本研究は、神経科学の基礎領域あるいは臨床領域で重要な研究課題のひとつとなっている、脊髄の長時間の虚血に対する耐性や神経軸索再生の態度を明らかにするため、幼若近交系ラットの上半身をマイクロサージャリーを用いた動静脈一対の血管吻合で成熟同種ラットの鼠径部に移植する実験モデルを用いて、長時間の完全虚血が脊髄に及ぼす影響を機能的、組織学的に詳細に観察し、さらに移植された幼若ラットの脊髄の断端に末梢神経を縫合することにより脊髄からの神経軸索の再生を観察したものであり、下記の結果を得ている。 1.生後2週齢および4週齢の幼若なLewis系ラットの上半身を、各々60、90、120分の血流停止時間で同系成熟ラットの鼠径部に移植し、4週後の移植幼若ラット前肢の機能と脊髄の組織学的観察を行った結果、幼若ラットの脊髄は比較的長時間の完全虚血に対しても、機能的、組織学的にある程度の虚血耐性を有することが示された。特に、生後2週齢の幼若ラットでは、60分間の完全虚血に曝されても比較的良好な脊髄機能の温存が認められることが示された。 2.同一週齢の幼若ラット群で比較したところ、60分間の完全虚血では比較的良好な脊髄機能の温存が認められ、90分間の完全虚血でもある程度の脊髄機能の温存が認められたが、完全虚血時間が120分になると脊髄の病理組織学的変化は高度となり神経機能はほぼ廃絶されたことから、同一週齢の幼若ラットでは虚血時間の長さに比例した脊髄機能の低下と、病理組織学的変化が生じることが示された。 3.同一虚血時間に曝された生後2週齢と生後4週齢の幼若ラットの脊髄の機能的、組織学的変化を比較した結果、生後2週齢のものより生後4週齢の幼若ラットのほうが機能低下、病理組織学的変化が大きかったことから、ラットの脊髄においては、同一の虚血時間ではより幼若である方が虚血耐性が高いことが示された。 4.生後2週齢のLewis系ラットの上半身を60分の虚血時間で同系成熟ラットの鼠径部に移植し、脊髄断端に他の同系成熟ラットより採取した坐骨神経を縫合し、その中の神経軸索を経時的に観察したところ、坐骨神経のみを成熟ラットの鼠径部に移植した対照群では経時的に観察しても神経軸索が認められなかったが、幼若ラットの脊髄の断端に坐骨神経を移植した実験群では小径ではあるが多数の神経軸索が認められることが示された。 5.幼若ラットの脊髄の断端に移植した坐骨神経中に認められた有髄軸索の密度と径が経時的に増大していたこと、また脊髄との縫合側の方が末梢側より有髄軸索密度と径が大きかったことから、移植坐骨神経中に認められた有髄軸索は幼若ラットの脊髄から再生、伸展してきたものであることが示された。したがって、幼若ラットの脊髄は完全に横断されてもその断端からの軸索再生能を有し、さらに60分間という比較的長時間の虚血に暴露されてもその能力を有することが示された。 以上、本論文は近交系幼若ラットの上半身をマイクロサージャリーを用いて同系の別の個体に移植するという実験モデルにより、幼若ラットの脊髄がかなり長時間にわたる完全虚血に対してもある程度の耐性能を有することを明らかにし、さらに虚血に暴露された幼若ラットの脊髄が軸索再生能をも有することも明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、脊髄の完全虚血に対する耐性や神経軸索再生能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |