学位論文要旨



No 212056
著者(漢字) 佐藤,紀子
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ノリコ
標題(和) 成熟児の新生児仮死に関する研究 : 臍帯動脈血pHとアプガースコア及び予後との関係
標題(洋)
報告番号 212056
報告番号 乙12056
学位授与日 1995.01.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12056号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 教授 日暮,眞
 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 助教授 早川,浩
内容要旨 目的

 近年の周産期医療の発達により、胎児仮死の早期発見が可能となり、適切な急速遂娩と新生児蘇生処置により、新生児仮死の頻度も予後も改善しうると考えられている。しかしながら、成熟児の重症仮死は、今日なお神経学的に重篤な後遺症を残すことがあり、その実数においても新生児医療の中で重要な部分をしめているが、分娩をベースに包括的に検討した報告は少ない。総合母子保健センター愛育病院においては、1980年9月に母子センター開設以来、分娩監視装置による分娩の管理と、ハイリスク分娩全例に新生児科医が立ち会うシステムを確立し、新生児仮死に対応してきた。そこで今回、当院における過去13年間の分娩例から成熟児における新生児仮死の頻度とその長期予後を明かにし、分娩管理の評価をすると同時に、臍帯血血液ガス所見と生後早期の血液ガス所見を中心に、予後との関連において成熟児の新生児仮死の臨床像を明らかにするため、新生児仮死例について検討した。

対象及び方法

 1980年9月から1992年12月までに愛育病院で出生した新生児のうち、出生体重2500g以上かつ在胎週数37週以上の成熟児を対象とし、1分後アプガースコア6点以下の症例を新生児仮死例とした。さらに、このうち1分後アプガースコア3点以下の症例を重症仮死、4-6点の症例を軽症仮死として検討した。これらの臍帯動脈血を採取し、さらに生後の状態に応じて新生児の動脈血を採取し、先の臍帯動脈血とともに血液ガス分析をおこなった。分娩時には原則として全例に分娩監視装置による管理をおこない、その記録から胎児仮死を診断した。なお染色体異常例と致死的先天異常例は検討から除外した。対象例について新生児仮死の頻度、産科的因子、新生児期の異常、血液ガス所見、長期予後について検討した。仮死の発症率については、調査期間を3年毎に区切って、4期にわけ、その年次推移を検討した。神経学的予後については、1年以上の追跡をおこない、脳性麻痺、精神発達遅滞、てんかんと診断されたものを神経学的予後不良例とした。また、仮死の臨床像を検討する際には、出生年度のみ対応させて抽出した、1分後アプガースコア7-10点の成熟児424例を正常対照例として比較検討した。

 統計学的検討にはt検定、x2検定およびフィッシャーの直接確率計算法を用いた。

結果(1)新生児仮死の頻度と予後

 前記期間中の出生数は14,040例で、このうち1分後アプガースコア6点以下の新生児仮死例は424例(3.0%)、3点以下の重症仮死例は86例(0.61%)であった。このうち死亡または神経学的予後が不良であったものを予後不良例としたが、これらは10例(0.071%)であった。なお、424例のうち12カ月以上追跡された症例は302例(70.9%)であった。

 新生児仮死の発症率について3年毎の変化をみると、80-3年は2.7%、84-6年は2.8%、87-9年は3.1%、90-2年は3.3%とわずかに増加傾向がみられた。1分後アプガースコア3点以下の重症例について、先と同じ方法で3年毎の変化をみると、同様にわずかな増加傾向がみられた。予後不良例の発症率について仮死の発症率の場合と同様に3年毎の変化をみると、出生1000に対し、0.77、0.83、0.79、0.53と、わずかに減少しているが、有意差はみられなかった。

(2)新生児仮死症例の臨床

 重症新生児仮死86例の出生体重は3208.8±391.1g(mean±S.D.)、在胎週数は40.1±1.1週(mean±S.D.)であった。

 重症仮死例では、5分後アプガースコアが6以下のものが、29例(33.7%)、分娩時に気管内挿管による蘇生を必要としたものが、40例(46.5%)と、いずれも軽症仮死例、正常対照例に比べ、有意に高率であった。

 重症仮死例での主な合併症は、一過性多呼吸18例、胎便吸引症候群(以下MAS)6例、低酸素性虚血性脳症(以下HIE)6例で、これらは軽症仮死例、正常対照例に比べ、高率に発症しており、有意差を認めた。また、頭蓋内出血(以下ICH)2例、胎児循環遺残(以下PFC)1例であった。

 臍帯動脈血pHは、重症仮死例では7.11±0.14(mean±S.D.)、軽症仮死例では7.17±0.11(mean土S.D.)、正常対照例では7.27±0.07(mean±S.D.)と、それぞれ有意差を認めた。さらに胎児仮死の有無による比較では、重症仮死例の場合、胎児仮死のある群では臍帯動脈血pHは7.08±0.14(mean±S.D.)、 胎児仮死のない群では7.19±0.11(mean±S.D.)、と前者で有意に低値だった。

 重症仮死例のうち、胎児仮死がない2.6例にはHIEは認められなかったが、ICHによる死亡例1例を認めた。

 重症仮死例のうち、5分後アプガースコアが7未満のものは、4例をのぞき臍帯動脈血pHは7.20未満であった。しかし、臍帯動脈血pHが7.10以下でも蘇生処置の結果5分後アプガースコアが7以上に改善している例は予後良好であった。

(3)動脈血pHの生後の変化と予後

 臍帯血と生後1時間以内の動脈血での血液ガス分析がおこなわれた32例についてのみ、生後のpHの変化を検討した。臍帯動脈血pHが7.10以下であった21例のうち、動脈血pHが生後1時間以内に7.15以上に上昇していた10例は予後良好であったが、7.15未満であった11例では、うち3例がHIE、1例がMAS、1例が気胸、2例がPFC、4例に呼吸管理を必要とした。また、1例が早期新生児死亡、1例が脳性麻痺と早期新生児期の状態、長期予後ともに不良であった。さらに、正常経過例、一過性多呼吸、MAS、HIE、ICH、PFCについて、臍帯動脈血と生後1時間以内の血液ガス所見の変化を比較すると、各疾患に特徴的な所見がみられ、合併症の病態を予測する上からも、臍帯動脈血所見を知ることは極めて有用であった。特に、MASの2例では、臍帯動脈血pHが7.20以上であるにもかかわらず、生後に急激なpHの低下がみられた。

(4)予後不良例の検討

 死亡例および神経学的予後不良例は10例であり、うち早期新生児死亡は4例であった。10例の内訳はHIE6例、ICH4例で、10例中9例に胎児仮死を認めた。

考察及びまとめ

 一般に正期産の新生児では周産期の異常にもとづく後遺症ならびに死亡は1000例のうち1例以下とされている。今回の検討では、予後不良例は全体で0.071%で、比較的良好な結果であった。今回、全分娩例に分娩監視装置を用いて管理し、ハイリスク分娩に必ず小児科医が立ち会うシステムは、全期間を通じて維持されており、このシステムは新生児仮死例への対応策として有効であった。

 新生児仮死の予後を予知する因子としては1分後アプガースコアよりも5分後アプガースコアのほうがより重要とされ、今回の症例でも5分後アプガースコアが7以上のものは予後良好であった。重症仮死でも胎児仮死のみとめられない症例では、一般に臍帯動脈血pHは高く、生後の蘇生への反応もよいことが確認された。また、臍帯動脈血と生後早期の動脈血の血液ガス所見を比較すると、合併症による特徴的変化が明かとなった。特に、胎便吸引症候群(MAS)では、臍帯動脈血pHが比較的高いにもかかわらず、その後の急激なpHの低下があり、蘇生処置とその後の管理の重要性が確認された。

 新生児仮死の管理には、産科医、新生児担当医、麻酔科医ならびにコメディカル要員など、多人数のチーム医療が理想とされる。しかし、胎児仮死そのものが、分娩にともなって緊急に発生することから、専門施設への母体搬送も有効でないことが多い。その中で少しでも仮死を減少させるには、ハイリスク例のスクリーニングと胎児仮死の早期診断、適切な時期、方法による分娩、及び迅速な蘇生がのぞまれる。

審査要旨

 本研究は、周産期医療において重要な部分を占める成熟児の新生児仮死について、その頻度と予後を明かにし、さらに臍帯血血液ガス所見とアプガースコアを中心にその臨床像を明らかにするため、13年間の総出生数14040例について解析を試みたもので、以下の結果を得ている。

 1.14,040例の新生児のうち、1分後アプガースコア6点以下の新生児仮死例は424例(3.0%)、3点以下の重症仮死例は86例(0.61%)であった。424例のうち12カ月以上追跡された症例は302例(70.9%)で、このうち死亡または神経学的予後が不良であったものは、10例(0.071%)であった。

 2.重症新生児仮死86例の出生体重は3208.8±391.1g(mean±.S.D.)、在胎週数は40.1±1.1週であった。

 重症仮死例での主な合併症は、一過性多呼吸18例、胎便吸引症候群(以下MAS)6例、低酸素性虚血性脳症(以下HIE)6例で、これらは軽症仮死例、正常対照例に比べ、高率に発症しており、有意差を認めた。

 臍帯動脈血pHは、重症仮死例では7.11±0.14(mean±.S.D.)、軽症仮死例では7.17±0.11、正常対照例では7.27±0.07とそれぞれ有意差を認めた。さらに胎児仮死の有無による比較では、重症仮死例の場合、胎児仮死のある群では臍帯動脈血pHは7.08±0.14、胎児仮死のない群では7.19±0.11、と前者で有意に低値だった。

 重症仮死例のうち、胎児仮死がない26例にはHIEは認められなかったが、頭蓋内出血(以下ICH)による死亡例1例を認めた。

 重症仮死例で、臍帯動脈血pHが7.10以下でも蘇生処置の結果5分後アプガースコアが7以上に改善している例は予後良好であった。

 3.臍帯血と生後1時間以内の動脈血について、生後のpHの変化を検討したところ、臍帯動脈血pHが7.10以下であった21例のうち、動脈血pHが生後1時間以内に7.15以上に上昇していた10例は予後良好であったが、7.15未満であった11例では新生児期の状態、長期予後ともに不良であった。正常経過例、一過性多呼吸、MAS、HIE、ICH等について、臍帯動脈血と生後1時間以内の血液ガス所見の変化を比較すると、それぞれの疾患に特徴的な変化がみられ、合併症の病態を予測する上からも臍帯血所見を知ることは、極めて有用であった。特に、臍帯動脈血pHが7.20以上でも生後に悪化した症例に2例のMASがあり、羊水混濁のある症例には特別な注意が必要と考えられた。

 4.死亡例および神経学的予後不良例は10例であり、うち早期新生児死亡は4例であった。10例の内訳はHIE6例、ICH4例で、10例中9例に胎児仮死を認めた。

 以上、本論文は、過去13年間の医療水準における成熟児新生児仮死の頻度と予後を明かにした。また、これまで未知に等しかった、仮死合併症における臍帯動脈血pHを基準としたpHの生後の特徴的変化について明かにし、仮死の病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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