審査要旨 | | 本論文は糖及び糖類縁体を不斉な出発原料として用いた種々の有用な光学活性有機化合物の合成研究に関するもので,二部6章よりなる。今日では不斉な生物活性物質の合成においては光学活性体を得る手法の開拓が要求されるようになっている。光学活性体合成に糖類を出発物質とした例は多いが,筆者は新しい入手容易な合成原料として,セルロースの熱分解生成物であるレボグルコセノン1を用い,これが光学活性有機化合物を合成するための汎用的かつ有用な合成原料となる可能性に注目して以下の研究を行った。 序論で研究の背景と意義を概説した後,第一部,第1章ではレボグルコセノン1から希少糖であるD-アルトロース4の合成について述べている。1のヒドリド還元により得た2を四酸化オスミウム酸化により立体選択的に3とし,これからD-アルトロース4を得た。 第2章ではD-アロース8の合成について述べている。2の光延反転により得た5に四酸化オスミウム酸化を行ったところ,2種類の立体異性体6及び7が生成した。しかしながら水酸基を3,5-ジニトロペンゾエートにしたところ,一方的に6を与えた。これをD-アロース8に導いた。 第3章では4-デオキシ-D-リキソ-ヘキソース12の合成について述べている。アリルアルコール2をトランス-ヨードアセトキシル化して9及び10を得,分子内求核置換反応によりエポキシド11を選択的に合成した。また4位のヨード基を還元的に脱離させて,非天然糖の4-デオシ-D-リキソ-ヘキソース12の合成に成功した。 第4章では3-アセトアミド-3-デオキシ-及び4-アセトアミド-4-デオキシ-D-アルトロースの合成について述べている。2の二重結合にシス-オキシアミノ化を行い,アミノ基と水酸基を導入した。その際,2位の水酸基をピバロイル基で保護すると15が優先的に,またtert-ブチルジフェニルシリル基で保護すると16が高い位置選択性で得られ,両位置異性体を作り分けることができた。15と16はそれぞれ非天然型アミノ糖3-アセトアミド-3-デオキシ-及び4-アセトアミド-4-デオキシ-D-アルトロース(17及び18)に誘導された。 以上のように,1に対する立体制御された官能基の変換や導入の手法を開発し,従来よりも短工程ないしは高収率で種々の希少糖の合成に成功した。 第二部,第1章では摂食調節物質として知られる(2S,4S)-2-ヒドロキシ-4-ヒドロキシメチル-4-ブタノリド21および(3S,4R)-及び(3R,4R)-3-ヒドロキシ-4-ヒドロキシメチル-4-ブタノリド23a,23bの合成について述べている。D-リボノ-1,4-ラクトン19から4工程で21を合成する方法を確立した。また1から下図のように23aを2工程で,23bを5工程で効率よく合成し,機能研究のための大量供給を可能にした。 第2章では,様々な有用生理活性物質に部分構造として含まれるフィトスフィンゴシン32の合成について述べている。下図の経路により1から32を17工程,総収率8.5%で合成した。本合成法の特徴はシス-オキシアミノ化によりアミノアルコール部分の立体配置を1工程で構築し,種々の誘導体調製が可能で,汎用性のある点である。 以上本論文は,容易に入手可能な糖類及び糖誘導体を光学活性原料として,比較的得難い非天然糖や希少塘の合成を行い,さらにはそれを拡張して種々の生物活性物質の光学活性体の効率の良い合成法を開拓したもので,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 |