学位論文要旨



No 212030
著者(漢字) 水谷,徹
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,トオル
標題(和) クモ膜下出血で発症した椎骨脳底動脈解離性動脈瘤の自然経過と治療 : 再出血の時期、頻度、予後との関連から
標題(洋)
報告番号 212030
報告番号 乙12030
学位授与日 1994.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12030号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 教授 佐々木,康人
 東京大学 助教授 貫名,信行
 東京大学 助教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 田上,恵
内容要旨 【目的、対象、方法】

 解離性脳動脈瘤は椎骨脳底動脈系に多く、クモ膜下出血または脳梗塞で発症する。しかしその自然歴については、今までまとまった数の報告例がなく、嚢状動脈瘤に較べて未知の部分が多いため、現段階でも手術時期や治療法が確立されていない。クモ膜下出血発症例における再出血の転帰は悪く、これを予防する目的で、経験的に近位部クリッピング、トラッピング等の治療的親血管閉塞が行なわれている例が多い。

 今回の研究の対象は、1985年より1992年の間に、東京大学脳神経外科関連7施設で治療した,クモ膜下出血発症の、椎骨脳底動脈系解離性動脈瘤43例である。これらについて、特に再出血に関してその頻度、時期、転帰を分析し、治療法とその時期に関して検討した。また過去の文献で,正確に時間経過,予後の記載のある48例を分析した。統計解析は2検定を用い、p<0.05を有意とした。

【結果】<年齢、性差、部位>

 平均年齢53.2±9.67才、男性23例、女性20例であった。解離部位は、脳底動脈1例、両側椎骨動脈4例、右椎骨動脈を起始部とするもの24例、左椎骨動脈を起始部とするもの12例,左後下小脳動脈(PICA)1例、左後交通動脈(PcomA)1例と右側に多かった。またいちばん多い型は、椎骨動脈のPICA分岐部と、椎骨動脈結合部の間に解離部位が存在するものであった。

<治療結果>

 43例中、30例にのべ32回の手術(直達手術31,血管内手術1)が施行され、13例は保存的に治療されていた。手術の内訳は近位部閉塞19(内1例は血管内バルーン使用)。トラッピング 9,ラッピング 2,ブレブクリッピング2であった。

 手術による障害は、主に椎骨動脈、PICA領域の虚血で生じた小脳梗塞による運動失調や、聴神経、低位脳神経の損傷による難聴、嗄声、嚥下困難などであった。トラッピング、近位部クリッビングの合計28例のうち13例に、上述の手術障害を生じたが、5例が一過性で、最終的には8例(28.6%)に障害を残した。しかし手術による障害は日常生活を強く制限するものではなく、8例中6例が社会復帰もしくは家庭内復帰をはたした。手術による死亡は2例(2/32,6.3%)で内訳は、術中破裂(症例6)、術前の状態不良(症例20)によるものであった。

<再出血>

 再出血は非手術群、手術群を含めて全体では43例中30例(69.8%)にみられ、非手術群では13例中10例(76.9%),手術群では30例中20例(66.7%)と高率であった。手術群の中では再出血20例中19例が術前のもので、1例がブレブリッピング後30日の再出血であった。また再出血による予後は悪く、非手術群の死亡例11例のうち再出血によるものが10例(90.9%)を占めた。

 再出血を来した30例中(手術20例、非手術10例)14例が死亡し、その内訳は、術中破裂(症例6)の1例を含めて、再出血が直接の原因となったものが12例、他2例は、脳血管攣縮(症例42)、術後9ヶ月の脳底動脈の血栓症(症例18)であった。一方再出血を来さなかった13例(手術10例、非手術3例)については、このうち1例が重篤な初回出血により死亡したのみで、残りの12例が生存した。この結果、再出血群の死亡率は再出血を来さなかった群に対して有意に死亡率が高かった(p<0.05)。

 初回出血後に較べて、再出血後の症状の悪化は明らかで、半昏睡もしくは昏睡状態に陥ったものが初回出血後の25.6%(11/43)から76.7%(23/30)へと有意に増加した(p<0.001)。

 再出血をおこすまでの時間は、初回出血から24時間以内が56.7%(17/30),1週間以内が80.0%(24/30)であり、最初の1週間に大半が集中していた。また24時間以内に再出血を来した症例のうち、70.6%(12/17)が6時間以内のものであった。1ヶ月を越えて再出血を生じた例も10.0%(3/30)にみられた。入院患者全体については手術例,非手術例も含めて、初回発作より24時間以内に39.5%(17/43)がまた、1週間以内に55.8%(24/43)が再出血を起こしていた。

<手術時期>

 この様に再出血の80%が1週間以内おこるのにもかかわらず、この期間に手術を受けているものが,全手術例のうち、53.5%(16/30)であり、残りが1週間以降に手術を受けていた。また発症1週間以内で手術されていた例に関しても、再出血は高率で術前の再出血率が68.7%(11/16)となっており、手術時期が遅れていたことを反映している。

【考察、結論】

 経験的に片側の椎骨動脈の治療的閉塞が、比較的安全なこと,またこれにより高率に再出血の予防効果が期待されることより、今回の対象の基本的治療方針は、親血管の閉塞もしくは、トラッピングであった。しかし、自然歴に関する情報が少なかったため、手術の時期に関しては、まちまちで、再出血の時期が発症1週間以内に圧倒的に多いのにもかかわらず、手術時期は1週間から1ヶ月の間に多いのが特徴である。この理由として発症急性期に片側の椎骨動脈を閉塞して、脳血管攣縮も含め、脳損傷を悪化させることへの懸念があると思われる。今回の対象群で、7日以内の手術と、8日以降の手術で、罹患率と死亡率の合計を比較してみると、それぞれ31.3%(5/16),21.4%(3/14)で、特に有意差を認めなかった(p=0.64)。またSteinbergらの201例の椎骨脳底動脈の頚部クリッピング不可能な動脈瘤に対する治療的親血管閉塞の分析でも,2週間以内の急性期と、1ヶ月を越える慢性期の、良好な転帰の比率は75%と89%で、急性期に手術を施行する不利益にはならないとしている.また片側の椎骨動脈の閉塞の場合は、椎骨脳底動脈領域の脳幹虚血の頻度は、37例中わずか1例であった。

 再出血による高い死亡率と、手術による障害の比較的軽度なことを考慮すると、少なくとも術前の状態が良好で、片側椎骨動脈に解離の起始部が存在するものは、早期に近位部クリッピングもしくはトラッピングを施行すべきである。

審査要旨

 本研究は、自然歴が明らかでなく、治療法が未だ確立されていない解離性脳動脈瘤に関して、過去最大数の43症例のクモ膜下出血発症例において、特に再出血の頻度、時期、転帰を分析したものである。これに基づいて、最適な治療法とその時期についての検討を試み、下記の結果を得ている。

 1.43例中、30例に対してのべ32回の手術がなされていた。手術の内訳は、親血管の近位部閉塞19(近位部クリッピンク"18例、血管内バルーン1例),解離部のトラッピング9,ラッピンク"2,ブレブクリッピング 2であった。トラッピング,近位部クリッピングの合計28例のうち13例に術後、難聴、運動失調、嗄声、嚥下困難などの障害を生じたが、5例が一過性で8例(28.6%)が継続した。しかしこれらの多くは日常生活に大きな支障を来さず、このうち6例が社会復帰、もしくは家庭内復帰をはたした。30例の手術症例の内死亡は4例で、そのうち手術による死亡は2例(2/32,6.3%)で、内訳は、術中破裂、術前状態不良によるものであった。

 2.43例中、30例に再出血がみられた(手術20例、非手術10例)。初回出血後に較べて、再出血後の症状の悪化は明らかで、半昏睡もしくは昏睡に陥ったものが、初回出血後の25.6%(11/43)から76.7%(23/30)へと有意に増加した。

 3.再出血を来した30例中14例が死亡し、その内術中破裂の1例を含めて、再出血が直接の原因となったものが12例で、他2例は脳血管攣縮、術後9ヶ月の脳底動脈の血栓症であった。一方再出血を来さなかった13例(手術10例、非手術3例)については、このうち1例が重篤な初回出血により死亡したのみで、残りの12例が生存した。この結果、再出血群の死亡率は再出血を来さなかった群に対して有意に死亡率が高かった。

 4.再出血をおこすまでの時間は、初回出血から24時間以内が56.7%(17/30),1週間以内が80.0%(24/30)であり、最初の1週間に大半が集中していた。また24時間以内に再出血を来した症例のうち、70.6%(12/17)が6時間以内のものであった。1ヶ月を越えて再出血を生じた例も10.0%(3/30)にみられた。

 5.再出血の80%が1週間以内におこったのにもかかわらず、この期間に手術を受けていたものが.全手術例のうち53.5%(16/30)で、残りが1週間以降に手術を受けていた。また発症1週間以内で手術を受けていた例に関しても、術前の再出血率が24時間以内の手術で66.7%(6/9),2日から1週間以内の手術でも68.7%(11/16)と高率で、手術時期が遅れていることを反映していた。

 6.椎骨動脈解離性動脈瘤に対する急性期の手術的は、慢性期の手術に比べて手術罹患率や死亡率が有意に高いとはいえなかった。これに対して再出血による死亡率は高く、これを予防する目的で、術前の状態が良好で、片側椎骨動脈に解離の起始部が存在するものは早期に、近位部クリッピングもしくは、トラッピングを施行すべきであると考えられた。

 以上、本論文はクモ膜下出血発症の解離性脳動脈瘤について、その再出血の頻度、時期、転帰の分析に基づき、最適な治療法とその時期についてを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、解離性脳動脈瘤の病態及び治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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