学位論文要旨



No 212060
著者(漢字) 星川,寛
著者(英字)
著者(カナ) ホシカワ,ヒロシ
標題(和) 水道原水中の臭気物質のオゾン酸化の機構解明とその効率化に関する研究
標題(洋)
報告番号 212060
報告番号 乙12060
学位授与日 1995.01.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12060号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,賢二
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 二木,鋭雄
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 助教授 山本,和夫
内容要旨 1.はじめに

 水道水中の臭気物質の原因物質は,放線菌や藍藻類の代謝物であるジェオスミンとMIBである。これら物質の水道での苦情発生の閾値は,ng/lオーダと非常に低濃度であり,既存の浄水プロセスでは十分除去出来ず,多くの苦情が発生し深刻な社会問題になりつつある。この問題の恒久的な対策としてオゾン処理・生物活性炭処理による高度上水処理がある。我が国においてもいよいよ本施設の普及期に入ったといえる。しかし,欧米に比べて我が国のオゾン処理の歴史は浅く,技術の蓄積も乏しい状況にある。従って,今後我が国に高度上水処理施設が普及,定着していくためには,益々複雑な様相を呈してくる水道原水を取り扱えるだけのオゾン処理に関する基礎的な研究,および実証プラントによる研究が必要である。そして,安定にかつ高効率(経済的)なオゾン処理技術の開発が重要な課題になる。

 以上の様な現状と将来を踏まえ,本研究は水道原水中の臭気物質のオゾンの酸化機構を解明し,その効率化を図ることを目的に行った。そして,その実用性を実験的に検討したものである。

2.臭気物質のオゾン酸化に関する反応速度論的研究

 高度浄水処理設備で臭気物質を効率的に除去するためには,オゾン接触池において,必要にして十分な反応を起こさせる必要がある。このためには,オゾンと臭気物質の反応速度を定量的に把握しておくことは,極めて重要なことである。ここでは,両者の反応速度に影響を与える主な因子である溶存オゾン濃度,水温,pH,臭気物質濃度をパラメータにした時の反応速度について検討し,次の結果を得た。

 (1)臭気物質とオゾンとの反応は一次反応で,反応速度定数は溶存オゾン濃度に比例する。そして,pHと水温は高い程両者の反応速度は速くなる。

 (2)MIBの反応速度定数kMとジェオスミンの反応速度定数kGは,pH,水温T(K),溶存オゾン濃度cO3(mol/l)の関数として次の様に表す事が出来る。

 

3.原水中の共存物質による酸化阻害

 臭気物質とオゾンの反応は,オゾンの直接反応とオゾンが分解して生成するヒドロオキシルラジカルOH・による間接反応からなる複雑な反応である。これらの反応は,選択性がないため共存物質がオゾン酸化の効率に影響を与える。そこで,水道原水中に含まれる可能性の高い無機物質(炭酸,遊離塩素)と有機物質(アルコール,揮発性脂肪酸,界面活性剤)が共存した時の酸化阻害について検討し,次の結果を得た。

 (1)炭酸は,約10mg/l位から酸化を阻害しはじめ,約30mg/lになると相対反応速度定数はほぼ半減する。これは,pHによってその存在割合が決まるHCO3-とCO32-が臭気物質を酸化するOH・のラジカルスカベンジャーとして働くためである。

 (2)遊離塩素の酸化阻害は,その濃度が高くなるに従って大きくなり,0.6mg/l位のところで相対反応速度定数はほぼ半減する。これは,オゾンが次亜塩素酸イオンOCl-と反応してオゾンが消費されるためである。

 (3)アルコールおよび揮発性脂肪酸が共存する場合は,臭気物質とのモル比が大きい程,また分子量が大きい程,相対反応速度定数が減少する。アルコールの種類と相対反応速度定数の減少の傾向がそれぞれのアルコールのOH・との反応速度定数のそれと良く一致したが,揮発性脂肪酸の場合は,必ずしも一致せず,さらに複雑な酸化阻害のメカニズムがあるものと思われる。

 (4)陰イオン界面活性剤のブチルナフタレンスルホン酸ナトリウムとドデシル硫酸ナトリウムは,OH・のラジカルスカベンジャーとして働き酸化を阻害する。前者は約1mg/l,後者は約0.01mg/lの共存で臭気物質の反応速度は半減する。

4.原水中の共存物質による酸化促進

 水道原水中の共存物質は,自然界に由来する物質と人間活動に由来する物質がある。自然界に由来する物質のうち水道原水中に普遍的に含まれるものに腐植物質(フミン酸,フルボ酸)がある。また,人間活動に由来する物質としては洗剤などの主成分である界面活性剤がある。そこで,これらが共存した時のオゾンによる臭気物質の酸化促進について検討し,次の結果を得た。

 (1)フミン酸およびフルボ酸が共存すると,臭気物質の酸化を促進する。これらの濃度が増加するに従って,臭気物質の相対反応速度定数は大きくなって最大値を示し,さらに濃度が高くなると減少するという特異的酸化促進特性を示す。

 (2)腐植物質による特異的酸化促進機構を明らかにするために,腐植物質中の元素分析値,官能基含有値,金属含有値を測定して検討したが,相関を見出す事が出来なかった。

 (3)陰イオン界面活性剤であるドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムが共存すると,約1mg/lのところに相対反応速度定数の最大値約1.8があり,臭気物質を酸化促進する。

5.腐植物質共存下における臭気物質の酸化機構に関する研究

 酸化阻害を受ける時は阻害物質の濃度が高くなるに従って阻害効果が大きくなるが,腐植物質共存時のように酸化が促進する場合は,酸化促進物質濃度に対して反応速度が最大値を示す特異的酸化促進特性を示した。この酸化機構を実験で確認することは極めて困難なので,ラジカル反応を含むシミュレーションモデルを作成し数値解析により検討した。そして,次の結論を得た。

 (1)まず,O3は自己分解してOH・を生成する。

 (2)生成したOH・は,臭気物質と反応してこれを酸化分解する。

 (3)ここで腐植物質が共存すると,OH・と反応して・O2-を生成する。この・O2-は,ラジカル連鎖反応に組み込まれ,再びOH・を生成して臭気物質を酸化分解する。このために腐植物質は,プロモータ的特性を示すことになる。

 (4)しかし,腐植物質の濃度が高くなると,OH・は腐植物質により消費される量が多くなり,・O2-を供給することによるOH・では臭気物質の酸化に利用されるOH・を補償出来なくなる。その結果反応速度が遅くなる。すなわち,腐植物質はスカベンジャー的特性を示す様になる。

 以上の様な酸化機構により,腐植物質による最大値をもつ特異的酸化促進機構を説明する事が出来る。

6.薬品添加による臭気物質の酸化の効率化

 オゾンによる酸化を促進する方法として,紫外線,放射線,超音波と併用する方法,過酸化水素,金属触媒の添加による方法などがある。著者らは,これらの方法とは違った薬品添加による酸化促進について検討した。そして,次の様な方法を見出した。

 (1)本研究の範囲内では,EDTA金属錯体の添加が最も優れており,純水中では条件安定度定数の小さい程酸化促進効果が大きい。

 (2)水道原水中では,錯体を形成する金属に関係なくほぼ同程度の酸化促進効果を示す。EDTA金属錯体濃度が0.6〜1.2mg-C/lのところで,相対反応速度定数は最大値を示し,3.5〜4であった。これより,オゾンの処理時間を約10分から2.5〜3分と大幅に短縮出来,オゾン接触池を小型化する事が可能である。

 (3)Na-EDTA添加によるそのほかの効果,安全性,経済性についても検討し,実用化可能であることを示した。

 (4)さらにNa-EDTAは,農薬に対しても酸化促進効果があり,オゾンのみで酸化分解しない農薬を分解する効果がある。

7.まとめ

 本研究では水道原水中の臭気物質をオゾンにより効率的に除去する事を目的に,まず両者の反応速度論的研究を基礎として,この酸化反応を阻害,促進する物質の特定とその機構,程度を定量的に示した。そして,腐植物質が示す特異的酸化促進特性をラジカル反応を含むシミュレーションモデルを作成し,数値解析により検討してこの酸化促進機構を明らかにした。引き続いて,薬品添加による臭気物質の酸化の効率化について検討し,Na-EDTAの添加によりオゾン処理の時間を大幅に短縮し,オゾン接触池を小型化出来る事を見い出した。そして,Na-EDTAの添加による効果,安全性,経済性について検討を加え,実用化可能である事を示した。

 以上の事により,本技術は今後我が国の高度上水処理設備の普及,定着促進の一助になることが期待出来る。

審査要旨

 水道原水中の臭気物質はかつては誤って河川中に排出されたフェノールやシクロヘキシルアミンなどが代表的なものであった。水源が河川自流からダム湖水や湖沼水に重点が移るとともに、水道水臭気の原因物質は藻類が産生するジオスミンや2メチルイソボルネオールが主たるものになってきており、日本はもとより世界的な問題になっている。

 本論文は現在水道水源中の代表的な臭気物質になっているジオスミンおよび2メチルイソボルネオール(以下2MIBという)をオゾンによって酸化除去する手法に関わるものである。

 第1章は緒論であり、水道原水中に含まれる問題物質を挙げ、その中でもとくに臭気物質のオゾン処理に関して既往の研究に触れている。

 第2章では純水中のジオスミンおよび2MIBをオゾン酸化する場合の反応速度を実験的に検討している。その結果、この反応には、臭気物質濃度、溶存オゾン濃度、pHおよび水温が関係しており、溶存オゾン濃度が一定の条件では、臭気物質濃度に関して一次反応で表せること、pHが高くなればラジカルの生成が連鎖的に起きて酸化を促進すること、水温は通常の化学反応と同様に高いほど反応が速やかになること、を見出し、ジオスミンと2MIBについて、反応速度定数を求める数式を提示している。

 第3章では臭気物質のオゾン酸化を阻害する原水中の共存物質について検討している。ここでは、酸化阻害物質として、炭酸、遊離塩素、アルコール、揮発性脂肪酸および界面活性剤を取り上げ、それぞれについて阻害の程度を実験によって確かめている。その結果、炭酸は低濃度では影響がないが、高濃度ではOH・ラジカルのスカベンジャーとして働くため、酸化を阻害すること、遊離塩素は遊離塩素がオゾンを消費するため、濃度が高くなるとともに阻害の程度が大きくなること、アルコールと脂肪酸は臭気物質とのモル比が大きいほど、また分子量が大きいほど阻害の程度が大きくなること、界面活性剤はOH・ラジカルのスカベンジャーとして働くため酸化阻害すること、を見出している。

 第4章では第3章とは逆に、オゾン酸化を促進する原水中の共存物質について論じている。ここでは、腐植物質(フミン酸とフルボ酸)と陰イオン界面活性剤(ドデシルベンゼンスルフォン酸ナトリウム)に着目し、それぞれについて、ジオスミンと2MIBのオゾン酸化速度を実験的に求めている。その結果、フミン酸、フルボ酸あるいは界面活性剤はいずれもジオスミンと2MIBのオゾン酸化に対して促進効果があること、最大反応速度を示す共存物質濃度が存在すること、2MIBは共存腐植物質の種類にかかわらずpHが高くなると急激に酸化を促進すること、を見出している。

 第5章は第4章の結果をうけて、腐植物質が共存する系における臭気物質の酸化機構を明らかにすべく、反応モデルを構築して検討を加えている。ここで提案している反応モデルの概要は次のとおりである。まず、O3が自己分解してOH・を生成する。ここで腐植物質が存在すると、腐植はOH・と反応して・O2-を生成し、この・O2-はラジカル連鎖反応によって再びOH・を生成して臭気物質を酸化分解する。しかし、腐植物質濃度が高くなるとOH・を多量に消費するため、・O2-を供給することにより生成するOH・では臭気物質の酸化に利用されるOH・を補償できなくなり、結果として反応速度が低下する。

 第6章は、オゾン酸化プロセスに薬品を添加することにより、酸化速度を高めようという試みに関する実験である。まず各種の薬品の中から、安息香酸ナトリウム、カテコール、フェノール、マレイン酸、クエン酸、過酸化水素およびEDTAを選定して、それぞれについて臭気物質の酸化促進効果を検討し、その結果、添加の効果が大きく、取り扱いが容易な添加薬品としてNa-EDTAが最適であるとの結論に達している。本章ではさらに、このEDTAについてpHおよび水温の影響、経済性などについて検討を加えている。

 第7章は結論である。

 以上要するに、本論文は水道原水中の臭気物質をオゾン酸化する場合の反応阻害物質および反応促進物質について詳細な検討を行い、オゾン酸化の反応機構を解明するとともに、オゾン酸化の反応を促進するために添加すべき薬品の種類を提案しているものであり、環境・衛生工学の分野の発展に貢献する成果である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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