本論文は、アメリカ合衆国の連邦所得税における法人課税をめぐる法構造を、「法人取引」に焦点を据えて包括的に解明し、我が国の法人課税の研究及び法人税改革への示唆を得ることを目的として執筆されたものである。「第1部 法人取引の課税理論」と「第2部 補論」との2部によって構成されているが、その中心は、第1部に置かれている。以下、まず、本論文の要旨を紹介し、次いで、評価を示すことにする。 第1部の「第1章 序説」においては、法人取引の課税理論を研究する目的ないし動機が述べられている。まず、法人とその構成員である株主との間の取引を念頭に置いて、それを「法人取引」と呼び、法人取引に関して、租税負担の効果を考慮して、租税負担の影響の下に取引形式が形成されるとともに、ビジネスの必要に応じて課税ルールが追求されるという、租税法形成過程において発展した課税理論を研究することを目的とする旨が提示される。次に、従来、法人課税に関して、配当二重課税をめぐって法人所得税のあり方を検討する財政学の研究が中心であったのに対して、本論文は、法律学の立場から論議に参加する前提として法人の構造的・技術的問題の分析を行うとする。そして、アメリカの連邦所得税制度においては、法人取引に着目して、法人の設立、利益の分配、清算・組織変更といった法人の生活サイクルに応じた課税理論が実体法に体系化されているという認識に基づき、法人の特殊性を反映する法人=株主関係の課税問題(=構造的問題)を研究することが、法人税改革論議の前提として重要であるばかりでなく、ビジネス・プラニングの面からも有益であると述べる。 第1部は、このような問題意識に基づいて、法人の設立、資本構成、利益分配、清算・合併というプロセスにおいて、企業活動に対して租税がどのような影響を及ぼしているか、所得税・法人税が企業法制とどのようにかかわっているかを明らかにしようとするものであるとして研究の対象を設定する。。 「第2章 法人設立の理論」においては、法人設立における、財産出資、株式発行、資本構成に関係する課税理論について論ずる。内国歳入法典351条(a)項は、現物財産の出資が株式・証券との交換と見られ、同一人が支配を継続する場合は、課税しないとして、実現所得についての課税繰延という技術を導入しているが、著者は、これを「租税法は法人設立に介入しない」という政策であるとして、内国歳入法典は「利得なき所得」への課税を除外する趣旨で、投資が継続していると見ているものと理解する。自己株式の再発行について、判例は、取引の実質により資本取引か否かを判定する方法をとっていたが、ビジネスへの影響を考慮して1954年法が、課税しない政策を採るに至る背景が論じられる。資本構成に関して、州の会社法は、規制を加えていないため、所得税の扱いがそれに大きく影響し、利子と配当との扱いの差異などにより借入れ資本に偏った資本構成が見られ、過少資本の問題が今日まで論じられてきたことが示される。負債利子控除制限の立法の試み、負債形式の審査についての裁判所の対応、株式=負債区分の立法の試みを詳細にたどっている。株式=負債区分に関して、議会が安全地帯規定を設けて、区分自体に関して財務省規則に委ねたことについて、著者は、租税回避を抑えつつ取引を不当に規制しないルールを形成することの困難さを読み取っている。 「第3章 法人分配の理論」においては、州法の下において具体的配当決定が取締役会の裁量に委ねられている中で、所得課税が配当政策に影響することを指摘している。特に閉鎖的法人において個人所得税を避けるために内部留保が促進されることにかんがみ留保利益税が課税されるものの、日本の同族会社の留保所得課税のような画一基準を採用せずに、租税回避目的という実質要件(その判断要素として事業の合理的必要を越えていることが含まれている)によっているために、その判断は裁判所の能力を超えたものになり、現実には留保利益税の実効性がないとされている。配当の定義に関して、州法が統一されていないこともあって、連邦所得税につき、収益・利益要件を採用した結果、明確化された反面、法人に対して租税法独自の規制効果が事実上生ずると指摘する。