学位論文要旨



No 212061
著者(漢字) 鈴置,昭
著者(英字)
著者(カナ) スズオキ,アキラ
標題(和) ナトリウム加熱貫流型蒸気発生器の流動安定性に関する研究
標題(洋)
報告番号 212061
報告番号 乙12061
学位授与日 1995.01.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12061号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,孝基
 東京大学 教授 葉山,真治
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 松本,洋一郎
内容要旨

 高速増殖炉はウラン資源を有効利用できる次世代の動力炉として注目され,我が国においてもその開発が進められている。このプラントは,炉心の発熱を液体ナトリウムで除熱し,その熱で蒸気発生器を介して高温高圧の水蒸気を発生し,蒸気タービンを駆動して発電する新型の原子力プラントである。先頃,我が国でも,高速原型炉「もんじゅ」が初臨界を達成し,来年には定格出力280MWの発電が予定されている。

 蒸気発生器は,接触すると激しい化学反応を引き起こすナトリウムと水の熱交換器であるため,高速増殖炉プラントの中では,最も安定した性能と高い構造健全性が要求される機器の一つである。蒸気発生器の水・蒸気側に,一般の二相流系に見られるような流動不安定現象が発生すると,伝熱性能の低下や熱疲労による構造健全性への悪影響が懸念される。このため,貫流型蒸気発生器の性能がどのような条件で不安定となり,これが蒸気発生器の健全性にどのような影響を及ぼし,またその発生防止にどのような対策が有効か,などについて明らかにしておくことは,高速増殖炉プラントの実用化を進める上で重要な課題である。

 二相流系の流動安定性に関連して,これまで特に工学的な関心を集めているのは,沸騰水型原子炉の炉心の流動安定性の問題である。実験並びに理論の両面から研究が進められ,密度波型不安定現象の特徴が明確になりつつある。しかしながら,沸騰水型原子炉の炉心と蒸気発生器とでは,前者が熱流束支配型の加熱条件であるのに対し後者は熱交換型の加熱条件である点が異なる。従って,これらの理論を蒸気発生器に適用する上ではこの加熱条件の違いを考慮に入れた取扱が必要である。

 本研究は,このような背景の下で,ナトリウム加熱貫流型蒸気発生器を対象として,水・蒸気側の流動不安定現象について,その発生条件を主として理論解析によって明らかにすると共に,発生条件に与える加熱条件の影響並びに二相流スリップの影響を究明したものである。また,流動不安定現象の発生機構についての考察より,現象の発生に係わる支配因子を明らかにすると共に,理論解析の過程を計算プログラム化して,各種の運転条件における蒸気発生器の安定運転領域を明らかにし,これをマップ化した。

 先ず,理論解析の面では次のような新たな安定性理論を提示した。すなわち,流量,圧力,エンタルピなどからなる多次元の擾乱の伝播をマトリックス伝達関数で記述し,これに境界条件を当てはめて流動振動の固有値を求め,固有値の実数部すなわち対数増幅率の正負から安定性を判別すると共に,各固有値(振動モード)に対応する固有振動パターンを算出して,蒸気発生器の伝熱管の内部でどのような状態量の振動が生ずるかを解析可能とした。次いで,この理論を水・蒸気とナトリウムが向流型の熱交換をする系に適用することにより,貫流型蒸気発生器の流動安定性解析プログラムを開発した。図1に固有値の解析結果の一例を示す。プログラムによる解析値が小型蒸気発生器で実測された脈動型不安定現象の発生限界並びに脈動周期と良好な一致を示したことで,理論解析の妥当性を検証した。また,固有振動パターンの解析結果から,蒸気発生器に生ずる不安定現象が,主として,エンタルピ擾乱の伝播の仕方に支配される,いわゆる密度波型不安定現象に属するものであることを明らかにした。

 更に,加熱条件の違いが流動安定性に与える影響に着目して,水・蒸気側への伝熱形態が異なる3種類の系の安定性をそれぞれ解析的に調べた。解析結果は,ボイラや沸騰水型原子炉の炉心のような熱流束支配型の系と,単器の蒸気発生器内の複数の伝熱管(多管系)に見られるような温度支配型の系と,並列に配置された複数の蒸気発生器(多ループ系)に代表されるような熱交換型の系とでは,ことに低周波数の振動に対する流動安定性が互いに大きく異なることを示している。この新たな知見は,沸騰水型原子炉を対象に開発された従来の解析プログラムは,そのままでは,蒸気発生器の流動安定性解析に適用できないことを示唆するものである。

