学位論文要旨



No 212042
著者(漢字) 山越,純
著者(英字)
著者(カナ) ヤマコシ,ジュン
標題(和) 高血圧ラットの糸球体傍細胞に関する形態学的研究
標題(洋)
報告番号 212042
報告番号 乙12042
学位授与日 1994.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第12042号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 後藤,直彰
 東京大学 教授 菅野,茂
 東京大学 助教授 中山,裕之
 東京大学 助教授 板垣,慎一
内容要旨

 腎臓の傍糸球体装置は,糸球体傍細胞,緻密斑の上皮細胞および糸球体外メサンギウム細胞で構成されており,糸球体の血流・血圧の調節や電解質の原尿からの吸排泄に関与している。なかでも糸球体傍細胞(JG細胞)は,レニンを産生・分泌し,血圧調節に重要な役割を担っている。従って,高血圧動物におけるJG細胞の動態を明らかにすることは,高血圧の発症機構を考察する上で極めて重要である。にもかかわらず,これまで高血圧動物のJG細胞の動態を詳細に検索した報告はごく少ない。

 そこで,本研究では,高血圧発症にレニン・アンジオテンシン系(RAS)の関与が高いとされている二腎性Goldblatt型高血圧(2KGH)ラットとRASの関与が低いと考えられている高血圧自然発症(SHR)ラットを用い,高血圧発症期のJG細胞の動態およびカプトプリルを処置し,血圧上昇を抑制した条件下でのJG細胞の動態を,形態計測学的,免疫組織化学的および微細形態学的見地から詳細に検索した。得られた成績は下記の通りである。

 1.2KGHラットでは,腎動脈狭窄処置7日目ですでに収縮期血圧ならびに血漿レニンおよび腎動脈狭窄腎の腎臓レニン活性の上昇が観察された。同時に,腎動脈狭窄腎のJuxtaglomerular index(JGI)値とJuxtaglomerular cell count(JGCC)値も上昇していた。これら測定値の上昇は,実験期間の経過に伴い一層明瞭となり,腎動脈非狭窄側の腎臓で観察されたレニン活性値の低下およびJGI値の低下の程度をはるかに上廻っていた。一方,SHRラットでは,対照のWKYラットと比較し,血圧上昇期に腎臓レニン活性値の軽度の低下が観察されたが,血漿レニン活性値,JGI値およびJGCC値には差は認められなかった。こうした所見から,2KGHラットでは高血圧の発症にJG細胞の動態が大きく関与していることが示唆された。

 2.カプトプリルを投与した2KGHラットおよびSHRラットの収縮期血圧は,実験期間を通じ,それぞれの対照群のそれと同程度に抑制された。また,血漿および腎臓レニン活性は,それぞれの対照群ならびに血圧上昇期の2KGHラットおよびSHRラットのそれらより高値を示した。JGI値とJGCC値は,カプトプリル投与2KGHラットの腎動脈狭窄腎と,カプトプリル投与SHRラットの両腎で,それぞれ対照群ならびに血圧上昇期の2KGHラットおよびSHRラットのそれらより高値を示した。こうした所見から,カプトプリルは,2KGHラットとSHRラットでJGI値とJGCC値を上昇させるにもかかわらず,降圧作用を示すことが明らかになった。

 3.2KGHラットおよびSHRラットのJG細胞は,抗レニン血清と抗AII血清の双方に陽性を示した。2KGHラットの腎動脈狭窄腎のレニンおよびAII陽性細胞数は,実験期間の経過に伴い増加し,腎動脈非狭窄腎で観察されたレニンおよびAII陽性細胞の小型化と染色性の低下の程度をはるかに上廻っていた。一方,こうした変化はSHRラットでは認められなかった。2KGHラットにカプトプリルを投与すると,腎動脈狭窄腎のレニン陽性細胞数は実験期間の経過に伴い顕著な増加を示したが,AII陽性細胞数は両腎ともに減少した。なお,カプトプリルを投与した2KGHラットの腎動脈狭窄腎のレニン陽性細胞数は,血圧上昇期の2KGHラットのそれよりも増加していた。一方,SHRラットにカプトプリルを投与すると,両腎のレニン陽性細胞数は実験期間の経過に伴い増加したが,AII陽性細胞数は逆に減少した。こうした所見から,カプトプリルを投与した2KGHラットおよびSHRラットで観察されたレニン陽性細胞数の増加は,JG細胞でのAIIの低下に伴うnegative feedback機構の欠落によるレニン生合成の亢進を反映した変化であると考えられた。

 4.2KGHラットの腎動脈狭窄腎およびカプトプリルを投与した2KGHラットとSHRラットの両側腎で,レニン分泌に密接に関係すると思われる微小細管の存在が初めて明らかにされた。また,腎臓および血漿レニン活性が上昇を示した7日目にはすでに微小細管とレニン顆粒の限界膜との明瞭な癒合像が観察されたことから,本微小細管は2KGHラットないしはSHRラットのJG細胞でレニン分泌の亢進時に出現しレニン分泌に関与するものと思われた。なお,2KGHラットの腎動脈狭窄1日目および3日目の腎動脈狭窄腎で,分泌細管から微小細管がわずかに伸出する像が観察されたことから,微小細管は分泌細管から伸出し,枝分れしながらレニン顆粒の限界膜に癒合するものと考えられた。

