学位論文要旨



No 212015
著者(漢字) 東福寺,則保
著者(英字)
著者(カナ) トウフクジ,ノリヤス
標題(和) 航空交通管制シミュレーション実験による交通容量に関する研究
標題(洋)
報告番号 212015
報告番号 乙12015
学位授与日 1994.12.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12015号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水町,守志
 東京大学 教授 高羽,禎雄
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 教授 浅野,正一郎
内容要旨

 航空需要の増加とともに航空交通管制における交通容量の問題が重要で緊急な技術課題となっている。航空交通管制は、レーダ、計算機、および通信を用いた複雑で大規模なシステムを構成するが、(1)航空交通の現状把握、(2)交通予測、(3)安全で効率的な交通流を維持・促進するために必要な判断、および(4)判断結果に基づくパイロットへの管制指示の伝達という交通管制の中枢機能に関するすべての作業を航空管制官が行っている。このため、安全維持のために規定されている航空機間の最小間隔で決まる空域の物理容量より低く、航空交通管制のシステム作業環境における航空管制官の作業限界で決まる実効的な交通容量、すなわち、実効容量を求めるべきということが国際的に共通な認識となっている。

 交通容量に関する従来の研究では、1960年代頃から欧米や日本で解析モデルや高速シミュレーション・モデルにより研究が行われてきた。しかし、これらのモデルは種々の管制手法の相対的な評価や交通容量の近似解を得ることには適しているが、実効容量を決定する管制官作業のモデル化の点で、十分な厳密性を有しなく、また、管制官の判断作業や技量差等の多様性を表現できないため、国際的に確立された方法はないのが現状である。一方、実時間ダイナミック・シミュレーションでは、シミュレータを用い、シミュレーション系に管制官が含まれるため、管制官の判断作業や技量差が含まれた結果を得ることができる。しかし、日本では試験・研究用シミュレータがなかった。また、欧米でもシミュレータを用いて実効容量に関する研究を系統的に行った例は見られない。

 本論文は、航空交通管制における交通容量に関する研究を行うために開発・整備した航空交通管制シミュレーション施設、同施設を使用したシミュレーション実験・評価手法、およびデータ解析・評価結果、および知見をまとめたものである。

(1)シミュレーション施設の開発・研究と交通流シナリオ生成法(2章、3章、6章)

 本研究では、交通容量に関する諸問題を実時間ダイナミック・シミュレーション手法により研究する方針を決めて、日本の航空交通管制のシステム作業環境等に適応した航空交通管制シミュレーション施設の開発から着手した。

 (2章)まず、シミュレーションに必要となる航空機の運動や運動制御等のモデル化について提案した(2.3節)。 次に、モデル化に基づき、高速シミュレーション・ソフトウェアを開発し、その妥当性を評価した。更に、これらの検討結果に基づき、航空路レーダ管制に着目して、試験・研究用の航空路管制シミュレータを開発した。

 従来の教育・訓練用シミュレータでは、管制官1名に対して1名ないしは2名のパイロット役が相手役となり、通信模擬と操縦指示の入力を行っていた。容量推定や将来を予測した空域設計評価等のシミュレーションでは管制官の作業限界または限界以上の高密度交通シミュレーションを行う必要がある。しかし、従来はパイロット役の通信模擬や操縦指示の入力作業の負荷が高くなり、作業が困難になり、高密度交通シミュレーションを実施できないという問題があった。そこで、シミュレータ開発では、管制指示の内容と航空機の操縦開始との関係を調べて、パイロット役の作業負荷を軽減しうるターゲット制御法を考案し、シミュレータ・ソフトウェアに組み込み、高密度交通シミュレーションを可能にした(2.4と2.5節)。

 更に、航空路管制とターミナル管制の責任分担空域は隣接し、航空機の受渡しを行うため、管制官の作業は相互に密接に関係する。そこで、航空路管制とターミナル管制の同時シミュレーションにより交通容量に関する研究を更に進めるため、航空路管制シミュレータにターミナル管制シミュレータを連接する手法を考案し、航空交通管制シミュレーション施設を構築した(2.6節)。

 本施設は航空路管制のレーダ管制卓2卓、ターミナル管制のレーダ管制卓2卓で構成される。計算機内の仮想シミュレーション空域は航空路管制シミュレータ部が最大半径400NM(約740km)、ターミナル管制シミュレータ部が最大半径100NM(約185km)の円内である。同時に制御できる最大航空機数は前者が200機、後者が60機である。具体例として、本施設で近畿地方の上空から羽田空港に着陸するまでの管制を模擬できる(2.7節)。

 (3章)交通流シナリオ生成に関して、従来の教育・訓練用シミュレータでは手作業で少数機の交通流シナリオを作成していた。容量推定や空域設計評価等の問題を扱うには、交通量や空域・飛行経路の異なる種々の交通流シナリオを用いて試行を多数回繰り返し、比較・検討する必要がある。更に、交通流シナリオでは現状や将来に想定される交通環境をできるだけ忠実に表現する必要がある。従って、手作業の生成では多大な時間を要して、実験が行えない。そこで、実際の飛行計画データを入力として、同データに含まれる飛行高度や速度等の統計的諸特性を活かして、計算機プログラム処理で、現状や将来を想定した空域・飛行経路構成に対する多数機で高密度の交通流シナリオを一括生成する方法を考案し、多数回シミュレーションの効率的かつ系統的な実施を可能にした。

 (6章)以上のように開発したシステムは航空交通管制シミュレーション施設である。そこで、航空交通流管理手法を研究するために、まず、航空交通流管理で用いる交通予測情報、および出発規制等の交通流管理を計画・実行するときに、交通流がどのように変化するかの情報を航空交通流管理管制官に提供する方法を検討し、これらの情報を表示する交通流管理卓を試作した。更に、同管理卓を航空交通管制シミュレーション施設に連接し、航空交通流管理実験システムを構築した。本施設の妥当性や有効性に関しては、以下で述べる一連のシミュレーション実験の結果から十分裏付けられた。

(2)シミュレーション実験による研究(4章、5章、7章)

 本施設を活用したシミュレーション実験により、実効容量推定、空域設計評価、および航空交通流管理手法の研究を行った。

 (4章) 実効容量推定の研究は広い空域を細分化した航空路管制セクターに着目して行った。各セクターは責任分担空域の大きさや形状、飛行経路構成等が異なるため、セクターにより実効容量は変化する。また、同じセクターでもセクターを通過する交通流の形態により実効容量は異なる。更に、管制官の技量差がある。そこで、各セクター毎に最も管制処理が難しい交通流の環境を設定し、かつ、交通量を段階的に増加させたシナリオを用いたシミュレーション実験手法を考案するとともに、限界容量と許容容量の概念を導入し、管制官の技量差により変化する実験結果を統一的に評価する手法を提案し、推定容量を明かにした。また、取り扱い機数が許容容量を越えるとなだれ的に管制処理が困難になること、管制処理の作業限界では管制官の作業が円滑に行えなくなるが、それがどのような形で現れるか、および合流点の実効容量を明らかにした。新しい管制手法として平行経路と交通流制御の手法を提案し、容量改善効果を定量的に示した。推定容量と航空交通の現状や将来とを比較して、交通計画に関する提言を行うとともに、空域の問題点を明らかにした。

 (5章)空域設計評価の研究では、東京国際空港の沖合展開計画という具体的課題のもとで、航空路管制で最も混雑する空域の設計案4案の比較・検討を行い、同計画後の平均的な交通量を処理できる管制手法を明らかにした。これらの一連の実験作業で空域設計評価手法を確立した。

 (7章)航空交通流管理手法の研究では、実効容量推定の研究と空域設計評価の研究で得られた知見に基づき、恒常的に航空交通が混雑する空域を対象として、航空交通を円滑に処理しうる航空交通流管理手法、具体的には、出発規制の適用手法、および出発前や飛行中の航空機の飛行経路を航空交通の混雑度に応じて割り当てる、すなわち、分流するという動的な航空交通流管理手法を考案した。同管理手法に関しては、航空交通流管理実験システムに管制官と航空交通流管理管制官を配置して、沖合展開後を想定して、羽田空港に向かう交通流に着目した実験・評価を行った。その結果、同管理手法が効率的で経済的な交通流の確保や管制処理量の軽減に効果的であること、および実効容量も改善することを明らかにした。また、同データ解析結果から、航空路管制からターミナル管制へ航空機を受渡すときの適正条件等も明らかにした。交通流を平坦化するように管理することが管制処理の円滑化や飛行時間の節約に効果的であることを定量的に示した。実験結果をもとに到着機の着陸順位・間隔付け計算シミュレーションを行い、計算結果が実験結果と良く合うことを明らかにした。

 最後に、モデル化から航空交通流管理手法の研究に至る間でなされた諸提案と検証結果、および知見を8章の結論でまとめた。実験では航空管制官の評価意見も収集したが、それらはデータ解析・評価結果を良く裏付けており、本施設による実験で実運用システムに有用な技術データや知見が得られることを実証した。

審査要旨

 本論文は、「航空交通管制シミュレーション実験による交通容量に関する研究」と題し、監視用レーダを用いた航空交通管制について、専任の管制官を含んだ実時間ダイナミック・シミュレーションによる実験を通じて、航空交通の最大値である交通容量に関する研究を行ったもので、8章よりなる。

