学位論文要旨



No 212044
著者(漢字) 吉原,浩
著者(英字)
著者(カナ) ヨシハラ,ヒロシ
標題(和) 弾塑性理論による木材の変形および強度に関する研究
標題(洋) Analysis of the deformation and failure properties of wood by elastic-plastic theories
報告番号 212044
報告番号 乙12044
学位授与日 1995.01.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第12044号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 教授 大熊,幹章
 東京大学 助教授 太田,正光
 東京大学 助教授 有馬,孝礼
 島根大学 助教授 中尾,哲也
内容要旨 1.緒言

 材料を的確に設計し利用する場合、その変形や破壊の特性を十分に知ることは不可欠である。木材も工業的かつ構造的な材料として用いられている以上、変形や破壊の特性についての解析はきわめて重要である。しかし、木材の持つ極度に強い異方性や不均一性は、こうした解析を著しく阻害してきた。このうち木材の持つ不均一さはその解剖学的な構造に起因するものであり、解剖学的な構造を考慮にいれて木材の変形や破壊の特性を議論することはきわめて困難である。しかし、木材を均質な直交異方性材料であると考えれば、変形や破壊の特性の解析に伴う困難さは軽減されると考えられる。さらにこうした解析が効果的に行われれば、木材の材料設計および利用はより効果的に行われることになると思われる。本研究では木材を均質な直交異方性材料としてとらえ、その弾性的、弾塑性的および破壊における挙動を数理的に記述することを試みた。以下、本論文では2から5まで木材の圧縮およびせん断応力下の塑性変形に関する研究について述べる。6から9までは木材の引張およびせん断応力下の破壊に関する研究について述べる。

2.異方性の強い材料の降伏条件

 2次形式を持つ直交異方性体の降伏条件(Hill型の降伏条件)は多数存在する。この章では、その代表的なものの適用性を検討した。試験に用いたのはアガチスおよびカツラで、様々な繊維傾斜角を持った試験体の単軸圧縮試験および十字型試験体の2軸圧縮試験から降伏条件の適合性を検討した。その結果、カツラのように異方性の程度が弱い材料ではHill型の降伏条件を用いることが可能であるが、アガチスのように異方性の強い材料では、既存の降伏条件がうまく適合しないことがわかった。そこで、こうした異方性の強い材料でも適用可能な降伏条件を提案した。

3.塑性域における木材の応力-ひずみ関係1塑性力学の適用性の検討

 圧縮負荷による木材の塑性領域における応力-ひずみ関係を、塑性力学の理論に基づいて検討した。様々な繊維走行角を持つアガチスおよびカツラを単軸圧縮試験し、各繊維走行角に対応する応力-塑性ひずみ関係を得た。さらにこの関係を、塑性力学の理論では応力状態に依存しない関係である相当応力-相当塑性ひずみ関係に変換し、各繊維走行角に対応する相当応力-相当塑性ひずみ曲線が互いに一致するかどうか検討した。実験から得られた応力-塑性ひずみ曲線が互いに著しくかけ離れ、異なった形状であったにも関わらず、相当応力-相当塑性ひずみ曲線はよく近接した一群の曲線に変換された。したがって、従来から用いられている塑性力学の理論は木材にも十分に適用可能であると結論付けられた。

4.塑性域における木材の応力-ひずみ関係2相当応力-相当塑性ひずみ関係の定式化

 相当応力-相当塑性ひずみ関係を定式化することによって、弾性域から塑性域に至るまでの木材の応力-ひずみ関係を統一的に表現することができると考えられる。そこで、ここでは前章で得られた相当応力-相当塑性ひずみ関係をべき乗関数で定式化して、さまざまな繊維傾斜角に対応する応力-ひずみ関係を導出し、実験結果と比較した。導出された式から得られた応力-ひずみ関係は、個々の実験結果と必ずしも完全には一致しなかったが、同一の繊維傾斜角を持つ試験体から得られた応力-ひずみ関係のばらつきの範囲内にあった。したがって、相当応力-相当塑性ひずみ関係を的確に定式化することにより、弾性域から塑性域に至るまでの応力-ひずみ関係全体の定式化が可能であることが示された。