次いで仮装配当・認定配当の類型を検討し、仮装配当の認定に配当決定基準をいかに組み合わせるかが課題であるとする。 次に、利益分配の手段として自己株式の買戻しが広く行われていることの大きな理由は、利益配当が「通常所得」として課税されるのに対して、株式の買戻しはキャピタル・ゲインとして優遇されてきたからであるとする。配当に等しい実質を有する場合には、みなし課税が行われ、そのため株式買戻し目的が租税法上審査され、租税法が会社法の規制に代わって、買戻し目的をコントロールしていることを明らかにしている。 「第4章 法人清算・組織変更の理論」は、解散による残余財産の分配という法人の最終段階及び合併・分割という法人の移行段階を扱う。清算所得に対する課税いかんが、合併や営業譲渡を促進する効果を持つが故に、それが企業組織の変更を事実上規制することを強調する。1986年の税制改正まで、法人の完全清算による残余財産の分配について、法人に損益の認定はなされず、また株主への取得価額の引き継ぎもなされないため、法人におけるキャピタル・ゲインが課税されないという効果を持ち、課税繰延の利益を受けつつ他への投資を継続することが可能とされてきた。この結果、現物清算と営業譲渡との課税上の相違をもたらし、清算形態を複雑化させたと述べる。 組織変更に関しては、合併、株式買収、営業譲渡という形態の違いにかかわらず、一定の要件の下に、これらを一様に扱い、課税繰延を認める政策がとられてきたことを強調する。このような扱いは、一方において、企業取得の形態を複雑にしたが、他方において、州会社法において「組織変更」としての統一的規制に向かわせたことが指摘されている。 最後に、子会社の設立による法人分割及び法人間取引が扱われる。法人分割について課税繰延を認める場合に、判例法によれば、事業目的の存する場合に限定されており、そのことが取引に大きな影響を及ぼしているという。 第2部は、3章から構成されている。 「第1章 閉鎖的法人に関するアメリカの所得税制度」は、閉鎖的法人の租税回避という否定的側面と、小法人の保護・育成という肯定的側面とを取り上げて構造を分析する。否定的側面に関しては、仮装配当・認定配当、不当留保課税、株式処分による法人利益の分配、特殊関係取引の個別的否認規定を取り上げる。肯定的側面に関しては、小法人の救済・保護のための法人税率の段階化、小法人形成の保護などについて触れている。さらに、いわゆるS法人(課税上組合課税が認められる)についても言及している。 「第2章 アメリカの投資減税政策とその理論的背景」は、1981年から1984年に至る税制改正を、「経済回復税法」(the Economic Recovery Tax Act of 1981,ERTA)による投資減税政策(その中心は、加速原価回収制度=ACRS、投資控除制度などである)をたどり、包括的所得概念という公平の尺度の基盤が揺らいでいると論じ、この政策がインフレ対策税制の性格を有しているが、個別的なインフレ調整税制は資源配分の撹乱を呼ぶのではないかと指摘する。 「第3章 企業取得税制の構造問題」は、1986年の税制改革によって法人税の構造問題がいかなる影響を受けたのかを、法人取得税制に着目して検討する。法人の現物清算において法人に損益が認定されず、株主は取得価額を引き上げることができるという理論は、現物配当に関するジェネラル・ユティリティズ理論に基づくものであるが、法人取引の複雑化・不統一と取得取引の増加を招き、その不合理性に対する批判が強まった結果、1986年改正は、この理論を立法によって廃止したのである。著者は、これは、今回の税制改革における課税標準の拡大という大きな政策方針に支えられていると理解する。しかし、構造問題につき、大筋において従来の取り扱いを維持していることから、将来必然的に法人プラニングと租税法との間に数々の矛盾、抵触を生ずることが予想されるとする。税率構造の改正により、法人設立へのインセンティブが従来と同一ではないこと、キャピタル・ゲインの特別措置の廃止により、株式買戻しに関し利益分配としての課税上の意味が失われること、通常のキャピタル・ロスが通常の損失と同じく控除されるのに対し、組織変更規定においてキャピタル・ロスが認定されないため、組織変更を不利ならしめること、閉鎖的法人に関して、配当課税回避への誘因が薄れ、個人所得税率を利用したS法人の選択が増加するであろうこと、などを論じている。 