精神科リハビリテーションの歴史の中で、職業問題は大きな課題であった。しかし、これまでさまざまな工夫や努力が行われてきたにもかかわらず、就職するものの数は、アルバイトやパートタイムを含めても50%をこえず、正社員は10〜20%程度であろう。障害者雇用促進法の改正やILO159号条約の批准などによって、職業リハビリテーション領域でも精神障害者の雇用促進対策が進められようとしているが、医学的リハビリテーションとの連携は不十分である。 リハビリテーションを効果的に行うには適切な評価法が欠かせないが、これまで用いられてきたものは定性的評価が主で、きめの細かさや含蓄の深さなどの利点はあるが統計処理や比較にはなじまない。定性的評価の良さを生かしつつ定量的な評価を行うことができれば、職業領域との連携もより円滑に運ぶであろうし、国や地方自治体の施策に反映させることも可能になるであろう。 そこで、東京都立中部総合精神保健センターの作業訓練部門における日常的な行動観察記録から、定量的な評価に変換する評価表を試作した。評価軸には職業心理学などで用いられるワークパーソナリティ(以下WPと略)という概念を導入し、評価表の信頼性および妥当性の検討を行った。 WPとは、仕事を効率的に行うことを可能にするさまざまな能力、動機づけや価値観、労働への構えなどを総称する概念で、職業場面における行動パターンとして把握されるものとされている。また、特定の職業に長く適応することによって獲得される特性と、どのような職業であれ職業人として欠かせない基本的な特性というふたつの意味を持つという。 精神分裂病者の職業的な困難は、この第2の意味のWPに、障害ないし発達の遅れがあるために生じていると思われることが少なくない。したがって、WP障害の測定がリハビリテーション診断、すなわち現在の障害の把握や適切な訓練手段の選択、予後の予測などに役立つ可能性がある。 評価表作成は以下の手順で行った。 (1)文献研究によってWP概念の整理をおこない、構成概念として「役割の認知と受容」「対人関係」「指導や指示への反応」「狭義の作業遂行力」の4概念を抽出した。 (2)作業訓練における行動観察記録から評価表現を収集し、上記構成概念に合わせて類似表現を分類、整理して15の評価項目を決定した。 (3)各項目について、対照的な表現を両極に置く5段階の障害評価基準を定め、(2)で収集した評価表現を、キーワードとして収録した得点化の手引きを作成した。 (4)3名の評価者による、20例に対する信頼性(評価者間一致度)の検定を、級内相関係数(ANOVA-ICC)を用いて行った。また、各得点の加算として得られる得点については、あわせてCronbachの 係数を求めた。 WP障害評価表の項目は以下の通りである。 (役割の認知と受容) (1)作業に対する必要以上の緊張や恐れ。 (2)作業への集中の持続。 (3)作業場面の習慣を身につける。 (4)規則的な参加。 (5)熱心さ。 (対人関係) (6)行動上の同僚への配慮。 (7)同僚との交流量。 (8)指導者への依存性。 (9)指導者との社会的関係。 (指導や指示への反応) (10)指示の理解と遂行。 (11)意思表示・質問。 (12)批判や注意への反応。 (狭義の作業遂行力) (13)作業速度。 (14)正確さ・丁寧さ。 (15)疲れやすさ。 ANOVA-ICCによる評価者間一致度は実用上問題のないレベルであったので、次に、DSM-IIIRによって精神分裂病と診断された、東京都立中部総合精神保健センター作業訓練部門利用者71名を対象に、入所後1カ月および退所前1カ月の行動観察記録から得点化を行った。あわせて、入所時の陽性症状(幻覚、妄想、奇異な行動)および陰性症状(感情の平板化、思考の貧困、意欲低下)の評価を5段階で行った。また、文献上職業的予後の予測因子とされる職業歴、病歴に関する指標を収集した。 これらのデータを統計的に検討した結果、以下のような結論を得た。 (1)入所時障害得点の因子分析の結果、抽出された因子の意味および項目間の関連は、はじめに定義した構成概念とほぼ一致し、評価表の構成概念妥当性が示された。また、対人関係の障害は同僚、指導者との間で異なった意味を持つと考えられた。 (2)退所時転帰別に入所時の平均障害得点を比較したところ、就職群が有意に低い障害得点を示した。また、転帰と入所時障害得点との間に有意の相関が認められた。これらは評価表の予測妥当性を示すものと考えられた。 (3)各構成概念得点から作成した「WP障害プロフィール」は、各利用者の臨床的特徴をよく表現し、WP障害の類型化が可能であると思われた。 (4)陰性症状得点とWP障害得点において、転帰との関連が認められた。症状得点とWP障害得点の関連では、陽性症状得点が総合、役割、対人得点と正の相関を持ち、これらの側面において職業準備性を損なっていると考えられた。陰性症状得点はWP障害得点の全側面と相関を持っていた。そこで、陰性症状とWP障害との異同を考察した。 (5)WP障害得点の一部は年令と負の相関を持ち、WPが年令とともに発達、成熟するという仮説を立証すると考えられた。 (6)入所時と退所時の障害得点を比較すると、対人得点が有意に減少することから、通所作業訓練によって、対人関係障害を中心に適応的側面での効果があることが認められた。しかし、狭義の作業遂行力には大きな変化がみられず、限られた期間における効果に限界があると考えられた。 (7)職業的予後の予測因子に関する先行研究との比較では、一部に一致する結果がみられた。しかし、職業歴、病歴に関する指標はいずれも一致せず、これらによって、一元的に転帰を予測することは困難であると考えられた。 以上から、WP概念とその障害の評価が、精神障害者の職業リハビリテーションに有用であると考えられた。また、本研究を基礎に、Prospectiveな方法による追跡調査、WP障害プロフィールと予後や訓練手段との関連などが今後の研究課題として残された。 |