが知られている。このSC状態では、通常のプロペラでは性能が著しく低下するので、高速船にはSC状態において効率が高くなるように設計されたプロペラである、スーパーキャビテーティング・プロペラ(Supercavitating Propeller、以下SCPという)が用いられることが多い。

 高速船用の推進器としては、SCPの他に、サーフェス・プロペラやウォーター・ジェット等がある。商用を中心とする実用域として最も使用頻度が高いと考えられる荷重度CTが0.1から1.0の範囲においては三者の中でSCPが最も性能が良い。ウォーター・ジェットは安全性、操船性の良さなどの利点から利用されることが多いが、効率の観点からはSCPに及ばず、高速時の旋回性能が舵に比べて劣るなどの問題点も指摘されている。

 このような状況の中、近年の船舶の高速化に伴い、その推進器としてSCPの重要性が増しており、将来的にも最も期待できる。しかし、現在SCPの利用率が予想外に低い裏には、幅広い用途に対応できる信頼性ある設計法が整備されていないという現状がある。

 SCPの開発の歴史は古く、1950年代にアメリカのDTMB(David Taylor Model Basen)を中心にして、スーパーキャビテーティング翼型(以下SC翼型という)およびSCP設計法の研究が盛んになされた。しかし、この揚力線理論に基づくDTMBの設計法については、曲がり流れに対する修正が通常型プロペラに対するものでありSCPに適用するのは無理かあること、これにより設計されたSCPは設計点において必ずしもSC状態とならないこと、スラストが設計値よりも15%低くなることなどの問題点が指摘されている。

 SC翼型を用いず、オジバル翼型やクレセント翼型といった、キャビテーションの発生をできるだけ遅らせることを目的とした断面を用いた高速船用のプロペラもBell、Gawn&Burrill、Newton&Raderなどにより開発されている。これらは全て系統試験に基づく設計チャートである。これらのプロペラは中速域では良い性能を示すが、どうしてもSC状態が避けられなくなる50ノット以上の高速域では急激に性能が落ちてしまうと言われ、実際にはもっと低い速度域においてもSCPの方が良い性能を示すことも多い。

 近年では、1979年にRutgerssonが系統的な性能試験に基づく設計チャートを発表している。また、1980年代にはYimが揚力面理論によるSCP設計法を開発しているが、出来上がったSCPのスラストはDTMBの設計法によるものと同様に設計値よりも3〜8.5%低めになる。DTMBの設計法よりは精度が向上しているが設計法としてはまだ設計精度と出来上がったプロペラの効率に不満が残る。

 このように、SCPの断面であるSC翼型の2次元理論解析や、SCPの設計法に関する論文が数多く発表されているのに比べて、SCPの理論的性能解析に関するものは僅少であり、精度の良い理論解析法は無い。キャビテーションが発生した通常プロペラの理論解析は少数の研究者が発表しているが、SC状態での性能解析の精度は悪く、通常プロペラの揚力面理論解析の精度に及ばない。

 こうした背景の中、新しい時代のSCPの開発のため、精度の良いSC状態のプロペラ性能解析法の開発が必要であった。また同時に、既存のSCPの設計法は、実用的なものは系統試験に基づくチャートによるもので適用範囲が狭く、理論設計法は精度が悪く信頼性に欠けているため、信頼性あるSCP設計法の開発が望まれていた。

 本論文では、こうしたSCPについて、実用上充分な精度を持つ理論解析法および理論設計法の開発を目的とした。

 第1章では、上記のような本研究の背景について、歴史を概観した。

 第2章では、SCPの翼断面であるSC翼型に関して、設計にも応用しやすい非線形理論解析法を開発し、これについて述べた。一次渦パネル法と呼ばれるこの解析法は、翼面およびキャビティ表面を強さが線形に分布した渦パネルで表し、キャビティ形状については圧力条件から逐次近似法により求める。そのため、性能解析では固定した面として扱う翼型表面を、キャビティ表面と同様に逐次変形させて扱うことにより、翼面圧力を与えられたときの翼形状を求めるという設計問題にも容易に応用することができる。キャビティ前縁の位置は層流境界層計算に基づき合理的に定められ、前縁から発生するスーパーキャビテーションの他に、翼弦中央から発生するスーパーキャビテーションやベース・ベンティド・キャビテーションも計算することができる。いくつかのSC翼型について計算結果を模型実験結果と比較した結果、キャビティを閉塞型モデルにより扱っているためにキャビティ長さについては実験と合わないが、翼に働く力、特に設計上重要である揚力については精度良く計算できた。さらに、同手法を用いて圧力分布の与えられたSC翼型の設計が可能であることを示した。