 第1章は、[序論」であって本研究の背景と目的を述べている。即ち、管制を受ける航空交通は、管制官と言う人的要素と交通環境とが、相互に複雑に作用しあうものである。従って、交通容量の算定や交通容量に影響を及ぼす主要パラメータを決定するに当たっては、管制官を対象とした実時間ダイナミック・シミュレーション実験が、交通の実情に即した実効的な結果や数値を与えるものとなる。

 第2章は「航空交通管制シミュレーション施設の開発・研究」であり、筆者が実時間ダイナミック・シミュレーションを行うために構成した施設について述べている。模擬される航空機の運動や制御の性能は充分に実機に即したものである。また模擬航空機を操作するパイロット役のシミュレータへの入力動作、またパイロット役として管制官との模擬交信動作も、いずれも想定し得る高密度交通に至る迄充分に対応しうるように工夫されている。シミュレーション施設は、現実に航空交通管制が実施される(管制空域により分類される)管制の2形態、即ち、航空路管制、及び、ターミナル管制にそれぞれ対応した装置で構成されている。この2種の装置は独立に作動し得るが、結合させて航空管制の総合的実時間ダイナミック・シミュレーションが実施できる。この施設の作成は筆者の創意工夫によるもので他に例を見ない。

 第3章は「交通流シナリオ生成法」であり、筆者が作成した、航空交通管制のダイナミック・シミュレーション実験を行う際のソフトウエアについて述べている。交通流、即ち、模擬運航される航空機の時系列を、実験に先立って如何に作成し準備するかを論じている。即ち、統計的に信頼するに足る結果を得る為には、想定している空域・飛行経路に対する多数回のシミュレーション試行による実験が必要である。この際、飛行計画や運航形態(飛行高度、飛行速度)の統計的資料を参照し、ある高密度交通流が一括して自動的に生成される手法を開発し、容易に実験が行えるように工夫している。

 第4章は「実効容量推定の研究」であり、前章までに述べた施設と生成されたシナリオを用いて行ったシミュレーション実験に基づき、航空路管制の容量について論じている。即ち、管制官の責任分担空域(セクタ)は定められているが、セクタの大きさと形状、セクタ内の飛行経路構成、交通流の形態、管制官の技量等によりセクタの容量は異なる。また交通流も段階的に増加させながらシミュレーション実験を実施している。得られた実験結果にたいして限界容量と許容容量の概念を導入し、管制官の技量を統一的に評価する手法を提案し、推定容量を数量的に表現している。併せて、容量を越えた場合に、管制作業の上で生じる諸現象を明らかにし、また交通の合流点の実効容量を定量的に示したりしている。更に新しい管制手法として平行経路と交通流制御の手法を提案し、容量改善効果を数量的に示してもいる。

 第5章は「空域設計評価の研究」であり、具体的な東京国際空港の沖合展開計画を取り上げ、管制空域の設計と評価について論じている。即ち、我国において航空路交通が最も混雑する空域に対して、具体性を有する4種の空域設計案を提示し、前章と同様な手法で比較検討を行っている。最終的には、沖合展開計画が完了した後、予想される交通量を取り扱うための空域構成や採用されるべき管制手法を明らかにしている。第4章に述べた研究と本章の具体例を通して、空域の設計と評価の手法が確立されたと主張している。

 第6章は「航空交通流管理実験システムの開発・研究」であり、第2章で述べた航空交通管制シミュレーション施設を、航空交通流管理の研究に活用する方法について論じている。即ち、航空交通流管理で重要な意味を有するであろう交通予測や、管理を実行した場合に生じるであろう交通流の変化に関する情報を航空交通流管理管制官に提供する方法を述べている。更に、新たに考案した交通流管理卓を上述の航空交通管制シミュレーション施設へ連接し、著者の言う航空交通流管理実験のシステムを完成させている。

 第7章は「航空交通流管理手法の研究」であり、恒常的に混雑する空域を対象とした飛行経路の動的な割り当て、つまり交通流の分流に関する研究について述べている。これは第4章及び第5章で述べた管制容量と空域構成の評価とを発展させたものであって、シミュレーション実験によりその有効性を確認している。併せて航空路管制からターミナル管制への管制移管の適性条件等も明らかにしている。

 第8章は「結論」であり、前章までの要旨が纏められている。

 以上これを要するに、本論文は現代航空交通を担う重要技術である航空管制について、実時間ダイナミック・シミュレーション施設を構成した上で、管制官を対象としたシミュレーション実験を実施し、基本的なパラメータである管制容量を数量的に明らかにし、各種管制手法の評価を行うなど、管制技術に新たな知見を加えたものであって、電子工学上貢献する所少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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