5.塑性域における木材のせん断応力-せん断ひずみ関係

 塑性域における木材のせん断応力-せん断ひずみ関係を、ねじり試験をすることによって検討した。試験体には様々な断面寸法比をもつシトカスプルースを用いた。試験体の板目面およびまさ目面にひずみゲージを貼付し、繊維方向を中心軸としてねじることにより、ねじりモーメント-せん断ひずみ関係を得た。一方、ねじり試験から得られた材料定数を用いて、上述したひずみ増分理論に基づく数値解析を行い、実際のねじり試験から得られた結果と比較した。その結果、数値解析から得られたねじりモーメント-せん断ひずみ関係は、用いた降伏応力の値に著しく影響され、せん断応力-せん断ひずみ関係を正確に予測するためには、ねじり試験から得られた降伏応力の値を低めに見積る必要があると考えられた。ねじりモーメントから得られた板目面およびまさ目面の中央のせん断応力の値は、ひずみ増分理論から求めたせん断応力よりも大きく、その差はせん断ひずみの増加とともに大きくなった。ねじりモーメントからせん断応力を求める方法は、実際のねじり試験からせん断応力を求めることに対応している、したがって、ねじり試験からせん断強度を求める場合、実際のせん断強度よりも大きく見積られることが予測された。

6.破壊の方向の予測を含んだ直交異方性体の破壊条件

 引張によって生じる破断面と繊維走行のなす角を予測できる直交異方性体の破壊条件式を、以下の3つの仮説をもとに作成した。(A)繊維に平行に引張力がはたらくとき、材料は繊維に垂直な方向に破壊する。(B)繊維に垂直に力がはたらくとき、材料は繊維に沿って破壊する。(C)純粋なせん断力がはたらくとき、材料は繊維に沿って破壊する。この条件式の妥当性をスプルースおよびカツラの単軸引張試験により検討した。提案した破壊条件から得られた繊維走行角と引張強度の関係は、両樹種とも実験値とよく一致した。また破壊角qに関しては、スプルースは繊維走行角が10°を超えるとほぼ繊維に沿って破壊するのに対し、カツラはある程度繊維と傾斜をもって破壊するという傾向を示した。このような傾向は本破壊条件式で比較的よく反映することができた。ただし、破壊強度においてせん断強度が支配的となる範囲(繊維走行角がスプルース10°で、カツラで15°前後)では、予測値の方が実験値よりも大きかった。これはねじり試験から得られたせん断強度の値が過大であったことによるものと考えられた。

7.有限要素法を用いた木材の破壊過程のシミュレーション

 既存の有限要素法弾塑性解析プログラムを、破壊した要素の剛性マトリクスの変更および応力の解放ができるように改造し、木材(スプルース)の破壊過程のシミュレーション(JIS規格いす型せん断試験および曲げ試験のシミュレーション)を行なった。その結果、いす型せん断試験については、計算から得られたせん断強さが90.6kgf/cm2となった。これは実際のいす型せん断試験から得られる結果とよく一致した。また、繊維に沿って破壊が進展する過程もよく表現できた。曲げ試験に関しては、破壊強さが1297kgf/cm2とかなり大きな値となった。これは要素分割が粗く、1つの要素を降伏させるために用いたスケールファクタの値が大きく評価されたことによるものと考えられた。また、最初繊維に垂直に破壊が発生し、中立軸付近で繊維に沿って進展するという、実際の曲げ破壊の過程をよく表現できた。

8.応力場コントロールによる木材の拘束切削1側方拘束力の影響

 鋸屑を発生させない木材の切削方法として、くさび型刃物を用いた切削が考えられている。ただし、この切削方法で問題になるのは、繊維方向に沿って割れが発生しやすいために、繊維方向と切削方向とが一致しないときには希望する形状に切断できないことである。本研究では、このような繊維方向の割れを防ぐために、木材に側方圧縮力を加えながら切断することを試みた。実験に用いたのは繊維傾斜を持つシトカスプルースの板目板で、試験体の側面に加える圧縮力の大きさおよび方向をさまざまに変えることによって、刃物まわりの応力場を変化させ、良好な切断結果を得ようと試みた。その結果、側方圧縮力によって、繊維に沿った割れを抑制しながら木材を切断することができ、側方圧縮力が大きいほど、割れを抑制する効果が大きかった。これに対し、側方圧縮力の方向の影響は、圧縮力の大きさの影響よりも小さかった。また、有限要素法による応力解析の結果から、実験によって得られた切断結果をよく説明することができた。

