本論文は、「航空交通管制シミュレーション実験による交通容量に関する研究」と題し、監視用レーダを用いた航空交通管制について、専任の管制官を含んだ実時間ダイナミック・シミュレーションによる実験を通じて、航空交通の最大値である交通容量に関する研究を行ったもので、8章よりなる。 第1章は、[序論」であって本研究の背景と目的を述べている。即ち、管制を受ける航空交通は、管制官と言う人的要素と交通環境とが、相互に複雑に作用しあうものである。従って、交通容量の算定や交通容量に影響を及ぼす主要パラメータを決定するに当たっては、管制官を対象とした実時間ダイナミック・シミュレーション実験が、交通の実情に即した実効的な結果や数値を与えるものとなる。 第2章は「航空交通管制シミュレーション施設の開発・研究」であり、筆者が実時間ダイナミック・シミュレーションを行うために構成した施設について述べている。模擬される航空機の運動や制御の性能は充分に実機に即したものである。また模擬航空機を操作するパイロット役のシミュレータへの入力動作、またパイロット役として管制官との模擬交信動作も、いずれも想定し得る高密度交通に至る迄充分に対応しうるように工夫されている。シミュレーション施設は、現実に航空交通管制が実施される(管制空域により分類される)管制の2形態、即ち、航空路管制、及び、ターミナル管制にそれぞれ対応した装置で構成されている。この2種の装置は独立に作動し得るが、結合させて航空管制の総合的実時間ダイナミック・シミュレーションが実施できる。この施設の作成は筆者の創意工夫によるもので他に例を見ない。 第3章は「交通流シナリオ生成法」であり、筆者が作成した、航空交通管制のダイナミック・シミュレーション実験を行う際のソフトウエアについて述べている。交通流、即ち、模擬運航される航空機の時系列を、実験に先立って如何に作成し準備するかを論じている。即ち、統計的に信頼するに足る結果を得る為には、想定している空域・飛行経路に対する多数回のシミュレーション試行による実験が必要である。この際、飛行計画や運航形態(飛行高度、飛行速度)の統計的資料を参照し、ある高密度交通流が一括して自動的に生成される手法を開発し、容易に実験が行えるように工夫している。 第4章は「実効容量推定の研究」であり、前章までに述べた施設と生成されたシナリオを用いて行ったシミュレーション実験に基づき、航空路管制の容量について論じている。即ち、管制官の責任分担空域(セクタ)は定められているが、セクタの大きさと形状、セクタ内の飛行経路構成、交通流の形態、管制官の技量等によりセクタの容量は異なる。また交通流も段階的に増加させながらシミュレーション実験を実施している。得られた実験結果にたいして限界容量と許容容量の概念を導入し、管制官の技量を統一的に評価する手法を提案し、推定容量を数量的に表現している。併せて、容量を越えた場合に、管制作業の上で生じる諸現象を明らかにし、また交通の合流点の実効容量を定量的に示したりしている。更に新しい管制手法として平行経路と交通流制御の手法を提案し、容量改善効果を数量的に示してもいる。 第5章は「空域設計評価の研究」であり、具体的な東京国際空港の沖合展開計画を取り上げ、管制空域の設計と評価について論じている。即ち、我国において航空路交通が最も混雑する空域に対して、具体性を有する4種の空域設計案を提示し、前章と同様な手法で比較検討を行っている。最終的には、沖合展開計画が完了した後、予想される交通量を取り扱うための空域構成や採用されるべき管制手法を明らかにしている。第4章に述べた研究と本章の具体例を通して、空域の設計と評価の手法が確立されたと主張している。 第6章は「航空交通流管理実験システムの開発・研究」であり、第2章で述べた航空交通管制シミュレーション施設を、航空交通流管理の研究に活用する方法について論じている。即ち、航空交通流管理で重要な意味を有するであろう交通予測や、管理を実行した場合に生じるであろう交通流の変化に関する情報を航空交通流管理管制官に提供する方法を述べている。更に、新たに考案した交通流管理卓を上述の航空交通管制シミュレーション施設へ連接し、著者の言う航空交通流管理実験のシステムを完成させている。 第7章は「航空交通流管理手法の研究」であり、恒常的に混雑する空域を対象とした飛行経路の動的な割り当て、つまり交通流の分流に関する研究について述べている。これは第4章及び第5章で述べた管制容量と空域構成の評価とを発展させたものであって、シミュレーション実験によりその有効性を確認している。併せて航空路管制からターミナル管制への管制移管の適性条件等も明らかにしている。 第8章は「結論」であり、前章までの要旨が纏められている。 以上これを要するに、本論文は現代航空交通を担う重要技術である航空管制について、実時間ダイナミック・シミュレーション施設を構成した上で、管制官を対象としたシミュレーション実験を実施し、基本的なパラメータである管制容量を数量的に明らかにし、各種管制手法の評価を行うなど、管制技術に新たな知見を加えたものであって、電子工学上貢献する所少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |