学位論文要旨



No 212026
著者(漢字) 金田,義行
著者(英字)
著者(カナ) カネダ,ヨシユキ
標題(和) 地震波形の統計的解析による新しい地殻構造の研究 : 地殻不連続面の物性評価に対する試み
標題(洋)
報告番号 212026
報告番号 乙12026
学位授与日 1994.12.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12026号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉井,敏尅
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 笠原,順三
 東京大学 助教授 歌田,久司
 東京大学 助教授 岩崎,貴哉
内容要旨

 屈折法および反射法による地殻構造探査では、地殻内部の不連続面の抽出をはじめとしてその物性評価が重要な課題である。しかしながら深部地殻の解析では、深部不連続面からの後続反射波は多くの場合、S/N比の低下等で観測記録上に明瞭に現れていない。

 特に屈折法地震探査では、これまで主として屈折波初動の定時解析による地殻構造の研究がなされてきており、より深部の地殻構造探査には長大な測線長の観測が必要となる。したがって、屈折法地震探査記録に含まれる深部地殻の不連続面からの後続反射波の抽出・解析が可能となれば、比較的短い測線長の観測においても、より多くの深部地殻構造情報が得られ、地球物理学の研究に資することとなる。

 本研究では、観測された地震波形を抽出・分類するための指標として地震波形より得られる自己回帰係数(AR係数)を用いた。このAR係数は地震波形を規定するパラメータであり、以下に示される。

 

 ここでAiはAR係数で、Xiは時系列データ、Enは予測誤差である。反射地震データではXiは振幅となる。(1)式からAR係数は予測係数であり、地震波形を規定する係数とも定義される。つまり、波形が変化すればAR係数も変化し、反対にAR係数の変化によって地震波形の変化が検出可能となる。また、物理的な性質について考えると、AR係数は次式で示されるように、パワースペクトル密度を定義するパラメータとなっている。

 

 ここで、S(f)はパワースペクトル密度を表し、akはAR係数、fは周波数、2は予測誤差の分散である。

 以上から、AR係数の性質は次のようにまとめられる。

 1) AR係数は離散化された地震波形に対し各時刻における振幅の予測フィルターである。

 2) AR係数は地震波のパワースペクトル密度を定義するパラメータである。

 つまり、AR係数は地震波形の振幅と周波数を同時に評価する指標である。

 モデルシミュレーションにより、低周波数・大振幅の地震波は大きなAR係数に対応することが検証された。

 実際の地殻構造解析では、このAR係数をパラメータとして地震記録に含まれる特徴的な後続反射波を抽出・解析して深部地殻構造モデルを提案する。

 ここで、AR係数はサンプリングされた地震波形データで25サンプルのウィンドウ長を設け、3次のARモデルよりウィンドウを1サンプル毎にシフトさせながら計算していく。したがって、1つのウィンドウから3つのAR係数が得られ、1地震波データのサンプル数を1000サンプルとすると約3000個(1000×3)のAR係数が求められる。N個の地震波の解析を行うにはさらに3000×N個のAR係数群を解析することになる。この多量のAR係数を処理・解析するために統計的手法としてクラスタリング法を適用した。

 解析では、屈折法および反射法地震データより得られるAR係数群をクラスタリング法によって抽出・分類し、分類された地震波形群を反射波パターンに基づく物理モデルを用いて解析し地殻構造を評価する。

 解析手法をシミュレーションならびに坑井データの豊富な石油探鉱における反射法地震データを用いて検証した後、深部地殻探査を目的とした屈折法地震探査データならびにマグマの影響の把握を目的とした火山地域における反射法地震探査データといった地球物理的研究データに適用した。

解析結果*屈折法地震探査データへの適用

 屈折法地震探査記録(春野-作手測線:静岡-愛知地域 図1)を用いた解析では、抽出された後続反射波の解析より、松浦ら(1991)によって既に解析されている地殻内部(10-20km)の不連続面は、その境界下部(図2:D1)に低速度層が存在することが推定された。また、更に深部からの後続波の抽出・解析によりフィリピン海プレートの上部境界(図2:D2)ならびに深尾ら(1983)によって議論されている’フィリピン海プレート上部の低速度層’の下部と推定される不連続面が(図2:D3)が得られた。

図表図1 春野-作手測線図 (爆破地震動研究グループ:1985) 測線長:53km M.T.L:中央構造線 A.T.L:赤石構造線 / 図2 地殻構造モデル 太い実線:本研究により得られた不連続面 細い実線:松浦らによって得られた不連続面 点線:石田によって示されたフィリピン海プレート上部境界 白丸:震源分布
*火山地域における反射法地震探査データへの適用

 伊豆大島の反射法地震探査(図3)の解析結果では、1986年の三原山噴火のマグマの貫入・上昇の影響と考えられる地殻構造異常の分布が明らかになった(図4:実線以深の部分)。これは鈴木ら(1992)によって示唆されている反射異常のパターンをより良く説明するものであり、本手法がマグマ溜りおよびその影響を把握する研究に対し有効な手法であることが検証された。

図表図3 伊豆大島反射法地震探査測線 (防災科学技術研究所:1988) 測線長:10km / 図4 反射地震記録のパターン認識 本研究により得られた波形分類 実線で囲まれた部分:マグマの影響による地殻構造の異常

 以上の解析結果より、AR係数を用いた地震波形の統計的解析により、深部地殻からの反射波の抽出・解析が可能となり、これまで明らかでなかった深部地殻の不連続面の形状ならびに他の地球物理データとの総合的な解析により、その物性が推定された。この結果は、既存の研究報告と良く対応したものであり、本研究により、従来の研究手法に比較してより多くの地球物理的情報を抽出することが期待出来る。今後は、本解析手法をさらに屈折法地震探査ならびに反射法地震探査記録(特に火山地帯)に適用し、地殻構造の物性を含めた総合的な解析・評価を図り、地球物理的研究を進めていきたい。

審査要旨

 本論文は全部で8章から成る。第1章と第2章は序と新しい解析手法の説明、第3章から第5章まではシミュレーションや井戸データを用いた新しい解析手法の検証、第6章と第7章は地震探査データへの応用、第8章はまとめという構成になっている。

 人工地震による屈折法および反射法の地下構造探査では、地下の不連続面などの位置を正確のとらえることが主な目的とされてきたが、それに加えて物性的な情報を得ることは、地下構造をさらに深く理解する上で欠かせない。こうした目的のためには、単に地震波の到着時刻を使って構造の空間的な形を推定するという解析では不十分で、地震波形の振幅、周波数、位相などを考慮した総合的な評価が必要とされる。また、こうした総合的な地震波形の評価により、従来の解析では難しかった構造の検出ができる可能性もある。

 本論文に示される新しい手法は、さまざまな人工地震探査から得られた波形データに自己回帰モデルを適用し、波形の総合的な評価と分類を行うというものである。これまでにも自己回帰モデルを反射法地震探査波形などに適用した例が少数あるが、本論文では、自己回帰係数をもとに、地震波形をいくつかのクラスタに分類することで評価するという新しい手法が導入される。具体的には地震波形上を移動する一定幅のウインドウについての3次までの自己回帰係数をもとに、3〜4個のクラスタに自動的に分類するというものである。

 周波数を順次変えたリッカー波や、より現実的なガスや水の層を含む地下構造モデル、油ガス田での坑井データに基づく理論波形に適応することで、この新しい手法の検証が行われた。ある厚みをもった低速度層からの反射波などのような、低周波数で振幅が大きい波形が自己回帰係数の大きなクラスタに分類されるという基本的な性質が、このシミュレーションにより確かめられた。

 実際の野外での調査で十分な深さの坑井データが得られている場合は、こうした新しい手法のキャリブレーションとしてきわめて有効である。本論文では、メキシコ湾における海上地震探査、渤海における海上地震探査、首都圏における陸上地震探査における反射法と坑井データを使って、こうした形の検証が行われた。これらの検証により、反射法記録上にブライトスポットとして現れるガス層のような顕著な反射体に対しては従来の方法同様に有効であること、従来の方法では不可能であった炭酸塩岩と花崗岩のような似た岩相でも区別が可能であること、首都圏下の厚い堆積層中の礫層などが容易に分離できること、などが確認され、新しい解析法が実際の野外データに対しても有効であることが確かめられた。

 この解析法の応用例として、論文提出者はまず測線長50km以上の大規模な人工地震による屈折法探査から得られたデータを解析している。反射法探査の記録に比べてはるかに不均質なこれらのデータに対してもこの解析法は有効であり、東海地域におけるデータからは、沈み込むフィリピン海プレートの上面はもとより、それよりさらに10km下の境界まで検出できたとしている。本論文の手法はもともと反射法探査のデータ解析のために開発されたものであるが、大規模な屈折法探査のようなかなり異質なデータにも適用可能であることは、重要である。

 1986年に噴火のあった伊豆大島での反射法データにもこの手法が適用され、三原山火口の数100m下にある異常構造が検出された。火山物質が層状に堆積したままの浅い部分とは違い、過去の火山活動により変質した部分であろうと推定されている。

 このように、本論文は自己回帰係数を使った新しい解析法を開発しその有効性の検討と実際の野外データへの応用を行ったものである。自己回帰係数に基づく自動的な分類により振幅と周波数の情報を同時に評価するというこの方法により、地下構造に関するこれまでとは質の違った情報を容易に得ることを可能とした点で高く評価できる。

 しかしながら、こうした分類と具体的な地下構造の関係について、定量的な検討が必ずしも十分ではないことが、審査委員からも指摘された。対象となる構造の大きさ、地震波速度などを変えて多くの系統的なシミュレーションを積み重ねることで、この手法によるさまざまなタイプの現実の野外データへの応用が、さらに有効になるものと考えられる。

 以上のように本論文を審査した結果、審査委員全員は、本論文が博士(理学)の学位論文として認められると判定した。

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