学位論文要旨



No 212067
著者(漢字) 酒井,潤一
著者(英字)
著者(カナ) サカイ,ジュンイチ
標題(和) エネルギー・環境装置材料の耐食性の研究
標題(洋)
報告番号 212067
報告番号 乙12067
学位授与日 1995.01.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12067号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 増子,昇
 東京大学 教授 辻川,茂男
 東京大学 教授 安井,至
 東京大学 助教授 柴田,浩司
 東京大学 助教授 篠原,正
内容要旨

 本研究はエネルギー・環境、公害防止装置・機器のうち、その時点での最先端の研究課題であるものを選び、その対象とした。これらは新規プロセス、新規使用環境のため、腐食の問題を含め、装置・機器としての問題点が十分には明らかになっていないものである。問題の解決にあたっては、既存材料の性能の極限的発揮および要求性能を極限的に追求した新規材料の開発が必須である。そのために、苛酷な、かつ、従来の経験の乏しい極限的使用条件下での材料の挙動を、特に腐食の観点から、工学的に裏付けされた事実として把握し、定量的に理解し、原理的に解明し、解決して行くことを意図したものである。

 このような背景に基づき、下記の装置材料の腐食問題の解決をした。

 1)都市ごみ焼却炉廃熱回収ボイラー管用材料(第2章):複合高温燃焼ガス環境

 2)排煙脱硫装置材料(第3章):酸化剤を含む酸性塩化物環境

 3)油井管環境用材料(第4章):高温・高圧サワー環境

 4)ラインパイプ環境用材料(第5章):湿潤サワー環境

 本研究はこれらの各種環境下での(1)腐食の実態の解明、(2)腐食機構の解明、(3)評価試験法の確立、(4)適材選定・新規材料の開発、を目的とした。

 以上の点を踏まえ、本論文は以下の構成・内容とした。

 第1章「序章」では、環境条件と材料機能の極限化の観点から問題点を明確にした。すなわち、装置・機器等の使用条件や運転条件は高温化、高圧化、苛酷雰囲気化などの極限化が進んでいる。さらに、従来はなかった新規環境や経験の乏しい苛酷環境が出現しつつある。このような極限化に対処するためには、環境条件の定量的把握と最適材料の提示、すなわち、材料の従来性能を十分発揮させること、および一層性能を向上させた材料を開発すること、さらにこれらのための適切な評価方法の確立が工学的に重要な解決されるべき課題であることを述べ、具体的研究課題を抽出した。

 第2章「ごみ焼却炉熱回収ボイラー管用材料」では、燃焼ガス雰囲気中にHCl、SOx、水分などが含まれ、腐食性が厳しい都市ごみ焼却炉の廃熱回収用ボイラー管における高温ガス腐食の原因究明、腐食因子の明確化、機構解明、評価法の確立および対策立案が、今後の高温、高圧運転による高効率発電に向けて必要不可欠な解決されるべき課題であるので、実験室試験および実機プローブ試験によりこれらの問題の解決を意図した。併せて、腐食機構を考慮しつつ、今後の高温、高圧化に向けての適正材料選定試験法を提案した。

 本研究は、腐食反応には付着灰と酸素の存在が本質的に重要であり、環境からのHClを含む雰囲気ガスとZnCl2やPbCl2などの低融点重金属塩化物を含む付着灰とが重畳作用をし、急激な腐食を生じていることを明らかにした。主として、酸化物及び塩化物からなる腐食生成物の相互触媒的加速作用や付着灰の熔融塩化などにより腐食は進行している。本研究の結果、熱回収は300℃程度まで上昇させることが可能となっった。より高温での熱回収のための新規材料開発用の再現性の良いスクリーニング試験法として、実機灰にも多く存在するAl2O3を含むNa・Kの塩化物・硫酸塩の4元共晶塩にPbCl2を加えた合成灰の採用を提案した。これにより、溶融性塩の存在と環境からのガス補給が保証されるため、腐食性が維持され、再現性の良い実験が可能となった。

 第3章「酸化剤を含む酸性塩化物環境におけるステンレス鋼の腐食機構」では、排ガス中にSOx、NOxが含まれる焼結排煙脱硫装置を取り上げ、実機でのフィールド試験を通じて、装置各部位での環境の腐食性を明らかにするとともに、特に腐食性の厳しい吸収塔周辺における腐食機構を実験室的に解明し、適性材料の選定にあったての考え方を明らかにした。さらに、露点条件等にみられる酸性硫酸塩-塩化物-鉄イオン(III)系における酸化剤や塩化物イオンなどの環境因子の作用度合の定量化、腐食機構解明をした。

