学位論文要旨



No 212038
著者(漢字) 小林,栄治
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,エイジ
標題(和) 高多型反復DNA配列を用いたラット染色体の連鎖解析
標題(洋)
報告番号 212038
報告番号 乙12038
学位授与日 1994.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12038号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 河本,馨
 東京大学 教授 舘,鄰
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 助教授 塩田,邦郎
内容要旨

 実験動物は、医学、農学、生物学等の基礎研究分野で重要な役割を果たす実験材料であり、その生物学的特性を明らかにすることは広く研究の進展に貢献する。本研究の目的は、主要な実験動物であるラットの遺伝学的解析を進めることにある。ラットでは、遺伝学的研究のうち、特に各種遺伝子の連鎖に関する研究が遅れた状態にある。そこで、本研究では連鎖解析の基盤となる新たな遺伝標識を開発し、染色体上の連鎖地図の作成を行った。さらに、疾患モデルラットにおける病因解析への応用として、連鎖解析による疾患原因遺伝子の染色体マッピングを試みた。

 まず最初に、反復DNA配列をPCR法を用いて検出することにより、新たな遺伝標識を開発した。哺乳類のゲノム中にはミニサテライトおよびマイクロサテライトDNAと呼ばれる数塩基対から数十塩基対よりなる反復配列が広く散在していることが知られており、ヒトおよびマウスでは既に有用な遺伝標識として確立されている。本研究ではまず、ラットにおける2つのミニサテライトDNA領域についてPCR法を用いて検出し、系統間で多型性があることを確認した。次に、2塩基対を反復単位とするマイクロサテライトDNA領域についてDNAデータベースを検索したところ、ラットでもヒトおよびマウス同様に多数存在することが明らかになった。そこで、このうち40遺伝子についてPCR法を用いて多型性の検出を試みたところ、34遺伝子において多型性を検出した。これらの遺伝子の多型性は単純な単一遺伝子座における共優性型の遺伝様式をとり、また30世代以上独立して維持・継代された系統でもその多型性に変化はなかった。したがって、高多型で検出も容易なこのような反復配列は、ラットにおいても連鎖解析のために存用な遺伝標識となることが期待された。

 次に、各種遺伝標識を用いてラット染色体上の詳細な連鎖地図を作成した。本研究で確立した遺伝標識に加えて、毛色遺伝子座、生化学的遺伝子座及びRFLP遺伝子座等、計67遺伝子座について、2組の交配実験系を用いて連鎖試験を行った結果、10個の染色体上の連鎖地図が作成され、それぞれが特定のラット染色体に当てはめられた。また、既に報告されている4RFLPおよび4生化学的遺伝子座を含め、計18の遺伝子座の染色体上の位置を新たに明らかにした。その結果、ヒト、マウスおよびラットの間の染色体地図の比較が可能となり、いくつかの染色体部位で遺伝子座の構成が保存されていることが明らかになった。特にラット第1,3,5,8,9および10染色体は、それぞれマウスの第7,2,4,9,1および11染色体に広い範囲で遺伝子座の構成が保存されていることが明らかになった。

 最後に、作成した連鎖地図を基にして、ラットにおける2つの疾患モデル動物の原因遺伝子、すなわち、雄性仮性半陰陽およびVI型ムコ多糖症の原因遺伝子の染色体マッピングを行った。雄性仮性半陰陽の原因遺伝子は、ラット第7染色体上のエラスターゼ1およびペリフェリン遺伝子座の近くに位置づけられた。現時点では、ラット第7染色体およびそれと対応するヒト第12染色体およびマウス第15染色体上にはこの疾患の候補となる原因遺伝子は明かとなっていないが、今後、より詳しい染色体上の連鎖地図を作成することにより、疾患原因遺伝子の特定が可能となることが期待された。また、VI型ムコ多糖症の疾患原因遺伝子の染色体上の位置を明らかにしたところ、第2染色体上に位置づけられた。本疾患は、これまでの生化学的および病理学的病因解析から、アリルサルファターゼB酵素活性の著しい低下に起因していることが明かにされている。本研究で明らかにした原因遺伝子の染色体上の位置は、ヒトおよびマウスとの染色体の相同性から、ヒトおよびマウスのアリルサルファターゼB遺伝子の位置に相当している。したがって、本疾患の原因遺伝子がアリルサルファターゼB酵素遺伝子の変異であることが強く示唆された。

 本研究の結果、ラットの詳細な染色体上の連鎖地図を基に連鎖解析を行うことにより、各種遺伝子を特定の染色体上に位置付けることが可能となり、多くの疾患モデルラットで原因遺伝子を特定することが可能であることが明らかになった。特に、病態解析から病因の解明ができない疾患については、疾患原因遺伝子の染色体マッピングが有力な解析方法となると思われた。また、ラット染色体上の連鎖地図をヒトを含む他の哺乳類と比較することは、ラットを含む哺乳類のゲノムの構成を明らかにする上で重要な知見を与えるものと期待される。したがって、本研究で作成したラット染色体上の連鎖地図は、実験動物としてのラットの価値を高めるものであると考えられた。

審査要旨

 本研究ではラットを用いて,連鎖解析の基盤となる新たな遺伝標識を開発し,染色体上の連鎖地図の作成を行っている。さらに,疾患モデルラットにおける病因解析への応用として,連鎖解析による疾患原因遺伝子の染色体マッピングも試みている。得られた主な結果は以下の通りである。

 1.ラットにおける2つのミニサテライトDNA領域に対してPCR法を用いて検索し,系統間で多型性があることを確認した。さらに,2塩基対を反復単位とするマイクロサテライトDNA領域についてDNAデータベースを検索したところ,ラットでもヒトおよびマウス同様に多数存在することを明らかにした。このうち40遺伝子についてPCR法を用いて多型性の検出を試みたところ,34遺伝子において多型性を検出した。これらの遺伝子の多型性は単純な単一遺伝子座における共優勢型の遺伝様式をとり,また30世代以上独立して維持・継代された系統でもその多型性の変化はみられなかった。これらのことから,高多型で検出も容易なこのような反復配列は,ラットにおいても連鎖解析のために有用な遺伝標識となることが期待された。

 2.各種遺伝標識を用いてラット染色体上の詳細な連鎖地図を作成した。本研究で確立した遺伝標識に加えて,毛色遺伝子座,生化学的遺伝子座およびRFLP遺伝子座等,計67遺伝子座について,2組の交配実験系を用いて連鎖試験を行った結果,10個の染色体上の連鎖地図が作成され,それぞれが特定のラット染色体に当てはめられた。また,すでに報告されている4RFLPおよび4生化学的遺伝子座を含め,計18の遺伝子座の染色体の位置を明らかにした。その結果,ヒト,マウスおよびラットの間の染色体地図の比較が可能となり,いくつかの染色体部位で遺伝子座の構成が保存されていることが判明した。特にラット第1,3,5,8,9および10染色体は,それぞれマウスの第7,2,4,9,1および11染色体に広い範囲で遺伝子座の構成が保存されていることが明らかになった。

 3.作成した連鎖地図を基にして,ラットにおける2つの疾患モデル動物の原因遺伝子,すなわち,陽性仮性半陰陽およびIV型ムコ多糖症の原因遺伝子の染色体マッピングを行った。陽性仮性半陰陽の原因遺伝子は,ラット第7染色体上のエラスターゼ1およびペリフェリン遺伝子座の近くに位置づけられた。現時点では,ラット第7染色体およびそれと対応するヒト第12染色体およびマウス第15染色体上にはこの疾患の候補となる原因遺伝子は明らかとなっていないが,今後,より詳しい染色体上の連鎖地図を作成することにより,疾患原因遺伝子の特定が可能となることが期待された。また,IV型ムコ多糖症の疾患原因遺伝子は,第2染色体上に位置づけられることが明らかとなった。本疾患は,これまでの生化学的および病理学的病因解析から,アリルサルファターゼB酵素活性の著しい低下に起因していることが明らかにされている。本研究で明らかにした原因遺伝子の染色体上の位置は,ヒトおよびマウスとの染色体上の相同性から,ヒトおよびマウスのアリルサルファターゼB遺伝子の位置に相当している。従って,本疾患の原因遺伝子がアリルサルファターゼB酵素遺伝子の変異であることが強く示唆された。

 以上,本研究はラットの詳細な染色体上の連鎖地図を基に連鎖解析を行うことによって,各種遺伝子を特定の染色体上に位置づけ,多くの疾患モデルラットで原因遺伝子を特定することが可能であることを明らかにしている。また,ラット染色体上の連鎖地図をヒトを含む他の哺乳類と比較することは,ラットを含む哺乳類のゲノムの構成を明らかにする上で重要な知見を与えるものと期待される。本研究で作成されたラット染色体上の連鎖地図は,実験動物としてのラットの価値を高めるものであり,今後の獣医学・基礎医学の発展に寄与するものと考えられ,審査員一同,本研究は博士(農学)の学位として十分な内容をもつものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53874