木材はさまざまな構造部材として使用されるが、部材にかかる負荷の範囲はいわゆる弾性領域である。一方、木材を部材に加工する際には、当然のことながら破壊を伴う加工工程を経る。すなわち木材は微小な変形から、破壊に至る大きな変形まで、広範な力学的挙動が明らかにされなければならない素材である。本研究は木材の大変形から破壊に至るまでの挙動を主として塑性理論によって検討したものである。論文は9章から成り立っている。 第2章では、直交異方性体について提案されてきた4つの二次形式の降伏条件式について、アガティス、カツラの単軸ならびに2軸の圧縮試験を行って、それらの適合性を検討した。その結果、カツラではHill型の降伏条件式が適合するが、アガティスでは適合しないことを明らかにして、その理由が異方性の程度によるものであり、異方性の程度が小さければ、適合することを見いだした。そこで異方性の程度が大きい材にも適合する二次形式の条件式を提案し、既往の条件式に比べてより適合することを示した。 木材を圧縮すると塑性材料のような挙動を示す。そこで第3章では、繊維走行角の異なる圧縮試験体を用いて単軸圧縮試験を行い、その応力ひずみ線図について、塑性力学を適用して検討した。その結果、応力-ひずみ曲線から得られる相当応力-相当ひずみ曲線は、よく近接した一群の曲線で表せることを示し、したがって、圧縮変形についてはひずみ増分理論による塑性力学を適用することが可能であるとした。 第4章では、前章の上記の結果を用いて、木材の圧縮試験における応力ひずみ関係を弾性域から、いわゆる塑性域までの広い範囲にわたって定式化が可能であることを示し、実際に定式化して、木材の主軸方向の弾性定数および降伏応力から任意の繊維傾斜角における降伏応力を予測した。さらに実験によって、予測の正当性を示し、広範囲の応力-ひずみ曲線が容易に記述できることを示した。 第5章では、さまざまな寸法比の矩形断面シトカスプルース材のねじり試験を、ねじりモーメントと剪断ひずみとか線形関係からはずれる領域まで行い、いわゆる塑性域における剪断応力と剪断ひずみとの関係を求め、増分理論に基づく数値解析結果と比較検討した。その結果、ねじり試験から剪断強度を算出すると、実際の値より大きく見積もられることを明らかにした。 木材の引張破断面と繊維とのなす角は、一般に木材に加えられる力の方向と大きさによって変化することが知られている。第6章では以下の前提、すなわち繊維軸方向もしくは繊維軸と直角方向にある限度以上の力が作用したとき、木材は力の方向と垂直に破断し、繊維軸を含む面内で純粋な剪断力が作用した場合には、繊維軸に平行に破断するという前提のもとに、スプルースとカツラの単軸引張試験を行い、破壊強度ならびに破断面と繊維のなす角について検討した。その結果、破断面と繊維とのなす角を変数として含む破壊条件式を提案した。条件式はスプルースとカツラの破壊の違いを説明するとともに、剪断で破壊する場合には予測値が実測値を上回り、前章の結果が正しいことを示した。 第7章では、第3輩から第6章までの結果をもとに、木材の曲げ試験ならびに椅子型剪断試験をシミュレートした。その結果、椅子型剪断試験の破壊過程をよくシミュレートできたが、曲げでは必ずしも良いとはいえなかった。しかし、その理由は、計算のための要素分割の大きさに因があって、本質的なものではないことも明らかにした。 第8章では、木材を鋸断するかわりに刃物で二分することを考え、試みた。その際、材の変形を局部に限る方法で試みた。すなわち、刃物を材に押し込んでいくことによって生じる材全体の変形を外力によって拘束した。実験では、刃物と繊維走行角との関係ならびに繊維に沿って発生する割れの程度を調べた。第9章では、材全体の変形を拘束するのではなく、部分的な拘束を試みた。 以上本論文は、木材の利用上考えなければならない変形ならびに破壊について、その挙動を広範な負荷応力領域にわたって基礎的に検討したもので、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は博士(農学)の学位を授与する価値があると認めた。 |