学位論文要旨



No 212048
著者(漢字) 三輪,篤史
著者(英字)
著者(カナ) ミワ,アツシ
標題(和) 冠動脈における新規血管拡張薬KRN2391の薬理学的性質の研究
標題(洋)
報告番号 212048
報告番号 乙12048
学位授与日 1995.01.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12048号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 助教授 小野,秀樹
 東京大学 助教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨

 Kチャネル開口薬は血管平滑筋細胞膜の過分極を介してL-type Caチャネルを抑制し、血管平滑筋を弛緩させると考えられる。また近年Kチャネル開口薬は細胞内Ca2+放出抑制作用や収縮蛋白のCa2+感受性低下作用などが報告されるようになり、種々の内因性物質による血管収縮に対して広いスペクトルで拮抗し、冠血管攣縮を抑制する可能性が示唆されている。また心筋保護作用が認められることなどから、Kチャネル開口薬は虚血性心疾患に対して有用な薬剤として期待される。しかし純粋なKチャネル開口薬は冠動脈の太い部分よりも細い部分を強く弛緩させる可能性があり、これは虚血性心疾患において非虚血部位が虚血部位の血流をさらに奪う、いわゆるコロナリースチール現象を誘発する可能性を示唆している。一方、nitroglycerinなどの亜硝酸薬は冠動脈の太い部分を細い部分よりも強く弛緩させることが知られており、コロナリースチール現象を誘発しにくいとされている。

 KRN2391(N-cyano-N’-(2-nitroxyethyl)-3-pyridine car boximidemide monomethanesulfonate)はラット摘出大動脈標本においてKチャネル開口作用と亜硝酸薬様作用を示すことが報告されており、上記の両作用の性質を合わせ持つことが期待される。しかしKRN2391のこの両作用の発現の程度を冠動脈の異なる部位で比較し、純粋なKチャネル開口薬と比較した報告はなかった。また冠攣縮モデルについて、KRN2391が亜硝酸薬様作用を有することによって、純粋なKチャネル開口薬とどのように異なる作用を示すかについては不明であった。本研究は以上の背景をもとに、KRN2391の冠動脈径による弛緩作用のちがい、および冠攣縮モデルに対する作用について調べたもので

1)ブタ摘出冠動脈の太い部分と細い部分におけるKRN2391の弛緩作用の比較

 冠動脈の太い部分(以下Epi:外径2.5-3.0mm)および細い部分(以下Mid:外径0.8-1.0mm)を摘比し、KRN2391、nicorandil、cromakalimおよびnitroglycerinの25mMK+収縮に対する弛緩作用を比較した。Kチャネル開口薬cromakalimはMidをEpiより強く弛緩させ、nitroglycerinはその逆であった。Kチャネル開口作用と亜硝酸薬様作用を有するKRN2391およびnicorandilの弛緩作用はEpiおよびMidにおいて同程度であった(図1)。

図1 冠動脈の太い部分(Epi;○)および細い部分(Mid;●)における25mM K+収縮に対する各薬物の弛緩作用

 KRN2391の弛緩作用はMidにおいてはKチャネル抑制薬glibenclamide(以下Glib)および亜硝酸薬の抑制薬oxyhemoglobin(以下OxH)により抑制されたが、EpiにおいてはGlibによる抑制は高用量域に限られた。Nlcorandilの弛緩作用はEpiにおいてはOxHによってのみ抑制され、MidではOxHによる抑制および高用量域におけるGlibによる抑制が認められた。Cromakalimおよびnitroglycerinの弛緩作用はそれぞれGlibおよびOxHによってのみ抑制された。

 以上より、KRN2391およびnicorandilの弛緩作用の強さはcromakalimとは異なり冠動脈の太さによるちがいは認められず、コロナリースチール現象を誘発する可能性が比較的少ないことが示唆された。また両化合物は冠動脈の太さによってKチャネル開口作用と亜硝酸薬様作用の発現の程度が異なり、共に細い部分においてはKチャネル開口作用の程度が強かった。

