学位論文要旨



No 212013
著者(漢字) 糸山,直之
著者(英字)
著者(カナ) イトヤマ,ナオユキ
標題(和) LNG船基本計画の研究
標題(洋)
報告番号 212013
報告番号 乙12013
学位授与日 1994.12.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12013号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小山,健夫
 東京大学 教授 加藤,洋治
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 助教授 大和,裕幸
内容要旨

 LNG船は超低温の液化天然ガスを海上輸送し,電力・ガス会社に届ける船である。このため技術面・商業面ともに一般専用船にない特殊性がある。

 LNG船の基本計画に係わる特殊性は,高船価である,大型化・低速化による燃料節減が難しい,容積型の浅喫水船である,主機を蒸気タービンからディーゼルに転換するのは慎重にせねばならない,航行中にLNG貨物の一部は蒸発しボイルオフガス(BOG)となる,これを船の燃料として使う時BOG価格の取り方が不明確である,液化・積出し基地は1兆円規模となるためLNG船の不稼動は許されない,プロジェクトに専従するLNG船フリートだけで契約数量を輸送せねばならない,確実な輸送のために輸送力マージンを大きく取る,このため低速航行の頻度が高くなる等,多岐にわたる。

 これらの特殊性のために,LNG船の基本計画を的確に行うことができなかった。

 こうした中で本研究は,特殊性の内容を項目ごとに定量的に分析し,LNG船基本計画の方法の樹立を行うものである。基本計画として,1隻だけの場合とプロジェクトに専従するフリート全体の場合とを対象にする。

 先ず,BOG価格をいかに考えるべきかを検討する。BOG価格の見方は時代によりプロジェクトにより大幅に変動するが,これを根本的に捉えると,BOBの回収コストとの係わりで絞りこみができる。BOG価格を等発熱量のFO価格との比をとりBOG価格比で表すことにすると,分析の結果,図-1のBOG評価カーブのように,FO価格リンクで1本のカーブでBOG価格比を読み取ることができる。通常のFO価格ではBOG価格比は25〜50%で考えるべきことが判る。これにより,基本計画は大きな影響を受ける。

 LNG船の主機は現在,蒸気タービン(S/T)である。これを一般専用船のようにディーゼルに転換することは技術的に可能であるが,BOGを安全に経済的に処理せねばならないため,二元燃料ディーゼル(DFD)または重油焚きディーゼルとBOB再液化装置の組合わせ(DRL)となる。

 125,000m3・30,000ps・18.5knのLNG船をモデルにして,S/T・DFD・DRLの経済性を比較評価する。

 先ず,通常航行(常用出力・15%シーマージン)で,BOGを主燃料とし,不足分をFO追焚きとすると,輸送コスト(T/C)の最低となるプラントは図-1のとおりとなる。これよりDDFが広範囲のFO・BOG価格でBOG評価カーブとの関係がよく,有利なことが判る。従来もDFD有利のことは凡そ判ってはいたが,詳細に検討せず,BOG評価カーブがなかったため正確な評価ができなかった。また,DFDで高船価となり,実証性がなかったため,採用が見送られていた。

 次に,LNG船が避けられない低速航行の例(満載平均速力は16.2kn)で比較すると,図-2のようにDFDゾーンが狭くなり,その分だけS/Tゾーンが広くなる。

 低速航行でBOGが余剰にならないように,ボイルオフ率(BOR)を低減すべきである。しかしその場合に,追焚きFO量が増えるという問題がある。これを解決するには,LNG貨物を強制的に蒸発させて,ガス燃料をメイクアップすればよい。この強制蒸発システムは技術的な問題がなく,コストが高くなく,ガス発生のための蒸気量は僅かである。

 低速航行で,強制蒸発システムつきのS/T・DFDとDRLを比較すると,図-3のようにDFDゾーンはきわめて狭くなり,BOG価格比50%以下では,S/Tが有利となる。従来考えられていた図-1とこの図-3とでは,プラント評価が大きく違ってくる。

図-1 T/C最低のプラント(通常航行)図表図-2 T/C最低のプラント(低速航行) / 図-3 T/C最低のプラント(低速航行)(強制蒸発あり)

