学位論文要旨



No 212023
著者(漢字) 厚地,淳
著者(英字)
著者(カナ) アツジ,アツシ
標題(和) ネヴァンリンナ理論における確率論的方法
標題(洋)
報告番号 212023
報告番号 乙12023
学位授与日 1994.12.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第12023号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 落合,卓四郎
 東京大学 教授 高橋,陽一郎
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 助教授 長田,博文
 東京工業大学 教授 野口,潤次郎
内容要旨

 R.Nevanlinnaに始まる正則写像の値分布論は種々の発展を見ている。我々は、これを確率論的方法を基に考えたい。まず、古典的なNevanlinna理論とは次のようなものであった。fをC上の有理型関数とする。

 

 とおく。ここで、

 

 であり、B(r)={z:|z|<r},gr(x,y)はB(r)上のGreen関数である。

 この時、

 

 また、a1,...,aqを相異なるP1(C)の点とすると、

 

 がrについて、Lebesgue測度有限な集合を除いて成り立つ。ここで、

 

 これらは全てC上のBrown運動の言葉で書き直す事が出来る。更に、C上のBrown運動は、有理型関数により時間変更を施されたP1(C)上のBrown運動に移されることに注意すると、Tf(r)は、このprocessのf(B(r))からの最小脱出時間の期待値である。(正確に言うと、f-1の生成するリーマン面上のBrown運動の最小脱出時間である。)これより、我々がBrown運動や、その他の確率過程を基にNevanlinna理論を考えると言うことが自然であることがわかるだろう。

 さて、最初の関係式(1)はDynkinの公式を用いて示すことができ、一般的に成り立つ式である。我々は、(2)の形の不等式をより一般の写像について論じたい。ここでは、次のように設定する。

 をリーマン多様体Mから、リーマン多様体Nへの調和写像とする。M上のBrown運動は、によりN上のマルチンゲールに移ることに注意しよう。古典的な場合に対する考察から示唆されるように、我々は、M上のBrown運動についての解析と、像集合上でのマルチンゲールに対する解析を別々に行ない最終的にこれらを結び付けることによって、Nevanlinna型の定理が得られることを示したい。

 Mがpoleを持つ多様体であるか、滑らかな劣調和exhaustion functionを持つ多様体(論文では、この様な多様体をparabolicと呼んだ。)であれば、次のような評価が成り立つ。

 XtをMのリーマン計量に対応するラプラシアンから決まるBrown運動とする。={t>0:d(o,Xt)r}とする。ここで、dは、M上のリーマン計量から決まる距離である。Mがparabolicの時は、exhuastion function p(x)に対して、={t>0:p(Xt)T}とする。

 命題1 h(x)をM上非負で、各0<r<∞に対しE[h()]<∞を満たす関数とする。任意の>0に対して、Lebesgue測度有限な集合⊂[0,∞)が存在して、

 

 がrに対して成りたつ。ここで、S(r)はhに依らない関数である。最も簡単な例として、M=Rmの時は、S(r)=(m-1)logrとなる。MがCartan-Hadamard多様体のときは、その曲率がS(r)に反映される。Mがparabolicのときは、S(r)はp,│▽p│といった量による。

 次に、像集合上のマルチンゲールについての評価を述べる。Nをm次元リーマン多様体とする。

 Ytをfiltered probability space(,P,F,{Ft})上のマルチンゲールとする。ZtをYtのstochastic developementとする。ZtはRm上のマルチンゲールとなる。

 

 とおく。これらはwell-definedな量である。

 N.V.Kryrovのユークリッド空間上のマルチンゲールについての評価から次がわかる。

 命題2 Nをコンパクトとする。gをN上の非負な関数とする。定数C>0が存在して、任意のFt-stopping time Tに対し、

 

 が成り立つ。ここで、dNは、Nのリーマン計量から決まる体積要素である。

 以上の評価を基に次が得られる。

 Mは命題1と同じ、XtはM上のBrown運動、Nはコンパクトなリーマン多様体、dimM=dimN,をMからNへの非退化な調和写像とする。

 定理1 uをN上の非負な関数で、

 

 を満たすとする。この時、任意の>0に対して、Lebesgue測度有限な集合⊂[0,∞)が存在して、

 

 がrに対して成り立つ。S(r)は命題1に現れたものである。

 特に、M=Rnの時、上の不等式は

 

 と書ける。ここで、drは∂B(r)上の一様測度である。

 上の方法はが正則写像のときに応用出来る。

 定理2 fをCnからPn(C)への非退化な正則写像とする。Dを次数dのCn+1上の斉次多項式P(w)によって与えられる超曲面とする。とおく。但し、斉次座標で、‖w‖2=|w0|2+…+│wn2とおいた。

 もし、定数>0が存在して、

 

 を満たすならば、

 

 が成り立つ。ここで、であり、

 

 但し、はPn(C)上のFubini-Study形式である。

 これは次のCarlsonとGriffithsによる欠如関係式の拡張になっている。

 系1(Carlson-Griffiths,Ann.Math.1972)DがPn(C)の滑らかな次数dの超曲面ならば、

 

 が成り立つ。

 我々は、系の仮定のもとでは、定理2の=1とすることが出来、系を得る。

審査要旨

 本論文はNevanlinnaに始まる正則写像の値分布論を確率論の立場から見直し、新しい発展をめざしたものである。今、M,Nはなめらかな多様体、は多様体MからNへの写像とする。:M→Nについてのある種の評価がNevanlinnaの理論であるが、論文提出者はこれに次のような解釈を行った。

 いま、Xtを多様体M上のある適当な連続な確率過程とし、Yt(Xt)と置き、uを多様体N上の非負値関数とする。本論文提出者の主たる主張は、u(Y)及びXという確率過程に対する評価がNevanlinnaの第二定理であるということである。

 特にu(Yt)が局所サブマルチンゲールとなる場合Doob-Meyerの分解定理により、局所マルチンゲールMt及び増大する確率過程Atがあり、u(Yt)=Mt+Atとなる。この時、次のことを示している。

 定理1 Tが停止時刻で、E[AT]<∞を満たすならば、

 212023f19.gif

 ここで、212023f20.gif,212023f21.gifである。

 この命題がNevanlinnaの第一定理であるというのが第二の主張である。これらの主張を具体化するものとして三つの場合を考察している。

 場合1. M,Nが複素多様体でが正則な場合。

 この時、Xtとして正則な拡散過程をとると、Ytはconformal martingaleとなる。

 場合2. M,NがRiemann多様体でが調和写像の場合。

 この時、Xtとしてブラウン運動をとるとYtはmartingaleとなる。

 場合3. M,NがRiemann多様体でがharmonic morphismの場合。

 この時、Xtとしてブラウン運動をとるとYtは時間変更されたブラウン運動となる。

 古典的なNevanlinna理論は3つの場合すべてに対応している。論文では色々な場合が論じられてはいるが、最も分かりやすい結果についてのみ述べる。

 以後、Mがpoleを持つRiemann多様体であるか、或いはparabolicな多様体(滑らかな劣調和exhaustion functionを持つRiemann多様体)とし、多様体M上のBrown運動は有限時間に爆発しないものとする。また、NはコンパクトなRiemann多様体とし、dim M=dim N=nとする。はMからNへの調和写像、XtをM上のBrown運動とする。Mがpoleoを持つRiemann多様体である時、rr={t>0:d(o,Xt)r}とおく。ここで、dは、M上のRiemann計量から決まる距離である。また、Mがparabolicの時は、exhaustion function p(x)に対して、rr={t>0:p(Xt)r}とおく。

 論文ではまず次の評価を与えている。

 命題1 h(x)をM上非負で、各0<r<∞に対しE[h()]<∞を満たす関数とする。任意の>0に対して、Lebesgue測度有限な集合⊂[0,∞)が存在して、

 212023f22.gif

 がrに対して成りたつ。ここで、S(r)はhに依らない多様体から決まる関数である。

 最も簡単な例として、M=Rmの時は、S(r)=(m-1)logrとなる。S(r)は、MがCartan-Hadamard多様体のときは曲率によりきまり、Mがparabolicのときは、p,|∇p|といった量からきまる。

 さらに、多様体上のmartingaleに対するKrylovの不等式を用いて次の結果を得ている。

 定理2uをN上の非負な関数で、

 212023f23.gif

 を満たすとする。この時、任意の>0に対して、Lebesgue測度有限な集合⊂[0,∞)が存在して、

 212023f24.gif

 がrに対して成り立つ。

 これが、Nevanlinnaの第二定理に対応するというのが論文の主張である。

 が正則写像のときも同様な扱いが可能となる。定理1及び定理2の正則写像版から次の定理が示されている。

 定理3 fをCnからPn(C)への非退化な正則写像とする。Dを次数dのCn+1上の斉次多項式P(w)によって与えられる超曲面とし、212023f25.gifとおく。但し、‖w‖2=|w0|2+…+|wn|2

 もし、定数>0が存在して、

 212023f26.gif

 を満たすならば、

 212023f27.gif

 が成り立つ。ここで、212023f28.gif

 212023f29.gif

 但し、212023f30.gifはPn(C)上のFubini-Study形式。

 この定理の系としてCarlson-Griffithsによる欠如関係式が得られる。系1DがPn(C)の滑らかな次数dの超曲面ならば、

 212023f31.gif

 が成り立つ。

 以上のように本論文は独創性のあるきわめて質の高いもので、論文提出者厚地淳は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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