 排煙脱硫装置の吸収液中での腐食は低pH領域でSO2と不純物として含まれるCl-の作用とが重畳して、ステンレス鋼の不働態皮膜を破壊するために起きるものであり、SO2の作用はその酸化性にあることを明らかにした。SO2-Cl-溶液中での304鋼のEcはSO2により貴化され、まさに孔食電位に相当していることを定電位溶解法による内部分極曲線の測定から明らかにした。316鋼はこの環境条件でも不働態を維持している。排煙脱硫装置吸収液中での腐食挙動に工学的に類似する環境として露点環境やステンレス鋼酸洗環境などがある。これらは多くの場合酸化剤として作用しうるFe3+が共存する(硫酸)酸性塩化物環境である。ステンレス鋼の酸性溶液中での腐食に対して、不動態化剤であるFe3+と一般には不働態破壊元素で腐食促進作用があると考えられているCl-との相互作用を304、316および321鋼を対象に明確にした。Cl-の作用とその程度は材料の合金組成、Cl-濃度、酸濃度により異なり、腐食に対し抑制あるいは促進の効果を示す。Fe3+が酸化剤として安定に作用するには、一定濃度以上の存在が必要である。これらの環境には酸に対する耐均一腐食性もさることながら、耐局部腐食性に優れる材料の採用や開発が必須であることを明らかにした。

 第4章「油井管環境用材料の開発」では、深部油井環境を対象とした二相系ステンレス鋼を開発した結果について述べた。また、13%Cr鋼から25%Cr-52%Ni系オーステナイト合金までを対象に、材料組成と環境因子の影響との関係を明らかにした。この環境ではその実態が十分解明されていない腐食現象の推定・把握に加え、さらに、これらの腐食因子の腐食挙動への影響を明らかにするとともに、環境条件に応じて、材料毎の使用限界の明確化あるいは最適な材料の使い分け、さらには使用可能な環境範囲の広い新規材料の開発が要求されている。そのために腐食に関する基礎データの集積、材料選定基準、腐食機構に関する考え方を示すとともに、高強度かつ高耐食材料としての二相系ステンレス鋼を開発することを目的とした。

 CO2腐食に強く、微量のH2Sにも耐えうる二相系ステンレス鋼を実験室溶解材を基にした特性把握およびその結果に基づく工場での実ライン生産により開発した。耐食性、機械的特性、相安定性および製造性を含め、最適成分系を22Cr-5.5Ni-3Mo-0.15N系とした。特性に影響する因子は合金元素量、フェライト率、0.2%耐力(0.2)などである。耐SSC性、耐SCC性を保証する限界H2S分圧が0.002MPaであることを明らかにした。より高H2S濃度環境用として、42%Ni合金、52%Ni合金が優れることを主として高温、高圧下での電気化学的測定から、また、H2Sは塩化物イオンと共存することにより、Cl-の皮膜破壊作用を助長することを明らかにした。

 第5章「ラインパイプ環境用材料としての二相系ステンレス鋼の使用限界の明確化」では、ラインパイプ使用環境下での耐食性、強度の優れる二相系ステンレス鋼の耐食挙動を溶接条件との関係で研究し、溶接部を含む最適トータル材料設計の考え方を明らかにした。また、H2S環境下での支配的腐食形態を明確にし、さらに使用限界を明らかにすることにより工業材料として仕上げた。パイプラインは事故を起こすことが致命的であること、溶接性が重要なことおよび温度が低く、結露水が多い可能性があり、また、ポンプステーション等からの酸素のリークもありえないことではなく、環境の変動も考慮していく必要があることなどで、油井管とは技術的ターゲットが異なる。

 ラインパイプとしての使用限界をH2S、温度、負荷応力および支配腐食現象などの点から、実験室試験と実環境を模擬した実管腐食試験とで実際の溶接材を用い、明らかにした。最も重要な腐食現象は孔食であり、円周溶接ヒートティント部、内面グラインディング仕上げのキズなどがその発生点となる。これらはすきま形成の面で腐食に悪影響をあたえていると判断できる。使用環境基準としては実験室試験データーに一定の余裕度、腐食電位Ecと孔食電位Vc’の差として0.2〜0.3V、を含ませる必要がある。実際の流体に含まれる炭化水素コンデンセートは防食作用があることを確認した。耐SCC性は適正な溶接をすれば、溶接部、HAZ、母材とも差をなくしうる。負荷応力が十分高い場合の耐SCC限界H2S分圧は0.002MPa程度である。なお、負荷応力が0.60.2程度では割れ感受性はなくなる。ラインパイプ環境における二相系ステンレス鋼の使用限界は耐孔食性、耐SCC性を総合的に考慮して、専らH2S分圧に依存し、その限界が0.002MPaであることを明らかにした。

 第6章「総括」では、新規の極限的環境条件における材料の性能向上に対する次世代へ向けての技術的ブレークスルーにおける考え方を耐食性の観点から提案した。苛酷化が進む極限環境への対応策は以下の要素にまとめることができる。