 また,二相流スリップが蒸気発生器の流動安定性に与える影響を明らかにするために,二相流の相間速度差を考慮に入れたスリップ流モデルにもとづく解析理論を新たに提示した。この理論を貫流型蒸気発生器に適用して,二相流スリップが流動安定性に与える影響を調べたところ,圧力が100at以下の低圧の条件では,安定限界並びに振動周期に対する二相流スリップの影響が無視し得なくなることが判明した。低圧の系では,二相流スリップの増加とともに流動安定性が低下するとともに,不安定振動の周期が長くなる傾向が見られる。

 流動不安定現象の発生機構に関しては,従来の研究は定性的な説明にのみ止まっていたが,本研究では,理論的かつ定量的な分析を行った。先ず,密度波の伝播速度に比べて圧力波の伝播速度が十分大きいとして,密度波現象を記述する簡略化した輸送方程式を提示した。更に,この輸送方程式を解析的に解いて,蒸発管系が有する次の二つの熱流力的特性が流動不安定現象の発生に大きく関与していることを明らかにした。第一は沸騰域におけるエンタルピ振動の増幅機構である。予熱域や沸騰域に流速振動が存在すると,これにより各領域にエンタルピ振動が発生する。沸騰域においては,伝熱が流体温度の上昇を伴わないため,エンタルピ振動は急速に成長して大振幅になる。第二は過熱開始点近傍において,エンタルピ振動がその上流の沸騰域と下流の過熱域との間に逆位相の大きな流速振動を誘起する機構である。上述した密度波現象の輸送方程式から力学的エネルギの保存式を導出し,第二の機構の中で振動エネルギがどのように生成するのかを調べたところ,過熱開始点近傍に到達したエンタルピ振動により伝熱量の振動が誘起され,これと流速振動の結果として生じた圧力振動とが同位相となる条件において,力学的エネルギが生成することが明らかになった。図2に振動エネルギの生成速度に関する解析結果の一例を示す。生成エネルギが摩擦等による損失エネルギに打ち勝つような場合には,流動が不安定となる。

図表図1 振動の固有値の解析結果 運転条件がa→fと変化する過程で1次モード(I),2次モード(II)の不安定振動が発生する / 図2 振動エネルギの生成速度の分布 過熱開始点近傍の伝熱量の振動によるエネルギ生成が他のエネルギ損失に打ち勝つ場合に流動が不安定となる

 以上から,流動不安定現象の発生機構として次のような説明が可能である。すなわち,(1)予熱域および沸騰域における流速振動(2)同域におけるエンタルピ振動の発生と下流への伝播(3)沸騰域におけるエンタルピ振動の急成長(4)過熱開始点近傍に到達したエンタルピ振動による伝熱量振動の発生(5)同点を境にして上流と下流が逆位相となる流速振動の発生(6)予熱域および沸騰域における流速振動,といった事象が連続的に起こり,この循環が不安定現象をもたらしている。(2)の事象には,エンタルピ振動の発生位置が予熱域の場合と沸騰域の場合の2ケースがある。密度波振動の振動周期は,(2)のエンタルピ振動の発生から(4)の過熱開始点近傍へのエンタルピ振動の到達までの所要時間に依存しているので,予熱域型に比べて沸騰域型の振動周期は短くなる傾向にある。

 更に,これまでの研究により確立した流動不安定現象の解析理論を,ナトリウム加熱貫流型蒸気発生器に適用して,蒸気発生器の流動安定性と運転パラメータおよび構造パラメータとの関係を明らかにした。並列に配置された複数個の蒸気発生器(多ループ系)と単器の蒸気発生器内の複数の伝熱管(多管系)とでは,既に述べた加熱条件の違いにより両者の流動安定性は著しく相違し,前者では逸走型不安定と脈動型不安定の両方が発生し得るのに対し,後者では脈動型不安定のみが発生する。また,多ループ系の逸走型不安定の発生条件を考察して,その原因となる負性抵抗が,二つのピンチポイント(沸騰開始点および蒸気出口部)におけるナトリウム側と水・蒸気側の温度差が等しくなる条件の近傍で発生することを明らかにした。以上の解析結果は,蒸気発生器の各種運転パラメータ(即ち,ナトリウム入口温度,蒸気圧力,熱負荷,ナトリウムと水の流量比など)に対する安定運転領域マップの形にまとめ,実用に供した。これらの成果は,現在計画が進められている高速実証炉用の貫流型蒸気発生器の設計においても,重要な指針を与えるものである。

