高速・大量輸送機関として都市圏および都市間の輸送に広く利用されている鉄道車両においては、近年の社会的環境のもとで輸送コスト低減、到達時分短縮および速度向上等が強く要請されている。このため、鉄道車両の駆動制御システムでは、省保守化、省エネルギー化および高性能化(高速化、高品質化、小形・軽量化など)等が求められている。本論文は、このような背景のもとで、鉄道車両のインバータ駆動制御システムならびに磁気浮上式鉄道のリニアモータ駆動制御システム等の、電気鉄道における交流駆動制御システムの実用化に関する研究開発について述べたものである。 第1章は、本研究分野の鉄道車両の駆動制御システムに関する主要課題を示すとともに本研究の位置付けを行いその内容梗概を示した。 第2章は、直流および交流車両のインバータ駆動制御システムの高性能化を実現するために必要な、起動から高速運転に到る全運転領域で、周波数、電圧を連続して制御可能とするPWM制御方式の開発成果について述べた。 車両用GTOインバータは、同期形のPWM制御を使っていたため周波数零までの制御ができず、坂道発進時の後退起動に失敗する問題があった。そこで、低周波数領域に非同期PWM制御を導入することにより、逆回転から正回転に到る周波数と電圧の連続制御を可能とし、円滑な後退起動を実現した。 次に、車両の中間速度における多パルス同期PWM制御と最大電圧を出力する1パルス全電圧制御間の移行時に、GTOサイリスタのオフ時間の制約による基本波電圧の不連続により、過大な電流とトルク変動が発生することを示した。そして、1パルス電圧まで連続して制御可能な、新たな広域3パルス制御を介したパルスモード移行制御方法を提案し、過大な電流とトルク変動を大幅に低減できることを明らかにした。1パルス移行周波数が高くなる新幹線電車では、インバータの高出力化を実現するために必須の技術である。 そして、これら非同期PWM制御-多パルス同期PWM制御-広域3パルス制御-1パルス全電圧制御からなるPWM制御方式を開発し、広く直流車両および交流車両用インバータ制御装置に実用化した。 第3章は、交流車両の駆動システムではインバータの前段にコンバータが必要となるため、この小形・軽量化が重要であり、コンバータの能力を最大限高めることを目的に、PWM制御GTOコンバータの主回路諸元の設定、コンバータの新しいベクトル制御方式等に関して研究した。 GTOコンバータの動作能力は、架線電圧が高くなるとGTOオフ時間により、また低くなるとGTO遮断電流により制限されるが、これはコンバータの運転力率に大きく依存することを明らかにし、運転力率とGTOオフ時間およびGTO遮断電流の関係を示すとともに、GTOサイリスタ素子の制約条件の下でPWMコンバータが動作可能な架線電圧範囲を明らかにした。 次いで、PWMコンバータの動作能力を向上する制御方式として、通常の直流電圧と力率の制御機能に加えて、GTO最小オフ時間制御およびGTO最大電流制御機能を持たせた新たな制御方式を提案し、限界トレース形ベクトル制御方式と名付け、その制御系の構成と動作特性を明らかにした。 そして、本方式のPWMコンバータ制御装置を開発し、JR東日本の952形新幹線電車および2階建て新幹線電車E1等のPWM制御GTOコンバータ・インバータシステムに適用した。 第4章は、交流車両用コンバータ・インバータシステムにおけるインバータの出力電流に発生する定格電流の2倍もの過大なビート現象(低周波数の脈動現象)を解明し、その本質的な抑制法について研究した。 交流を直流に変換したコンバータの出力電圧は整流脈動を含むため、インバータ周波数がこの脈動周波数を通過もしくはこの周波数帯で運転するときには、インバータの出力電圧の正と負のサイクルにアンバランスが生じて、電動機に過大な低周波数のビート電流が流れる。このため、GTOサイリスタの電流遮断耐量の制約から定格電流まで流せず、また過大なトルク脈動が発生する。 ビート現象の主因は、インバータの入力電圧が脈動電圧であることにより、インバータ出力電圧の基本波まわりに発生する、インバータ周波数と脈動周波数の差の周波数の側帯波成分であることを明らかにした。さらに、電動機電流のビート率は、インバータ出力電流の基本波成分に対する側帯波成分の電流含有率で表せ、側帯波成分の電圧含有率に電動機の基本波インピーダンスと側帯波インピーダンスの比を乗算して求められることを示した。そして、インバータ周波数が入力電圧の脈動周波数に一致したときに、側帯波インピーダンスは最小に、電流ビート率は最大となることなどを明らかにした。 次いで、出力電圧に含まれる側帯波成分を相殺するように、インバータ入力電圧の脈動成分に応じてインバータ周波数を変調させる、周波数変調方式のビートレス制御方式を提案し、基本的な周波数変調の仕方を明らかにした。本方式は多パルス領域でも1パルス領域でも有効であり、ビート率を1/10以下と大幅に低減できる。このことは、制御技術で平滑コンデンサ容量を1/10以下に低減できたことと同じであり、コンバータ・インバータ装置の小形・軽量化に多大の効果があると言える。さらにトルク脈動を低減するため、周波数変調度および変調位相の最適化を行ったファインビートレス制御技術を開発した。 本ビートレス制御方式を、インバータ式交流車両では国内最初の営業運転車両である、JR北海道の785系交流電車で初めて実用化し、引き続き、JR東日本の952形新幹線電車および2階建て新幹線電車E1等に適用した。 第5章は、第2章〜第4章のごとくの直流および交流車両用のインバータによる誘導電動機駆動システムの限界を極める研究開発を、安全に、少ない費用でかつ開発期間を短縮して行うことを目的に、実際の制御装置と組み合わせてリアルタイムで動作する、PWMコンバータ・インバータ駆動システムのリアルタイムシミュレータを開発した。すなわち、高圧、大電流の主変圧器、コンバータ、インバータ、電動機等の主回路装置を演算増幅器等の低圧の電子回路で模擬し、コンバータやインバータ用の試作制御装置からPWMパルスを与えることにより、実時間で動作するアナログのシミュレータを開発した。 このシミュレータのコンバータ、インバータ等の主回路電圧・電流波形および電動機電流・トルク特性等は実機と良く一致し、スピーカで電動機の電磁音に類似の音が出せ、パルスモード切換時の音質等、臨場感ある動作を行える。また、実際の制御装置と組み合わせて、リアルタイムで主回路特性、制御特性および車両としての運転特性等の検討、評価を、安全かつ容易に行え、トータルの開発期間を短縮できる。 開発したシミュレータは、本論文においても、第2章の後退起動実験や広域3パルス制御の検証、第3章のPWMコンバータの主回路特性や限界トレース形ベクトル制御の検討、第4章のビート現象の解明およびビートレス制御方式の開発等に大いに役立った。 第6章は、磁気浮上式鉄道を実用化する上で重要課題の一つである駆動制御システムについて、地上一次式リニアモータの給電システム、同期形の自制式LSM駆動制御システムならびに同期用の位置検出器を用いない他制式LSM駆動制御システム等に関して研究した。 地上一次式リニアモータの給電システムとして具備すべき基本的要件を示し、それらに適合した特徴あるシステムとして、複合給電方式を提案するとともに給電諸特性を明らかにした。これは、電力変換器を接続した多群のフィーダを設けて、これらに給電セクションである単位推進コイルを開閉器を介して順次繰り返して接続し、電力変換器と開閉器を協調動作させる給電方式であり、セクション渡り時の推力変動がない、セクション切換時の開閉器は無電流で開閉、多重系的給電構成で信頼性が高いなどの特長があり、磁気浮上式鉄道宮崎実験線で実用化した。また、ドイツのエムスランド実験線でも採用されている。 次に、超電導磁気浮上式鉄道の地上一次式リニアモータとしては、超電導磁石を界磁としたLSMが好適であるが、このLSMの基本的な駆動制御システムとして、同期用の位置検出器を用いる同期形の自制式LSM駆動制御システムの構成ならびに電力変換器故障時に使用する電気的非常ブレーキ手段として複合給電方式に適した発電ブレーキシステムについて提案するとともに諸特性を明らかにし、宮崎実験線で実用化した。 さらに、地上側設備の軽減と信頼性向上を狙い、同期用の位置検出器を用いない他制式LSM駆動制御システムの可能性を追究した。すなわち、同期化限界速度偏差および同期化限界加減速度等のダイナミクスを、LSMのポテンシャルエネルギー関数を導入することにより解析的に解明し、シミュレーションとともに諸特性を明らかにした。さらに、乗り心地を改善するために、アクティブダンピング付他制式LSM駆動制御システムを提案し、ディジタルシミュレーションにより走行制御等の特性を示してその有効性を確認した。 第7章は結論であり、本研究で得られた工学的知見と有用性について述べた。 |