9.応力場コントロールによる木材の拘束切削2刃物近傍に加えた部分圧縮力の影響

 試験体に加える拘束力を刃物と同時に動かすことによって、繊維傾斜をもつ木材の切断を試みた。実験に用いたのはシトカスプルースの板目板で、試験体の側方から刃物の先端付近に圧縮力を加えた。圧縮力の大きさおよび位置を様々に変えることにより、よりよい切断結果を得ようと試みた。しかし、側方圧縮力の効果は圧縮力を与えた付近にのみ制限され、刃物付近の応力状態を変化させることはできなかった。したがって、良好な切断結果は得られなかった。また、有限要素法による応力解析の結果も、こうした傾向を示唆していた。

審査要旨

 木材はさまざまな構造部材として使用されるが、部材にかかる負荷の範囲はいわゆる弾性領域である。一方、木材を部材に加工する際には、当然のことながら破壊を伴う加工工程を経る。すなわち木材は微小な変形から、破壊に至る大きな変形まで、広範な力学的挙動が明らかにされなければならない素材である。本研究は木材の大変形から破壊に至るまでの挙動を主として塑性理論によって検討したものである。論文は9章から成り立っている。

 第2章では、直交異方性体について提案されてきた4つの二次形式の降伏条件式について、アガティス、カツラの単軸ならびに2軸の圧縮試験を行って、それらの適合性を検討した。その結果、カツラではHill型の降伏条件式が適合するが、アガティスでは適合しないことを明らかにして、その理由が異方性の程度によるものであり、異方性の程度が小さければ、適合することを見いだした。そこで異方性の程度が大きい材にも適合する二次形式の条件式を提案し、既往の条件式に比べてより適合することを示した。

 木材を圧縮すると塑性材料のような挙動を示す。そこで第3章では、繊維走行角の異なる圧縮試験体を用いて単軸圧縮試験を行い、その応力ひずみ線図について、塑性力学を適用して検討した。その結果、応力-ひずみ曲線から得られる相当応力-相当ひずみ曲線は、よく近接した一群の曲線で表せることを示し、したがって、圧縮変形についてはひずみ増分理論による塑性力学を適用することが可能であるとした。

 第4章では、前章の上記の結果を用いて、木材の圧縮試験における応力ひずみ関係を弾性域から、いわゆる塑性域までの広い範囲にわたって定式化が可能であることを示し、実際に定式化して、木材の主軸方向の弾性定数および降伏応力から任意の繊維傾斜角における降伏応力を予測した。さらに実験によって、予測の正当性を示し、広範囲の応力-ひずみ曲線が容易に記述できることを示した。

 第5章では、さまざまな寸法比の矩形断面シトカスプルース材のねじり試験を、ねじりモーメントと剪断ひずみとか線形関係からはずれる領域まで行い、いわゆる塑性域における剪断応力と剪断ひずみとの関係を求め、増分理論に基づく数値解析結果と比較検討した。その結果、ねじり試験から剪断強度を算出すると、実際の値より大きく見積もられることを明らかにした。

 木材の引張破断面と繊維とのなす角は、一般に木材に加えられる力の方向と大きさによって変化することが知られている。第6章では以下の前提、すなわち繊維軸方向もしくは繊維軸と直角方向にある限度以上の力が作用したとき、木材は力の方向と垂直に破断し、繊維軸を含む面内で純粋な剪断力が作用した場合には、繊維軸に平行に破断するという前提のもとに、スプルースとカツラの単軸引張試験を行い、破壊強度ならびに破断面と繊維のなす角について検討した。その結果、破断面と繊維とのなす角を変数として含む破壊条件式を提案した。条件式はスプルースとカツラの破壊の違いを説明するとともに、剪断で破壊する場合には予測値が実測値を上回り、前章の結果が正しいことを示した。

 第7章では、第3輩から第6章までの結果をもとに、木材の曲げ試験ならびに椅子型剪断試験をシミュレートした。その結果、椅子型剪断試験の破壊過程をよくシミュレートできたが、曲げでは必ずしも良いとはいえなかった。しかし、その理由は、計算のための要素分割の大きさに因があって、本質的なものではないことも明らかにした。

 第8章では、木材を鋸断するかわりに刃物で二分することを考え、試みた。その際、材の変形を局部に限る方法で試みた。すなわち、刃物を材に押し込んでいくことによって生じる材全体の変形を外力によって拘束した。実験では、刃物と繊維走行角との関係ならびに繊維に沿って発生する割れの程度を調べた。第9章では、材全体の変形を拘束するのではなく、部分的な拘束を試みた。

 以上本論文は、木材の利用上考えなければならない変形ならびに破壊について、その挙動を広範な負荷応力領域にわたって基礎的に検討したもので、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。

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