2)ラット摘出灌流心の冠灌流量に対するKRN2391の作用

 ラット摘出灌流心におけるKRN2391、cromakalimおよびnifedipineの冠灌流量および心収縮力に対する作用を調べた。Kチャネル抑制薬glibenclamideによりcromakalimの冠灌流量増加作用のEC50値は19倍増加したのに対し、KRN2391のEC50値は6.6倍の増加に止まった。このことから、KRN2391の冠灌流量増加作用にはKチャネル開口作用以外の作用、おそらくは亜硝酸薬様作用の関与が考えられた。

 冠灌流量と心収縮力に対する作用の比較から、Ca拮抗薬nifedipineと比較して、KRN2391およびcromakalimは心収縮力に対する影響が少ないことが示された。

3)ブタ摘出冠動脈において3,4-diaminopyridineが誘発する周期性収縮に対するKRN2391の作用

 3,4-diaminopyridineが誘発する周期性収縮に対するKRN2391、cromakalimおよびnitroglycerinの作用を比較した。KRN2391は10-7Mで収縮周期の延長傾向を示し10-5Mでは全標本の周期性収縮を消失させた。Cromakalimは10-6Mでは一部の標本で周期性収縮を消失させ、10-5Mでは全標本の周期性収縮を消失させた。Nitroglycerinは10-8Mで一部の標本の周期性収縮を消失させ、10-7Mでは全標本の周期性収縮を消失させた。

 亜硝酸薬の抑制薬oxyhemoglobin前処置下では10-7M nitroglycerinによる周期性収縮消失作用は完全に抑制され、10-6MのKRN2391による周期性収縮消失作用は不完全に抑制された。Kチャネル抑制薬glibenclamide前処置下では10-5M cromakalimによる周期性収縮消失作用は完全に抑制され、KRN2391による周期性収縮消失作用は不完全に抑制された。

 以上の結果より、KRN2391はKチャネル開口作用および亜硝酸薬様作用によって周期性収縮を抑制していることが示唆された。

4)ブタ摘出冠動脈のendothelin-1収縮に対するKRN2391の作用

 Endothelin-1(以下ET-1)収縮および40mMK+収縮に対するKRN2391、cromakalim、nitroglycerinおよびnifedipineの作用を比較した(図2、3)。ET-1収縮に対してはKRN2391の弛緩作用が最も強く、これを完全に弛緩させた。Nifedipineおよびcromakalimは最大濃度でもこれを完全には弛緩させなかった。K+収縮に対してはcromakalimの弛緩作用は著しく弱まったが、KRN2391はこれよりは強い弛緩作用を示した。またnitroglycerinおよびcromakalimの併用によって、両収縮に対するKRN2391の弛緩作用をほぼ再現できた(図4)。

図表図2 ET-1(10-8M)収縮に対する各薬物の弛緩作用 / 図3 40mM K+収縮に対する各薬物の弛緩作用図4 Cromakalimおよびnitroglycerin併用によるET-1収縮に対する弛緩作用(●)と40mM K+収縮に対する弛緩作用(○)

 以上の結果から、KRN2391はcromakalim同様K+収縮よりもET-1収縮に対して強い弛緩作用を有することが示された。また特にK+収縮においてKRN2391がcromakalimよりも強い弛緩作用を有するのは亜硝酸薬様作用が関与するためであると考えられた。

総括

 1)KRN2391およびnicorandilのブタ冠動脈における弛緩作用の強さはcromakalimと比較して血管径に依らなかった。

 2)KRN2391およびnicorandilはブタ冠動脈の太さによってKチャネル開口作用と亜硝酸薬様作用の発現の程度が異なり、ともに細い部分においてKチャネル開口作用の程度が強かった。

 3)ラットの冠抵抗血管におけるKRN2391の弛緩作用にはKチャネル開口作用に加え、おそらくは亜硝酸薬様作用も関与していると考えられた。

 4)KRN2391はブタ冠動脈において3,4-diaminopyridineが誘発する周期性収縮を消失させたが、この作用にはKチャネル開口作用および亜硝酸薬様作用が関与していることが示唆された。

