屈折法および反射法による地殻構造探査では、地殻内部の不連続面の抽出をはじめとしてその物性評価が重要な課題である。しかしながら深部地殻の解析では、深部不連続面からの後続反射波は多くの場合、S/N比の低下等で観測記録上に明瞭に現れていない。 特に屈折法地震探査では、これまで主として屈折波初動の定時解析による地殻構造の研究がなされてきており、より深部の地殻構造探査には長大な測線長の観測が必要となる。したがって、屈折法地震探査記録に含まれる深部地殻の不連続面からの後続反射波の抽出・解析が可能となれば、比較的短い測線長の観測においても、より多くの深部地殻構造情報が得られ、地球物理学の研究に資することとなる。 本研究では、観測された地震波形を抽出・分類するための指標として地震波形より得られる自己回帰係数(AR係数)を用いた。このAR係数は地震波形を規定するパラメータであり、以下に示される。 ここでAiはAR係数で、Xiは時系列データ、Enは予測誤差である。反射地震データではXiは振幅となる。(1)式からAR係数は予測係数であり、地震波形を規定する係数とも定義される。つまり、波形が変化すればAR係数も変化し、反対にAR係数の変化によって地震波形の変化が検出可能となる。また、物理的な性質について考えると、AR係数は次式で示されるように、パワースペクトル密度を定義するパラメータとなっている。 ここで、S(f)はパワースペクトル密度を表し、akはAR係数、fは周波数、2は予測誤差の分散である。 以上から、AR係数の性質は次のようにまとめられる。 1) AR係数は離散化された地震波形に対し各時刻における振幅の予測フィルターである。 2) AR係数は地震波のパワースペクトル密度を定義するパラメータである。 つまり、AR係数は地震波形の振幅と周波数を同時に評価する指標である。 モデルシミュレーションにより、低周波数・大振幅の地震波は大きなAR係数に対応することが検証された。 実際の地殻構造解析では、このAR係数をパラメータとして地震記録に含まれる特徴的な後続反射波を抽出・解析して深部地殻構造モデルを提案する。 ここで、AR係数はサンプリングされた地震波形データで25サンプルのウィンドウ長を設け、3次のARモデルよりウィンドウを1サンプル毎にシフトさせながら計算していく。したがって、1つのウィンドウから3つのAR係数が得られ、1地震波データのサンプル数を1000サンプルとすると約3000個(1000×3)のAR係数が求められる。N個の地震波の解析を行うにはさらに3000×N個のAR係数群を解析することになる。この多量のAR係数を処理・解析するために統計的手法としてクラスタリング法を適用した。 解析では、屈折法および反射法地震データより得られるAR係数群をクラスタリング法によって抽出・分類し、分類された地震波形群を反射波パターンに基づく物理モデルを用いて解析し地殻構造を評価する。 解析手法をシミュレーションならびに坑井データの豊富な石油探鉱における反射法地震データを用いて検証した後、深部地殻探査を目的とした屈折法地震探査データならびにマグマの影響の把握を目的とした火山地域における反射法地震探査データといった地球物理的研究データに適用した。 解析結果*屈折法地震探査データへの適用 屈折法地震探査記録(春野-作手測線:静岡-愛知地域 図1)を用いた解析では、抽出された後続反射波の解析より、松浦ら(1991)によって既に解析されている地殻内部(10-20km)の不連続面は、その境界下部(図2:D1)に低速度層が存在することが推定された。また、更に深部からの後続波の抽出・解析によりフィリピン海プレートの上部境界(図2:D2)ならびに深尾ら(1983)によって議論されている’フィリピン海プレート上部の低速度層’の下部と推定される不連続面が(図2:D3)が得られた。 図表図1 春野-作手測線図 (爆破地震動研究グループ:1985) 測線長:53km M.T.L:中央構造線 A.T.L:赤石構造線 / 図2 地殻構造モデル 太い実線:本研究により得られた不連続面 細い実線:松浦らによって得られた不連続面 点線:石田によって示されたフィリピン海プレート上部境界 白丸:震源分布*火山地域における反射法地震探査データへの適用 伊豆大島の反射法地震探査(図3)の解析結果では、1986年の三原山噴火のマグマの貫入・上昇の影響と考えられる地殻構造異常の分布が明らかになった(図4:実線以深の部分)。これは鈴木ら(1992)によって示唆されている反射異常のパターンをより良く説明するものであり、本手法がマグマ溜りおよびその影響を把握する研究に対し有効な手法であることが検証された。 図表図3 伊豆大島反射法地震探査測線 (防災科学技術研究所:1988) 測線長:10km / 図4 反射地震記録のパターン認識 本研究により得られた波形分類 実線で囲まれた部分:マグマの影響による地殻構造の異常 以上の解析結果より、AR係数を用いた地震波形の統計的解析により、深部地殻からの反射波の抽出・解析が可能となり、これまで明らかでなかった深部地殻の不連続面の形状ならびに他の地球物理データとの総合的な解析により、その物性が推定された。この結果は、既存の研究報告と良く対応したものであり、本研究により、従来の研究手法に比較してより多くの地球物理的情報を抽出することが期待出来る。今後は、本解析手法をさらに屈折法地震探査ならびに反射法地震探査記録(特に火山地帯)に適用し、地殻構造の物性を含めた総合的な解析・評価を図り、地球物理的研究を進めていきたい。 |