学位論文要旨



No 212037
著者(漢字) 藤澤,秀夫
著者(英字)
著者(カナ) フジサワ,ヒデオ
標題(和) 森林計画制度と林業に関する研究
標題(洋)
報告番号 212037
報告番号 乙12037
学位授与日 1994.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12037号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 南雲,秀次郎
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 太田,猛彦
 東京大学 教授 荏開津,典生
 東京大学 助教授 永田,信
内容要旨

 森林計画制度は森林の所有制のもとで、その所有権に内在する社会性を重要視して、公共の福祉に反しないよう森林の施業や利用を管理するための計画とそれに関わる規制及び助成、その他許可、認可、届出等の施策全般を総称したものである。即ち森林資源政策の基礎をなすものであって森林法がその根拠法となっている。

 その計画樹立の基本的原則は、「森林の保続培養と森林生産力の増進を図る」ことである(森林法第1条)。この基本原則に沿って、従来の森林資源の造成は、拡大造林を主体とする人工林の造成を進めてきた。その結果人工林の面積が約1,000万haに及んだ今日、森林としての基盤造成はおおむね完了しており、これからは、その森林を持続的に回転させながら木材生産は勿論自然環境も含めたトータルとしての生産力の増進を図る段階に入っている。

 その森林を回転させるためには、林業の持続的発展に期待しなければならないが、林業は一般産業と同様に市場経済のメカニズムに従って展開するものであり、公共的視点から林業に介入するにしても自ら限界を有することは云うまでもない。又従来(平成3年森林法改正以前)の森林計画及び制度は森林に対するものであって林業に対するものにはなっていない。

 しかし近年のように山村の過疎化に伴う林業従事者の減少及び高齢化、木材市場の低迷及び林業の収益性の低下、森林所有者の林業離れ現象等のもとで、無計画な長伐期化傾向が高まりつつあることに象徴されるように、森林が放置化されつつあり、いわゆる林業の衰退→森林の荒廃化の悪循環が危惧されつつある。

 一方森林に対する公共財としての要請は総理府の「森林と生活に関する世論調査」にもみられるように非常に高い水準にあり、今後とも森林計画制度の重要性は益々増大するものと考えられる。

 以上にみた森林、林業問題を同時並行的に解決するための森林計画の在り方を模索するため、森林計画制度と林業の関係に視点を当てて研究することにした。その構成は以下のとおりである。

1.森林計画制度の根拠と本質

 森林が法制度のもとで管理されなければならない根拠は何であろうか、つまり森林計画制度が何故必要であるか、その根拠を先ず検討することにした。

 それは、森林の多面的機能が公益的性格を有するものと社会的に認識されているもとで、その森林の管理を全て自由経済体制の中で私的経営に委した場合、森林に期待する公共財を担保することが必ずしも十分でないことにある。即ち(ア)公共的厚生と私的経営(林業)の収益概念が整合しにくいこと、(イ)森林資源は技術的にみてストック的性格を有するために異時的厚生を図るよう森林利用を図ることが特に重要であること、また(ウ)森林から得られる公共財に対する社会的期待は経済社会の発展とともに変化するものであるが、森林所有者が自らその期待を把握する社会的システムが存在していないことに鑑み、何らかの制度的手続きを必要とすること等について検討を行い、森林計画制度の必要性を根拠づけた。

 しかし森林に期待する公共財を確保するために森林計画制度の外にも環境庁、建設省、国土庁等によって政策が講ぜられている。そこで、森林計画制度がこれらの制度と異なる点に着目して政策的独自性を明らかにした。つまりその独自性こそ森林計画制度の本質である。それを結論的に整理すると、森林計画制度は林業経営を基礎にしてその外部経済として森林の多面的機能を確保する点にある。

2.森林計画制度の概要

 本研究課題に迫るためには現行の計画制度を十分に理解しておく必要があることは云うまでもないことであり、此処では特に現行制度が森林所有者或いは林業経営者に対する誘導計画の性格を有することに鑑み次の4点を重視して整理した。

 その第1点は計画の樹立主体とその体系、第2点は計画事項、特に目標計画と達成手段計画の関係、第3点は森林計画の実践性を高めるための誘導的支援制度の概要、第4点は計画に対する森林所有者の遵守義務についてである。

3.森林資源政策及び林業政策と森林計画制度の関係

 森林資源政策は森林から得られる諸々の機能が人間の社会生活を維持向上させるために必要であると云う、いわゆる資源目的を達成するための政策であるが、林業政策は林業の発展とその従事者の地位の向上を目的とする政策であり、政策目的は明らかに異なっている。

 しかし、両者とも森林を生産基盤とする点において共通しているために、相互に補完関係を有するものであることは云うまでもない。そこで経済社会の発展とともに両者の関係がどのように推移しながら今日に至っているか、又その推移に関連して森林計画制度はどのように変化してきているか、そしてその推移を踏まえて当面する森林・林業情勢に対処して森林計面制度は両政策とどのような関わりをもつことが望ましいことかについて検討した。

4.流域における森林の適正配置と林業の活性化

 森林・林業問題を関連的に解決するため、平成3年森林法が改正され、新たに森林計画制度の一環に林業分野を包摂することになった。しかし、前述した森林資源政策と林業政策の本質的相違を念頭においた場合、これからの森林計画は林業と公共性の関係を明確にして進めることが必要であると考える。そこで本課題を設け次の手順に従って手法としての検討を行った。

 その視点の一つは、各流域毎に森林の立地条件及び森林の状態並びに森林に対する社会的ニーズはそれぞれ異なるものであることに留意し、森林の機能別にその需要及び供給的要因を調査し、流域特性を把握することである。

 二つは、流域特性に対応した森林整備を図ることである。即ち流域別の機能的重要性が明らかになるので、その重要性に対応する「森林の整備目標」を示すこと(森林の適正配置)である。

 三つは、前述の森林の適正配置構想に則して林業経営を政策的に誘導することになるが、その結果、林業によって達成される森林の機能的限界を明らかにし、なお足らざる部分を機能的重要性を基礎に関係する公共事業を投入すると云う政策投入の手順を明らかにすることである。

5.林業の地域形成

 近年の林業を巡る厳しい条件をどのような手法によって分析するか、特に森林計画としてのアプローチが求められる。

 林業の振興、或いは活性化を図るためには造林及び育林事業、素材生産、素材の流通、製材等製品加工及び製品流通等関連する分野の均衡的発展が必要である。つまり地域的林業の発展が期待されている。そのことは森林法の目的である「森林の保続培養と森林の生産力の増進とを図る」ための経済的単位として地域林業をとらえることが出来る。

 そこで林業地域の見方として、一つは木材の流通を重要視し、素材生産から製材加工までの各段階が地域内にどの程度整備されているかの観点から(i)地域完結型、(ii)素材市場完結型、(ii)素材流出型、(iv)素材流出入型、(v)素材流入型、(vi)相対取引型に区分し森林計画区に含まれる林業地域が何れのパターンに属するかをみることである。

 二つは、木材資源の成熟性に伴う潜在的生産力と現実の生産力(何れも森林面積1ha当たり伐採量)の関係をみることである。

 三つは、上記二つの条件を踏まえて素材の流通規模、素材生産事業体の平均規模、販売林家数割合、販売方法、製材事業体の規模、労働力対策、施業的特色等各要因の現状をもとにそれぞれについてカテゴリー区分を行い、それらを総合化して、対象とする地域を比較論的に認識することが出来るように、又前述の各要因に関するカテゴリー区分に従って林業関係施策の投入が図られるようにすることである。

 全国87林業地域を対象として、それぞれの地域形成要因を分析した結果によると、生産力と最も顕著な関係をもつ要因は販売方法に現れており、素材販売を行っている地域は立木販売、立木及び素材販売の併存地域に比し販売林家数が多い→素材生産事業体の平均規模が大きい→製材事業体の平均規模が大きい→生産力が高いと云う一連の発展的関連が表れている。そしてこの傾向が強く表れているのは主として地域完結型、素材完結型、素材流入型に属する地域であって何れも地域内で林業資本が循環する流通パターンである。

 以上が本論文の構成骨子であるが、林業が衰退しつつある情勢のもとで、「森林の保続培養と森林生産力の増進」を期待することが困難になるに従って、林業の活性化に関わる事項が森林計画制度の中で益々重要性を増すことになるであろう。

審査要旨

 戦後わが国は森林計画制度の下で森林の保続培養と森林生産力の向上に努め,森林の基盤造成はおおむね終了した。いまや,森林の持続的利用をはかりながら木材生産はもとより各種森林の公益的機能を含めたトータルな森林生産力の増進をはかる段階に来ている。しかし近年,山村の過疎化,木材価格の低迷などにより林業の衰退が続き森林の荒廃が危惧されている。以上のような認識の下で,本論文は森林・林業問題を同時並行的に解決しようとすることが唯一の道だとする考えで森林計画のあり方を森林計画制度と林業の関係に視点をあてて研究したものである。本論文は序章と4章から構成されている。

1.森林計画制度の根拠と本質

 著者はまず,何故森林が法制度の下で管理されなければならないかを考え,森林の多面的機能が公益的性格を有するという社会的認識の下でその管理を私的経営体に全面的に委ねた場合,公共財としての機能を損なう恐れのある点にその根拠を求めた。その上で森林計画制度の役割は林業経営を基礎にして森林の多面的機能の発揮を確保する点にあると結論している。そしてつづく次の第1章では森林計画制度の概要をまとめその特質を分析している。

2.森林資源政策,林業政策と森林計画制度

 国民の社会的福祉の維持向上をはかるための資源造成をめざす森林資源政策と林業振興をめざす林業政策はその目的は異なるが不可分の関係にある。著者は,この二種の政策がわが国の社会経済の発展とともにどう推移してきたかその過程を辿り,これに応じて森林計画制度がどのように変化してきたかを分析している。著者はまずこの二種の政策を必要とする理論的根拠を需給モデルによってパターン化して示した。これに基づいて今日までの政策展開と森林計画制度とのかかわりを分析した。著者は現在,林業の衰退で森林の公共的使命が果たされにくくなってきており,現代は森林・林業問題の「同時相互関連的併存」の段階であると結論している。

3.流域における森林の適正配置と林業の活性化

 森林計画は林業と公益性との関係を明確にして進めるべきだと著者は考えている。その視点は,まず流域ごとに森林の機能別需要および供給要因を調査し,総合的に流域特性を把握することである。この流域特性に対応して森林の適正配置(整備目標)を定めることが手順として必要である。ここで森林の適正配置とは,流域内の個所別森林に期待される機能を割り当てることである。著者は流域特性要因の総合評価を行う方法を提示し,流域特性に対応した森林の適正配置を決定する手続きを示している。森林の適正配置(整備目標)が決定されるとその達成のため行政的誘導が必要となる。この誘導には林業の活性化が必要である。このためには林業の地域形成が必要である。また流域内の上流下流の協力態勢の確立が必要となる。林業の活性化が進むと森林整備は進むが,なお足らない部分は整備すべき箇所の重要性に基づいて公共事業の実施が必要だと著者は述べている。

3.林業の地域形成

 林業の地域形成とは,木材の集散機能を果たす施設群を軸として周辺地域の森林から木材が安定的に供給され,商品化されてゆくシステムを総括した実態概念である。これが進めば地域内で林業資本が循環し,効率よく森林の活性化が進むと著者は述べている。著者は林業地域を三つの視点から分析する。まず素材の生産から加工までの整備状況から6種のパターンを類型化し,林業地域が何れのパターンに属するかをみる。第2に,現実生産力,潜在的生産力,潜在的生産力条件指数に基づき地域の実態を分析する。第3に,上の条件を踏まえ素材の流通規模,生産事業体の平均規模,販売林家数割合,販売方法,製材事業体の規模,労働力の対策,森林施業の特色等の実態に基づきカテゴリー区分を行い,それらを総合化して対象とする地域を比較論的に認識する。

 著者は,地域形成の進んでいる全国87の林業地域を選び上記地域形成要因を分析した。その結果,生産力と強い関係をもつ要因は販売方法で,素材販売を行っている地域は立木販売,立木素材販売の併存地域に比較して販売林家数が多く,素材生産事業体の平均規模も大きい。また製材事業体の平均規模も大きく,地域の生産力も高いという一連の発展的関連が現れている。この傾向が強く表われているのは上記類型化のうち,地域完結型,素材完結型,素材流入型に属する地域で,何れも地域内で林業資本が循環する流通パターンを示していると結論している。

 以上要するに,本論文は森林・林業問題が併存する今日的課題に対して,森林計画制度の下でその解決のためにどのように対処すべきかを理論的,実践的に研究したものであって,その成果は学術上,応用上森林計画の発展に貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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