核融合炉の開発の進展に伴い、大量のトリチウムの安全取扱い技術の確立がますます重要な課題として認識されてきた。トリチウムは一般に高いモビリティーを有しており容易に汚染の拡大に到りやすいこと、化学形の転換が比較的容易であり、人体に吸収されやすい化学形への転換が危惧されることなど、安全取扱い上の問題を少なからず内包している。本研究は、トリチウム安全取扱い上特に重要な材料表面での吸着・脱離について、関係する各種材料につき、重要なパラメータに関わる基礎データを実験的に取得し、それらを安全取扱上有効な形で整理することを試みた研究である。本論文は7章より構成されている。 第1章は、序論であり、トリチウムの安全取扱いの観点から、トリチウムの諸性質、環境及び人体への影響、核融合炉での問題についてレビューされ、本研究の意義を明かにしている。 第2章は、トリチウムと材料との相互作用について、その汚染、除染に関わる性質についてレビューされ、吸着・脱離、吸収、拡散、透過、さらに交換反応における問題点を示し、本研究の目的を明かにしている。 第3章は、トリチウムの回収除去に用いられるモレキュラーシーブにおけるトリチウムの吸着・脱離に関する平衡論的及び速度論的データを実験により求めた結果をまとめている。トリチウムの分配平衡係数が1より大きいこと、脱離速度は加湿ガスの水蒸気圧に依存すること、さらに、水スワンピング効果が有効で除染係数が104〜106に達することなどを明かにしている。 第4章は、新たに開発した電離箱-振動容量電位差計-パソコン結合システムにより、各種壁材料に対するトリチウムの吸着・脱離速度定数を測定した結果について述べている。吸着されたトリチウムの脱離速度は、セメント<ペイント<有機材料の順に後のものほど大きいことが示され、セメント、ペイントにおいては昇温脱離により脱離への温度効果について知見を得ている。セメントからの脱離では、拡散のほか交換反応の寄与が存在することを明らかにしている。 第5章では、高比放射能トリチウムガスに1年以上接触させたステンレス鋼、銅及びガラス各試料について、ガススイープ法、昇温加熱法、および酸溶解法により、吸着されたトリチウムの回収速度の測定を行った結果をまとめている。いずれの試料でもガススイープのみではトリチウムの完全な脱離はできないこと、昇温加熱ではガラス試料の場合は完全な脱離は困難であることを示した。加湿ガススイープで見掛けの吸着係数が小さいことの理由を交換反応の効果に基づいて説明づけている。加湿ガスによるトリチウム回収は、ステンレス鋼、ガラスの場合に比べ、銅ではさほど有効でないことも見出し、その理由を表面酸化物の性状の違いから説明づけている。 第6章では、壁表面を被覆するのに用いられる代表的な塗料塗膜のトリチウムの透過性測定について述べている。エポキシ系、フッ素系およびシリコン系各塗膜について透過実験に基づき拡散係数を評価した結果、エポキシ系塗膜においてもっとも小さいことを示した。トリチウム透過係数はトリチウム水からのほうがトリチウム水蒸気からに比べて約4桁も小さくなることを明らかにし、これを水による試料の膨潤などから説明づけている。フーリエ変換赤外分光分析法(FTIR)による表面官能基の測定を行った結果、トリチウム取込みの機構として、物理吸着のほか、塗膜中のOH基との交換反応による効果が大きいことを結論している。 第7章は結論であり、本研究で得られた各種材料のトリチウム吸着・脱離に関する基礎的パラメータの評価値を表の形に整理し、トリチウム取扱い施設での漏洩トリチウムの脱離・回収除去モデルへの適用、さらにトリチウム汚染材の保管・廃棄のための安全対策等に適用しやすいように提示している。 以上のように、本論文は、トリチウム安全取扱い上特に重要な材料表面での吸着・脱離について各種の実験的手法を駆使して主要パラメータの評価を行い、安全取扱い上有効な形に整理したものであり、原子力技術の進歩に対し重要な貢献をしている。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |