学位論文要旨



No 212049
著者(漢字) 小山,和伸
著者(英字)
著者(カナ) オヤマ,カズノブ
標題(和) 技術革新をめぐる経営戦略と組織行動
標題(洋)
報告番号 212049
報告番号 乙12049
学位授与日 1995.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 第12049号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土屋,守章
 東京大学 教授 梅沢,豊
 東京大学 教授 大東,英祐
 東京大学 助教授 和田,一夫
 東京大学 助教授 藤本,隆宏
内容要旨

 本論においては、現代の大規模製造企業の技術革新をめぐる経営行動を研究対象とし、その経営行動を説明し得る論理を探求し、一つの行動モデルを提示する。その際、基本的な問題認識として、次のような現代的状況を踏まえている。第一に、研究開発の推進主体として企業がますます重要な役割を担いつつあること、第二に技術革新の科学的ないし技術的水準が高度化していること、第三に技術的変化が加速度化していることである。

 科学・技術的水準の高度化によって、研究開発は専門分化さわた専門家たちの協働によって進められざるを得なくなっている。科学者ないし技術者の個人的能力の高さは勿論重要だが、今日ではそれら専門家たちの協働のあり方が、革新の成否に大きな影響を与えるようになっている。現代の高度化した技術革新においては、多様な専門分野が多様なかたちで融合されねばならないからである。ここに、今日の技術革新が組織行動としての性質を持つに至っている必然性を見い出すことができる。

 こうした大規模かつ組織的な研究開発においては、当然その準備期間も遂行のための時間も長期化してくる。従って、企業は資本の面でも人的な面でも相当長期にわたって固定的な投入を行なわなければならなくなる。しかし、他方においてその技術的変化は激しさを増しており、企業の長期計画を無にするような脅威を示している。このような状況において、企業は単に短期計画の積み上げ式の長期計画とは異質な戦略的視野に立って、技術の趨勢を見据え、環境に対してむしろ積極的なグランド・デザインを展開してゆく必要に迫られているといえよう。ここに、企業が技術革新を、グランドデザインに基づいてめざしてゆく現代的背景を見ることができる。

 この場合、技術の長期的方向には、企業にとって2つの重要な側面がある。第一は科学および技術としての側面であり、第二はビジネスとしての側面である。すなわち、第一は科学・技術としての発展可能性であり、第二は事業としての将来性である。現代企業は、こうした科学あるいは技術の論理と、ビジネスの論理とを、創造的なかたちで融合し、長期的に展開する事業分野を決定してゆく必要に迫られている。ここで、本論で提示される3つの基本的な概念について説明しておく。主として科学ないし技術の論理に基づく長期的意思決定を、「研究開発の長期的展望」という概念にモデル化する。また、主としてビジネスの論理に基づいて決定される、事業展開の長期的意思決定を「経営戦略」と呼ぶ。そして、科学・技術の論理と、ビジネスの論理とを融合しつつ形成される基本方針を「技術革新へのグランドデザイン」と呼ぶ。すなわち、技術革新をめざす現代企業の行動モデルは、技術革新へのグランドデザインの形成および実行のプロセスとして記述される。

 本論では、企業内で科学・技術の論理とビジネスの論理とが様々な場面で重層的に融合されている姿を、技術革新へのグランドデザインの形成と実行のプロセスとして描写し、現代企業の技術革新をめぐる経営行動をモデル化する。先ず、本論第1章においては、先端技術分野に属する企業の事例と技術革新に関する文献を検討して、現代企業の技術革新をめざす企業行動が、組織行動となり、かつまた戦略的行動となってきている状況について説明し、また戦略論的観点からの研究が進められている現状を確認しておく。

 次に第2章では、研究開発の長期的展望と組織、そして経営戦略の3者間の影響過程について、主要概念を明らかにしながら説明する。3者間の影響過程は、相互的なものであり、互いに他のあり方に影響を与えている。技術革新が研究開発と同義でないことは言うまでもない。技術革新は、何らかの新しい製品ないし製法を生み出すばかりではなく、それを市場に受容させ普及させることをも意味している。現代企業の技術革新をめざす行動について、それを説明し得る論理を検討するためには、上記の如き現代企業を囲む状況を充分に認識することが必要であろう。その状況の理解の中から、現実の企業行動のモデルとなり得る技術革新へのグランドデザインのあり方が明らかになってくる