以上が、本論文の要旨である。 本論文の長所としては、以下の点が上げられる。 第1に、法人とその株主との取引に着目して、法人の設立、利益の分配、清算・組織変更という法人のサイクルの各場面において生ずる課税理論を包括的に研究した本格的論文として、我が国初のものであるといってよい。アメリカにおいてはよく見られるにせよ、我が国においてこのような発想そのものがユニークである。本論文は、この分野における基本的業績として学界に寄与するといえよう。資料は、法律制定に至るまでの論議、判例理論、租税理論家の見解等を十分に参照しており、その取捨選択も見事である。 第2に、この分野のアメリカ税制は、条文を見るかぎり複雑を極めており、内容を正確に理解し、分かりやすく叙述することが極めて困難である。しかしながら、著者は、それを一貫した視点において見事に解きほぐして見せる。一つは、租税が経済活動に与える効果、すなわちタックス・エフェクトとそれに対する関係経済主体のプラニングの視点であり、もう一つは、会社法等を支える考え方と租税法との比較及び相互関係の視点である。一定の取引に関して、会社法の規制が弱く、租税法が規制効果を発揮しているという指摘などは、アメリカ税法の機能を浮き彫りにして見せているといえる。会社法への目配りは、本論文の特色といって良い。 第3に、本論文は、解釈論を展開するものではなく、また政策論に関しても、著者自身の一定の結論を提示することを目的とするものではない。法人税改革論議において踏まえるべき論点・視点を提示するという姿勢が貫かれている。この種のテーマに関する外国租税法の研究において、このような姿勢は、むしろ自然であり、安定感のある論文である。もちろん、著者は、ある政策を実現するのに、現行制度にいかなる矛盾があるかという点については鋭い指摘を行っている。 しかし、本論文には以下のような短所もある。 第1に、日本法との比較という意識が強いことが窺われ、鋭く、かつ興味深い指摘がなされているにもかかわらず、それらが散発的に述べられるにとどまり、日本とアメリカとにおいて異なっている点をいかに考えるか、日本がアメリカから何を学ぶべきかについて、総合的な叙述がなされていない点に物足りなさが残る。 第2に、法人取引に関する税制が「いかにあるべきか」、あるいはそれを支える理論の「あり方」に関する著者自身の価値判断の問題がある。アメリカ税制のあり方について自説を展開することの困難なことは当然として、たとえば、租税法がビジネスに対して中立でありうるのか、なぜ望ましいのかなど、基本的な前提については、行間に委ねることなく、著者自身の見解の展開がほしいと思われる。 第3に、第1部が、それ自体として完結した論文のスタイルを取っているのに対し、「第2部 補論」は、形式上一体性が弱いという印象を受ける。この点が、若干の違和感を与えることは否定できない。ただし、補論において扱われている内容を第1部に盛り込むことがベターであるとは限らないのであって、たとえば、1986年の税制改革を補論の中で別に取り上げることによって、それ以前における法人取引の課税理論が浮き彫りにされているとみることもできる。また、補論第2章は、本論文全体の中で、やや異質な印象を受ける部分であるが、加速原価回収制度や投資控除制度が、新設法人の成長を損ね、欠損法人の吸収合併を促すことなどが指摘されており、投資促進税制が法人取引にいかなる影響を与えるかを示そうとするものであって、まさに、補論として位置付けることが適当なものである。 本論文には、以上のような若干の短所ないし違和感を受ける点の存することは否定できないが、それらは、本論文の価値を大きく損うものではない。本論文は、法人税改革論議において租税法が法人取引に与える影響に十分配慮すべきことを具体的場面に応じて提示し、その理論的整理をした包括的な研究業績として永く学界に貢献するものと思われる。 |