学位論文要旨



No 212019
著者(漢字) 佐藤,圭祐
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ケイスケ
標題(和) ラプラスポテンシャルを使った経路計画法に関する研究
標題(洋)
報告番号 212019
報告番号 乙12019
学位授与日 1994.12.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12019号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 助教授 上坂,充
 東京大学 助教授 古田,一雄
内容要旨

 ロボットの動作計画として従来から提案されてきた方法にVisibility Graphを用いる方法,収縮地図を用いる方法,Free Way法,そして人工ポテンシャル場を用いる方法などがある.人工ポテンシャル場を用いる方法はロボットの制御系に対して特異点を避けた連続な入力を与えることができる利点があるが複雑な作業環境の下ではゴール以外の点においてポテンシャル場の極小点が発生し動作計画が停止してしまう欠点がある.本論文は停留点が発生しないポテンシャル場を用いた動作計画法を提案し,この方法をさまざまな動作計画問題に適用し有効性を確認したものである.

 ポテンシャル法の極小点問題に対して本論文ではラプラスの微分方程式の解をポテンシャル場として用いることを提案する.2次元のラプラスの微分方程式は次のように表される.

 

 このポテンシャル場は方程式を満足する領域内で極値をとらないため,ロボットが移動する途中で障害物にぶつからないように障害物表面のポテンシャル値をゴール点のポテンシャル値より高くした境界条件を与えて得られたポテンシャル場の傾きに沿って移動することによりスタート点からゴール点まで止まることなく移動する経路を得ることができる.

 本論文では作業空間を量子化し有限差分法を用いて空間全体で障害物回避の条件を満足するようなポテンシャル場を得る方法を用いた.まずロボットの作業空間を等間隔の格子により分割し格子の交点でその近傍を代表させる.量子化された空間におけるラプラス方程式は方程式をテーラー展開することにより次のような差分方程式に変換される.

 

 この方程式を境界条件を考慮してすべての格子点上で満足するように連立方程式を解くことにより量子化した空間におけるポテンシャル場を得ることができる.この連立方程式は疎で大きな行列となるので分解法で解くことは効率が悪いためガウスザイデル繰り返し法を用いて解く.

 差分法を用いた数値計算では格子点上でのみポテンシャル値が得られるためスムーズな経路を得るために次のような補間公式により連続なポテンシャル場を得る.

 

 この補間公式により補間されたポテンシャル場は格子点で囲まれた領域内で極値をとることがなく隣の領域との境界上で連続である.経路探索はスタート点からポテンシャル場の局所的な傾きにしたがいポテンシャル場の低い方向へ移動することによりおこなう.

 提案したアルゴリズムを検証するためにこのポテンシャル場を用いた経路計画法のシミュレーション実験を行なった.経路計画問題として2次元平面上の作業空間を持つ点状ロボット,2次元空間を作業空間とする2自由度のアーム,2次元空間内で自由に回転できる大きさを持ったロボット,そして2次元空間を作業空間とする4自由度アームの動作計画を行ない本論文で提案する方法により停留点がない動作計画ポテンシャル場を作ることができることが確認された.

 本論文では次にロボットが動作をはじめる前に環境の情報を事前に持たない場合の動作計画法について述べる.ロボットが動作を行う前に作業環境に関する十分な情報を持たない時にはロボットは搭載されたセンサーを用いて障害物と干渉しないことを確認しながら移動し,もし自分が持っている環境地図には存在しない障害物を発見した時には新しい環境情報を基に動作計画を立て直さなければならない.このような条件の下で動作計画を行なうことは従来から迷路探索問題として研究されている.本論文ではこのような動作計画を行う方法としてラプラスポテンシャルを用いた動作計画法を繰り返し用いることにより効率よく計画を生成する方法を提案する.