 これらの検討の結果,低BOR・強制蒸発システムつきのS/Tが,LNG船の就航実態に即した経済性と状況変化に対する柔軟性の点で,最も有利となることが判る。

 このように計画されたLNG船が2つの実プロジェクトで採用され,計画どおりの性能を実証した。この後これらのLNG船の基本計画は,関係者に広く理解され,後続の7プロジェクト向け29隻の全てが,低BOR・強制蒸発システムつきのS/Tとされている。筆者の研究成果は,LNG船のワールドスタンダードを変革する結果になった。

 次に,プロジェクトに専従するLNG船フリートがいかにあるべきかを検討する。主機出力・速力を45,000ps・20.5knまで増やすと,1隻のT/Cは下がことが判る。また,700万トン/年以上の大型プロジェクトでは,30,000psを45,000psに増やすと,フリートを1隻削減でき,プロジェクトの経済性が改善することが判る。

 このように,LNG船の基本計画の方法が明らかになった。

 その他に,LNG船基本計画の評価項目・内容をまとめ,将来の改善の方向付けを行った。

審査要旨

 LNG(Liqufied Natural Gas)船はメタンを主成分とする天然ガスを超低温で液化して海上輸送するための船であり、一般の船舶に比べ多くの特徴を有している。

 超低温の液化ガスを貯蔵するための貨物タンクはその低温に耐えるための特殊な材料、構造が必要であり極めて高価格な船となる。従って、経済的観点からその運航には高い信頼性が要求される。

 LNGの供給面から見ると、供給プラントの開発自体が非常に大きなプロジェクトとなることと典型的な売り手市場であることから、需要家に安定したLNGの引き取りを要求することが通例となっており、いわゆる「テイクオアペイ」条件、すなわち契約輸出量を引き取るか否かに拘わらず契約量に応じた支払をするという厳しい条件が課せられる。このことからも信頼性の高い運航が要求され、輸送能力に余裕をもたせる必要があるため平均的には設計航海速力よりはかなり低い速力で運航されることが多い。

 LNGは超低温であるため輸送中一部が蒸発してしまう。これをBOG(Boil Off Gas)と呼んでいる。BOGを再液化してLNGに戻すことは可能であるが、そのためには相当なエネルギーを要するため通常はこれを推進エネルギーとして利用している。すなわち、本来は輸送すべき貨物の一部である天然ガスを、船の推進用燃料として利用するという極めて例外的な運航が通例となっている。蒸発防止のための防熱技術が未熟であった時代、BOG発生量は1日あたり積み荷の0.25%にも達し、推進機関として熱効率の悪い蒸気タービンを使った場合でも必要量を補ってあまりあるという状況であった。

 その後、石油危機以来エネルギー保護の要請が高まる一方で、防熱技術の進歩によりBOG発生率は1日あたり0.15%あるいは0.10%まで押さえることができるようになった。その結果、LNG船の設計は多面的な判断を求められるようになってくる。BOG発生率が高い場合、それは無料の推進エネルギーであり、設計から見ればいわば与件であって最適化の対象ではなかったが、BOG発生率の低下にともない、与件は最適設計の重要な対象項目としてクローズアップされるようになる。

 積み荷であるLNGをなるべく蒸発させないで目的地に運ぶべきことは当然である。そのためBOG発生率を少なくすれば、従来のように蒸気タービンで高速運航をするにはエネルギー供給が不足する。エネルギー供給が十分あるときは信頼性の高い蒸気タービンの採用が当然としても、この条件が崩れた場合エネルギー効率が格段に高いディーゼルエンジンの採用も考慮しなければならない。さらに、BOG発生率を押さえるためには防熱のための初期コストが増え、BOGを推進エネルギーに利用するというLNG船特有の運航条件とのかねあいも考慮する必要が生ずる。ここにきて極めて単純であったLNG船の設計は、多くの条件が一挙に関連をもつようになり、合理的な設計を行うための視点が定めにくい状態になった。

 本論文は、長年LNG船の設計に携わってきた著者が、以上のような状況の中で苦労をかざね、複合する諸条件の下でLNG船の基本設計における考え方を体系化したものである。

