学位論文要旨



No 212055
著者(漢字) 佐藤,伸一
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,シンイチ
標題(和) 限局性強皮症における抗ヒストン抗体
標題(洋)
報告番号 212055
報告番号 乙12055
学位授与日 1995.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12055号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,幸治
 東京大学 教授 浅野,茂隆
 東京大学 助教授 金井,芳之
 東京大学 講師 竹内,二士夫
 東京大学 講師 平井,久丸
内容要旨

 限局性強皮症における硬化性変化は皮膚およびその下床の皮下脂肪組織に限局し、汎発性強皮症(systemic sclerosis;SSc)にみられるような内臓病変の合併、レイノー現象、肢端硬化症を欠き、また限局性強皮症からSScへの移行は極めて稀であることから、限局性強皮症はSScとは異なる疾患と考えられている。

 限局性強皮症の病因については現在もなお不明であるが、限局性強皮症、特にgeneralized morpheaではSScに匹敵するほどの多彩かつ高度の免疫学的異常を呈することから、本症の発症の背景に何らかの免疫学的異常が関与していることが強く推察されている。限局性強皮症で認められる免疫学的異常としては、抗核抗体、抗single-stranded DNA(ssDNA)抗体、リウマトイド因子(rheumatoid factor;RF)、LE細胞現象などが報告されている。このうち抗核抗体の陽性率は培養細胞を基質とした蛍光抗体間接法では46.2-80%と報告されている。またこの抗体はSScで検出される抗セントロメア抗体、抗トポイソメラーゼI抗体、抗U1RNP抗体とは異なっており、限局性強皮症に検出される抗核抗体の対応抗原については現在までほとんど不明であった。

 そこで我々は予備実験としてHeLa S3細胞より抽出した粗な核抗原を用いた免疫ブロット法にて限局性強皮症患者血清との反応性を調べたところ、ヒストンと考えられる位置に反応を認めた。そこでヒストンが対応抗原であるという仮説のもとに、精製ヒストンを抗原としたenzyme-linked immunosorbent assay(ELISA)、免疫ブロット法を用いて検討した。さらにヒストンによる吸収試験、抗ヒストン抗体(antihistone antibodies;AHA)とRFとの交叉反応性、AHAの臨床的意義についても解析を加えた。

 対象として限局性強皮症患者49例の血清を用いた。限局性強皮症患者は(1)generalized morphea 15例、(2)linear scleroderma 22例、(3)morphea 12例の3型に分類された。コントロールとして(1)健常人20例、(2)全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus;SLE)の症状を伴わない慢性円板状エリテマトーデス(discoid lupus erythematosus;discoid LE)12例、(3)SSc 45例を用いた。Generalized morpheaは(1)皮疹の形態がmorphea型かlinear型かに拘らず、直径3cm以上の皮疹が4個以上認められること、(2)全身を頭頚部、右上肢、左上肢、体幹前面、体幹後面、右下肢、左下肢の7つの部位に分けた場合に、その2つ以上の部位に皮疹が分布していることの2項目を満たすものと定義した。

 HEp-2細胞を基質とした蛍光抗体間接法にて抗核抗体は限局性強皮症全体では49例中30例(61%)に陽性であった。限局性強皮症の中では抗核抗体はgeneralized morpheaで最も高頻度で、その15例中14例(93%)に検出され、linear sclerodermaでは50%、morpheaでは42%であった。染色型については分裂期において凝集した染色体が強く染まるhomogeneous型が抗核抗体陽性例中90%に認められた。

 精製ヒストンを抗原として用いたELISAにて限局性強皮症全体ではIgG型あるいはIgM型AHAは49例中23例、47%に検出された。限局性強皮症の中ではgeneralized morpheaで15例中13例、87%と最も高率に陽性であり、linear sclerodermaでは32%(7/22)、morpheaでは25%(3/12)に陽性であった。SScではAHAは18%(8/45)にしか検出されなかった。限局性強皮症あるいはgeneralized morpheaにおけるAHA陽性率はSScのそれに比して有意に高率であった(それぞれp<0.005、p<0.0001)。一方AHAはdiscoid LEや健常人では検出されなかった。AHA陽性例について群間における力価の検定を行ったところ、限局性強皮症の3群間ではAHAの力価に有意な差は認められなかった。しかしながらIgG型AHA力価ではgeneralized morpheaとSScとの間に(p<0.05)、IgM型AHA力価ではlinear sclerodermaとSScとの間に(p<0.005)それぞれ有意な差が認められた。

 次いで限局性強皮症におけるELISAによる抗ssDNA抗体および抗double-stranded DNA(dsDNA)抗体の頻度、ラテックス凝集法によるRFの頻度について検討した。IgG型抗ssDNA抗体は限局性強皮症全体では49例中18例、37%に陽性であった。限局性強皮症の中ではgeneralized morpheaに最も高率で15例中11例、73%に陽性であり、linear sclerodermaでは32%、SScでは20%であった。またIgG型抗ssDNA抗体の存在はIgG型AHA(p<0.0005)およびIgM型AHA(p<0.002)の存在と有意に相関していた。一方IgG型抗dsDNA抗体は限局性強皮症を含め検討したすべての血清で陰性であった。

 IgM型RFは限局性強皮症全体で49例中15例、31%に陽性であり、限局性強皮症の中では、AHAや抗ssDNA抗体と同様にgeneralized morpheaに最も高率で15例中11例、73%に検出され、linear sclerodermaでは14%、morpheaでは8%に陽性であった。一方SScでは36%に陽性であった。またIgM型RFの存在はIgG型AHA(p<0.01)およびIgM型AHA(p<0.0001)の存在と有意に相関していた。

 次にIgG型AHAの存在を確認するため、また各ヒストン分画との反応性を検討するため、ELISAにてIgG型AHAが陽性であった血清について精製ヒストンを抗原とした免疫ブロット法を施行した。Generalized morphea、linear sclerodermaでは一部の症例で他のヒストンにも弱い反応が認められたものの、主としてヒストンH1およびH3と反応した。

 蛍光抗体間接法におけるHEp-2細胞上のhomogeneous型の染色がAHAによるものかどうかを検討するため、ヒストンによる吸収試験を行った。検討した6血清すべてにおいてそのHEp-2細胞上のhomogeneous型の染色パターンは精製全ヒストンにて吸収された。このように限局性強皮症におけるhomogeneous型の染色パターンはヒストンに対する抗体により生じていると結論された。

 上述した如くIgM型RFはIgG型AHA、特にIgM型AHAと強い相関が認められた。そこで限局性強皮症におけるRFとAHAとの間の交叉反応性の有無について検討するため、ヒトIgG結合ラテックス粒子によるRF活性の吸収試験を行った。Linear sclerodermaの1例においてIgG型AHA力価がRF活性吸収後で32%低下したものの、残りの5血清においてはELISAでのIgG型AHAの力価およびIgM型AHAの力価は吸収後低下しなかった。一方IgM型RFの力価については検討した血清全例で、RF活性の吸収後に11-54%の低下が確認された。従って限局性強皮症患者血清で検出されるAHAはRFとの交叉反応性によるものではないと考えられた。以上の結果より、限局性強皮症で検出される抗核抗体の主要対応抗原はヒストン(特にヒストンH1およびH3)であることが示された。

 AHAと臨床症状との相関については、IgG型あるいはIgM型AHAは皮疹の総数(p<0.0001)および皮疹の分布する体の部位数(p<0.0005)と強く相関していた。皮疹の分布する体の部位数とは前述したように体を7つの部位に分け、1つの部位に1個以上の皮疹がある場合を1として、その総数を計算したものである。現在までgeneralized morpheaの定義については諸家で見解の一致をみておらず混乱していた。筆者は経験的にgeneralized morpheaを皮疹の形態学的特徴に拘らず4個以上の皮疹を有し、それが体の2つ以上の部位に多発性にみられるものと定義した。この定義はAHAに伴って認められた臨床的特徴と類似していたため、この定義の妥当性はAHAという血清学的な指標によっても支持されるものと考えられた。

 AHAは当初薬剤誘発性ループスの90%以上に検出され、薬剤誘発性ループスに特異的と考えられていたが、ELISAや免疫ブロット法などの感度の高い検出法の導入により最近ではSLE、慢性関節リウマチ、混合性結合組織病、SSc等においても、薬剤誘発性ループスにおける陽性率より低率ではあるものの検出されることが明らかとなった。我々の検討ではELISAにてgeneralized morpheaの87%にAHAが検出され、この頻度は薬剤誘発性ループスにおける頻度にほぼ匹敵するものであった。このようなgeneralized morpheaにおけるAHAの高い陽性率については過去に報告はない。

 今回の検討で抗ssDNA抗体はgeneralized morpheaの73%に検出され、AHAの存在と強く相関していた。これに対しgeneralized morpheaでは1例も抗dsDNA抗体は検出されなかった。同様に薬剤誘発性ループスにおいても抗ssDNA抗体は70-80%に検出されるとされ、またAHAが普遍的に陽性であるにも拘らず、抗dsDNA抗体は検出されないと報告されている。このようにgeneralized morpheaと薬剤誘発性ループスは共通した免疫学的異常を有していることは興味深い。Generalized morpheaと薬剤誘発性ループスの発生機序は全く同一ではないが、少なくともその発生機序の一部に共通のものがあると考えられ、以上の結果は今後generalized morpheaの発症機序を解明する上で1つの鍵となる可能性があるものと考えられた。

審査要旨

 本研究は限局性強皮症患者血清において高率に検出され、本症の発症に関与していることが強く推察されている抗核抗体の対応抗原を明らかにするため、免疫ブロット法、enzyme-linked immunosorbent assay(ELISA)等を用いて解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

 1.予備実験としてHeLa S3細胞より抽出した粗な核抗原を用いた免疫ブロット法にて限局性強皮症患者血清との反応性を調べたところ、ヒストンと考えられる位置に反応を認めた。そこでヒストンが対応抗原であるという仮説のもとにさらに解析を加えた。

 2.精製ヒストンを抗原として用いたELISAにて限局性強皮症全体ではIgG型あるいはIgM型抗ヒストン抗体(antihistone antibodies:AHA)は47%に検出された。限局性強皮症の中ではgeneralized morpheaで87%と最も高率に陽性であり、linear sclerodermaでは32%、morpheaでは25%に陽性であった。このようにELISAを用いた系では、限局性強皮症患者血清は高率に精製ヒストンと反応することが示された。

 3.ELISAにてIgG型AHAが陽性であった血清について精製ヒストンを抗原とした免疫ブロット法を施行した。Generalized morphea、linear sclerodermaでは一部の症例で他のヒストンにも弱い反応が認められたものの、主としてヒストンH1およびH3と反応した。従って免疫ブロット法を用いた系で、ELISAにて検出されたIgG型AHAの存在が確認され、またその主要対応抗原はヒストンH1およびH3であることが示された。

 4.限局性強皮症患者血清による蛍光抗体間接法におけるHEp-2細胞上のhomogeneous型の染色がAHAによるものかどうかを検討するため、ヒストンによる吸収試験を行った。検討した6血清すべてにおいてそのHEp-2細胞上のhomogeneous型の染色パターンは精製全ヒストンにて吸収された。このように限局性強皮症におけるhomogeneous型の染色パターンはヒストンに対する抗体により生じていると結論された。

 5.IgM型リウマトイド因子(rheumatoid factor:RF)はIgG型AHA、特にIgM型AHAと強い相関が認められた。そこで限局性強皮症におけるRFとAHAとの間の交叉反応性の有無について検討するため、ヒトIgG結合ラテックス粒子によるRF活性の吸収試験を行った。Linear sclerodermaの1例においてIgG型AHA力価がRF活性吸収後で低下したものの、残りの5血清においてはELISAでのIgG型AHAの力価およびIgM型AHAの力価は吸収後低下しなかった。従って限局牲強皮症患者血清で検出されるAHAはRFとの交叉反応性によるものではないことが示された。

 6.AHAと限局性強皮症の臨床症状との相関については、IgG型あるいはIgM型AHAは皮疹の総数および皮疹の分布する体の部位数と強く相関していた。現在までgeneralized morpheaの定義については諸家で見解の一致をみておらず混乱していた。筆者は経験的にgeneralized morpheaを皮疹の形態学的特徴に拘らず4個以上の皮疹を有し、それが体の2つ以上の部位に多発性にみられるものと定義した。この定義はAHAに伴って認められた臨床的特徴を反映していたため、この定義の妥当性はAHAという血清学的な指標によっても支持されるものと考えられた。

 以上、本論文は限局性強皮症で検出される抗核抗体の主要対応抗原はヒストン(特にヒストンH1およびH3)であることを明らかにした。本研究はこれまで知られていなかった、限局性強皮症患者に認められる抗核抗体の対応抗原を明らかにすることによって、generalized morpheaの臨床上の定義を明確にし、さらに限局性強皮症、特にgeneralized morpheaが薬剤誘発性ループスと共通した免疫学的異常を呈していることを示した。Generalized morpheaと薬剤誘発性ループスの発生機序は全く同一ではないが、少なくともその発生機序の一部に共通のものがあると考えられ、以上の結果は今後generalized morpheaの発症機序を解明する上で1つの鍵となる可能性があると考えられ、学位の授与に値するものと認められた。

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