 提案する方法はロボットに搭載したセンサーにより障害物との衝突を検出したときにコンフィギュレーション空間内で再度ポテンシャル場を計算しゴールにいたる新しい経路をみつけだすものである。この方法はラプラスポテンシャル法が多次元空間に拡張することが容易であるという性質をもつことから従来の探索法に比べ大きな次元に比べ大きな次元を持つコンフィギュレーション空間の探索が可能である。また従来の迷路探索問題を解くアルゴリズムではロボットが障害物と衝突した時に衝突した部位と障害物表面の法線方向を知る必要があったが,この方法ではこれらの情報を必要としない.

 この方法は次のアルゴリズムに基づき移動を行なう.

 初期設定あらかじめコンフィギュレーション空間における障害物を求めることができる場合を除いてコンフィギュレーション空間はすべて自由領域であると仮定する.

 Step 1 前回計算したポテンシャル場を初期値として現在のコンフィギュレーション空間のポテンシャル場を計算する.

 Step 2 次のいずれかの状態に出会うまで,Step1で得られたポテンシャル場にしたがい最急降下法により自由空間をたどる.

 1.ゴール点に出会った時.アルゴリズムを終了する.

 2.障害物にぶつかった時.障害物に相当するコンフィギュレーション空間の格子点を障害物とする.Step1へいく.

 3.ポテンシャル場の傾きが0になった時.ゴール点までの経路は存在しないので経路探索は失敗し,アルゴリズムを終了する.

 本論文ではこの方法の有効性を検証するために2次元の点状ロボット,2次元空間内を移動する大きさを持った移動ロボット,および3次元作業空間内の4自由度アーム型マニプレータの動作計画問題にこの方法を適用しシミュレーションを行なった.この結果,センサーからの衝突情報だけを基にして与えられた目標点にたどり着くことができることがわかった.しかし一方,高次元コンフィギュレーション空間における動作計画では障害物回避に関係のない関節を動かすような無駄な動きが多く,ポテンシャル場の計算回数が非常に多くなることが分かった,

 次にこの再帰的未知空間探索手法をロボットの作業空間の幾何学的形状が知られている場合の動作計画問題に適用しコンフィギュレーション空間の計算量を低減することを考える.センサー情報に基づく動作計画法は動作計画を行なおうとする空間についての事前情報がない場合の探索問題である.この問題は見方をかえればこれはロボットの経路の近傍のみの空間を探索しながらゴールにたどり着くことができる方法であり,コンフィギュレーション空間が非常に大きくなるために計算が困難な多自由度ロボットの動作計画問題に利用できる.本論文では作業環境の幾何学的形状が知られているがコンフィギュレーション空間を作成することが事実上困難な動作計画に対して再帰的動作計画法をくり返し用いて経路を収束させていくことによりロボットの経路近傍にある一部のコンフィギュレーション空間のみ干渉チェックするだけでゴールまでの経路を生成する方法を提案する.この方法ではシミュレータを用いて前述した再帰的動作計画法によりスタート点からゴール点までの経路を求めその過程で1回以上障害物と衝突した場合には新しく障害物との衝突状態を追加したコンフィギュレーション空間を基に再び再帰的動作計画法を用いてスタート点からゴール点までの経路を探索する.この動作計画を繰り返し適用し障害物と一度も衝突しない経路が得られた時その経路をロボットの経路とする.障害物との衝突が検出された時,衝突状態に隣接するコンフィギュレーションも同時に干渉チェックすることによりポテンシャル計算の回数を減らし経路探索の効率をあげている.

 本論文ではこのアルゴリズムに基づき経路探索が行なえることを確認するためにシミュレータを使っていくつかの経路探索問題を解いた。まず2次元平面作業空間を持つ点状ロボットの経路計画問題を解いた。この問題ではロボットと障害物の干渉チェックのための計算量はほとんど必要がないためにこの方法を用いる利点は少ない。次に3次元作業空間を持つ4自由度アーム型マニプレータの動作計画問題に本アルゴリズムを適用した。この問題では量子化したコンフィギュレーション空間が非常に大きくなるためあらかじめ全コンフィギュレーション空間を干渉チェックすることは現実的ではない。さまざまな作業空間においてこのロボットの動作計画問題を解いた結果、衝突することなくゴールに到達する経路が得られるまでに干渉チェックが行われたコンフィギュレーションの総数は全コンフィギュレーション空間のおよそ1パーセントであり複数回ポテンシャル場が計算される時間を考慮しても動作計画が要求する計算量を大幅に減らすことができるといえる.さらに定性的な考察により自由度が大きいロボットの動作計画ほど本アルゴリズムにより計算量を減少できることを示した。