 次に第3章では、渦格子法によるSCPの性能解析法を開発し、これについて述べた。この解析法はSC-VLMと称し、従来の渦格子法と異なる点は、SC状態を扱うために渦格子を配置する揚力面を翼のキャンバ面ではなく翼とキャビティを合わせて考えたときの平均キャンバ面としたことにある。翼背面のキャビテーション領域における圧力条件の扱い方に特長があり、キャビテーションの発生した領域の圧力が蒸気圧になるような揚力面(平均キャンバ面)形状を逐次近似法により求めることにより圧力条件を満たすと共にキャビティ形状を求める。この手法の開発により渦格子法によりSCPを扱うことが可能になった。翼型と同様にいくつかのSCPについて計算結果を模型実験結果と比較することにより、精度の検証を行うと共に、本計算法の適用限界を調べた。後流渦の変形を考慮にいれない古典伴流による計算結果を模型実験結果と比較した結果、シート・キャビテーション、ベース・ベンティド・キャビテーション、ティップ・ボルテクス・キャビテーションの発生したSC状態のプロペラを対象として、本解析法は概ねスラストについては3%以内、トルクについては5%以内の精度で計算が可能であり、充分実用に耐える精度を持つ解析法であることが明かとなった。大キャンバの翼断面を持つSCP、あるいは後縁にカップの付いたSCPなど、非線形影響の強いと思われるプロペラについても同様に解析が可能である。さらに、後流渦の変形を考慮に入れた計算ではプロペラ後方のキャビティ形状をも含めて実験と良く合う結果が得られ、より詳細な解析が可能である。

 第4章では理論計算に基づいたSCPの新しい設計法を提案した。本論文で扱うのは、翼輪郭および翼断面についての設計法である。本設計法では、半径方向の循環分布等の初期設計を揚力線理論により行い、断面設計を2次元の一次渦パネル法および3次元の渦格子法により行う。さらに前出のSC-VLMによりピッチ修正と性能確認を行う。本設計法により4つのSCPを設計し、性能の良いSCPを設計しうる信頼性ある設計法であることを確認した。SCPの効率向上には、翼根部にエアロフォイル型翼断面を用いてハイブリッド型にすること、および断面に揚抗比の高い翼型を使用できるように翼弦長を決めて小翼展開面積比にすることが有効であることが明かとなった。既存の代表的なSCP設計法であるSSPA(スウェーデン国立船舶試験所)の設計チャートによるSCPと同じ設計条件の下で本設計法によりSCPを設計し、図に示すハイブリッド型SCPではSSPAプロペラよりも設計点において11.6%効率が向上した。小翼展開面積比SCPでは最高効率78.4%に達した。設計値、解析値、実験値の一致度も良く、設計法の高い信頼性を示している。設計過程において、SCPでは通常プロペラとは逆にピッチ比を増すことによりスラストが減少する場合が多いなどの興味深い知見も得られた。

本論文において設計したSCPの設計値、計算値と実験値の比較(三角印のSSPAプロペラは従来の代表的SCP)

 また、本研究の過程においてSCPの翼断面に適した2種類の翼型をシリーズ化し、設計に用いやすいチャートとして整理した。

 第5章では、本研究全体をまとめると共に、今後の課題として以下の様な考察を行った。

 SC翼型の解析では、キャビティのモデルについて、まだまだ研究の余地か残されている。SC翼型周りの流場計測から得られたヒントをもとにモデルの改良が必要である。

 SCPの解析結果は、実用的には充分な精度を達成できた。今後の改良点としては、不均一流への拡張、非定常流への拡張、ボス影響の考慮などが考えられる。特に、船外機用のSCPはボス比が大きいことが多いので、そのようなSCPを扱うにはボス比の影響を考慮しなければならない。また、高速艇でSCPを使う場合には、斜流中で使用されることが多いので、不均一流中の性能解析法の開発も望まれる。

 本論文中の設計ではプロペラ材料として現在よく使われているアルミ・ブロンズを想定したが、翼を薄くして流体力学的性能を上げるためには、より強度の高いSCP用の材料の開発が非常に重要となる。高強度材料を使用することにより如何にSCPの性能が向上するかの認識が広まれば、高強度材料の開発および使用に対してもっと積極的になり、SCPの使用率が高まることが期待できる。

 本研究により、これからの高速船の時代に向け、その推進器として最も期待されつつも理論面からの研究があまりなされていなかったSCPについて、精度の良い理論性能解析法と信頼性ある高性能SCPの理論設計法が提供された。

