内容要旨 | | 高速増殖炉はウラン資源を有効利用できる次世代の動力炉として注目され,我が国においてもその開発が進められている。このプラントは,炉心の発熱を液体ナトリウムで除熱し,その熱で蒸気発生器を介して高温高圧の水蒸気を発生し,蒸気タービンを駆動して発電する新型の原子力プラントである。先頃,我が国でも,高速原型炉「もんじゅ」が初臨界を達成し,来年には定格出力280MWの発電が予定されている。 蒸気発生器は,接触すると激しい化学反応を引き起こすナトリウムと水の熱交換器であるため,高速増殖炉プラントの中では,最も安定した性能と高い構造健全性が要求される機器の一つである。蒸気発生器の水・蒸気側に,一般の二相流系に見られるような流動不安定現象が発生すると,伝熱性能の低下や熱疲労による構造健全性への悪影響が懸念される。このため,貫流型蒸気発生器の性能がどのような条件で不安定となり,これが蒸気発生器の健全性にどのような影響を及ぼし,またその発生防止にどのような対策が有効か,などについて明らかにしておくことは,高速増殖炉プラントの実用化を進める上で重要な課題である。 二相流系の流動安定性に関連して,これまで特に工学的な関心を集めているのは,沸騰水型原子炉の炉心の流動安定性の問題である。実験並びに理論の両面から研究が進められ,密度波型不安定現象の特徴が明確になりつつある。しかしながら,沸騰水型原子炉の炉心と蒸気発生器とでは,前者が熱流束支配型の加熱条件であるのに対し後者は熱交換型の加熱条件である点が異なる。従って,これらの理論を蒸気発生器に適用する上ではこの加熱条件の違いを考慮に入れた取扱が必要である。 本研究は,このような背景の下で,ナトリウム加熱貫流型蒸気発生器を対象として,水・蒸気側の流動不安定現象について,その発生条件を主として理論解析によって明らかにすると共に,発生条件に与える加熱条件の影響並びに二相流スリップの影響を究明したものである。また,流動不安定現象の発生機構についての考察より,現象の発生に係わる支配因子を明らかにすると共に,理論解析の過程を計算プログラム化して,各種の運転条件における蒸気発生器の安定運転領域を明らかにし,これをマップ化した。 先ず,理論解析の面では次のような新たな安定性理論を提示した。すなわち,流量,圧力,エンタルピなどからなる多次元の擾乱の伝播をマトリックス伝達関数で記述し,これに境界条件を当てはめて流動振動の固有値を求め,固有値の実数部すなわち対数増幅率の正負から安定性を判別すると共に,各固有値(振動モード)に対応する固有振動パターンを算出して,蒸気発生器の伝熱管の内部でどのような状態量の振動が生ずるかを解析可能とした。次いで,この理論を水・蒸気とナトリウムが向流型の熱交換をする系に適用することにより,貫流型蒸気発生器の流動安定性解析プログラムを開発した。図1に固有値の解析結果の一例を示す。プログラムによる解析値が小型蒸気発生器で実測された脈動型不安定現象の発生限界並びに脈動周期と良好な一致を示したことで,理論解析の妥当性を検証した。また,固有振動パターンの解析結果から,蒸気発生器に生ずる不安定現象が,主として,エンタルピ擾乱の伝播の仕方に支配される,いわゆる密度波型不安定現象に属するものであることを明らかにした。 更に,加熱条件の違いが流動安定性に与える影響に着目して,水・蒸気側への伝熱形態が異なる3種類の系の安定性をそれぞれ解析的に調べた。解析結果は,ボイラや沸騰水型原子炉の炉心のような熱流束支配型の系と,単器の蒸気発生器内の複数の伝熱管(多管系)に見られるような温度支配型の系と,並列に配置された複数の蒸気発生器(多ループ系)に代表されるような熱交換型の系とでは,ことに低周波数の振動に対する流動安定性が互いに大きく異なることを示している。この新たな知見は,沸騰水型原子炉を対象に開発された従来の解析プログラムは,そのままでは,蒸気発生器の流動安定性解析に適用できないことを示唆するものである。 また,二相流スリップが蒸気発生器の流動安定性に与える影響を明らかにするために,二相流の相間速度差を考慮に入れたスリップ流モデルにもとづく解析理論を新たに提示した。この理論を貫流型蒸気発生器に適用して,二相流スリップが流動安定性に与える影響を調べたところ,圧力が100at以下の低圧の条件では,安定限界並びに振動周期に対する二相流スリップの影響が無視し得なくなることが判明した。低圧の系では,二相流スリップの増加とともに流動安定性が低下するとともに,不安定振動の周期が長くなる傾向が見られる。 流動不安定現象の発生機構に関しては,従来の研究は定性的な説明にのみ止まっていたが,本研究では,理論的かつ定量的な分析を行った。先ず,密度波の伝播速度に比べて圧力波の伝播速度が十分大きいとして,密度波現象を記述する簡略化した輸送方程式を提示した。更に,この輸送方程式を解析的に解いて,蒸発管系が有する次の二つの熱流力的特性が流動不安定現象の発生に大きく関与していることを明らかにした。第一は沸騰域におけるエンタルピ振動の増幅機構である。予熱域や沸騰域に流速振動が存在すると,これにより各領域にエンタルピ振動が発生する。沸騰域においては,伝熱が流体温度の上昇を伴わないため,エンタルピ振動は急速に成長して大振幅になる。第二は過熱開始点近傍において,エンタルピ振動がその上流の沸騰域と下流の過熱域との間に逆位相の大きな流速振動を誘起する機構である。上述した密度波現象の輸送方程式から力学的エネルギの保存式を導出し,第二の機構の中で振動エネルギがどのように生成するのかを調べたところ,過熱開始点近傍に到達したエンタルピ振動により伝熱量の振動が誘起され,これと流速振動の結果として生じた圧力振動とが同位相となる条件において,力学的エネルギが生成することが明らかになった。図2に振動エネルギの生成速度に関する解析結果の一例を示す。生成エネルギが摩擦等による損失エネルギに打ち勝つような場合には,流動が不安定となる。 図表図1 振動の固有値の解析結果 運転条件がa→fと変化する過程で1次モード(I),2次モード(II)の不安定振動が発生する / 図2 振動エネルギの生成速度の分布 過熱開始点近傍の伝熱量の振動によるエネルギ生成が他のエネルギ損失に打ち勝つ場合に流動が不安定となる 以上から,流動不安定現象の発生機構として次のような説明が可能である。すなわち,(1)予熱域および沸騰域における流速振動(2)同域におけるエンタルピ振動の発生と下流への伝播(3)沸騰域におけるエンタルピ振動の急成長(4)過熱開始点近傍に到達したエンタルピ振動による伝熱量振動の発生(5)同点を境にして上流と下流が逆位相となる流速振動の発生(6)予熱域および沸騰域における流速振動,といった事象が連続的に起こり,この循環が不安定現象をもたらしている。(2)の事象には,エンタルピ振動の発生位置が予熱域の場合と沸騰域の場合の2ケースがある。密度波振動の振動周期は,(2)のエンタルピ振動の発生から(4)の過熱開始点近傍へのエンタルピ振動の到達までの所要時間に依存しているので,予熱域型に比べて沸騰域型の振動周期は短くなる傾向にある。 更に,これまでの研究により確立した流動不安定現象の解析理論を,ナトリウム加熱貫流型蒸気発生器に適用して,蒸気発生器の流動安定性と運転パラメータおよび構造パラメータとの関係を明らかにした。並列に配置された複数個の蒸気発生器(多ループ系)と単器の蒸気発生器内の複数の伝熱管(多管系)とでは,既に述べた加熱条件の違いにより両者の流動安定性は著しく相違し,前者では逸走型不安定と脈動型不安定の両方が発生し得るのに対し,後者では脈動型不安定のみが発生する。また,多ループ系の逸走型不安定の発生条件を考察して,その原因となる負性抵抗が,二つのピンチポイント(沸騰開始点および蒸気出口部)におけるナトリウム側と水・蒸気側の温度差が等しくなる条件の近傍で発生することを明らかにした。以上の解析結果は,蒸気発生器の各種運転パラメータ(即ち,ナトリウム入口温度,蒸気圧力,熱負荷,ナトリウムと水の流量比など)に対する安定運転領域マップの形にまとめ,実用に供した。これらの成果は,現在計画が進められている高速実証炉用の貫流型蒸気発生器の設計においても,重要な指針を与えるものである。 |