 最後にラプラスポテンシャル法を用いた動作計画法が要求する計算量や記憶容量とロボットの自由度の関係をを定性的な解析により考察し,ポテンシャル法を使った5自由度以上のロボットの動作計画は現在の計算機で行なうことが困難であり,別の方法を用いるか,あるいはコンフィギュレーション空間を記憶する方法に特別な工夫をする必要があることが分かった.また,動作計画の計算量はコンフィギュレーション空間作成のための計算量に支配されておりこの空間作成のための計算量を減らすことが課題であることが分かった.つぎに計算量や記憶容量の問題を解決するために並列計算手法を導入した場合どの程度高速化が期待できるか考察し,本手法は空間的に局所性のある計算が多いことから並列計算の効率が良いことが分かった.最後に再帰的動作計画法を用いた場合の計算量の減少について検討し,計算量低減のためには未知空間探索においては衝突検出時にいかにして多くのセンサー情報を取り込むかということが重要であり,既知環境探索の場合には衝突検出時の干渉チェックの再帰の深さの選定が重要であることが分かった.

審査要旨

 自律ロボットの行動計画には、ロボットが有する知識を用いて所与の目的を達成するための手順を生成する問題解決と、この手順を具体的なロボットの動作に変換する動作計画から成る。このうちの動作計画法として従来から提案されてきた方法には、Visibility Graphを用いる方法、収縮地図を用いる方法、Free Way法、そして人工ポテンシャル場を用いる方法などがある。人工ポテンシャル場を用いる方法は、ロボットの制御系に対して特異点を避けた連続な入力を与えることができる利点があるが、複雑な作業環境の下ではゴール以外の点においてポテンシャル場の極小点が発生し動作が停止してしまう欠点がある。本論文は、停留点が発生しないポテンシャル場を用いた動作計画法を提案し、この方法をさまざまな動作計画問題に適用し有効性を確認すべく行われた研究をまとめたものであり、全5章と付録で構成されている。

 第1章は序論であり、従来のロボット動作計画法の概要とその得失を論じた後、本研究の目的を述べている。

 第2章では、ポテンシャル法の極小点問題を解決するために、ラプラスポテンシャル場を用いてロボットの動作経路を生成する手法を提案している。ラプラスの微分方程式の解として表されるポテンシャル場は、方程式を満足する領域内で極値をとらない。そこでロボットが移動する途中で障害物にぶつからないように、障害物表面のポテンシャル値をゴール点のポテンシャル値より高くした境界条件を与え、得られたポテンシャル場の傾きに沿って移動することにより、スタート点からゴール点まで止まることなく移動する経路を得ることができる。

 ポテンシャル場の計算においてはロボットの作業空間を量子化し、有限差分法を用いて空間全体で障害物回避の条件を満足するようなポテンシャル場を得る。差分法を用いた数値計算では格子点上でのみポテンシャル値が得られるため、スムーズな経路を得るために極小点を生じないような補間公式により、連続なポテンシャル場を得る方法が提案された。経路探索はスタート点からポテンシャル場の局所的な傾きに従い、ポテンシャルの低い方向へ移動することにより行われる。

 アルゴリズムの検証のため、2次元作業空間内の点状ロボット、2自由度アーム、自由に回転できる大きさを持った移動ロボット、4自由度アームの動作計画を行ない、本論文で提案された方法により停留点がない動作計画が可能であることを確認している。さらにポテンシャル場の解法に有限要素法を用いることを試み、その得失について論じている。その結果、有限要素法では複雑形状の障害物が表現可能である反面、要素分割に多大の計算時間を要するので実用的ではないとしている。

