学位論文要旨



No 212036
著者(漢字) 佐藤,照男
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,テルオ
標題(和) 干拓地土壌における間隙構造の発達と物理性の改善に関する研究
標題(洋)
報告番号 212036
報告番号 乙12036
学位授与日 1994.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12036号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田渕,俊雄
 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 助教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨

 八郎潟干拓地は、農地面積約12,000haのうち、約80%が"ヘドロ"と呼ばれる低湿重粘土で占められている。干拓地ヘドロが農地土壌へ改善される過程で通気・通水・保水の物理的機能をもつためには、マトリックス(土壌基質)の本質的な構造変化が重要であり、このためには乾燥亀裂に加えて、粗孔隙の果たす役割が大きいものと考える。しかしながら、干拓地土壌について、乾燥亀裂に囲まれた収縮土柱内の根成粗孔隙について、その3次元的分布形態をとらえた事例報告は極めて少ない。また、干拓地土層の土壌化過程における粗孔隙の発達状況とそれが土壌改善に果たす役割についても不明な点が多い。

 したがって、本研究では、干拓地土壌における土地利用形態別、層位別の粗孔隙の3次元的連続分布と発達状況について、X線立体投影像を中心にその形態的、構造的特徴を明らかにし、粗孔隙像の実態や特徴と対比しつつ測定された透水係数やpF水分曲線などとの関係から水移動に関する基礎的知見を得る。また、干拓地土層における粗孔隙の発達とその意義について考究することを第1の目的とした。また、第1の目的の成果として、八郎潟干拓地の低湿重粘土水田においては、水稲の根が腐朽して形成される根成孔隙の立体網構造の顕著な発達が確認された。そこで、乾燥亀裂に囲まれた収縮土柱内の限界間隙と透水間隙の3次元的形態をX線立体投影像としてとらえ、飽和透水係数との対比により根成孔隙が土中の重要な"水みち"として機能することを明らかにすることを第2の目的とした。さらに、第1、第2の目的の成果をふまえ、八郎潟干拓地のような排水性不良の低湿重粘土水田における、水稲の不耕起栽培の導入による根成孔隙の発達がもたらす土地改良効果の有効性を実証し、不耕起水田土層の土壌孔隙構造、酸化還元電位(Eh)、降下浸透水中の鉄、マンガンの濃度など土壌の理化学的特性と水稲の根の生態的特性および収量などの関係を圃場実験で検証し、水田不耕起栽培への科学的根拠を与えることを第3の目的とした。

 以上の目的の究明を本論文では、以下の7章構成で行った。

 第I章では、研究の背景、研究の目的と既往の研究成果について述べた。特に八郎潟干拓地土壌における土地利用形態別、層位別の粗孔隙の3次元的連続分布と発達状況の解明の必要性について詳細に述べた。また、低湿重粘土水田における限界間隙と透水間隙の3次元的形態の把握と、飽和透水係数との関係解明の必要性について述べた。さらに、八郎潟干拓地のような排水性不良の低湿重粘土水田においては、水稲の不耕起栽培の導入による根成孔隙の発達がもたらす土地改良効果が顕著であり、その実証の必要性について述べた。

 第II章では、八郎潟干拓地低湿重粘土水田の作土から心土に至るまで、粗孔隙の形態的、構造的特徴をX線立体投影像としてとらえた。

 まず、形態的には、水稲の根が腐朽して形成される根成孔隙が、粗孔隙構成の支配的要素であった。その外形は径の広狭や屈曲が比較的少ない3次元的連続性をもった立体管路網構造である。鉛直方向の粗孔隙は太く、水平方向のそれは細いという根成孔隙の特性による異方性は明瞭であり、透水性への影響も大であった。また、透水性を左右するのは粗間隙量でなく粗孔隙の太さや屈曲性といった粗孔隙の形態とその連続性であることをX線立体投影像と実験で明らかにした。

 水稲根が腐朽して形成される根成孔隙は水田土層に濃密に発達し、干拓地土層のマトリックスの構造変化に直接かつ重要な影響を及ぼすであろうこと、また、根成孔隙の形成が干拓地ヘドロの土壌化過程と緊密に連携しているものと考察された。

 第III章では、畑地と草地土壌、およびヨシ放任地の土壌間隙構造を明らかにした。すなわち、土地利用形態別に特徴ある土壌間隙が発達していた。

 畑地では、作物根による粗孔隙の形成に地下水位が直接かつ重要な影響を及ぼすことを指摘した。地下水位が高い圃場では、畑作物の根の伸長、発達が阻害され、生産性の低い原因になっている様子がX線造影像から推察された。つまり、根穴の分布を通じて、根の発達具合までよく分かり、X線立体投影像による土壌診断の可能性を示唆した。

