学位論文要旨



No 212040
著者(漢字) 池本,哲哉
著者(英字)
著者(カナ) イケモト,テツヤ
標題(和) 環状カイラルドーパントの合成と強誘電特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212040
報告番号 乙12040
学位授与日 1994.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12040号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,謙治
 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
内容要旨

 強誘電性液晶を利用した表示方式(SSFLC方式)は、現在液晶表示の主流であるネマチック液晶を利用した表示方式(TN方式)よりも2桁以上高速応答が可能であるといわれており、次世代の表示方式として活発な研究が行われている。SSFLC方式によって大画面動画表示を行うには、液晶材料の応答速度は少なくとも20sec以下である必要があるが、現在このような高速応答をし、しかも他の実用性能を満たす液晶材料は見いだされていない。

 ところで、SSFLC方式において液晶の応答時間は式1のように表される。

 

 したがって、高速応答を実現するためには、粘性が低く、しかも自発分極が大きい材料が好ましいことになるが、実用的には自発分極をあまり大きくできないため、できるだけ低粘性の非カイラル液晶組成物に少量で大きな自発分極を誘起する光学活性化合物(カイラルドーパント)を添加して強誘電性液晶組成物を得る方法が一般的である。

 このように、少量の添加で大きな自発分極を誘起するカイラルドーパントの開発が実用上からも強く望まれているわけであるが、従来、不斉中心回りに大きな双極子モーメントを持ち、しかもその双極子モーメントの自由回転を抑制することが自発分極を大きくすることにつながると考えられ、設計されてきた。

 我々のグループもこのような設計指針の下、光学活性基を環状にすることにより、回転規制の効果が最大限に発揮できるのではないかと考え、-バレロラクトン誘導体をカイラルドーパントとして考案し、このものが自発分極付与機能に優れていることを確認した。ところが、我々とは別にヘキストのグループがエポキシ誘導体を研究する中で、そのシス体が極めて大きな自発分極を誘起することを発見し、以来同様の不斉基を有するものでもその立体の違いにより誘起自発分極に大きな差があることがわかってきた。このような中、我々のグループはジアルキル--バレロラクトン誘導体がさらに大きな自発分極を誘起することを見いだした。

 

 これらの事実はもはや今までの分子設計の指針では到底説明がつかず、不斉中心回りの双極子モーメントの規制そのものが自発分極に影響しているという考え方に疑問を持つようになってきた。そこで、-ブチロラクトン環を有する一連の化合物を合成し、-バレロラクトン環を有する化合物と合わせて分子構造と誘起自発分極の関係を考察することにより大きな自発分極を得るための方針、延いては自発分極発現の機構が提案できるのではないかと考え、本研究を行うに至った。また、双極子モーメントの方向の違う幾つかの環状化合物を合成し、双極子モーメントの方向についても合わせて議論した。なおこれらの結果を踏まえた上で、さらに実用性の立場から議論し、カイラルドーパントの開発を行った。

 

 図1にラクトン系カイラルドーパントの誘起自発分極の測定結果を示す。この結果は向殿らのジグザグモデル(本論参照)を発展させ、分子の排除体積効果を考えることによりうまく説明できると考えた。図2にこの考えに基づく-ブチロラクトン誘導体のコンフォーメーションモデルを示した。つまりこの考え方は、-ブチロラクトンのシス体とジアルキル体では左に示すコンフォーマーがパッキング的に有利であり、左のコンフォーマーをとる確率が大きくなり、自発分極が大きくなるのに対し、トランス体において左右でパッキング効果はあまり違いがないため自発分極も小さくなるというものである。なお本論では、この考え方で-バレロラクトン誘導体についても説明できることを合わせて示した。

図1 ラクトン系カイラルドーパントを2mol%含む強誘電性液晶組成物における自発分極の鎖長依存性図2 -ラクトン誘導体のSmC相中でのコンフォーメーションモデル

 表1に化合物の誘起自発分極を示したが、この結果はシクロヘキサン環からの双極子モーメントの方向を合わせて考えることでうまく説明できることを示した。

表1 シクロヘキサン系カイラルドーパントを2mol%含む液晶組成物の強誘電特性

 最後に、実用的なカイラルドーパントとして化合物を考案し、このものは様々な点で実用的に優れた特性を示すことがわかった。また、このものを4mol%含む強誘電性液晶組成物は、表2に示すように今まで知られている強誘電性液晶組成物の中でも最高レベルの応答速度を達成した。本論では、その実用性の立場から議論した。

表2 化合物を4mol%含む強誘電性液晶組成物の25℃における物性
審査要旨

 本論文は強誘電性液晶組成物に添加する光学活性化合物(カイラルドーパント)の合成と物性に関するもので3章よりなる。現在,少量でできるだけ大きな自発分極を誘起する化合物の開発が実用上強く望まれている。このような化合物の分子設計としては従来,不斉中心回りに大きな双極子モーメントを持ち,しかもその双極子モーメントの自由回転を抑制することが自発分極を大きくすることにつながると考えられ,設計されてきた。しかしながら筆者は,最近開発されている環構造を有する光学活性液晶添加剤が,そのジアステレオマー間で誘起自発分極が大きく異なること等から従来の考えに疑問を持つに到った。そこで,様々な環状光学活性化合物を合成し,それらの誘起自発分極の比較により新たな知見が得られ,さらには実用的な光学活性液晶添加剤の設計や合成が可能になるのではないかと考え,以下の研究を行った。

 第1章で本研究の背景と意義を概説した後,第2章第1節では,-ブチロラクトン環を有する化合物(4〜6)の合成とその物性について述べている。これらの化合物と類縁体である-バレロラクトン環を有する化合物(1〜3)と合わせて立体配座解析を行い,分子構造と誘起自発分極の関係を考察して,分子の排除体積効果とスメクチックC相へのフィッティングを考え合わせることで説明できることを示した。また,各化合物の熱物性についても触れ,誘起する相の熱安定性について議論した。

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 第2章第2節では,双極子モーメントの方向の違う幾つかの環状化合物(7〜12)を合成した結果について述べている。これらの誘導体において,双極子モーメントの方向が自発分極の大きさに及ぼす影響について議論している。その結果,自発分極の大きさはシクロヘキサン環からの双極子モーメントの方向に依存することを明らかにした。

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 第3章では,光学活性液晶添加剤を実用的な立場から議論し,新規な高性能カイラルドーパント13の開発について述べている。このものが安価な原料から簡便に合成でき,しかも非カイラル液晶組成物の相転移温度やチルト角を殆ど変化させず,また少量で大きな自発分極を誘起するにもかかわらずカイラルネマチック相のらせんピッチが長くなるため配向もよいといった優れた特徴を有する光学活性液晶添加剤であることを示した。

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 さらに,このものを4mol%含む強誘電性液晶組成物は,応答速度25sと今まで報告されている組成物と比較しても最高レベルの応答速度を実現した。

 以上本論文は,強誘電性液晶組成物に添加する光学活性化合物(カイラルドーパント)の合成を系統的に行い,その物性を立体化学的な面から精密に解析して自発分極に対する合理的な説明を示すとともに,それに基づき新規で実用的な高性能光学活性液晶添加剤の開発に成功したものであり,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。

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