学位論文要旨



No 212028
著者(漢字) 安田,宏
著者(英字)
著者(カナ) ヤスダ,ヒロシ
標題(和) 膵、肝に存在するアクチビンAの生理作用
標題(洋)
報告番号 212028
報告番号 乙12028
学位授与日 1994.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12028号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,清
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 大久保,昭行
内容要旨

 アクチビンはtransforming growth factor(TGF)-遺伝子ファミリーに属する分子量25kDの二量体タンパクであり、卵胞液中より卵胞刺激ホルモン(FSH)分泌抑制因子であるインヒビンを分離、精製する際に、逆にFSHの分泌を刺激する因子として分離された。アクチビンは現在では性腺、下垂体の他、神経系、副腎、骨髄などでその存在が知られており、局所で産生され、オートクリンあるいはパラクリン因子として細胞の分化や増殖に重要な作用を発揮していると考えられている。肝、膵に対してこれまでアクチビンAがラット遊離肝細胞の糖原分解を促進すること、またラット膵ラ氏島のインスリン分泌を促進することが報告されていたが、実際にアクチビンが肝や膵に存在して局所因子として作用しているのかどうかは不明であった。そこで本研究はアクチビンの膵および肝での生理作用の解明を目的とした。

 第1章ではアクチビン研究の位置付けを述べた。第2章では膵ラ氏島でのアクチビンの局在と作用を検討した。抗アクチビンA抗体を作製し、ラット膵にアクチビンが存在するかを免疫組織化学的に検討したところ、膵ラ氏島の辺縁部の細胞に強い免疫活性が得られ、免疫電顕により、ラ氏島非B細胞の分泌顆粒中にアクチビンAの免疫活性が存在することが明らかになった。アクチビンAの免疫活性はA細胞ではグルカゴンと、D細胞ではソマトスタチンと同一分泌顆粒中に共存していた。ラ氏島でのインヒビン各サブユニットのmRNAの発現をRT-PCR法で検討すると、およびAサブユニットが膵ラ氏島に発現していた。そこで抗インヒビン抗体により免疫組織化学を行うと、コルヒチンで前処理したラットでラ氏島全体が淡く染色され、ラット膵ラ氏島の非B細胞にはアクチビンAが、Bおよび非B細胞にはインヒビンAが存在するものと考えられた。次にアクチビンAのインスリン分泌に及ぼす効果の詳細を単離ラ氏島を用いて灌流実験で検討した。その結果、アクチビンAが2.8mMという比較的低いブドウ糖濃度で二相性のインスリン分泌を惹起することが明らかになり、またアクチビンAのインスリン分泌増強作用はブドウ糖濃度が2.8mMから5.5mMという生理的変化内で大きく発揮された。インヒビンは何らインスリン分泌には影響を与えなかった。これらの結果から、アクチビンAは局所で作用する、生理的インスリン分泌制御因子である可能性が初めて示された。

 膵腺房の機能はラ氏島のホルモンによって大きく影響を受け、「ラ氏島-腺房連関」と呼ばれている。そこで第3章ではラ氏島に存在するアクチビンAの膵腺房に対する作用をラット遊離膵腺房および膵腺房由来細胞株AR42J細胞を用いて検討した。AR42J細胞はデキサメサゾン処理により、膵腺房細胞様に分化し分泌顆粒が多く形成されアミラーゼ含量が増加することが知られている。アクチビンAは遊離膵腺房およびAR42J細胞のアミラーゼ分泌には有意な影響を及ぼさなかった。しかしアクチビンAをデキサメサゾンと共に加えると、デキサメサゾンによるAR42J細胞のアミラーゼ含量の増加を用量依存性に抑制した。アクチビンAを単独で加えた場合も細胞内アミラーゼ含量は減少し、10nMのアクチビンA存在下ではアミラーゼ活性は検出されなくなった。更にアクチビンAはAR42J細胞のDNA合成をほぼ完全に抑制した。超微形態的にはアクチビンA処理により分泌顆粒はライソゾームにより貪食され、粗面小胞体は激減し遊離ポリリボソームが観察されるのみであった。以上の結果からアクチビンAが膵腺房のアミラーゼ産生およびDNA合成の抑制因子である可能性が考えられた。