 ヨシ放任地では地下茎から分岐したヨシの根の形態や太さを反映した孔隙径3〜4ミリ程度の直線的な太い根穴が特徴的であり、透水係数も10-3cm/secオーダと大きく、透水性への影響が大であった。

 草地土壌では、土壌の物理的構造がイネ科牧草根により形成された根成孔隙によって発達していく過程についてX線造影像を中心に論述した。これより、低湿重粘土農地土壌の改善を作物根に期待する新しい農法追究の必要性を示唆した。

 以上のように、第II章、第III章においては、土地利用ごとの根成孔隙の形成・発達を明らかにした。このことより干拓地土層に濃密に発達した根成孔隙は、形態的には団粒構造の間隙とは全く異なる構造でありながら、透過、貯留機能に関して団粒構造と同様な機能をもつ可能性があるものと推察された。

 第IV章では、低湿重粘土水田の乾燥亀裂に囲まれた収縮土柱内の限界間隙と透水間隙の形態をX線立体投影像としてとらえた。限界間隙の形態は水稲の1次根が腐食分解して形成された比較的太い根成孔隙であった。しかも限界間隙1本でその試料土の飽和透水係数の約14〜45%を流していることがわかった。また、透水間隙の形態は水稲の根が腐朽して形成された根成孔隙が支配的要素であった。しかも透水性に関与する間隙は根成孔隙の中でも浸透抵抗の少ない限られた根穴であり、特に1次根が腐食分解した後に残った鉛直方向や斜め方向に走る太い円管状の孔隙が、土中の重要な"水みち"として機能することを明らかにした。また、根穴立体網には微細直径孔隙も多数組み込まれており、それらが保水孔隙としての役割を有する可能性があることを示唆した。

 第V章では、八郎潟干拓地のような排水性不良の低湿重粘土水田においては、水稲の不耕起栽培を導入することにより、根成孔隙が発達し、それが透水性の増大、地下水位の低下と圃場排水の改善、地耐力の向上などの土地改良効果を高めることを実証した。また、不耕起栽培を継続することにより、僅かながら年々酸化層厚が増加し、グライ層の出現位置が低下することで、乾田化を期待できることも明らかにした。この乾田化の進行は、水稲後作の麦、大豆などの畑作導入、さらに田畑輪換圃場化にも有利な土壌条件になりうる。このように水稲の根の活力を利用した土壌改良など、不耕起栽培は低湿重粘土水田の物理性の改善に有効な土壌管理技術であることを指摘した。さらに、根成孔隙と吸水渠を上手に連絡する施工法を考えれば、暗渠の排水機能の向上とその効果の長期化を図ることが可能であることを示唆した。

 不耕起田は慣行栽培の耕起・代かき田に比べて栽培期間中を通じて酸化還元電位(Eh)が高い値で経過することが確認された。不耕起田では、根穴の発達した土層はこれを通じての酸素の供給が活発で酸化状態が維持されやすく、水稲の根は生育後半まで健全で高い活力をもつので、水稲は秋まさり的生育が特長で、収量も比較的安定していることがわかった。

 第VI章では、岡山市水門町にあって、22年間の長期にわたり連続して水稲の不耕起直播栽培が行われている水田の土壌間隙構造の特徴を明らかにした。不耕起直播水田の地表面下約1cmの作土表層は、藻類、水稲根、根株などの腐食分解過程で形成される腐植が集積し、暗緑灰ないし緑黒色の軟らかくじゅうたんのような弾力性に富む耕土であった。作土層は全般に腐植に富み、膨軟で土壌硬度も小さい。間隙構造は水稲根が腐朽してできる根成孔隙と、2次根以下の分枝根の先端部や腐植の集積部などに形成される海綿状の間隙が混在し、スポンジに類似した間隙構造が形成されているものと推察された。

 作土から心土に至るまで、不耕起直播水田は耕起移植水田に比べて根成孔隙の濃密な発達が認められた。作土層にみられる発達した土壌構造は長期にわたる不耕起直播栽培を安定的に行える重要な要素の一つと考えられた。

 以上の通り本研究では、干拓地土壌における粗孔隙の発達とその意義について考究した。本研究の成果は、八郎潟干拓地における今後の土壌管理や圃場管理、そして暗渠排水など、土地改良技術の適正化のために役立つものと期待される。また、水田不耕起栽培への解明に、土壌物理学および農地工学的視点から科学的根拠を与えることができた。