 5)KRN2391はブタ冠動脈においてendothelin-1収縮を弛緩させたが、この作用は40mMK+収縮に対する弛緩作用よりも強かった。

 6)KRN2391はcromakalimと比較して40mMK+収縮に対する弛緩作用が強いが、これは亜硝酸薬様作用が関与するためであると考えられた。

 以上より、KRN2391はKチャネル開口作用を有しながらも亜硝酸薬様作用の関与によってより強い血管収縮・攣縮抑制作用を示すと考えられ、またコロナリースチール現象誘発の可能性が少ないことが示唆された。

審査要旨

 この論文は、Kチャネル開口作用と亜硝酸薬様作用を有するKRN2391(N-cyano-N’-(2-nitroxyethyl)-3-pyridlne carboximidamide monomethanesulfonate)が冠血管に及ぼす作用を調べまとめたものである。

 Kチャネル開口薬は種々のアゴニストによる血管収縮を抑制するだけでなく、高度に冠血管選択的な弛緩作用や虚血に対する心筋保護作用が報告されており、虚血性心疾患に対する有用性が考えられる。しかし一方でKチャネル開口薬はin vivo心筋虚血モデルにおいて虚血心筋の血流を非虚血心筋がさらに奪ってしまう、いわゆるコロナリースチール現象を誘発する可能性が報告されている。コロナリースチール現象は冠動脈の細い部分を太い部分よりも強く弛緩させる薬物によって誘発され易く、また冠動脈の太い部分を選択的に弛緩させる亜硝酸薬では誘発されにくいとされている。しかし異なる太さの摘出血管でKチャネル開口薬の冠血管弛緩作用について直説比較した報告は今まで無かった。またKチャネル開口薬が亜硝酸薬様作用を有する場合、その冠血管弛緩作用が血管径によって受ける影響や、冠血管攣縮抑制作用を純粋なKチャネル開口薬の作用と比較した報告は無い。

 本研究ではKRN2391の冠血管弛緩作用の血菅径による違いおよび冠血管攣縮抑制作用について、純粋なKチャネル開口薬であるcromakalimの作用と比較することを目的としている。

 本論文は4章より構成されている。第1章では、ブタの摘出冠動脈の太い部分および細い部分における弛緩作用の比較から、cromakalimが細い血管をより強く弛緩させるのに対してKRN2391の弛緩作用は血管径の影響を受けないこと、またKBN2391のKチャネル開口作用と亜硝酸薬様作用は血管径によって発現の程度が異なり、細い部分においては前者の発現が強いことを初めて明らかにした。第2章では、KRN2391およびcromakalimによるラット摘出灌流心臓の冠灌流量増加作用について、前者の濃度作用曲線はKチャネル抑制薬glibenclamide処置による右方シフトが後者のそれよりも小さいことから、冠灌流量を決める冠抵抗血管においてもKRN2391は亜硝酸薬様作用を発現している可能性を示した。第3章では、ブタの摘出冠動脈において3,4-diaminopyridineが誘発する周期性収縮を亜硝酸薬が抑制すること、またKRN2391はcromakalimよりも強い周期性収縮抑制作用を示すが、これはKチャネル開口作用と亜硝酸薬様作用によるものであることを明らかにした。第4章では、ブタの摘出冠動脈においてKRN2391がendothelin-1収縮を強く弛緩させることを明らかにし、またcromakalimと比較して高カリウム収縮に対する弛緩作用が著しく強いのは亜硝酸薬様作用の関与が考えられることを示した。

 以上、本研究は異なる径の摘出冠血管における弛緩作用を直接比較することによって、純粋なKチャネル開口薬がコロナリースチール現象を誘発する可能性があること、また亜硝酸薬様作用を有するKチャネル開口薬ではこの可能性を小さくできることを明らかにした。また亜硝酸薬様作用を有するKチャネル開口薬は純粋なKチャネル開口薬と比較してより強い冠血管攣縮抑制作用を示すことを明らかにした。これらの結果はKチャネル開口作用による虚血性心疾患治療の可能性を検討する上で重要な意味含有すると考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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