 門脈を介して、膵ラ氏島に存在するアクチビンAは肝細胞に何らかの影響を与えている可能性があり、すでにアクチビンAがラット遊離肝細胞に糖原分解効果を及ぼすことが報告されている。そこで第4章では肝細胞の増殖に対する作用を、ラット初代培養肝細胞を用いて検討した。まず3Hチミジンの取り込みを指標として、EGFおよびHGFによって誘導される肝細胞のDNA合成に及ぼすアクチビンAの効果を検討した。EGFは3Hチミジンの肝細胞への取り込みを10-15倍に増加させたが、アクチビンAはDNA合成を強力に抑制した。抑制効果は0.1nMから観察され、5nMのアクチビンAは肝細胞のDNA合成をほぼ完全に抑制した。同様にHGFによって誘導されるDNA合成もアクチビンAは強力に抑制した。アクチビンAは、EGFによって誘導されるDNA合成を、EGF添加36時間後に初めてアクチビンAを加えた場合でも同様に強力に抑制した。同様な効果はTGF-を肝細胞に加えDNA合成を抑制した場合でも観察された。このようにアクチビンAとはTGF-の肝細胞増殖に対する効果は非常に似ているが、放射性リガンドによる結合実験を行うと、両者はそれぞれ独自の受容体を介して肝細胞に結合していることが明らかになった。肝細胞をEGFと共に培養すると、無血清培養開始24時間以降において、培養上清中に顕著なアクチビンA活性が検出された。アクチビンのAサブユニットmRNAはEGF添加後48時間をピークにして発現増強が認められた。肝細胞で内因性に産生されるアクチビンAが実際に肝細胞のDNA合成に影響を与えているかどうかを、アクチビンと結合しその効果を消失させるタンパクであるフォリスタチンを培養上清に加えることにより検討した。フォリスタチンによってEGFで誘導されるDNA合成の更なる増強が、細胞密度にかかわらず観察された。また70%部分肝切除ラットでアクチビンのAサブユニットmRNA発現を検討すると、切除後24時間をピークに発現増強が認められた。以上の結果からアクチビンAはEGFなどの増殖刺激によって肝細胞自身から産生され、オートクリン増殖抑制因子として肝細胞の増殖を制御していることが明らかになった。

 以上の検討によりアクチビンAは膵や肝臓に存在して局所因子として細胞の増殖や機能に大きな影響を与えているものと考えられた。TGF-はほとんどの臓器来の細胞で産生され、細胞増殖の制御や細胞外マトリックス産生など、様々な細胞機能を調節していることが知られているが、同じ遺伝子ファミリーに属するアクチビンもまた広く体内に分布し、TGF-と共同して生理的因子として局所で作用していることが示唆された。

審査要旨

 本研究は様々な細胞系の増殖や分化に重要な役割を演じているアクチビンの膵および肝での生理作用の解明をするために、膵ではアクチビンのインスリン分泌および膵腺房のアミラーゼ分泌ならびに増殖への影響を、肝ではその増殖への作用を検討し、以下の結果を得た。

 1.抗アクチビンA抗体を作製し、ラット膵ラ氏島でのアクチビンの局在を免疫組織化学的に検討したところ、膵ラ氏島非B細胞に強い免疫活性が得られ、免疫電顕ではグルカゴン(A細胞)およびソマトスタチン(D細胞)と同一分泌顆粒中に共存していた。インヒビン各サブユニットのmRNAの発現をRT-PCR法で検討すると、およびAサブユニットが膵ラ氏島に発現していた。抗インヒビン抗体で免疫組織化学を行うと、ラ氏島全体が淡く染色され、ラット膵ラ氏島の非B細胞にはアクチビンAが、Bおよび非B細胞にはインヒビンAが存在するものと考えられた。アクチビンAのインスリン分泌に及ぼす効果を単離ラ氏島の灌流実験で検討したところ、アクチビンAは2.8mMという比較的低いブドウ糖濃度で二相性のインスリン分泌を惹起し、またそのインスリン分泌増強作用はブドウ糖濃度が2.8mMから5.5mMという生理的変化内で大きく発揮された。これらの結果からアクチビンAは局所で作用する生理的インスリン分泌制御因子である可能性が初めて示された。

 2.ラ氏島に存在するアクチビンAの膵腺房に対する作用をラット遊離膵腺房および膵腺房由来細胞株AR42J細胞を用いて検討した。AR42J細胞はデキサメサゾン処理により、膵腺房細胞様に分化し分泌顆粒が多く形成されアミラーゼ含量が増加する。アクチビンAは遊離膵腺房およびAR42J細胞のアミラーゼ分泌には有意な影響を及ぼさなかったが、アクチビンAをデキサメサゾンと共に加えると、デキサメサゾンによるAR42J細胞のアミラーゼ含量の増加を用量依存性に抑制した。アクチビンAを単独で加えた場合も細胞内アミラーゼ含量は減少した。更にアクチビンAはAR42J細胞のDNA合成をほぼ完全に抑制した。超微形態的にはアクチビンA処理により分泌顆粒はライソゾームにより貪食され、粗面小胞体は激減し遊離ポリリボソームが観察されるのみであった。以上の結果からアクチビンAが膵腺房のアミラーゼ産生およびDNA合成の抑制因子である可能性が示された。

 3.肝細胞の増殖に対する作用を、ラット初代培養肝細胞を用いて検討した。アクチビンAはEGFおよびHGFで誘導されるDNA合成を強力に抑制した。肝細胞をEGFと共に培養すると、無血清培養開始24時間以降において培養上清中に顕著なアクチビンA活性が検出された。アクチビンのAサブユニットmRNAはEGF添加後48時間をピークにして発現増強が認められた。一方、アクチビン結合蛋白であるフォリスタチンを培養上清に加えるとEGFで誘導されるDNA合成の更なる増強が細胞密度にかかわらず観察された。また70%部分肝切除ラットでアクチビンのAサブユニットmRNA発現増強が切除後24時間をピークに認められた。以上の結果からアクチビンAはEGFなどの増殖刺激によって肝細胞自身から産生され、オートクリン増殖抑制因子として肝細胞の増殖を制御していることが明らかになった。

 以上、本論文はアクチビンAが膵や肝臓に存在して局所因子として細胞の増殖や機能に大きな影響を与えていることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、アクチビンの膵および肝での生理作用の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54484