学位論文要旨



No 212018
著者(漢字) 西山,修二
著者(英字)
著者(カナ) ニシヤマ,シュウジ
標題(和) 人体を含む複雑系の連成振動特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212018
報告番号 乙12018
学位授与日 1994.12.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12018号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 井口,雅一
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 助教授 奥田,洋司
内容要旨

 人体を含む複雑系の連成振動として工学上重要性の高いものとして、人体-自動車-路面系の連成振動が考えられる。自動車の快適性向上への要求は,近年飛躍的に高まっている。さらに市場で要求される性能も年々高度となり,乗員の感覚・感性を満足させるには、乗員も車両のダイナミクスを決める大きな要素と考えた設計,すなわち車両-乗員-路面系を連成系として捉え,人に優しい車両及び路面系(道路橋系を含む)の最適化を図る新しい先進的な設計法が必要になってきた。

 そこで,乗員系,車両系,路面系をトータルなシステムとして考慮した連成系のモデル構築が必要となる。乗員系を人間に近いモデルとし、車両-乗員-路面系をトータルシステムとして取り扱い連成振動のモデル構築が必要である。車両,乗員,路面など各システムをトータルシステムとして取り扱うことにより,人に優しい車両開発すなわち人の立場に立った検討が可能となる。

 本研究の目的は,車両,乗員,路面系を連成振動として取り扱い新規性・高度性を有する振動モデルを構築し,シミュレーションシステムを開発することである。そして,開発したシステムにより,乗り心地向上を図るうえにおいて必要とされる各種要因についての影響を定量的に検討し,開発の合理化に寄与することである。

 本研究では,まず車両-乗員-路面系の連成振動を考慮した上下・前後・ピッチング振動解析について述べている。解析モデルを図1に示す。車両,乗員,路面系の各ダイナミクスが連成した人体系6自由度,車両系6自由度の新規性・高度性のある車両-乗員-路面系の振動モデルを構築し,各種パラメータの同定法を示し,理論的解析を確立し,シミュレーションシステムを開発した。縣架装置のサスペンション系フリクション,間接部のフリクションモーメント等のパラメータは非線形性を考慮し特性を双曲線正接関数で近似しプログラム化を容易にした。開発したシミュレーションシステムによる計算結果は実測結果等とよく一致した。モデル化及び開発したシミュレーションシステムの妥当性が確認でき有効なモデルであることが立証され,信頼性・有用性を有するシステムであることが立証され,信頼性・有用性を有するシステムであることを示した。

図1 車両-乗員-路面系の解析モデル

 車両系,乗員系の共振等は15Hzまでの領域に存在する。従って,車両-乗員-路面系の振動特性を検討するにあたって上限30Hzまで考慮した。また周波数応答特性における周波数軸の離散点の設定法については本研究で対象領域(低周波数域)を精度よく算出するのに有効であるアルゴリズムを考案した。このアルゴリズムは15Hzまでの周波数の離散点が多数とれる特徴を有する。

 振動試験として成人男子3名のパネラーに対し,ランダム振動加振機による実測試験を実施した。さらに実車走行による振動特性も検討した。ランダム振動加振機への入力は自動車-路面系の4種の異なる組み合わせに対し,車両フロアで観測される加速度を振動入力とした。本研究のシミュレーション結果を検証することが可能な結果が得られた。

 開発した上下・前後・ピッチング系のシュミレーションシステムの適用例として,乗員挙動に及ぼす最終座着姿勢の影響(ヘッドアングル,バックアングル,サイアングル,シンアングル,ヒップアングル,ニーアングル等の影響),乗員挙動に及ぼす乗員・シート系パラメータの影響(乗員各部の質量,慣性モーメント,関節特性,大腿部支持点位置,胴体部支持点位置,シート特性値等の影響),乗員挙動に及ぼすシート位置の影響,乗員挙動に及ぼす道路橋伸縮装置段差の影響,乗員挙動に及ぼすエンジン振動の影響(エンジン質量,エンジン回転慣性モーメント,エンジンマウントのばね・ダンパー特性,エンジン重心位置等の影響)など工学的に重要性の高い項目について詳細に検討した。