 わが国の水田農業の改革にあたって、全国一律に行われた農法を見直し、地域、土壌、気象特性に対応した新農法の創出が重要である。この状況下において不耕起栽培は一つの基軸となる可能性を有していることを本研究において明らかにしたが、さらなる科学的裏付けと技術の体系化が急務である。

審査要旨

 本研究では、干拓地土壌における土地利用形態別、層位別の粗孔隙の3次元的連続分布と発達状況について、X線立体投影像を中心にその形態的、構造的特徴を明らかにし、八郎潟干拓地のような排水性不良の低湿重粘土水田の改良をはかることを目的とした。

 論文は7章から成り、以下のようなものである。

 第1章では、研究の背景、研究の目的と既往の研究成果について述べた。特に八郎潟干拓地土壌における土地利用形態別、層位別の粗孔隙の3次元的連続分布と発達状況の解明の必要性について詳細に述べた。

 第2章では、八郎潟干拓地低湿重粘土水田の作土から心土に至るまで、粗孔隙の形態的、構造的特徴をX線立体投影像としてとらえた。まず、形態的には、水稲の根が腐朽して形成される根成孔隙が、粗孔隙構成の支配的要素であった。その外形は径の広狭や屈曲が比較的少ない3次元的連続性をもった立体管路網構造である。鉛直方向の粗孔隙は太く、水平方向のそれは細いという根成孔隙の特性による異方性は明瞭であり、透水性への影響も大であった。また、透水性を左右するのは粗間隙量でなく粗孔隙の太さや屈曲性といった粗孔隙の形態とその連続性であることをX線立体投影像と実験で明らかにした。

 第3章では、畑地と草地土壌、およびヨシ生育地の土壌間隙構造を明らかにした。畑地では、作物根による粗孔隙の形成に地下水位が直接かつ重要な影響を及ぼすことを指摘した。地下水位が高い圃場では、畑作物の根の伸長、発達が阻害され、生産性の低い原因になっている様子がX線投影像から推察された。ヨシ生育地では地下茎から分岐したヨシの根の形態や太さを反映した孔隙径3〜4ミリ程度の直線的な太い根穴が特徴的であり、透水係数も10-3cm/secオーダと大きく、透水性への影響が大であった。草地土壌では、土壌の物理的構造がイネ科牧草根により形成された根成孔隙によって発達していく過程についてX線投影像を中心に論述した。

 第4章では、低湿重粘土水田の乾燥亀裂に囲まれた収縮土柱内の限界間隙と透水間隙の形態をX線立体投影像としてとらえた。限界間隙の形態は水稲の1次根が腐食分解して形成された比較的太い根成孔隙であった。しかも限界間隙1本がその試料土の飽和透水係数の約14〜45%に対応していることがわかった。また、根穴立体網には微細直径孔隙も多数組み込まれており、それらが保水孔隙としての役割を有する可能性があることも示唆した。

 第5章では、八郎潟干拓地のような排水性不良の低湿重粘土水田においては、水稲の不耕起栽培を導入することにより、根成孔隙が耕起やシロカキにより破壊されずに残り、それが透水性の増大、地下水位の低下と圃場排水の改善、地耐力の向上などの土地改良効果を高めることを実証した。また、不耕起栽培を継続することにより、僅かながら年々酸化層厚が増加し、グライ層の出現位置が低下することで、乾田化を期待できることも明らかにした。さらに、根成孔隙と吸水渠を上手に連絡する施工法を考えれば、暗渠の排水機能の向上とその効果の長期化を図ることが可能であることを示した。

 第6章では、岡山市水門町にあって、22年間の長期にわたり連続して水稲の不耕起直播栽培が行われている水田の土壌間隙構造の特徴を明らかにした。作土から心土に至るまで、不耕起直播水田は耕起移植水田に比べて根成孔隙の濃密な発違が認められた。作土層にみられる発達した土壌構造は長期にわたる不耕起直播栽培を安定的に行える重要な要素の一つと考えられた。

 以上を要するに、本論文は、干拓地土壌における粗孔隙の構造をX線立体投影像で詳細に調べ、その生因と発達及びその水移動特に排水における役割の重要性を明らかにした。その成果は、重粘土水田の土壌管理や圃場管理、そして暗渠排水などの圃場整備技術の向上に大きく貢献した。よって審査員一同は、本論文は博士(農学)の学位を与える価値があるものと認めた。

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