 1.腐食環境の推定、把握ならびに実態の予測

 2.実験室的再現方法の確立

 3.実環境による材料のパーフォーマンスの把握、問題点の工学的顕在化

 4.腐食機構・支配因子の解明、および得られた工学的理解の共有化

 5.材料評価試験法の確立

 6.材料選定・新規材料開発

審査要旨

 本論文は、都市ゴミ焼却炉廃熱回収装置、排煙脱硫装置、高温高圧サワー環境油井管、湿潤サワー環境油送管など、従来の材料では耐久性の問題の出る苛酷な環境に適応する、エネルギー・環境装置材料の開発にかかわる研究内容をまとめたものである。まずこれらの使用環境において材料に発生する腐食の実態の解明、腐食機構の推定、評価試験法の確立などに関する基礎研究を行い、さらにその成果をもとにして、新規材料の開発を行った。

 本論文は全6章からなる

 第1章は序論であり、本研究の背景が述べられている。装置・機器等の使用条件や運転条件は高温化、高圧化、化学的雰囲気の苛酷化など、従来の経験の乏しい極限的な状況に向かっている。それぞれの使用条件下での材料の挙動を、腐食の観点から工学的に裏付けられた事実として把握し、適切な材料評価方法確立の方策を述べている。さらに多種多様な装置・機器の中から緊急に解決すべき重要研究課題を抽出した。

 第2章では、都市ごみ焼却炉の廃熱回収用ボイラー管材料のための試験法の検討結果が述べられている。この環境における高温ガス腐食にとって、酸素の存在が本質的に重要であり、さらに環境からの塩化水素を含む雰囲気ガスと重金属塩化物(ZnCl2、PbCl2、等)を含む付着灰との重畳作用によって急激な腐食が生じていることを示した。高温(300℃以上)での熱回収に用いる材料のスクリーニング試験法として、Al2O3を含むNaCl、KCl、Na2SO4、K2SO44元共晶に、PbCl2を加えた合成灰の採用を提案した。

 第3章では、排ガス中にSOx、NOx、が含まれる焼結炉の排煙脱硫装置を取り上げ、実機でのフィールド試験を通じて、焼結プラントからの排ガス系、冷却液および吸収液系、吸収液再生のためのコークス炉ガス系などの装置各部位での環境の腐食性を明らかにした。冷却塔に至るまでの排ガス温度は、硫酸露点を下回っておりダクトは露点腐食の可能性があるが、炭素鋼の使用が可能である。最も苛酷な腐食性を示すのは吸収液系であり、SUS316L級の材料を必要とする。この環境は、NaClを含む低pH硫酸溶液で、SO2は酸化剤として作用する。さらにFe3+を100ppm以上含む場合には、腐食形態はCl-濃度の増加に伴って、孔食から全面腐食に変化する。

 第4章では、深部油井環境に於ける適性材料の検討結果をもとに、高温(〜200℃)、高CO2(〜2atm)、低H2S(<0.02atm)に対する適材として、二相系ステンレス鋼の開発を行った研究内容が述べられている。このような環境での二相系ステンレス鋼の耐均一腐食性、耐孔食性は主としてフェライト率に依存し、モリブデンおよび窒素の添加は耐食性を高める。最終的に22Cr-5.5Ni-3Mo-0.15N組成、フェライト率50%の材料を実用材として提供した。

 第5章では、ラインパイプ環境用材料としての二相系ステンレス鋼の使用限界の明確化に関する研究内容が述べられている。ラインパイプは油井管と異なり、使用途中で引き上げることなく、半ば恒久的に使用される。温度は油井より低く、通常100℃以下となるが、油、ガス、水分、各種炭化水素コンデンセートの混合物が速い流速で流れることと、1ラインで数千箇所に及ぶ現地突き合わせ円周溶接を施工するなど、材料に対する要求事項は苛酷である。溶接材を用いて、実験室試験および実環境を模擬した実管腐食試験を行い、H2S濃度、温度、負荷応力、支配腐食現象などの観点からラインパイプとしての使用限界を設定した。また腐食機構に関する洞察をもとに、実験室試験の結果を用いて、この使用限界への適応性を判断するための基準を設定した。二相ステンレス鋼はCO2均一腐食、塩化物孔食、塩化物SCC、の耐性に優れており、結果として使用限界はもっぱらH2S-SCCに対する耐性に依存する。限界H2S分圧は0.02atmとされる。

 第6章では、研究結果の総括を行うとともに、新規の極限的環境条件における材料の性能向上に対する技術的ブレークスルーに対する考えかたを耐食性の観点からまとめて述べている。

 以上本研究はエネルギー・環境装置材料に関して、その時点での先端的開発を支えた研究成果をまとめたものである。著者の長年にわたる腐食研究の経験を背景に、現実の技術的課題に密接な関連を持ちながら行った研究の結果として、新しい材料の開発を行うとともに、今後の材料開発に対する多くの示唆を与えた。金属腐食学、金属材料学に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53875