学位論文要旨



No 212066
著者(漢字) 黄,新明
著者(英字)
著者(カナ) ファン,シンミン
標題(和) アンチモン添加シリコン融液中の酸素挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 212066
報告番号 乙12066
学位授与日 1995.01.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12066号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 助教授 河東田,隆
 東京大学 助教授 浅田,邦博
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 高濃度アンチモン添加(約1018atoms/cm3)シリコン単結晶はmオーダの高電気伝導率を持ち、パワーICやメモリ用基板結晶として用いられている。しかし、高濃度のアンチモンを添加すると、成長したシリコン結晶中の酸素濃度が急激に低下する問題が知られている。本論文では、酸素濃度が低下する原因を追求するために、引き上げ法における酸素の挙動に寄与する4つのパラメータ、即ち、石英るつぼからシリコン融液中への酸素の溶解速度、シリコン融液中の酸素溶解度、シリコン融液から結晶への酸素の偏析係数、及びシリコン融液表面からの酸素の蒸発速度が、アンチモンの添加によりどのように変化するかを調べた。さらに、酸素濃度の低下を防止する方法を見いだし、実際に結晶を育成し、実証した。

 第1章では、本研究の背景、本研究の目的と意義、及び本研究の構成と展開を述べる。高濃度アンチモン添加シリコン単結晶中酸素濃度が低下する現象を述べ、酸素濃度が低下すると、得られた結晶の応用に問題が生ずることを簡単に述べた。さらに、シリコンと酸素、アンチモンと酸素及びシリコンとアンチモンとの関係に関する従来の知見を述べた。

 第2章では、シリコン融液中の石英の溶解速度の定量的な測定結果を述べた。即ち、石英あるいは酸素の溶解速度の温度依存性、及びシリコン融液中のアンチモン濃度との関係を調べた。その結果、石英の溶解速度がアンチモン濃度に依存し、アンチモン濃度の増加と共に溶解速度も増加することが分かった。無添加シリコン融液の場合と比べて、2at.%アンチモン添加シリコン融液中での石英の溶解速度が約20%増加したことが分かった。さらに、溶解速度は温度に強く依存し、温度上昇と共に速くなることが分かった。

 第3章では、シリコン融液中の酸素溶解度(飽和酸素濃度)の測定結果から、無添加シリコン融液中の酸素溶解度が温度にあまり依存していないことを明らかにした。アンチモン濃度が1at.%以下の場合も、無添加の場合とほぼ同じ傾向であった。しかし、アンチモン濃度が1at.%以上になると、融液中の酸素溶解度が上がるだけではなく、温度依存性も顕著になった。アンチモン濃度が約2at.%の場合では、シリコン融液中の酸素溶解度が無添加シリコン融液中の酸素溶解度よりほぼ一桁高くなることが分かった。即ち、シリコンの融点付近では、酸素溶解度が2.1×1018at./cm3から8.6×1018at./cm3まで高くなった。酸素溶解度がアンチモン濃度の2乗に比例することから、高濃度アンチモンを添加したシリコン融液中では、Sb2Oに相当する結合が形成されているというモデルを得た。また、自由エネルギーの計算より、この高濃度アンチモン添加シリコン融液は理想希薄溶液としては扱えないことを明らかにした。

 さらに、急冷したシリコンと石英との界面を観察し、シリコン融液の平衡条件と融液中の酸素溶解度との関係を調べたが、その際この界面に二つの相が存在することを見いだした。即ち、無添加及び低濃度アンチモン添加シリコン融液と石英の間には膜状のSiO1.8が、高濃度アンチモン添加シリコンと石英との間にはデンドライト状のSiO2が形成されていることを見いだした。さらに、膜状の界面相がシリコンの拡散と関係があること、及びデンドライトの界面相の形成が界面付近でのアンチモンの偏析と関係があることが分かった。さらに、上記の2種類の界面相が酸素溶解度の違いに対応して生成されることも分かった。

 第4章では、一方向凝固法によりアンチモン添加したシリコン中の酸素の偏析係数を求めた。その結果、高濃度アンチモン添加(0.6at.%以上)により酸素の偏析係数が1より小さくなることが分かった。このことは酸素とアンチモンがシリコン融液中で結合していること、即ち、Sb2Oの結合が存在することを示唆している。しかし、低濃度のアンチモンを添加する場合、即ち、製造レベルのアンチモン添加シリコン単結晶を育成する場合では、酸素の偏析係数が無添加の場合とほぼ同じ1であることも分かった。

 第5章では、アンチモン添加シリコン融液からの蒸発物がシリコンの酸化物、金属状態のアンチモン及びアンチモンの酸化物であることを明らかにした。これらの蒸発物は組成により、付着温度が異なることも分かった。即ち、シリコン酸化物はほとんど全温度領域に付着した。金属アンチモンは1100〜1200℃の温度領域に付着、アンチモン酸化物は350〜450℃の温度領域に付着した。しかも、この蒸発したアンチモンの酸化物の組成はSb2Oに近いことが分かった。さらに、無添加シリコン融液及びアンチモン添加シリコン融液からの蒸発量を測定して、各蒸発物の蒸発量を求めた。この結果から、アンチモンの添加により、融液表面からの酸素含有物の蒸発量が急に増大するために、融液内部の酸素濃度が低くなり、結果的に結晶中の酸素濃度が低くなることが明らかになった。シリコンの融点付近(1415℃)では、アンチモンの酸化物(Sb2O)の蒸発量はシリコンの酸化物(SiO)の蒸発量より約3倍多いことが分かった。このようにアンチモンを融液中に添加することにより、酸素の蒸発が促進され、シリコン融液中及び結晶中の酸素濃度が低下することが示された。

 第6章では、シリコン融液からの蒸発量を制御することを目的として、蒸発量と雰囲気の条件(ガス種及び圧力)との関係を調べた。それによると、蒸発量と雰囲気の条件との関係が蒸発物の種類により顕著に異なることが明らかになった。工業的に通常用いられる雰囲気ガスはアルゴンであるが、代わりにクリプトンを用いると、すべての蒸発物の蒸発量が減少する。しかしながら、SiOの蒸発量の変化は比較的小さいのに対し、アンチモン単体とアンチモンの酸化物の蒸発量度は顕著に抑制される。また、ネオンを用いると、すべての蒸発物の蒸発量は増大した。さらに、アルゴンガスを用いて、圧力を変えて蒸発量を測定した結果、圧力の上昇と共に、これ等の蒸発量が下がることも明らかになった。この結果を用いて、30及び60torrで実用レベルの高濃度アンチモン添加シリコン単結晶を試作した。この結果、雰囲気圧力は結晶中の酸素濃度に顕著な影響を与えることが確かめられた。

 第7章では、アンチモン添加シリコン融液中の酸素挙動に関する研究について得られた成果を総括し、本研究の結論を述べた。

 以上のように、本研究ではアンチモン添加シリコン融液中の酸素挙動を調べ、結晶中の酸素濃度が低下する現象の主原因を明確にした。それに基づいて、解決する手法を見いだし、結晶を試作し、実証した。その結果から本研究の内容は実際の単結晶育成には有効であることが明らかになった。

審査要旨

 本論文は、シリコンの引き上げ法において、石英るつぼからシリコン融液中への酸素の溶解速度、シリコン融液中の酸素溶解度、シリコン融液から結晶への酸素の偏析係数、及びシリコン融液表面からの酸素の蒸発速度が、アンチモンの添加によりどのように変化するかを調べ、アンチモン添加シリコン結晶における酸素濃度の低下を防止する方法を見いだしたもので、7章からなる。

 第1章では、本研究の背景、本研究の目的と意義、及び本研究の構成について述べている。

 第2章では、シリコン融液における石英の溶解速度の定量的な測定結果を述べている。実験によると、石英の溶解速度はアンチモン濃度に依存し、アンチモン濃度の増加と共に増加すること、無添加シリコン融液の場合と比べて、2at.%アンチモン添加シリコン融液中では石英の溶解速度が約20%も増加すること、溶解速度は温度に強く依存し、温度上昇と共に速くなることを明らかにしている。

 第3章では、シリコン融液中の酸素溶解度を測定し、その結果から無添加シリコン融液中の酸素溶解度は温度に殆ど依存していないことを明らかにしている。一方、アンチモン濃度が1at.%以上になると、融液中の酸素溶解度が上がるとともに、強い温度依存性が現れ、アンチモン濃度が約2at.%の場合では、シリコン融液中の酸素溶解度は無添加シリコン融液中の酸素溶解度よりほぼ一桁高くなることを示している。また、酸素溶解度がアンチモン濃度の2乗に比例することを発見し、このことから高濃度アンチモンを添加したシリコン融液中では、Sb2Oに相当する結合が形成されているというモデルを得ている。さらに、急冷したシリコンと石英との界面を観察し、無添加及び低濃度アンチモン添加シリコン融液と石英の間には膜状のSiO1.8が、高濃度アンチモン添加シリコンと石英との間にはデンドライト状のSiO2が形成されていることを見いだし、この差はシリコン融液内の酸素溶解度の違いにもとづくことを示している。

 第4章では、アンチモンを添加したシリコン中の酸素の偏析係数を求めている。その結果、アンチモンを0.6at.%以上添加するとシリコンへの酸素の偏析係数が1より小さくなることを明らかにした。このことからシリコン融液中で酸素とアンチモンが結合し、Sb2Oとなっているというモデルを提案している。

 第5章では、アンチモン添加シリコン融液からの蒸発物がシリコンの酸化物、金属状態のアンチモン及びアンチモンの酸化物からなることを明らかにしている。これらの蒸発物は組成により、付着温度が異なり、シリコン酸化物はほとんど全温度領域に、金属アンチモンは1100〜1200℃の温度領域に、アンチモン酸化物は350〜450℃の温度領域に付着することを利用し、各蒸発物の蒸発量を実験的にもとめている。この結果から、融液内部の酸素濃度が低くなるのは、アンチモンの添加により、融液表面からの酸素含有物の蒸発量が急や増大するためで、これにより結晶中の酸素濃度が低くなるためであることを明らかにした。この効果はかなり顕著でありシリコンの融点付近(1415℃)では、アンチモンの酸化物(Sb2O)の蒸発量はシリコンの酸化物(SiO)の蒸発量の約3倍に、達することを示している。

 第6章では、シリコン融液からの酸素含有物の蒸発量を制御することを目的として、これらの蒸発量が雰囲気のガスの種類および圧力によりどの様に変わるかを調べている。通常用いられるアルゴンガスに代えてクリブトンガスを用いた場合、SiOの蒸発量の減少は比較的小さいが、アンチモン単体とアンチモン酸化物の蒸発量は顕著に抑制されることを明らかにしている。一方、ネオンガスを用いると、すべての酸化物の蒸発量が増大することを見いだしている。さらに、アルゴンガスの圧力を変えて蒸発量を測定した結果、圧力の上昇と共に、これ等の蒸発量が下がることを明らかにし、この結果を利用して、30及び60torrのアルゴンガス雰囲気で実用レベルの高濃度アンチモンおよび酸素添加シリコン単結晶を試作している。

 第7章では、アンチモン添加シリコン融液中の酸素挙動に関する研究について得られた成果を総括し、本研究の結論を述べている。

 以上これを要するに、本論文ではアンチモン添加シリコン融液における酸素の挙動を調べ、成長結晶での酸素濃度低下の主原因を明らかにし、これに基づき、雰囲気ガスの圧力を上げることによりアンチモン濃度と共に酸素濃度の高いシリコンの成長に成功したもので超LSI技術の発展に寄与すること大であって電子工学に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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