 次に,車両-乗員-路面系の連成振動を考慮した上下・左右・ローリング振動解析について述べている。さらにシミュレーションシステムを開発し,乗員挙動に及ぼすシートのばね定数・減衰係数の影響,シートの乗員支持点位置の影響などについて検討した。近似したモデル化及び計算システムは妥当な精度であることが確認できた。両輪加振と片輪加振した場合について車両及び乗員挙動への影響も検討した。

 走行方向を含む平面内の運動として,道路橋の振動を考慮にいれた車両-乗員-道路橋系の連成振動特性について記述している。道路橋の運動方程式をモーダルアナリシス法を適用して理論解析し,車両・乗員挙動に及ぼす位相速度(Vp)及び crossing frequency ratio(Vc)による影響を検討した。道路橋中央点の上下方向加速度と乗員各部の加速度との比すなわち加速度比にピーク値となるVp及びVcが存在することが明らかとなった。

 次の事例として,車両-乗員-高架道路橋系の連成振動特性について示した。実際に予期される高架道路橋不同変位パターンを6種想定し,各パターンの場合の車両及び乗員系各部の振動特性を表わす最小二乗近似多項式を求めた。目違いあるいは段差等を有する不同変位は車両系に特に大きな影響を及ぼすことが明らかとなった。一日の乗車時間が1,2,4時間の場合について各不同変位パターンに対するISOで定める「快適度減退境界」,「疲労-能率減退境界」に対応するの規制値を定めた。

 さらに複雑系の連成振動問題として,車両-乗員-道路橋-大型車両系の連成振動特性について記述している。道路橋上で想定される走行モードパターンをモデル化し,乗員挙動に及ぼす各種パラメータの影響について示した。パラメータとしは道路橋の死荷重,減衰係数,支間長,大型車両の重量,走行速度及び人間が乗った車両の停車位置,道路橋上の走行モードパターンによる影響などについて示した。道路橋上での振動現象を理論的に解明し,設計にあったて有用な結果を示している。

 車両を市場に出すには多くの性能を短期間で満足させる必要がある。車両の乗り心地は車両の商品性を左右する重要な性能の一つである。本研究は乗り心地向上をはかるうえにおいて必要な新技術の手法を確立することである。それには従来の車両系のみの単独システムとしての解析では不十分であり,路面,タイヤ,サスペンション,車体,シート,人間をトータルなシステムとして捉えた取り扱いが必要である。すなわち人体を車両に含む連成系としての解析をし,乗員各部で受ける振動乗り心地等の官能評価をシステム設計の中に組み込み,乗員の運動を車両-乗員-路面系として体系化する試みである。人に優しい車両開発が一層重要視される現在,この種の試みは今後のキーテクノロジーの一つになり得る。

 計算機や計測技術の進歩は著しく業務は専門化・細分化したにもかかわらず人体,車両,路面系を全体として総合しながら振動乗り心地を性能設計しかつ評価する固有技術,さらに官能評価技術を蓄積し,伝承する手法や手段が充分とはいえない。これらの要求にこたえるために,本研究は人体を含む複雑系の連成振動特性を解明する解析手法を考案して確立した。各種要因の乗員挙動への寄与度を定量的に予測し解析できるようにした。人体を含む複雑系の連成振動として種々の工学問題を解明した。

 その他,人間-鉄道車両系,人間-航空機・宇宙系,人間-船舶系,人間-土木建設・鉱山機械系,人間-農業機械系など人体を含む動力学的現象を解明し,設計に反映できる技術資料を体系化することが望まれる。さらに,人体の状態も立位,臥位状態なども対象となる。

 本研究で示した手法を適用すれば問題解決は可能であろう。本研究分野は,今後発展性が期待される。

審査要旨

 本論文は、人体を含む複雑系の連成振動として工学上重要性の高い自動車に関連した連成振動特性について解明した研究である。人間の感覚・感性を満足させるために、人体のダイナミクスを考慮し、乗員系、車両系、路面系をトータルシステムとして捉え、車両及び環境系(路面・道路橋系など)の最適化を図る設計法の確立を目指したものであり、8章で構成されている。

 第1章では、振動乗り心地を改善するための既往の研究について述べると共に、本研究の位置づけ、意義と目的及び必要性などについて述べている。

 第2章では、人体を含む複雑系の連成振動として、人体-車両-路面系の連成振動を考慮した上下・前後・ピッチング振動解析について述べている。車両、乗員、路面系の各ダイナミクスが連成した人体系6自由度、車両系6自由度の振動モデルについて、各種パラメータの同定法、理論的解析技術法を論じながら、シミュレーションシステムを開発している。パラメータの設定が容易でない縣架装置のサスペンション系フリクション、人体間接部のフリクションモーメント等は非線形性を考慮し、特性を双曲線正接関数で近似し、特性の精度を向上させると同時にプログラム化を容易にしている。開発したシミュレーションシステムによる計算結果は実測結果等とよく一致し、モデル化及び開発したシミュレーションシステムの妥当性が検証され、また信頼性・有用性を有するシステムであることが立証されている。なお周波数応答特性における周波数軸の離散点の設定法については対象領域を精度よく算出するのに有効なアルゴリズムを考案している。さらに、成人男子の被験者に対し、ランダム振動加振機による実測試験及び実車走行による振動試験を実施し、本研究のシミュレーション結果を検証している。

 第3章では、第2章で開発したシミュレーションシステムの適用例を示している。適用例として、最終座着姿勢、乗員・シート系パラメータ、シート位置、道路橋伸縮装置段差、エンジン振動など工学的に重要性の高い項目について乗員挙動に及ぼす影響を定量的かつ詳細に検討し、設計への方向づけを示している。

 第4章では、人体-車両-路面系の連成振動を考慮した上下・左右・ローリング振動解析について述べている。さらにシミュレーションシステムを開発し、乗員挙動に及ぼすシートの特性値の影響について検討している。シートのアクティブ制御など新技術による乗り心地改善手法の提案が行なわれている。第2章及び第4章において開発されたシミュレーションシステムを適用すれば人体及び車両系の三次元的な動的挙動も検討可能となると述べている。

 第5章では、道路橋の振動を考慮にいれた人体-車両-道路橋系の連成振動特性について記述している。道路橋の運動方程式をモーダルアナリシス法を適用して理論解析し、車両・乗員挙動に及ぼす位相速度及びCrossing Frequency Ratio等による影響を検討し、乗員挙動に及ぼす道路橋の振動特性の影響について示している。

 第6章では、人体-車両-高架道路橋系の連成振動特性について示している。実際に予期される高架道路橋不同変位パターンを6種想定し、各パターンの場合に対する車両及び乗員系各部の振動特性を表わす最小二乗近似多項式を求めている。目違いあるいは段差等を有する不同変位は車両系に特に大きな影響を及ぼすことが明らかにされている。また各不同変位パターンに対するISO(国際標準化機構)で定められている「快適度減退境界」、「疲労-能率減退境界」に対応する規制値を定めている。

 第7章では、人体を含むさらに複雑なシステムとして、人体-車両-道路橋-大型車両系の連成振動特性について記述している。道路橋上で想定される走行モードパターンをモデル化し、乗員挙動に及ぼす各種パラメータの影響について示している。パラメータとしは道路橋の死荷重、減衰係数、支間長、大型車両の重量、走行速度及び人間が乗った車両の停車位置、道路橋上の走行モードパターン等による影響などについて明確にされている。道路橋上での振動現象を理論的に解明し、道路橋の動的設計に際して有用な結果が示されている。

 第8章では、本研究の総括を述べ、本研究で明らかになった研究成果及び今後の課題及び展望について工学的視点から考察している。

 以上を要するに。本研究は連成系としての解析をベースとして、人体各部で受ける振動乗り心地等の官能評価をシステム設計の中に組み込み、人間の運動を人体-車両-路面系として体系化する試みである。人体を含む複雑系の連成振動特性について、工学上重要と考えられる項目について総合的にまとめたものであり、人体の動的特性まで考慮した製品開発が必須の技術であることを示し、先進的設計法として今後の主要な手法となることを明らかにしている。

 以上、本論文はシステム量子工学、特に人体の動力学を考慮した研究として、振動工学、人間工学、感性工学等に対する貢献は大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50914