 第3章第1節において、技術革新へのグランドデザインの説明がなされる。技術革新へのグランドデザインは、企業が将来的に進めてゆく技術革新の方向を示すものであり、科学・技術の論理とビジネスの論理の双方に立脚している。技術革新へのグランドデザインは、次の3つの主要な意思決定を含んでいる。すなわち、第一に将来的に追求する技術革新タイプの選択、第二に選択されたタイプの技術革新を実現してゆくための実行計画の作成、第三にさらに長期的な視野に立った、選択革新タイプの移行プランの展望である。

 第3章第2節においては、技術革新を基本的技術の新規性と技術的成果の新規性、および開拓市場の新規性という3つの基準によって8種類のタイプに分類する。基本的技術の新規性の高さは、革新がどの程度基本的・基礎的な部分に立ち入ったものであるかによって計ることができる。ここで、技術の発展可能経路という概念を用い、基本的技術体系が実用的な製品ないし製法として応用されるプロセスを考え、中核部に近い革新ほど基本的技術の新規性は高いものとみなす。また、技術的成果の新規性とは、新しい製品ないし製法が発揮し得る性能・機能等がどれくらい新しいかを示す基準である。この2つの基準によって、技術革新は4つに分類される。これに開拓される市場の新規性を基準として加えれば、8つの革新類型が分類される。

 基本的技術の新規性の基準は、科学・技術の論理から重視される基準であり、開拓市場の新規性はビジネスの論理から重視される基準である。技術的成果の新規性は、この双方の論理をつなぐ観点から重視される基準である。企業は,産業の成熟度と自らの保有する資源状況とを考慮して、いずれかの革新類型をできるだけ合理的に選択し、その実現に向けて努力を集中してゆこうとしている。もし、ここで場あたり的に相矛盾する革新を追求するならば、その不効率は逃れず、回復不可能な浪費と失敗を招くことになるだろう。

 第3章第3節では、かかる革新類型の選択問題について、産業における技術および市場の成熟度と、企業内の諸資源といった変数を考慮しながら検討を進め、産業のライフサイクルと革新類型の整合性に関する検討も行なってゆく。

 第3章第4節では、基本的技術の新規性の高い型の革新と低い革新とに主たる分類基準をおいて、研究開発主導型と市場主導型の革新について、その実行プロセスを記述し、そこにおける重要な問題を検討してゆく。

 第5節では、より長期的な視野に立って、企業が追求する革新類型を計画的に移行させてゆく行動について議論する。事例を交えつつ、革新類型の移行の可能性を検討し、移行を戦略的な意図をもって行なうことの意味を説明する。

 また第6節においては、複数の異なるタイプの技術革新を追求している現代の大規模企業の現実を踏まえて、R&Dポートフォリオの議論を行なう。現代の大企業は、複数の異種産業ないし製品-市場領域に多角化しているために、追求する革新のタイプは複数となるが、そこでは合理的かつ整合的な革新タイプのバランスが考慮されているはずである。R&Dポートフォリオは、かかる議論を検討するための概念を提示する。

 第4章においては、上記のような技術革新を現代企業が組織として行なう際の問題点と、その解決策を検討する。技術華新が広汎な組織行動とならざるを得ない今日のような状況下では、技術革新をめぐる組織的問題が大きな意味をもつ。第1節において、革新に関する多様な情報の収集・処理・伝達に関わる間題や、技術的知識の重要度のハイアラーキーと決定権限のハイアラーキーの不調和といった問題が提起される。第2節においては、技術革新をめぐる企業組織内の情報管理について検討を進める。また第3節以下では、企業の組織としての革新性の問題を、独創性と順応性とに分けて検討を進め、さらに研究組織の構成に関する問題を検討してゆく。ここで提示される機能別研究組織、および研究機能横断的な相互作用などは、考えられるひとつの構成形態である。こうした議論を通じて、現代企業の研究開発組織に関する様々な編成ないし再編成の動きを、説明し得る論理が明らかにされてくることが期待される。

 第5章では、第4章第3節以降で提起した独創性と順応性の異質性の問題を、技術革新におけるディレンマとして検討する。第1節において、このディレンマが研究活動と開発活動の異質性の問題として論じられ得ることを示し、第2節では技術的成果の集合内にトレードオフ関係が存在していることを示す。第3節では、研究活動と開発活動の二律背反的関係が、目標とする技術的成果のトレードオフ関係を通じて表現され得ることを示すとともに、バランスのとれたR&D資源配分のためのマネジメント・ツールを提唱してゆく。

 本論で示されるモデルは、戦略やグランドデザイン,組織行動などの概念を用いて、現実の企業行動の事例から、その論理を演繹して構築したものである。このモデルによって、現実の企業行動に内在する因果関係の連鎖が、より明快に理解され、また説明され得るようになるものと期待している。

審査要旨

 本論文は、現代の大規模製造企業の中でなされている技術革新の活動についての理論的枠組みを提示し、そこから演繹的に命題をたてて、現実の活動を説明するとともに、その活動をリードする指針を得ようとしている。

 現代では多くの産業で技術革新が盛んになされているが、それらが企業の主体的な意図によって進められ、しかもそのための研究開発活動が企業の中で組織的になされている。このことを考慮すれば、本論文の上記の問題意識は、現代の企業および経済社会の理解にとって大きな意味がある。経営学の分野において、このような問題意識で体系的になされた研究は少なかっただけに、この研究は経営学に新しい知見を加えるものといえる。

 本論文では、まず出発点でその問題に関連した諸概念を明確に定義して議論を進めている。企業が押し進めようとする技術革新とは、研究開発の成果を通じて事業展開の方法を変革することを意味する。研究開発には、技術的アイディアを創出する研究と、具体的製品製法を実現する開発の2段階があり、さらに研究には科学的知識の増進のための基礎研究とその成果を開発につなげていく応用研究がある。

 現代の大企業は、自ら基礎研究を進めているとは限らないが、上記の意味での研究開発に対しては組織的な資源投入をしている。本論文の概念上の特徴の第1は、企業の行う研究開発は科学技術の論理に導かれる「研究開発の長期的展望」によって進められ、これとは別に市場ないし利益の長期的展望を見据えた「経営戦略」があって、この二つの長期展望の相互作用を通じて、それぞれの企業が進める「技術革新へのグランドデザイン」が描かれるというものである。

 上記3つの鍵となる要素概念の他に、現代の技術革新の主体である大企業が組織として存在している以上、その組織のあり方は、「経営戦略」および「研究開発の長期的展望」と相互に影響し合う関係にあり、経営活動とか研究開発活動の成果をも左右している。そうであれば当然のことながら、組織のあり方は「技術革新へのグランドデザイン」にも反映し、その成否にも関連している。企業が進める技術革新の活動を組織活動として見て、組織のあり方との関連でこの問題を論じている点が、本論文の論旨における第2の特徴である。

 本論文の構成は、以下のようになっている。

 序章 技術革新をめぐる現代企業の行動論理

 第1章 事例研究と研究開発研究諸説

 第2章 研究開発の長期的展望と経営戦略及び組織との相互作用

 第3章 技術革新のグランドデザイン

 第4章 技術革新をめぐる組織行動

 第5章 技術革新におけるディレンマ

 第6章 結論

 序章では、上述の問題意識と基本的枠組みが論じられている。

 第1章前半では、このような問題意識を得るための基礎として、現実の大企業の研究開発活動と技術革新活動についての調査の結果を提示している。事例研究として取り上げた企業名は、日立製作所、日本電気、東芝、松下電器、三菱化成、三菱重工業などの大企業であるが、このうち日立製作所については、同社の中央研究所を足繁く訪れて、研究管理者との討論から本論文の問題意識についての示唆の多くを得たことを伺わせている。

 第1章後半で、企業の研究開発ないし技術革新活動についての経営学の分野でのこれまでの諸研究をサーベイしている。研究史的に問題を引き出すようなサーベイにはなっていない点が難点であるが、これまでの諸説が網羅されて解説されたことと並んで、本論文の問題意識と枠組みをこれら既存の諸説と対比して際だたせた点は評価できる。

 第2章は、本論文の概念上の特徴として上述した2つを、より詳細に説明している。企業の中でなされる研究開発は、短期的な思い付きで問題を選ぶのではなく、技術の発展の経路を長期的に展望しながら選択されていること、それが経営戦略や組織と緊密に相互作用する程度が高まりつつある現代企業の状況が論じられている。

 第3章は、科学技術の論理に導かれる「研究開発の長期的展望」と、ビジネスの論理に導かれる「経営戦略」との、双方に立脚する「技術革新へのグランドデザイン」の形成過程を、技術革新の類型に分けて論じている。技術革新の類型は、まず「基本的技術の新規性」の大小と、「技術的成果の新規性」の大小とのマトリックスをとって、4つに分ける。基礎の技術はまったく新規だが、成果としての製品は従来の製品とさして変わらないものもあるば、逆に用いられる技術にはさして変化はないが出て来る製品はまったく新規であるなどの類型である。

 この2次元の類型化に続いて、さらに「開拓市場の新規性」の大小が付け加えられて、3次元的に8類型が示される。技術革新の機会が研究開発主導で始まるときと市場のニーズに導かれて始めるときがあるが、それらはそれぞれに技術革新の類型を上記の8類型のなかから選択し、それぞれにあった実行プロセスが計画化される。

 この第3章で示された立体的な技術革新の8類型が、本論文の中心部分である。この8類型を用いれば、ある技術革新が着手され遂行されていく過程で、産業の動向と自社の内的資源状況とが勘案されて、初期に選択された類型から別の類型に移行していくことが理解され、この類型の移行プランも、技術革新のマネジメントにとって重要な意思決定事項になる。さらにこの8類型に導かれて、現代の大企業が社内で同時に進行させている複数の技術革新プロジェクトについても、この類型で分けた理想的なポートフォリオについて議論することができる。

 第4章は、技術革新の8類型のそれぞれに関わって生じて来る組織の問題を論じている。企業活動は組織としてなされるのであるから、技術革新活動でも、着手され移行される類型のそれぞれに従って、組織の問題が生じて来る。研究者の動機づけや独創性を高めるなど具体的に提起される諸問題は、この類型にしたがって解決方法を考えることによって、現実的な議論を展開することができる。

 第5章は、上記の理論展開の過程で残されたいくつかの問題の解決に対して、適用できると思われる考え方や手法を論じているが、この章はそれ自体補論的な部分であり、全体の流れの中で積極的な意味を持っていない。

 さて、本論文を審査する経過で、委員の間での評価は必ずしも一致したものではなかった。問題意識については委員全員その重要性について共鳴しているし、この問題を取り上げて既存の研究を渉猟し、現実の企業の中でヒヤリングを進めた研究姿勢については評価された。第2章で提示された理論的枠組みについては、審査の過程で審査委員と論文提出者の間でフィードバックがあり、この点について問題はないとされた。

 審査委員会で議論された本論文の難点は、演繹的に提示されている諸命題が、現実の企業の研究開発活動や技術革新活動において、どこまで検証されているのか、またそれら命題が現実の企業活動に対して指導性のある指針として、どこまで意味を持つかという点であり、これらについて意見の不一致があった。しかし、経営学において研究開発のマネジメントについての研究は、研究史的蓄積がまだ不十分であり、現実の企業においても、それぞれの企業がいまだに試行錯誤的に理論や手法を模索している段階であるが、本論文の研究はとにかくこの問題に取り組み、一つの理論を提示して、現実の企業活動の理解を一歩進めたことは確かである。このことを勘案すれば、いくつか難点はあるにせよ、この研究分野で新しい地平を開いたということができる。

 審査委員会は以上の点を考慮して、本論文が博士論文として合格であるということで一致した。

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