 第1章の序論および第2章一般専用船とLNO船では上記に述べたLNG船の種々の条件の関連を整理し、一般専用船の燃料費削減において最大の関心事となった、大型化、航海速力低減、プロペラの低回転数化、蒸気タービンから燃料効率の良いディーゼル機関への転換等の手法がLNG船には適用しにくいことを述べている。また、LNG船の経済性評価の指標としては、荷主の考え方が大きく影響すること、輸送の信頼性が強く要請されること、相当の輸送余力が必要とされるなど特有の諸条件があるものの、基本的には輸送単位量あたりのコストをもって基準とすべきことを主張している。

 第3章LNG船経済性の基礎的検討においては、主機出力低減の効果、船速低減の効果、BOGとバンカーオイルの混焼システム等今後の検討に必要な項目についての基礎的な考え方を述べた後、LNG船特有のBOG価格比について詳しく検討している。BOGは輸送中のLNGが蒸発したガスであり、これをどのように考えるかがLNG船の経済性を検討するうえで極めて重要な問題となる。この問題は立場により色々な考え方がありうる。一方の極端は、BOGとはいえ高品質なエネルギー源である天然ガスと変わることなく、従ってそれと同じ価値をもつべきであるという考え方があり、他の極端は、積み荷であるLNGが蒸発してBOGとなったからにはすでにその価値は失われており、従ってBOGは無料で船の燃料として使ってしまってよいとする考え方である。

 この問題について著者は極めて明快な解答を提案した。すなわち、船の上で発生したBOGを再液化してLNGに戻すためには費用が発生する。あるいは、この費用を支払ってはじめてもとの積み荷であるLNGに戻すことができる。従って、再液化に必要なバンカーオイル換算のエネルギー費用を天然ガスとしての価格から差し引いたものがBOGの価格であるとし、この費用と天然ガスの価格の比をもって対バンカーオイルBOG価格比であるとした。この考え方によれば、過去20年間石油、天然ガスの価格は非常に大きく変動しているが、BOG価格比で見れば今後の相当大幅な価格変動を仮定しても20%から50%程度の枠内に納まると説明している。この提案は極めて説得力のある考え方であり、LNG船計画において困難であった諸問題に対し今後明快な視点を与えるものとして評価できる。

 第4章LNG船の就航実態における推進プランと計画では、輸送力マージンの実態についての調査結果とそれに基づく推進プラントの計画について述べている。LNG船では信頼性確保のため輸送力マージンをとる必要があるが、通常は設計速力よりも低い速力で運航し、必要があるとき高速運航を行って輸送力を強化する方法が取られている。著者の調査によればこの低速運航の割合は、満載時で37%、バラスト時で25%である。これらの実態を考慮すると現在の防熱技術のもとてのBOG発生率では、低速運航では燃料消費量が激減するため平均的には推進に要するエネルギーに対し過剰ぎみであると言える。一方、高速航行の場合には不足ぎみであるが、この不足を補う方法として著者はバンカーオイルを用いる方法と積み荷であるLNGを強制蒸発させて燃料として用いる方法をあげている。

 第5章では特定のLNG輸送プロジェクトにおいてフリートを組む場合の計画について述べている。プロジェクトがある程度大きい場合、LNG船の隻数と航海速力の間には相補的関係が生じ、航海速力を上げることによって隻数を減ずることができることを示している。

 第6章では上記の検討結果に基づきLNG船基本計画の実例を示し、長年著者が携わってきた諸問題を合理的に説明できることを示し、その方法論を提示している。とくにBOG価格比を普遍的な形で求めたことから、最近の標準的設計である強制蒸発装置付き蒸気タービンLNG船の現状における優位性が説得性をもって説明されている。

 第7章ではLNG船の将来展望について触れ技術開発の方向づけを行っている。

 第8章結論では本研究によってLNG船の経済評価の方法を樹立し、それによって合理的な経済性を実現する設計法を可能としたと結論づけている。

 積み荷であるLNGの蒸発ガスを燃料とするという、極めて特殊かつ複合的な問題を含むLNG船基本設計の考え方がこの研究によって明快に整理されたと見ることができる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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