 以上,本研究は,2KGHラットとSHRラットの血圧上昇期ならびにカプトプリルによる血圧上昇抑制時のJG細胞の動態を明らかにすることができた。本研究の成果は,高血圧症の発症機構ないしは降圧剤の降圧機序の詳細の解明に大いに寄与するものと考えられる。

審査要旨

 本研究では,高血圧発症にレニン・アンギオテンシン系(RAS)の関与が高いとされている二腎性Goldablatt型(2KGH)ラットとRASの関与が低いと考えられている高血圧自然発症(SHR)ラットを用い,高血圧発症期の糸球体傍細胞(JG細胞)の動態およびカプトプリルを処置し,血圧上昇を抑制した条件下でのJG細胞の動態を,形態計測学的,免疫組織化学的および微細形態学的見地から詳細に検討したものである。以下の成績が得られている。

 1.2KGHラットでは,腎動脈狭窄処置処置7日目ですでに収縮期血圧ならびに血漿レニンおよび腎動脈レニン活性の上昇が観察された。同時に,腎動脈狭窄腎のJuxtaglomerular index(JGI)値とJuxtaglomerular cell count(JGCC)値も上昇していた。これら測定値の上昇は,実験期間の経過に伴い一層明瞭となり,腎動脈非狭窄側の腎臓で観察されたレニン活性値の低下およびJGI値の低下の程度をはるかは上回っていた。 一方,SHRラットでは,対照のWKYラットと比較し,血圧上昇期に腎臓レニン活性値の軽度の低下が観察されたが,血漿レニン活性値,JGI値およびJGCC値には差が認められなかった。こうした所見から,2KGHラットでは高血圧の発症にJG細胞の動態が大きく関与していることが示唆された。

 2.カプトプリルを投与した2KGHラットおよびSHRラットの収縮期血圧は,実験期間を通じ,それぞれの対照群のそれと同程度に抑制された。また,血漿および腎臓レニン活性値は,それぞれの対照群ならびに血圧上昇期の2KGHラットのそれらより高値を示した。JGI値とJGCC値は,カプトプリル投与2KGHラットの腎動脈狭窄腎とカプトプリル投与SHRラットの両腎で,それぞれ対照群ならびに血圧上昇期の2KGHラットおよびSHRラットのそれらより高値を示した。こうした所見から,カプトプリルは,2KGHラットとSHRラットでJGI値とJGCC値を上昇させるにも関わらず,降圧作用を示すことが明らかになった。

 3.2KGHラットおよびSHRラットのJG細胞は,抗レニン血清と抗アンギオテンシンII(AII)血清の双方に陽性を示した。2KGHラットの腎動脈狭窄腎のレニンおよびAII陽性細胞数は,実験期間の経過にともない増加し,腎動脈非狭窄腎で観察されたレニンおよびAII陽性細胞の小型化と染色性の低下の程度をはかるかに上回っていた。一方,こうした変化はSHRラットでは認められなかった。2KGHラットにカプトプリルを投与すると,腎動脈狭窄腎のレニン陽性細胞数は実験期間の経過にともない顕著な増加を示したが,AII陽性細胞数は両腎ともに減少した。なお,カプトプリルを投与した2KGHラットの腎動脈狭窄腎のレニン陽性細胞数は,血圧上昇期の2KGHラットのそれよりも増加していた。一方,SHRラットにカプトプリルを投与すると,両腎のレニン陽性細胞数は実験期間の経過にともない増加したが,AII陽性細胞数は減少した。こうした所見から,カプトプリルを投与した2KGHラットおよびSHRラットで観察されたレニン陽性細胞数の増加は,JG細胞でのAIIの低下に伴うnegative feedback機構の欠落によるレニン生合成の亢進を反映した変化であると考えられた。

 4.2KGHラットの腎動脈狭窄腎およびカプトプリルを投与した2KGHラットとSHRラットの両側腎で,レニン分泌に密接に関係すると思われる微小管の存在が初めて明らかにされた。また,腎臓および血漿レニン活性が上昇を示した7日目にはすでに微小管とレニン顆粒の限界膜との明瞭な癒合像が観察されたことから,本微小管は2KGHラットないしはSHRラットのJG細胞でレニン分泌の亢進時に出現しレニン分泌に関与するものと思われた。なお,2KGHラットの腎動脈狭窄1日目および3日目の腎動脈狭窄腎で,分泌細管から微小細管がわずかに伸出する像が観察されたことから,微小管は分泌細管から伸出し,枝分かれしながらレニン顆粒の限界膜に癒合するものと考えられた。

 以上,本研究は,2KGHラットとSHRラットの血圧上昇期ならびにカプトプリルによる血圧上昇抑制時のJG細胞の動態を明らかにしている。本成果は,殊にRASが関与する高血圧発症機構の詳細の解明に大いに寄与するものと考えられ,審査員一同,本研究は博士(獣医学)の学位として十分な内容をもつものと判定した。

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