本研究は、自動車車体用防錆鋼板の塗膜下腐食について、腐食先端部の断面観察から得られた腐食形態の知見を基にモデル化、ならびに腐食の定式化を行い、腐食現象の統一的な解釈を試みるとともに、耐塗膜下腐食性に優れためっき層設計への指針を得ようとするものである。 第1章『序論』では、Zn系合金めっき鋼板の塗膜下腐食に関する歴史的経緯を概説し、塗膜下腐食が自動車車体の腐食の一形態であること、更に現象そのものの本質は未だ解明されてはいないが、防錆鋼板の実用性からは極めて重要な問題であることを述べた。 次に、従来の塗膜下腐食に関する研究を要約し、その問題点を下記のごとくまとめた。 (1)塗膜下腐食先端部に着目し、Zn系めっき鋼板のめっきの腐食形態についての現象論的把握、特徴の明確化が不充分である。 (2)アノード、カソード部位の所在を含め、塗膜下腐食回路状態について未だ不明確である。 (3)従来研究は定性的検討がほとんどであり、腐食現象の定量化が未だなされていない。 (4)めっき厚・組成、腐食環境が腐食状態に与える影響について経験的、定性的把握がなされているだけで、耐塗膜下腐食性に優れためっきについての明確な設計指針が未だない。 上記問題点を解決するために、第2章『Zn、Zn系合金めっき鋼板の塗膜下腐食形態』では、これまで注目されていなかったZn、Zn系合金めっき鋼板の塗膜下腐食先端での腐食挙動に着目し、めっき層の腐食状態の観察を行い、腐食形態の特徴を明らかにした。 腐食先端部に塗膜ふくれを伴わないZn、O、Clからなるめっき初期腐食生成物が存在することから、塗膜下腐食先端ではめっきのアノード溶解が起こっていることが裏付けられ、且つ腐食がめっき層先行型の腐食で進行することを示唆するものである。 また、めっきの初期腐食生成物の直下の地鉄は腐食していないことから、この腐食先端で生成した塩基性塩化亜鉛は直下の地鉄をProtectiveに保護しているものと考えられる。 各種のZn系合金めっき鋼板はマクロ的にはめっき先行型腐食機構で腐食が起こるが、ミクロ的には腐食先端部でのめっき層侵食速度(Cl侵入耐久性)が異なることが特徴であり、これについての支配要因は明かではない。 第3章『Zn-Fe合金めっき鋼板の塗膜下腐食の特徴』では、上記支配要因の明確化を行うために特にZn、Zn-Fe合金めっき鋼板について塗膜下腐食先端部におけるめっき層のCl侵入挙動を現象把握を検討した。 めっき付着量およびめっき層中Zn量の増加により、めっきへのCl侵入耐久性は向上する。すなわち、めっきの腐食速度はめっき組成、めっきの付着量に依存することがわかった。また、めっき層中へのCl侵入による劣化層形成が塗膜密着性に影響を与える重要な要因となっていることを明らかにした。 他方、Cl侵入挙動やめっき層先行型腐食機構という観点で大気暴露環境とSST環境における塗膜下腐食先端でのめっき腐食形態はほぼ類似しているが、めっきの腐食速度は腐食環境に依存することがわかった。 更に、同一腐食環境中においてめっき中Fe含有率の変化により腐食距離が異なることは、従来から考えられている酸素拡散支配型の腐食機構では解釈できないこともわかった。 第4章『Zn-Fe合金めっき鋼板の塗膜下腐食モデルと腐食速度の定式化』では、Zn-Fe合金めっき鋼板の塗膜下腐食現象を定量的に把握するために、先ず腐食先端でのめっきの腐食回路モデルを立てて、このモデルの電気化学的解釈を行うことで、めっきの腐食速度および腐食形態パラメーターの定式化を試みた。 検討を進めるにあたって、前提条件として腐食形態の特徴から三つの仮定を行い、これらを基に腐食先端でのめっきの腐食回路モデルを立てた。二つの腐食回路を流れる腐食電流がTafelの関係を満たすアノード、カソード分極曲線の電流収支でバランスしているものと考えられ、めっきの腐食速度は二つの腐食回路を流れる腐食電流の和で表されるため、めっきの腐食速度(L/t)を分極曲線を用いて定式化することができた。併せて、腐食回路の物理形状の情報を与える腐食形態パラメーター(めっき上回路の腐食電流寄与率()、有効地鉄長(1c))も同様な取扱いにより式量化できた。 第5章『腐食定量式中文字変数の決定』では、上記の腐食定量式中の文字変数の値を決定した。まず、、を実測可能変数へ置換するために、考案された電気化学手法を用いて求められた酸素濃淡型のカップル電流密度の適用妥当性を検討した。 めっきの腐食が塗膜の下で酸素拡散支配ではなく進行していることを前提とし、電気化学的手法である酸素濃淡型のカップル電流測定を応用して、この酸素拡散支配ではない電流の実測を試みた。カップル電流の過渡応答の詳細について検討を行った上で、カップル初期電流密度icplが酸素拡散支配ではない電流密度となる可能性を示した。 最終的に、腐食定量式中の、の実測可能な変数への置き換えは、を適用することにより可能であることを示した。 他方、腐食定量式中の文字変数値の内、maはアノード分極測定、mcは前述のカップル初期電流密度測定によりそれぞれ明らかにすることができた。 第6章『腐食形態の定量的把握および腐食モデルの妥当性の検証』では、上記の文字変数の値を定量式に代入して算出された、1cの値から、Zn、Zn-Fe合金めっきのめっき付着量およびめっき組成、腐食環境と腐食形態(腐食回路状態)の関係を考察し、更にいくつかの実験事実を基に塗膜下腐食モデルの妥当性についての検証を試みた。値は(1)めっき付着量(めっき厚)(2)環境の乾き度合い(3)めっき中鉄含有率が増えると増大する。 他方、1c値は(1)定速度で進行する腐食で一定(2)同一環境、一定めっき厚条件下ではめっき組成によらず一定(3)同一環境、同一めっき組成条件下ではめっき厚によらず一定(この傾向は特にZnめっきで顕著)である。また、同一めっき厚、組成条件下では環境の乾き度合いの増大に伴って減少する。 SST、CCT、暴露試験環境において1cが極めて小さな値であることが推定され、実験事実を踏まえて、この推定の正当性を示唆し、腐食モデルの妥当性を検証した。 第7章『総括』では、本研究で得られた結果をまとめ、その意義を総括した。 先ず、第2章、第3章においてこれまで注目されていなかった塗膜下腐食先端でのめっきの腐食形態を断面観察法により詳細に調査し、Zn系合金めっき鋼板の共通する腐食形態の特徴を明示した。更に、Zn-Fe合金めっき鋼板を用いてめっき厚・組成および腐食環境が腐食に与える影響について現象把握を行った。これらは、塗膜下腐食を定量化していくために不可欠、且つ基本的な情報であり、本研究の展開において重要な位置付けをなした。 次に、第4章、第5章において腐食現象の定量化を行うために、第2章、第3章で得られた知見を基に塗膜下腐食モデルを提案し、腐食の定量式を導出した。この定量式中の文字変数の値は著者の独自の手法を用いて決定された。導びかれた腐食定量式はこれまでの塗膜下腐食の研究にはない独創的なものであり、本研究の骨子といえる。 最後に、第6章においては、腐食定量式から得られた知見と実験事実の比較検討を行い、腐食モデルの妥当性を検証するとともに、これまで経験的、且つ定性的に把握がなされてきためっき厚・組成、腐食環境が腐食状態に与える影響について、定量式を用いて統一的に解釈できることを示した。これらは更に、耐塗膜下腐食性に優れためっき層の指標をなすものであり、今後のめっき層設計の具体的な指針を提示するものである。 以上、本研究は、従来の問題点の解明に対し、先進的な指標をなすものであり、自動車車体用防錆鋼板の塗膜下腐食について、新しい基礎的な知見を与えるとともに、今後の防錆鋼板の開発等実用面からも多大な寄与をなし得た。 |