審査要旨

 管の一端から入った水が加熱されて水蒸気となって流出する貫流蒸気発生器では条件により定常的な流れが保持されず、流動不安定現象が発生することがある。原型炉「もんじゅ」等の高速増殖炉ではナトリウム加熱による水蒸気発生器が使用されており、上記の流動不安定が発生すると熱伝達が繰り返し変化して伝熱管に温度サイクルが加わるため熱疲労が問題となる可能性がある。不安定流動の解明と対処する方法の策定は原型炉に引き続く実証炉の設計にも関わる問題であると共に、広く蒸気発生器に関係する課題でもある。

 本論文は7章と付録より成っている。

 第1章は緒論で気液二相流の不安定現象を概観すると共に、実験装置を含め高速増殖炉の蒸気発生器の現象と蒸気発生器の設計上の問題に言及している。

 第2章は従来の研究と題し、流動不安定現象の特徴を述べ、集中定数系、分速定数系モデル等従来の研究計算コードの開発状況を概括している。

 第3章は安定性理論である。管内を水が、管外をナトリウムが対向して流れる一本の伝熱管に関し、管内気液二相流は一次元・均質・平衡流であるとして質量、運動量、エネルギーの保存則を導いている。微小擾乱に関し、水側では重量速度、エンタルピー、圧力を、ナトリウム側ではエンタルピーを状態量ベクトルにとり、管路の流れ方向の関係を係数マトリックスにより表示している。熱伝達率、摩擦係数は実測データに基づいた値を用いる。境界条件として水側では入口のエンタルピー、圧力、出口の圧力、またナトリウム側では入口エンタルピーは一定とする。

 以上より得られる特性方程式を解き固有値を求めて安定判別を行う。圧力の振動は流路全体に同位相で変化するのに対し、重量速度は上流側と下流側で逆位相で変化し、エンタルピーの波が流速のオーダーで下流に進行する。この振動パターンは所謂密度波型不安定現象に分類されるものである。1MWの蒸気発生器の仕様に対する計算を行い、流体が伝熱管を通過する時間によって無次元化した(は固有角振動数)の固有値、並びに固有振動の諸モードを求めている。

 不安定限界を与える給水流量は解析では1.44ton/hであり、実測値1.50ton/hに近い値となっている。加熱条件として定熱流速型、並列管の定温度型、並列ループ等のモデルを比較、検討している。

 第4章では安定性に与える二相流スリップの影響を検討している。第3章での均質流としての解析結果に対し議論し、気液間の大きな相間速度比を仮定すると流動インピーダンスの実数部が小さくなり、流動不安定が起こりやすくなる。また圧力が低い程スリップの影響が顕著であると述べている。

 第5章は第3章、第4章に示した理論的検討に基づき、不安定流動発生のメカニズムを説明している。伝熱管内の水の流動を予熱域、沸騰域、過熱域とに分けて考えるとき、各領域間の速度差は体積膨張の変動に起因するため、予熱域と沸騰域との速度差は沸騰開始点のエンタルピー振動に、沸騰域と過熱域との速度差は過熱開始点のエンタルピー変動に対応する。流れの方向に進行するエンタルピー変動の成長、減衰は、流体が受ける伝熱量に関係する。沸騰域において振幅が成長し、その結果、沸騰終了点即ち過熱開始点に大きな体積変動効果が発生する場合には、予熱・沸騰域と過熱域との間に速度差が生じる。速度差が十分大きい場合にはその前後での流速変動は逆位相に近くなり、流動は不安定化する。基本モードの周期は給水入口から過熱開始点までの到達時間SHの4/3倍にほぼ等しい。一般にN次のモードに対し、周期N

 212061f01.gif

 が成り立つ。また、沸騰終了点よりもむしろ沸騰開始点が支配的な場合もありうるが、定性的には同様な考察が可能である。

 第6章は実際の系への理論の適用について述べている。並列多ループ系、あるいは並列多管系の区別とそれぞれの特徴、特に脈動型不安定と共に逸走型不安定について言及し、絞りによる不安定抑制効果について説明を加え、設計指針を示している。

 第7章は結論である。

 以上要するに、本論文はナトリウム冷却高速増殖炉の蒸気発生器に生じうる伝熱管の流動不安定についての研究であり、解析結果は実験装置での結果に良く対応し、流動不安定現象の機構の説明、防止対策の検討に寄与するなど、工学的に新しい知見を得ている。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク