学位論文要旨



No 212063
著者(漢字) 董,大明
著者(英字)
著者(カナ) ドン,ダーミン
標題(和) 線接触におけるグリースの等温弾性流体潤滑
標題(洋) Grease Lubrication in Isothermo-Elastohydrodynamic Line Contact
報告番号 212063
報告番号 乙12063
学位授与日 1995.01.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12063号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,好次
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
 東京大学 助教授 加藤,孝久
内容要旨

 本研究の目的は,弾性流体接触におけるグリース潤滑の特性を予測可能にする流体潤滑の理論を構築することである。そのためには,グリースの流動特性を表すレオロジーモデルに基づいて潤滑方程式を導き,グリースの組成がグリースの流体潤滑膜形成能力およびトラクションに及ぼす影響を明らかにすることが必要である.

 グリースの潤滑理論には,化学,物理学,レオロジー,トライボロジー等の専門知識が必要とされる.EHL理論の研究に関しては,一般的に次のような手順を考慮する必要があろう.適切なレオロジーモデルを選択し,レイノルズ方程式(Reynolds equation)を導くこと,そして,潤滑剤の諸性質圧力依存性を考慮し,EHLの問題を解析することによって,潤滑膜形状と圧力分布を求めることである.

 第1章では,グリースの実用性,典型的な特徴及び発展について背景を述べ,弾性流体接触における理論と実験を含むグリース潤滑に関する研究の現状を調べた.そして,最後に本研究の目的と本論文の構成を提出した.

 第2章はグリースのレオロジー特性に関連する研究である.潤滑剤の油膜形成能力とトラクション挙動は,潤滑剤のレオロジー特性に強く依存する.本章では,まず常圧で引き起こされる低せん断応力下でのグリースの流動特性に及ぼす検討を行なった.基油粘度と増稠剤組成が異なる9種のグリースについて毛細管粘度計を用いて見かけ粘度を測定した.その測定結果をBauerモデル

 

 に回帰し,四つのパラメターを求めた.そのモデルは広いせん断範囲内においてグリースの流動特性を表わす.一方,従来のグリース潤滑下のトラクション特性のEHL実験結果は,基油とほぼ同じであった.この現象はグリースが基油と同じ高圧挙動を持つものを意味する.今までEHL接触ような高圧におけるグリースの等価粘度に関する実験結果は少なかったので.液体に対して提案されているモデルがグリースにも適用可能と仮定した.

 第3章の主旨はレイノルズ方程式を導くことである.流体潤滑理論の基礎式としてレイノルズ方程式が良く知られている,しかしながら,レイノルズ方程式では,潤滑剤がニュートン流体であると仮定している.そのため,非ニュートン流体のグリースを潤滑剤とするEHL理論解析にこの方程式は直接適用できない.この問題を解決するために,本研究では近似解析法を用いて,修正レイノルズ方程式を導き出すことを試みた.重みつき残差法(Weirgted Residual Method)を用いて修正方程式を導き出した.

 

 この方程式は純転がり条件にのみ適用できる.その中には非ニュートンの影響を表わすパラメータを一つ含んでいて,膜厚に対する理論解析として精度は良い.一方,滑りを伴う転がり条件に理論解析を適用するために,摂動法(Perturbational Method)を用いて,もう一種の修正レイノルズ方程式を導き出した.

 

 従来の一次近似摂動法により導かれた潤滑方程式は純転がり条件には適用できないが,本研究では,この欠点を克服した.導かれた式はグリース潤滑と基油潤滑での純転がりや転がり滑り条件の両方に適用できる.これ以外に,本章の理論解析は他のせん断軟化特性をもつ非ニュートン流体,例えば,粘度向上剤としてポリマーを添加した潤滑剤にも適用できると思われる.

 第4章では,弾性流体線接触における数値計算の簡略方法を述べる.この計算法はPrakashとChristensenによって提案され,接触表面の弾性変形と潤滑剤の粘圧影響を考慮した計算法である.本計算法はGrubinタイプの計算方法を改善した.それは,接触部の入口と出口における流体動圧による弾性変形の影響を考慮したことである.それにより,Grubinタイプの計算方法の簡単性を保持し,EHLの特徴を持つ全数値結果を求めることができた.本研究の結果は他の研究者の数値結果及び実験結果と比較された.それ以外に,通常工業設計の実用性のために,本研究では,多数の数値計算結果からグリース潤滑の膜厚を計算する経験式を回帰した.その式はグリース潤滑の中心膜厚さを簡単に予測でき,充分な精度を持つことが分かった.

 第5章では,実験装置と膜厚測定の原理及び実験条件について述べる.用いた実験装置は,四円筒式転がり摩擦試験機である.この試験機はEHD線接触を構成する.X線通過装置を用いた.中心ローラと外側の上ローラの接触部を通過したX線量をG-M検出器で検定し,その量によって,膜厚さが定量的に求められる.実験中は,フルフラッド条件を保持するため,グリースを連続供給した.本章では,実験方法と実験手順を詳しく記述した.そして,実験結果と摂動法による理論計算との比較について検討した.

 第6章では,グリース及び基油潤滑下でのトラクション実験結果を示す.使った実験装置は前章と同じ四円筒式転がり摩擦試験機であった.実験条件はトラクションに及ぼす潤滑剤の弾性と温度上昇の影響を抑えるように設定された.実験結果はグリース潤滑下のトラクションカーブと基油のそれと,顕著な違いを示さなかった.しかし,同じせん断率におけるトラクションはグリース潤滑の方が基油より高かった.実験結果は数値計算による理論結果と比較し,Eyringモデルがより広範囲内においてEHLトラクションを予測できることが分かった.

 第7章では,本研究における主な結論を要約して述べる.

審査要旨

 工学碩士董大明提出の論文は,「Grease Lubrication in Isothermo-Elastohydrodynamic Lubrication(線接触におけるグリースの等温弾性流体潤滑)」と題して英文で書かれており,7章からなっている.

 グリースとは,潤滑油にせっけん,尿素化合物などを増ちょう剤として加えた潤滑剤である.力を加えない状態では固体として存在し,せん断を受けると流動するという,一種の非ニュートン粘性を示すため,摩擦部の付近に充填しておくだけで潤滑が可能だという特徴をもち,自動車の車輪用軸受をはじめとするころがり軸受などの潤滑に,広く用いられている.その反面非ニュートン粘性は,摩擦部における潤滑挙動の解析を困難なものにしている.特に,摩擦面の局部的な弾性変形が大きな役割を果たす弾性流体潤滑は,定式化がやや複雑になるために,グリースの主要な用途の一つであるころがり軸受の潤滑機構であるにもかかわらず,未だ十分な解析が行なわれていない.

 本研究は,グリースの流体潤滑理論の構築を目的としており,その非ニュートン流動特性を表わすレオロジー・モデルにもとづいて,二次元・等温の条件の下で弾性流体潤滑の解析を行ない,グリースの組成がころがり接触部における流体潤滑膜の形成,トラクションに及ぼす影響など,基礎的な潤滑特性を明らかにすることを試みたものである.

 第1章は序論で,グリースの実用上の特徴を述べるとともに,弾性流体潤滑理論一般に関する研究を展望して,本研究の目的と本論文の構成を示している.

 第2章では,グリースの流動特性を論じている.まず従来の研究をもとに,グリースの非ニュートン粘性流動を表現する構成方程式の検討を行なった.ついで基油の粘度,増ちょう剤の濃度および種類を変えた9種のグリースを試料としてそれらの流動特性を測定し,4つのパラメタで表わされるバウアー・モデルなど,以下本研究における解析に用いる基礎式を選定して,その妥当性を検証している.

 第3章と第4章は理論解析である.まず第3章では,第2章で選んだ基礎式にもとづいて,流体潤滑の基礎方程式であるレイノルズ方程式の非ニュートン流体への拡張を論じ,実際的な計算時間を考慮して,二面間に速度差のない純粋なころがり接触の場合には重みつき残差法,すべりを伴う接触条件に対しては摂動法を用いた,2種類の修正レイノルズ方程式を提案している.

 これらの修正レイノルズ方程式を用いて,第4章では数値計算により流体潤滑膜の厚さを求めている.弾性体の円筒と1/4無限剛体との接触をもとに流体圧による修正を加えた,比較的簡単に弾性変形を算出する方法を採用し,一方圧力によるグリースの粘度増加を指数関数によって表わして,これらを修正レイノルズ方程式と連立させ,繰り返し計算によって流体潤滑膜の厚さを算出した.得られた結果を,ニュートン粘性体に対して得られている従来の近似式,およびグリースに関してこれまでに報告された実験結果と比較して,純粋なころがり接触に対しては重みつき残差法のほうが精度の高い解を与えること,しかしながら摂動法によっても実用上十分な精度が得られ,かつ適用範囲が広いことを明らかにするとともに,簡便な回帰式を提案している.

 第5章と第6章では,四円筒式試験機を用い,上述した9種のグリースについて行なった実験について述べている.まず第5章では,円筒間を通過するX線の強度によって流体潤滑膜厚を測定し,第4章で得られた計算結果の妥当性を確認するとともに,グリースの組成,運転条件による膜厚の変化を明らかにしている.第6章では,等温領域におけるトラクションを測定し,上に導いた理論をもとに,バウアー・モデルを用いた構成方程式によって,その特性が記述できることを示している.

 第7章は結論である.

 以上を要するに,本論文は,非ニュートン粘性を示すグリースの流体潤滑挙動を,レオロジー・モデルにもとづく修正レイノルズ方程式によって予測することを試み,実用上十分な精度をもつ理論を導くとともに,グリースの組成による潤滑特性の変化を明らかにしたもので,工学上寄与するところが大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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