はじめに Acromegalyは、下垂体腺腫による成長ホルモンの過剰分泌が、結合組織、骨組織に働き、四肢末端の肥大、特異な顔貌、高血圧、糖尿病等の症状をもたらす疾患である。 歯科、口腔外科、特に矯正歯科に、咬合機能不全や、顎顔面の変形を訴えて来院した患者に対して、矯正歯科治療のみまたは、外科的矯正治療を行っているが、臨床症状、頭部X線規格写真分析、内分泌検査から、acromegalyと診断される症例が少なくない。 しかしacromegalyの顔面骨格形態について多数例をもとに計測し分析を行った研究は少ない。 本研究では、acromegalyの顎顔面頭蓋の形態と咬合状態を正しく評価する解剖学的計測を頭部X腺規格写真、歯列模型及び臨床所見をもとに検討した。 従来、頭部X線規格写真による計測には、基準点として、トルコ鞍の中心点を用いている研究が多いが、acromegalyは下垂体腺腫で、トルコ鞍が破壊される疾患であるため、その中心点を定めて計測することは、難しく、不適当であると考え、疾患による影響の少ない眼窩下縁の最下方点(orbitale)、を基準点とし、角度及び線(距離)分析を行った。また、成長ホルモンの分泌量、初発症状、初発年齢、罹病期間と顎顔面骨格形態についても検討した。 対象と研究方法 Acromegalyと診断された21〜67歳(平均47.9歳)の患者24名(男性14名、女性10名)と対照群として内分泌的疾患をもたない健康な成人45名(男性23名、女性22名)を対象として頭部X線規格写真による計測を行った。 研究資料として、臨床所見(症候・徴候、初発年齢、罹病期間、下垂体腺腫の大きさ、血清成長ホルモン値)、頭部X線規格写真、パントモグラフィー、歯列模型を用いた。 頭部X線規格写真の分析は、眼窩下縁の最下方点(orbitale)、及び眼耳平面(Frankfort horizontal plane)を基準として、上下顎と前歯部の前後的位置、突出度、前歯の傾斜等について角度分析、線(距離)分析により検討した。また、前頭部の突出度、前頭洞の拡大についても検討した。これらの計測項目については、男女別に分けて平均値を算出し、acromegalyと対照群間の有意差につきt検定を行なった。 また、顎顔面形態の変形様相を把握するため、orbitaleを原点としてXY軸を設けて、顔面パターンを図示し、対照群と比較した。 咬合についての分析は、口腔内診査、X線所見、歯列模型を参考に、前歯部の咬合を5種類(正常咬合、上顎前突、切端咬合、反対咬合、その他)に分類した。 臨床所見、X線学的分析、咬合分析より、患者の自覚症状初発時期からacromegalyと診断をうけて治療が始まるまでの罹病期間、血清成長ホルモン値と顎顔面形態との関係についても検討を行った。 結果1.臨床所見 Acromegaly患者の血清成長ホルモン(GH)値は3.0〜287.0ng/mlに分布しており、平均58.6ng/mlであった。初発症状出現年齢は、17〜58歳で30歳から50歳にかけてが多く、全体の63%を占めていた。自覚症状で顔貌の変化を主訴とした者は7名、手足の肥大7名、顔と手足の変化を共に訴えた者が6名で24名中20名がacromegalyに特徴的な末端肥大の変化に気付いていた。しかし、初発症候に気付いてから、診断治療のため来院する迄の期間は長く、3年以上が16名(2/3)、10年以上が4名であった。 前歯部咬合状態は、切端咬合9名、反対咬合8名、上顎前突4名、正常咬合1名、その他2名(前歯部に咬耗があり、義歯を使用している者、歯牙捻転により分類不可能な者)に分類された。 2.X線所見 男女別に分類し、各々の計測値の平均値、標準偏差値を算出し、正常成人の値と比較して、有意差検定を行った。男性では、Gonial angle(下顎角)、Na-Ans(前上顔面高)、Ans-U1(上顎前部の高さ)、Ar・U1L1(前歯部突出度)、L1-Me(下顎前部の高さ)、の値においてacromegalyと対照成人群との間に有意差が認められた。一方、女性のacromegaly患者において、Convexity(上顎突出度)、Ptm-A(上顎骨長)、Ar-Go(下顎枝長)、Go’-U1L1(前歯部突出度)に有意差が認められた。男性女性双方のacromegaly患者において、Na-Me(前顔面高)、B-Me(下顎歯槽骨長)、Ar-Pog(下顎骨長)、Glabella(前頭部突出度)、A-B plane angle(A-B平面角)において有意差が認められた。A-B plane angle(上下顎の相対的位置関係)において男性のacromegalyでは、統計学的に大きな値を示したが、女性ではacromegalyが対照詳に比べ、小さくなっていた。Go-Pog’(下顎骨体長)においては、有意な変化は認められなかった。 顔面パターンを比較したところ、acromegalyは対照群より下顎枝が長く、下顎が下方に位置しており、上下顎前歯は唇側に傾斜している傾向を示した。又、女性のacromegaly患者において、Ans(前鼻棘)、A点(前鼻棘と上顎切歯との間で顎骨上の最陥凹点)は、対照群に比べ前方位にあった。 今回の研究においてacromegaly患者の血清GH値は、3.0〜287.0ng/mlに分布していたが、顎顔面形態は血清GH値の多少にかかわらず、さまざまな形態をとっていた。また、acromegaly患者では、一様に上下顎の大きさは、対照群に比べて有意に大きな値をとっていた。 血清GH値を25ng/ml未満、25ng/ml以上100ng/ml未満、100ng/ml以上に分け、顎顔面形態を平均値で分析した結果、Gonial angle、Ba-A、Ptm-A、Glabella、Frontal sinusは、GH値の増加に伴い増加傾向が認められた。 罹病期間と顎顔面骨格形態については、5年以上経過していた者において、下顎下方延長型(5症例)、下顎水平突出型(5症例)、下顎の水平突出及び下方延長型(3症例)に分類された。 初発年齢を20〜40歳、41〜60歳の2群に分け有意差検定(Man-Whitney U-test)を行ったところ、下顎の大きさを示す、Ar-Pog(下顎骨長)、Ar-Go(下顎枝長)、Go-Pog’(下顎骨体長)とBa-Pog(下顎の位置),Na-Men(前顔面高)において初発時期が若い方が有意に大きな値をとっていた。 考察 Acromegalyは下垂体腺腫によりトルコ鞍が著しく変形する疾患であるため、今回の頭部X線規格写真の分析は従来用いられている、トルコ鞍の中心部に基準点を置く分析法を用いず、成長ホルモンの過剰分泌による影響の少ない眼窩下縁の最下方点(orbitale)を基準点として比較検討を行った。 Acromegalyの顎顔面形態について頭部X線規格写真を用いて性別に分けて分析した結果、男性患者では下顎前突傾向が多く、従来からのacromegalyの特異な顔貌の特徴として報告されてきた、下顎前突、反対咬合に合致していたが、女性患者においては、上下顎双方の前突傾向が顕著にみとめられた。Acromegalyは従来からの報告では下顎の過成長だけが強調されていたが、上顎にも大きな影響が及んでいることが明らかにされた。又、24例中9例が切端咬合を呈し、8例が反対咬合、4例が上顎前突、1例が正常咬合という前歯部咬合関係を示し、acromegalyの咬合は様々な形態をとることが判明した。 血清GH値と顎顔面形態についてはGH値測定時期と罹病期間が一定しないため確実な分析は不可能であるが、平均値でみる限りGH値の増加に伴い、下顎骨の開大、上顎の前方突出、前頭部の突出、前頭洞の拡大傾向が顕著であった。 罹病期間と顎顔面形態について、acromegalyが潜在的に進行するため発見も遅く、発病時期を正確に推定することは難しいが、相関性はなく、罹病期間が5年以上の長期にわたる症例において、下顎変形の特定な方向性は認められなかった。 若年期にacromegalyが発症するほど顎顔面骨格への影響があり、特に前顔面部が長く、下顎の変形が強い傾向が認められた。 臨床所見、歯列模型、頭部X線規格写真を分析し計測値で示した本研究の結果はacromegalyによる咬合機能不全、骨変形による審美的な問題に対する歯科・口腔外科、特に外科矯正治療の指標として重要な基礎資料を提供するものと考えられる。 |