本論文は、「パタン整合法による顔画像識別の研究」と題し、7章より構成されている。撮像カメラの前に立った人物を正面から撮像した顔画像と、あらかじめ撮像してある一群の人物の正面顔画像とを照合比較することにより、その人物を同定するための識別手法を研究したものである。 顔画像から顔の目、鼻、口などの形状を線図形として抽出してこれを照合比較する方式も研究されているが、この線図形を正確に抽出するのにはなお大きな困難が残されている。ここでは、顔の画像データを直接圧縮したものを特徴として使用する方式を採用しており、撮像時に不可避な位置ずれに強い特徴の抽出法を提案し、その性能を多数の実顔画像を用いて詳細に評価している。 第1章は序論であり、本研究の背景と目的、本研究の特徴、および、本論文の構成を述べている。 第2章は「パタン整合法による顔画像の識別」と題し、まず、本研究で採用したパタン整合法による識別方式について説明し、つぎに、この方式を採用した場合に重要になる照合のための顔画像パタンの表現法と、入力画像からの顔照合領域の切り出し・正規化法について、従来の研究を概説している。 第3章は「顔の照合パターンとその特徴表現」と題し、入力画像から後述する方法で切り出し・正規化した顔照合パタンを表現するための特徴にって詳細な検討を行い、従来のものに修正を加えた新しい特徴抽出法を提案している。照合に使用する顔の濃淡画像をベクトルとして表現すると非常に次元数の大きいベクトルとなり、これをそのまま識別に使用するのは得策でない。そこで、画像をKL展開で近似表現する方法が提案されていた。すなわち、サンプルとして収集した画像集合をデータとしてKL展開し、得られた固有ベクトルのうち固有値の大きいものからK個をとって、K箇の固有ベクトルによる展開で画像を表現することにする。K箇の固有ベクトルはすべての顔画像に共通のものであるので、個々の顔画像はK簡の展開係数で表現できることになる。 この方法は顔画像の最小誤差近似を利用している点で一つの合理的なデータ圧縮方法といえるが、顔画像撮像時に位置ずれがある場合には位置ずれした顔画像を近似表現することになる。実際問題としては数%の位置ずれは不可避であるので、本研究では、顔画像をフーリエ変換して平行位置ずれの影響を除去したものをKL展開する方法を提案している。この方法の性能を評価するため、269名の顔画像を対象として、位置ずれのない照合顔パタンを与えた場合と位置ずれのある照合顔パタンを与えた場合について詳細な実験を行い、直接KL展開する場合よりも、位置ずれのない場合でも5%、3%の位置ずれのある場合では19%識別率が向上することを示している。 第4章は「CG生成画像による特徴表現の評価」と題し、コンピュータ・グラフィックス(CG)により撮像条件の異なる顔画像のサンプルを多数生成し、これを用いて従来の特徴抽出法と本研究で提案する特徴抽出法の性能を比較した結果を報告している。顔画像識別の研究において、同一人物の顔画像を多数サンプルとして収集するのは困難である。そこで、顔の3次元形状を計測しておき、このデータを用いてコンピュータ・グラフィックス(CG)により種々の撮像条件下の顔画像を生成する方法を採用している。 第5章は「正面顔の照合パタンの抽出法」と題し、入力画像から照合に用いる顔の領域を切り出して正規化する方法について報告している。撮像顔画像の色彩情報を利用して、まず、両眼と唇の3箇の領域を検出し、これらを基準点として顔の中心領域の切り出しと相似変換による正規化をおこなっている。誤って基準点とすべき領域が3個以上検出される場合もあるが、それらの組み合わせで複数の照合パタン候補を作成し、それから最適なものを選択する手法を提案している。 第6章は「試作識別システムによる評価」と題し、上記の方法を採用した識別システムを試作し、これを用いておこなった評価結果を報告している。対象人物が10名程度の場合には、実用的な撮像条件の下でほぼ100%の識別率が得られると報告している。 第7章は結語であり、本研究の成果を要約している。 以上を要するに、本論文は、撮像カメラの前に立った人物の正面顔画像から照合に用いる顔中心領域を切り出し、この画像データから特徴ベクトルを抽出して人物を識別する手法について研究したもので、従来のちのに修正を加えた新しい特徴抽出法を提案すると共に、その性能について詳細な評価結果を報告しており、計測工学上寄与する所が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。 |