 第3章ではまず、ロボットが動作をはじめる前に環境情報を完全には知らない場合の動作計画法について述べている。このような場合には、ロボットは搭載されたセンサーを用いて障害物と干渉しないことを確認しながら移動し、もし自分が持っている環境地図には存在しない障害物を発見した時には新しい環境情報を基に動作計画を立て直さなければならない。本論文ではこのような動作計画を行う方法として、ラプラスポテンシャルを用いた動作計画法を繰返し用いることにより効率よく計画を生成する再帰的動作計画法を提案している。

 提案された方法は、ロボットに搭載したセンサーにより障害物との衝突を検出した時に、コンフィギュレーション空間内で再度ポテンシャル場を計算し、ゴールに至る新しい経路を見出すものである。ラプラスポテンシャル法の性質より、この方法は従来の方法に比べて多次元コンフィギュレーション空間への拡張が容易である。また従来の方法では、ロボットが障害物と衝突した時に衝突した部位と障害物表面の法線方向を知る必要があったが、この方法ではこれらの情報を必要としない。

 この方法の有効性を検証するために、2次元作業空間内の点状ロボット、自由に回転できる大きさを持った移動ロボット、および3次元作業空間内の4自由度アーム型マニプレータの動作計画問題にこの方法を適用し、シミュレーションが行なわれた。この結果、センサーからの衝突情報だけを基にして与えられた目標点にたどり着くことができることが確認された。しかし一方,多次元コンフィギュレーション空間における動作計画では、障害物回避に関係のない関節を動かすような無駄な動きが多く、ポテンシャル場の計算回数が非常に多くなることが分かった。

 つぎに、この再帰的動作計画法をロボットの作業環境情報が知られている場合の動作計画問題に適用し、コンフィギュレーション空間の計算量を低減することが検討された。そして作業環境情報が既知であってもコンフィギュレーション空間を作成することが事実上困難な動作計画に対して、再帰的に経路を収束させることにより、ロボットの経路近傍にある一部のコンフィギュレーション空間のみ干渉チェックするだけでゴールまでの経路を生成する方法が提案された。この方法では、シミュレータを用いて前述した再帰的動作計画法によりスタート点からゴール点までの経路を求め、その過程で1回以上障害物と衝突した場合には新しく障害物との衝突状態を追加したコンフィギュレーション空間を基に再び経路を探索する。このアルゴリズムを繰返し適用し、障害物と一度も衝突しない経路が得られた時、その経路をロボットの経路とする。この手法の有効性を検証するために、3次元作業空間内の4自由度アーム型マニプレータの動作計画問題に本アルゴリズムを適用された。さまざまな作業空間においてこのロボットの動作計画問題を解いた結果、干渉チェックが行われたコンフィギュレーションの総数は全コンフィギュレーション空間のおよそ1%であり、複数回ポテンシャル場が計算される時間を考慮しても動作計画に要する計算量を大幅に減らすことができることを示している。

 第4章では、ラプラスポテンシャル法を用いた動作計画法が要求する計算量や記憶容量とロボットの自由度の関係を、定性的な解析により考察している。動作計画の計算量はコンフィギュレーション空間作成のための計算量に支配され、この空間作成のための計算量を減らすことが課題であるとしている。また、計算量や記憶容量の問題を解決するために並列計算手法を導入することの効果や、再帰的動作計画法を用いた場合の計算量の減少についても論じている。

 第5章は結言であり、以上に得られた成果に基づき、提案された動作計画法の特徴を要約している。

 以上要するに、本論文ではロボットの動作計画を行う手法としてラプラスポテンシャル場を用いる手法を提案し、これを4自由度までの様々な形状のロボットの動作計画に適用して、デッドロックのないスムーズな動作計画が可能であることを示したもので、原子力プラントの点検・補修作業を自動化する場合等に必要となる自律ロボットへの応用が期待され、システム量子工学、特にシステム設計工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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