学位論文要旨



No 212039
著者(漢字) 松本,克也
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,カツヤ
標題(和) 糖類を原料とする光学活性有機化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 212039
報告番号 乙12039
学位授与日 1994.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12039号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,謙治
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
内容要旨 序論

 天然には様々な光学活性有機化合物が存在し、それらの多くは医薬や農薬等として応用開発研究が進められていたり、利用されたりしている。その中で合成研究は重要な役割を担っている。

 光学活性有機化合物の合成において、不斉点をどのように確保するかは重要なことである。それには幾つかの方法があり、不斉な原料を用いるのもその一つである。

 本論文は糖及び糖類縁体を不斉な出発原料として用いた種々の光学活性有機化合物の合成研究に関するものである。糖類を出発物質とした合成例はこれまで数多くの報告があるが、筆者は新しい合成原料として、セルロースの熱分解生成物であるレボグルコセノン(1)を用い、これが光学活性有機化合物を合成するための汎用的かつ有用な合成原料となる可能性に注目して研究を行なった。

本論第1部レボグルコセノンより出発した希少糖類の合成

 レボグルコセノン(1)からの希少糖の新規合成法を開発する中で、1の3位と4位の炭素-炭素二重結合への酸化的付加反応における位置選択性や立体選択性についての知見と、それを制御する方法論の確立を目的として研究を進めた。

第1章D-アルトロースの合成

 1のヒドリド還元により得た6に四酸化オスミウム酸化を行ない、水酸基が配置側からシス-ジオール付加した7を立体選択的に得ることが出来た。7からD-アルトロース(5)を得た(3工程にて総収率29%)(図1)。

図1 D-アルトロース(5)の合成経路
第2章D-アロースの合成

 6に光延反転を行ない9を得た。9に四酸化オスミウム酸化を行なった。2種類の立体異性体12及び13が生成したが、9の2位の水酸基をベンゾイル誘導体で保護した場合、高い選択性で12を得ることが出来た。12からD-アロース(8)を得た(6工程にて総収率48.9%)(図2)。

図2 D-アロース(8)の合成経路
第3章4-デオキシ-D-リキソ-ヘキソース(4-デオキシ-D-マンノース)の合成

 化合物6に対してヨウ素,酢酸銀,酢酸を用いてトランスーヨードアセトキシル化を行なうことにより、3位に配置の水酸基(アセトキシル)基、4位に配置のヨードを立体選択的に導入出来た(19及び20)(図3)。これによりさらに他の官能基の立体選択的な導入及び変換が可能となった。例として、19及び20の分子内求核置換反応により、エポキシド17を選択的に合成出来た。また4位のヨードを還元的に脱離させて、非天然糖の4-デオキシ-D-リキソ-ヘキソース(27)を合成出来た(1から4工程で総収率53.4%)。

図3 化合物6へのトランスーヨードアセトキシレーションと27の合成
第4章3-アセトアミド-3-デオキシ-及び4-アセトアミド-4-デオキシ-D-アルトロースの合成

 6の炭素-炭素二重結合にSharpless試薬を用いてシス-オキシアミノ化を行なうことでアミノ基と水酸基を導入した(図4)。その際、6の2位の配置の水酸基をピバロイルエステルとして保護することにより39が優先的に得られた。またtert-ブチルジフェニルシリル基で保護することにより40が高い位置選択性で得られた。この立体制御の方法により両位置異性体を作り分けることが出来た。39と40はそれぞれ非天然型アミノ糖3-アセトアミド-3-デオキシ-及び4-アセトアミド-4-デオキシ-D-アルトロース(36及び37)に誘導された。37は新規化合物であり、1から7工程で総収率33.2%にて得られた。

図4 アミノ糖36及び37の合成

 第1部において、1に対する立体制御された官能基の変換や導入の手法が見い出された。1は様々な光学活性体を合成することが可能な汎用性の高い合成原料として、今後も利用,応用が期待される。また種々の希少糖の本合成法は、従来法よりも短工程あるいは高収率で得られるものとなった。

第2部糖類より出発した天然有機化合物の合成第1章摂食調節物質3-DPAラクトン及び2-DPAラクトンの合成

 内因性摂食促進物質として知られている(2S,4S)-2-ヒドロキシ-4-ヒドロキシメチル-4-ブタノリド(3-DPAラクトン;53a)を、D-リボノ-1,4-ラクトン(55)から4工程で総収率58.2%で合成する方法を確立した(図5)。

 (3S,4R)-及び(3R,4R)-3-ヒドロキシ-4-ヒドロキシメチル-4-ブタノリド(2-DPAラクトン;54a及び54b)は摂食抑制物質として期待されている物質である。それぞれ1から54aを2工程で総収率64.3%、54bを5工程で総収率42.3%で合成した(図5)。本合成法は大量供給を容易にするものであり、生理活性面の研究と応用開発に寄与出来るものである。

図5 摂食調節物質3-DPAラクトン及び2-DPAラクトンの合成経路
第2章フィトスフィンゴシンの合成

 フィトスフィンゴシン(77)を部分構造に持つ様々な化合物が有用な生理活性物質として注目されている。1から77を17工程で総収率8.5%で合成した(図6)。本合成法の特徴はシス-オキシアミノ化によりアミノアルコール部分の立体配置を1工程で構築する点にある。また汎用性のある経路であり容易に種々の誘導体を合成出来る。

図6 フィトスフィンゴシン(77)の合成経路

 光学活性体の合成において出発原料の選択は重要である。第2部において筆者は、55及び1から、効率良く目的とする不斉点を構築することが出来た。特に1については第1部で得られた知見が生かされている。

結論

 以上のように筆者はレボグルコセノン(1)を中心とした糖類からの光学活性有機化合物の合成について述べてきたが、ここで得られた成果が、今後の光学活性有機化合物の合成研究に大いに寄与すると考える。

審査要旨

 本論文は糖及び糖類縁体を不斉な出発原料として用いた種々の有用な光学活性有機化合物の合成研究に関するもので,二部6章よりなる。今日では不斉な生物活性物質の合成においては光学活性体を得る手法の開拓が要求されるようになっている。光学活性体合成に糖類を出発物質とした例は多いが,筆者は新しい入手容易な合成原料として,セルロースの熱分解生成物であるレボグルコセノン1を用い,これが光学活性有機化合物を合成するための汎用的かつ有用な合成原料となる可能性に注目して以下の研究を行った。

 序論で研究の背景と意義を概説した後,第一部,第1章ではレボグルコセノン1から希少糖であるD-アルトロース4の合成について述べている。1のヒドリド還元により得た2を四酸化オスミウム酸化により立体選択的に3とし,これからD-アルトロース4を得た。

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 第2章ではD-アロース8の合成について述べている。2の光延反転により得た5に四酸化オスミウム酸化を行ったところ,2種類の立体異性体6及び7が生成した。しかしながら水酸基を3,5-ジニトロペンゾエートにしたところ,一方的に6を与えた。これをD-アロース8に導いた。

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 第3章では4-デオキシ-D-リキソ-ヘキソース12の合成について述べている。アリルアルコール2をトランス-ヨードアセトキシル化して9及び10を得,分子内求核置換反応によりエポキシド11を選択的に合成した。また4位のヨード基を還元的に脱離させて,非天然糖の4-デオシ-D-リキソ-ヘキソース12の合成に成功した。

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 第4章では3-アセトアミド-3-デオキシ-及び4-アセトアミド-4-デオキシ-D-アルトロースの合成について述べている。2の二重結合にシス-オキシアミノ化を行い,アミノ基と水酸基を導入した。その際,2位の水酸基をピバロイル基で保護すると15が優先的に,またtert-ブチルジフェニルシリル基で保護すると16が高い位置選択性で得られ,両位置異性体を作り分けることができた。15と16はそれぞれ非天然型アミノ糖3-アセトアミド-3-デオキシ-及び4-アセトアミド-4-デオキシ-D-アルトロース(17及び18)に誘導された。

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 以上のように,1に対する立体制御された官能基の変換や導入の手法を開発し,従来よりも短工程ないしは高収率で種々の希少糖の合成に成功した。

 第二部,第1章では摂食調節物質として知られる(2S,4S)-2-ヒドロキシ-4-ヒドロキシメチル-4-ブタノリド21および(3S,4R)-及び(3R,4R)-3-ヒドロキシ-4-ヒドロキシメチル-4-ブタノリド23a,23bの合成について述べている。D-リボノ-1,4-ラクトン19から4工程で21を合成する方法を確立した。また1から下図のように23aを2工程で,23bを5工程で効率よく合成し,機能研究のための大量供給を可能にした。

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 第2章では,様々な有用生理活性物質に部分構造として含まれるフィトスフィンゴシン32の合成について述べている。下図の経路により1から32を17工程,総収率8.5%で合成した。本合成法の特徴はシス-オキシアミノ化によりアミノアルコール部分の立体配置を1工程で構築し,種々の誘導体調製が可能で,汎用性のある点である。

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 以上本論文は,容易に入手可能な糖類及び糖誘導体を光学活性原料として,比較的得難い非天然糖や希少塘の合成を行い,さらにはそれを拡張して種々の生物活性物質の光学活性体の効率の良い合成法を開拓したもので,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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