学位論文要旨



No 212025
著者(漢字) 水野,忠恒
著者(英字)
著者(カナ) ミズノ,タダツネ
標題(和) 「アメリカ法人税の法的構造」
標題(洋)
報告番号 212025
報告番号 乙12025
学位授与日 1994.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 第12025号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 碓井,光明
 東京大学 教授 柏木,昇
 東京大学 教授 江頭,憲治郎
 東京大学 教授 小早川,光郎
 東京大学 教授 樋口,範雄
内容要旨

 1 本論文は、アメリカ合衆国の連邦所得税制度を法律学の角度から分析し、わが国の法人課税の研究及び法人税改革論議の検討にとって有益な示唆を得ることを目的としている。本稿の構成は、「第1部 法人取引の課税理論-アメリカ連邦所得税制度の考察-」、ならびに、「第2部 補論」の2部よりなるが、その中心をなすものは、第1部の法人取引の課税理論である。以下、「法人取引の課税理論」の内容の概要を叙述する。

 2 第1章 序説では、研究の趣旨及び目的を述べる。租税負担が高まっている今日、特に、企業の経済活動において、租税はその活動の様式を決定する重要な要素となっている。本稿では、そのような租税負担の効果というものを租税法研究を行うための基礎に置くことを試みる。そして、その研究の素材を、租税の影響のもっとも及ぶところの法人の財務活動にもとめる。具体的には、法人とその構成員である株主との間の取引(法人取引)を念頭におき、個人所得税及び法人税の負担の影響のもとに取引の形式が形成され、逆に、企業の必要に応じた課税のルールが追及されるという、租税法の形成される過程で発展した課税理論を研究することを目的とする。そして、企業課税のありかたを、財政学のように、単に抽象的なモデルとして論ずるのではなく、法律学的研究として、現実の経済活動に適合し、企業法制や企業慣行と調和しうるような実際的かつ操作可能な租税法制度となるべく検討することを目標としている。本研究はそのための準備作業を試みるものである。

 具体的には、法人取引の問題は、法人利益について株主がそれを実現する形態の多様性にある。本稿では、このような問題を構造的問題と呼んで把握し、ここにおいて生ずる様々の問題について法律学的研究の可能性を探る。わが国における法人課税については、法人所得の計算構造が立法の中心におかれており、法人税法の体系的研究もそのような認識をでてはいないのであるが、アメリカ合衆国の連邦所得税(内国歳入法典)では、上のような法人-株主取引(法人取引)をその体系の中心にすえた結果、法人の生活サイクルに応じた課税体系が制度化されているのであり、比較法的研究の意義が認められると思われるのである。そこで、第2章以下において、法人の設立、資本構成、利益分配、清算・合併というプロセスにおいて、企業活動に対して租税がどのような影響を及ぼしているか、さらには、所得税・法人税が企業法制とどのようにかかわっているかということを明らかにすることを試みている。

 3 第2章 法人設立の理論では、法人設立における財産の出資、株式の発行、及び資本構成について論ずる。アメリカでは、今日では連邦証券法や州の青空法による歯止めがあるものの、基本的には現物出資とその財産評価は取締役会の裁量に委ねられてきている。そして、これに対応して内国歳入法典においても、現物財産の出資が株式・証券との交換とみられる場合には、所有の形式的変更にすぎないものとみて課税の繰延べを認めるのである。ここには、会社法におけるのと同様に、法人設立に対して租税が介入しないという方針がみいだされる。

 資本構成については、アメリカの各州会社法は種々の形態を承認し、また最低資本額の規制も行わないのが通常である。資本構成、とりわけ自己資本と借入資本との選択には様々の要因が働くのであるが、アメリカ連邦所得税はつねに借入資本を有利に扱ってきたため、過少資本や混合証券の現象を生じた。いわば、資本構成の決定に対する連邦所得税の影響は無視できないものであったのであり、現在にいたるまで自己資本と借入資本との区別をめぐる訴訟は少なくない。特に、一時期、借入金-自己資本比率について一定の基準を設けることが論議されたが、裁判所は、適正な事業への介入になるとして消極的な姿勢を示した。今日、過少資本規制は大きな課題であるが、議会でも立法的に解決できない状況にある。

 4 第3章 法人分配の理論では、まず、法人利益にかかる配当政策の決定要因とその法的規制について検討する。配当可能な利益については各州においていくつかの規制方法がみられるが、具体的な配当決定は原則として取締役会の裁量に委ねられている。裁判所は、派生訴訟において、この問題について事業判断のルールを明らかにしている。連邦所得課税は配当政策の決定においても無視できない。特に閉鎖的法人においては、配当に対する個人所得税を回避するための法人内部留保が試みられることが多く、アメリカでは、事業に合理的な必要性のない内部留保に対しては留保利益税が課されることになっている。しかしながら、州会社法の判例に事業判断のルールが存在するように、租税法においても法人の内部留保が事業に合理的に必要であるかどうかの判断は、実際上は裁判所の能力を越えたものとなっている。そのため現実には留保利益税の実効性はないと考えられている。事業上の判断を裁判所が審査する困難がここにも示されるのである。

 ついで、配当の定義について、各州会社法における配当可能利益の規制が統一されていないこともあり、連邦所得税において、配当の基準として「収益・利益要件」(earnings & profits)という概念を採用した結果、「配当」の定義が明確化された代わりに、株主の出資資金の回収及び収益の分配について租税法独自の規制を生ずるものとなっている。

 さらに、アメリカの州会社法においては、会社による自己株式の買戻しが広く認められており、それにより、従来、閉鎖的法人において、株式譲渡の代わりに株式の買戻しが利用されてきたのであるが、公開法人においても会社利益の分配の方法として株式の買戻しが注目されるに至っている。その結果、配当とならんで、会社の自己株式の買戻しが、例えば、カリフォルニア州会社法において、利益分配の手段として位置付けられるようになっている。このような利益分配の手段として自己株式の買戻しが発展した大きな理由は、その課税上の取り扱いにある。利益配当に対しては通常の所得税が課されるのに対し、株式の買戻しは、資産の譲渡であるのでキャピタル・ゲインとして優遇されてきたからである。もっとも株式の買戻しの形態であってもその経済的実質が法人利益の分配であることもあり、内国歳入法典では、実質的に配当にひとしい場合には配当とみなして課税するのである。そのため、租税法において株式買戻しの目的が審査されるという傾向を生じ、株式買戻しによる事業の縮小(部分的清算)という租税法独自の活動形態が形成されるに至っている。

 5 第4章 法人清算・組織変更の理論では、法人が解散して残余財産を分配するという最終的段階、ならびに合併・分割という法人の結合形態への展開過程を扱う。まず、清算所得に対する課税の仕方いかんが解散の形態に代えて合併や営業譲渡を促進する効果をもつということから、企業組織の変更を規制する法として清算に関する所得税・法人税を把握する。1986年の税制改正までは、法人の清算の場合に残余財産分配に対する課税の繰延べが認められ、投資の継続性が承認されてきたのであり、このことが現物清算と法人の営業譲渡との相違を生じさせ清算形態を複雑化させたことは否定できない。

 さらに、アメリカ租税法の特色は、合併、株式買収、及び営業譲渡という企業取得の形態を広く認め、一定の要件のもとに、これらを一様に取り扱い、企業組織の変更における財産移転について課税の繰延べを認めることである。このことは、法律上の合併とそれ以外の企業取得形態とを等しく扱うことを目的とするものであったが、実際には、州会社法、連邦証券法、反トラスト法などと交錯して、企業取得の形態を複雑化させるものとなったのである。他方で、このような租税法の仕組みが、州会社法においても、法律上の合併とともに株式買収や営業譲渡などの企業取得形態とをあわせて「組織変更」として統一的に規制する方向へすすませたという特色もあるのである。

 「法人取引の課税理論」の締めくくりとして、子会社の設立である、法人分割の理論を扱う。内国歳入法典では、基本的には、企業組織の変更である法人分割についても課税の繰延べを認めるのであるが、判例法はそのような効果を事業目的の存する場合に限定することを試みており、ここに租税法と企業目的との交錯がみられる。裁判所は、ここでも経営判断に介入することをためらうのであるが、法人分割に関する課税の仕組みは取引に大きな影響を及ぼすのである。子会社の設立は、さらに親子会社をはじめとする法人間取引を形成させるのであり、あらたな課税理論の発展を促してゆくのである。

 6 わが国では、企業活動にとり租税法が大きな影響をもつことは認識されながらも、それによって法人取引を統一的に取り扱う把握することはほとんどなされていないといってよい。アメリカ租税法の以上の検討を通じて租税法と会社法その他の法制度との交錯が明らかにされた。わが国の法人税論議においては、現実の法規の運用を通じて生ずると予測される取引上の問題点の検討を行うという作業までなされないのであるが、本稿のような研究を基礎におくことによって、法人課税論議も、より現実的かつ有益なものとなると考えている。

審査要旨

 本論文は、アメリカ合衆国の連邦所得税における法人課税をめぐる法構造を、「法人取引」に焦点を据えて包括的に解明し、我が国の法人課税の研究及び法人税改革への示唆を得ることを目的として執筆されたものである。「第1部 法人取引の課税理論」と「第2部 補論」との2部によって構成されているが、その中心は、第1部に置かれている。以下、まず、本論文の要旨を紹介し、次いで、評価を示すことにする。

 第1部の「第1章 序説」においては、法人取引の課税理論を研究する目的ないし動機が述べられている。まず、法人とその構成員である株主との間の取引を念頭に置いて、それを「法人取引」と呼び、法人取引に関して、租税負担の効果を考慮して、租税負担の影響の下に取引形式が形成されるとともに、ビジネスの必要に応じて課税ルールが追求されるという、租税法形成過程において発展した課税理論を研究することを目的とする旨が提示される。次に、従来、法人課税に関して、配当二重課税をめぐって法人所得税のあり方を検討する財政学の研究が中心であったのに対して、本論文は、法律学の立場から論議に参加する前提として法人の構造的・技術的問題の分析を行うとする。そして、アメリカの連邦所得税制度においては、法人取引に着目して、法人の設立、利益の分配、清算・組織変更といった法人の生活サイクルに応じた課税理論が実体法に体系化されているという認識に基づき、法人の特殊性を反映する法人=株主関係の課税問題(=構造的問題)を研究することが、法人税改革論議の前提として重要であるばかりでなく、ビジネス・プラニングの面からも有益であると述べる。

 第1部は、このような問題意識に基づいて、法人の設立、資本構成、利益分配、清算・合併というプロセスにおいて、企業活動に対して租税がどのような影響を及ぼしているか、所得税・法人税が企業法制とどのようにかかわっているかを明らかにしようとするものであるとして研究の対象を設定する。。

 「第2章 法人設立の理論」においては、法人設立における、財産出資、株式発行、資本構成に関係する課税理論について論ずる。内国歳入法典351条(a)項は、現物財産の出資が株式・証券との交換と見られ、同一人が支配を継続する場合は、課税しないとして、実現所得についての課税繰延という技術を導入しているが、著者は、これを「租税法は法人設立に介入しない」という政策であるとして、内国歳入法典は「利得なき所得」への課税を除外する趣旨で、投資が継続していると見ているものと理解する。自己株式の再発行について、判例は、取引の実質により資本取引か否かを判定する方法をとっていたが、ビジネスへの影響を考慮して1954年法が、課税しない政策を採るに至る背景が論じられる。資本構成に関して、州の会社法は、規制を加えていないため、所得税の扱いがそれに大きく影響し、利子と配当との扱いの差異などにより借入れ資本に偏った資本構成が見られ、過少資本の問題が今日まで論じられてきたことが示される。負債利子控除制限の立法の試み、負債形式の審査についての裁判所の対応、株式=負債区分の立法の試みを詳細にたどっている。株式=負債区分に関して、議会が安全地帯規定を設けて、区分自体に関して財務省規則に委ねたことについて、著者は、租税回避を抑えつつ取引を不当に規制しないルールを形成することの困難さを読み取っている。

 「第3章 法人分配の理論」においては、州法の下において具体的配当決定が取締役会の裁量に委ねられている中で、所得課税が配当政策に影響することを指摘している。特に閉鎖的法人において個人所得税を避けるために内部留保が促進されることにかんがみ留保利益税が課税されるものの、日本の同族会社の留保所得課税のような画一基準を採用せずに、租税回避目的という実質要件(その判断要素として事業の合理的必要を越えていることが含まれている)によっているために、その判断は裁判所の能力を超えたものになり、現実には留保利益税の実効性がないとされている。配当の定義に関して、州法が統一されていないこともあって、連邦所得税につき、収益・利益要件を採用した結果、明確化された反面、法人に対して租税法独自の規制効果が事実上生ずると指摘する。次いで仮装配当・認定配当の類型を検討し、仮装配当の認定に配当決定基準をいかに組み合わせるかが課題であるとする。

 次に、利益分配の手段として自己株式の買戻しが広く行われていることの大きな理由は、利益配当が「通常所得」として課税されるのに対して、株式の買戻しはキャピタル・ゲインとして優遇されてきたからであるとする。配当に等しい実質を有する場合には、みなし課税が行われ、そのため株式買戻し目的が租税法上審査され、租税法が会社法の規制に代わって、買戻し目的をコントロールしていることを明らかにしている。

 「第4章 法人清算・組織変更の理論」は、解散による残余財産の分配という法人の最終段階及び合併・分割という法人の移行段階を扱う。清算所得に対する課税いかんが、合併や営業譲渡を促進する効果を持つが故に、それが企業組織の変更を事実上規制することを強調する。1986年の税制改正まで、法人の完全清算による残余財産の分配について、法人に損益の認定はなされず、また株主への取得価額の引き継ぎもなされないため、法人におけるキャピタル・ゲインが課税されないという効果を持ち、課税繰延の利益を受けつつ他への投資を継続することが可能とされてきた。この結果、現物清算と営業譲渡との課税上の相違をもたらし、清算形態を複雑化させたと述べる。

 組織変更に関しては、合併、株式買収、営業譲渡という形態の違いにかかわらず、一定の要件の下に、これらを一様に扱い、課税繰延を認める政策がとられてきたことを強調する。このような扱いは、一方において、企業取得の形態を複雑にしたが、他方において、州会社法において「組織変更」としての統一的規制に向かわせたことが指摘されている。

 最後に、子会社の設立による法人分割及び法人間取引が扱われる。法人分割について課税繰延を認める場合に、判例法によれば、事業目的の存する場合に限定されており、そのことが取引に大きな影響を及ぼしているという。

 第2部は、3章から構成されている。

 「第1章 閉鎖的法人に関するアメリカの所得税制度」は、閉鎖的法人の租税回避という否定的側面と、小法人の保護・育成という肯定的側面とを取り上げて構造を分析する。否定的側面に関しては、仮装配当・認定配当、不当留保課税、株式処分による法人利益の分配、特殊関係取引の個別的否認規定を取り上げる。肯定的側面に関しては、小法人の救済・保護のための法人税率の段階化、小法人形成の保護などについて触れている。さらに、いわゆるS法人(課税上組合課税が認められる)についても言及している。

 「第2章 アメリカの投資減税政策とその理論的背景」は、1981年から1984年に至る税制改正を、「経済回復税法」(the Economic Recovery Tax Act of 1981,ERTA)による投資減税政策(その中心は、加速原価回収制度=ACRS、投資控除制度などである)をたどり、包括的所得概念という公平の尺度の基盤が揺らいでいると論じ、この政策がインフレ対策税制の性格を有しているが、個別的なインフレ調整税制は資源配分の撹乱を呼ぶのではないかと指摘する。

 「第3章 企業取得税制の構造問題」は、1986年の税制改革によって法人税の構造問題がいかなる影響を受けたのかを、法人取得税制に着目して検討する。法人の現物清算において法人に損益が認定されず、株主は取得価額を引き上げることができるという理論は、現物配当に関するジェネラル・ユティリティズ理論に基づくものであるが、法人取引の複雑化・不統一と取得取引の増加を招き、その不合理性に対する批判が強まった結果、1986年改正は、この理論を立法によって廃止したのである。著者は、これは、今回の税制改革における課税標準の拡大という大きな政策方針に支えられていると理解する。しかし、構造問題につき、大筋において従来の取り扱いを維持していることから、将来必然的に法人プラニングと租税法との間に数々の矛盾、抵触を生ずることが予想されるとする。税率構造の改正により、法人設立へのインセンティブが従来と同一ではないこと、キャピタル・ゲインの特別措置の廃止により、株式買戻しに関し利益分配としての課税上の意味が失われること、通常のキャピタル・ロスが通常の損失と同じく控除されるのに対し、組織変更規定においてキャピタル・ロスが認定されないため、組織変更を不利ならしめること、閉鎖的法人に関して、配当課税回避への誘因が薄れ、個人所得税率を利用したS法人の選択が増加するであろうこと、などを論じている。

 以上が、本論文の要旨である。

 本論文の長所としては、以下の点が上げられる。

 第1に、法人とその株主との取引に着目して、法人の設立、利益の分配、清算・組織変更という法人のサイクルの各場面において生ずる課税理論を包括的に研究した本格的論文として、我が国初のものであるといってよい。アメリカにおいてはよく見られるにせよ、我が国においてこのような発想そのものがユニークである。本論文は、この分野における基本的業績として学界に寄与するといえよう。資料は、法律制定に至るまでの論議、判例理論、租税理論家の見解等を十分に参照しており、その取捨選択も見事である。

 第2に、この分野のアメリカ税制は、条文を見るかぎり複雑を極めており、内容を正確に理解し、分かりやすく叙述することが極めて困難である。しかしながら、著者は、それを一貫した視点において見事に解きほぐして見せる。一つは、租税が経済活動に与える効果、すなわちタックス・エフェクトとそれに対する関係経済主体のプラニングの視点であり、もう一つは、会社法等を支える考え方と租税法との比較及び相互関係の視点である。一定の取引に関して、会社法の規制が弱く、租税法が規制効果を発揮しているという指摘などは、アメリカ税法の機能を浮き彫りにして見せているといえる。会社法への目配りは、本論文の特色といって良い。

 第3に、本論文は、解釈論を展開するものではなく、また政策論に関しても、著者自身の一定の結論を提示することを目的とするものではない。法人税改革論議において踏まえるべき論点・視点を提示するという姿勢が貫かれている。この種のテーマに関する外国租税法の研究において、このような姿勢は、むしろ自然であり、安定感のある論文である。もちろん、著者は、ある政策を実現するのに、現行制度にいかなる矛盾があるかという点については鋭い指摘を行っている。

 しかし、本論文には以下のような短所もある。

 第1に、日本法との比較という意識が強いことが窺われ、鋭く、かつ興味深い指摘がなされているにもかかわらず、それらが散発的に述べられるにとどまり、日本とアメリカとにおいて異なっている点をいかに考えるか、日本がアメリカから何を学ぶべきかについて、総合的な叙述がなされていない点に物足りなさが残る。

 第2に、法人取引に関する税制が「いかにあるべきか」、あるいはそれを支える理論の「あり方」に関する著者自身の価値判断の問題がある。アメリカ税制のあり方について自説を展開することの困難なことは当然として、たとえば、租税法がビジネスに対して中立でありうるのか、なぜ望ましいのかなど、基本的な前提については、行間に委ねることなく、著者自身の見解の展開がほしいと思われる。

 第3に、第1部が、それ自体として完結した論文のスタイルを取っているのに対し、「第2部 補論」は、形式上一体性が弱いという印象を受ける。この点が、若干の違和感を与えることは否定できない。ただし、補論において扱われている内容を第1部に盛り込むことがベターであるとは限らないのであって、たとえば、1986年の税制改革を補論の中で別に取り上げることによって、それ以前における法人取引の課税理論が浮き彫りにされているとみることもできる。また、補論第2章は、本論文全体の中で、やや異質な印象を受ける部分であるが、加速原価回収制度や投資控除制度が、新設法人の成長を損ね、欠損法人の吸収合併を促すことなどが指摘されており、投資促進税制が法人取引にいかなる影響を与えるかを示そうとするものであって、まさに、補論として位置付けることが適当なものである。

 本論文には、以上のような若干の短所ないし違和感を受ける点の存することは否定できないが、それらは、本論文の価値を大きく損うものではない。本論文は、法人税改革論議において租税法が法人取引に与える影響に十分配慮すべきことを具体的場面に応じて提示し、その理論的整理をした包括的な研究業績として永く学界に貢献するものと思われる。

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