審査要旨

 本論文は「スーパーキャビテーティング・プロペラの理論解析と設計への応用」と題し、5章より成っている。

 高速で作動する流体機器では、翼面上が蒸気圧より低い圧力になることがあり、そこではキャビテーションが発生し、著しい場合にはキャビテーションの長さは翼のコード長より長くなる。このようなキャビテーションをスーパーキャビテーション(以下SCと略称する)と呼び、スーパーキャビテーション状態で優れた性能を有するよう設計されたプロペラをスーパーキャビテーティング・プロペラ(以下SCPと略称する)と呼ぶ。本論文はこのようなプロペラに関するものである。

 第1章は「緒言」で高速船用推進器としてのSCPの必要性、SC翼やSCPについての従来の研究、問題点等について簡潔に述べている。

 第2章は「一次渦パネル法によるSC翼型の性能計算」と題し、SCPの基本要素であるSC翼型についての解析法の開発、それによるSCV翼型の性能計算と実験結果との比較について述べ、本解析法が有用なことを示している。

 まず従来のSC翼型の解析法について展望した後、本研究で採用した一次渦パネル法による解析について詳述している。一次渦パネル法は翼型とキャビティ表面をパネルで表し、そのパネルに強さが線形に変化する渦分布を置き、その渦の強さを境界条件から決定するという解法である。その際、キャビティ形状も未知のため、その形状もキャビティ表面では圧力が蒸気圧に一致し一定であるという境界条件を満たしつつ、逐次近似法で求めなければならず、通常の翼解析にくらべやっかいである。一方、このような逐次近似法を翼面にも適用すれば、翼面の圧力分布を与えて翼面形状を求めるという、いわゆる設計問題に応用出来、便利である。実際、著者はこのようにして本解析法をSCPの設計に活用している。さらにキャビティ前縁の位置は層流剥離点に一致するという物理的事実を計算にとり入れ、また端点て1/2乗の特異性を持つ特異パネルを配置しキャビティ前縁の特異性をとり入れたものにするなど解の精度向上に注意を払っている。

 本解析結果は著者による実験および東大、カリフォルニア工大等の実験と比較されている。キャビティ長さ、揚・抗力、翼型周りの流場の流速分布等が比較されているが、最も重要な量である揚力については解析結果は実験結果とよく一致している。

 第3章は「渦格子法によるSCPの性能解析」と題し、本研究で採用した「キャビテーションを含むプロペラを渦格子で表し、その渦の強さを境界条件より求めるという解法」について述べている。渦格子法によるプロペラ解析は従来より行われているが、大きなキャビティが発生する場合には良好な結果が得られていない。著者はその原因が渦格子を配置する面を翼のキャンバ面に固定して計算を行っていたことにあるとして、本解析では翼とキャビティを合わせて考えた時の平均キャンバ面に配置するようにした。このようにすると逐次近似法によりキャビティ形状が変化すると、それに伴って渦格子面も変化させなくてはならないが、解の安定性は増し、精度よい解が少ない繰り返しで求められる。

 いくつかのSCPについて計算結果を模型実験結果と比較することにより、本解析法の精度と適用限界を調べている。その結果通常のSC状態ではスラストについては3%以内、トルクについては5%以内の精度で計算を行うことが出来ると結論している。また大きなキャンバを持つSCP、翼の後縁を大きく曲げた(カップと呼ばれる)SCP等についても計算結果を実験と比較し、十分高い精度で計算出来るとしている。

 第4章では「揚力面理論によるSCPの設計」と題し第2章、第3章で述べた解析法を使って高性能のSCPを設計する手法について述べている。本設計法では半径方向の循環分布などの初期設計を揚力線理論により行い、翼断面形状の決定を第2章で述べた方法により行う。さらに第3章で述べた解析法によりプロペラピッチの修正と最終的な性能確認を行う。

 実際に4ヶのSCPを設計し、模型プロペラを製作・試験することにより、その性能を確認している。本方法により設計されたSCPの実験結果を解析結果と比較すると、設計点のみならず、キャビテーションの発生がより著しい、プロペラ前進率の小さい領域においても両者の一致はよい。一方、プロペラ前進率の大きい領域においてはSC状態とならず、実際に計算結果も得ることが出来ない。

 興味深いのはSCPの性能向上のための2、3の工夫である。特に翼の根本附近がSC状態にならない場合(これは実際によくある状態である)翼端部はSC翼型を採用するが、翼根部にはエアロフォイル翼型を用いてハイブリッド型のプロペラとすると、現用のSCPより効率が10%以上向上することが示されている。また翼のコード長さを適切に選び、設計点において各翼断面の揚抗化が常に大きくなるように設計すると、性能は大きく向上することを計算と実験から確認するなど本設計法の有用性を示している。

 第5章は「結言」で以上の結果をまとめて述べるとともに今後の課題について考察している。

 以上、要するに本論文はスーパーキャビテーティング・プロペラの精度よい解析法とそれを使った設計法を開発し、実験により確認したもので、船舶推進工学の発展に資するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50913