学位論文要旨



No 212069
著者(漢字) 今葷倍,正名
著者(英字)
著者(カナ) イマグンバイ,マサナ
標題(和) 鉄鋼材料におけるデンドライト凝固組織と介在物の制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 212069
報告番号 乙12069
学位授与日 1995.01.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第12069号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 佐野,信雄
 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 七尾,進
内容要旨

 本研究は鋼あるいは鉄基合金のデンドライト凝固における凝固変数と樹枝間隔との関係をもとに鋼デンドライト樹間に形成される介在物あるいは第二相の形状,寸法,分布状態,物性等を初期溶湯組成と凝固変数とによって定量的に関係づけることを目的とした.これによりアルミキルド清浄鋼の連続鋳造スラブ柱状晶部に晶出している硫化物系介在物等の存在状態を初期溶湯組成と凝固条件との関係によって明らかにした.また,超急冷凝固によって形成される極めて微細なデンドライトミクロ偏析により超塑性を示す材料が得られることを明らかにした.以下に各章の内容を要約する.

 I章序言においては本研究が取り上げた二つの課題を,その背景とともに研究としての目標を要約した.二つの課題とは,まず第一に溶接構造用アルミキルド鋼におけるMnS等の伸展性の介在物をCa処理によって可能な限り除去したのちにも,除去しきれないMnS等介在物がCCスラブ中にどのように晶出するかを初期溶鋼組成とスラブ部位とによって定量的に記述することである.第二には超急冷等の極めて速い凝固における凝固組織が鉄鋼材料等にどのような特性を与えるかを探索することである.第一の課題に関する研究結果はII章とIII章で述べられていること,第二の課題はIV章で扱ったこと,また,V章ではこれらの結果を最近の凝固の基礎研究の視点から考察を加えたことに言及した.

 II章はIII章における溶接構造用アルミキルド鋼の溶鋼組成と生成するMnS介在物の量・形態等を定量的に記述するための基礎研究である.研究を容易にするために比較的S濃度の高い0.6%C-0.1%Si-0.6%Mn-極低P-極低Oの中炭アルミキルド鋼(初晶)を使って定常一方向凝固させ,凝固の進行中に固液共存状態のまま焼き入れ,鋼の凝固組織と硫化物系介在物の晶出の進行過程を停止させて,それらが形成されるkineticsを調べた.その結果を従来の研究によって明らかにされている知見と組み合わせて鋼の樹枝構造および硫化物系介在物の大きさを凝固変数と関係づけ定量化した.すなわち,定常一方向凝固した鋼デンドライトの一次と二次樹枝間隔1,2tは凝固変数R,Gと

 

 なる相関関係があることを見出し,この関係式を基礎にして定常一方向凝固における鋼のデンドライト構造の単位の大きさを考えて凝固単位胞なる考え方を想定し,凝固単位胞を包絡する14面体の幾何学的な形状から凝固単位胞の体積Vsuc,14面体の頂点の密度Apのそれぞれと凝固変数とを関係づける次の式を導き出した.

 

 さらに,鋼デンドライト樹間に晶出するdendritic-II型MnSの晶出挙動と形態を従来の研究によって明らかにされている知見によって検討した.この点に関して本研究であらたに付け加えられたのは,系全体の凝固が完結する部分に近い固液共存層での鋼デンドライト二次樹技とその樹間残存溶鋼から晶出するMnSとの競合的な固化反応の温度域と,その時の残存溶鋼の形状に関する知見である.すなわちdendritic-II型MnSはTsより数10℃低い温度から晶出を始め,その時の固相率は99%近くであること,晶出が始まった時の残存溶鋼の形状は凝固単位胞14面体の頂点部分で(それまでに形成されている鋼デンドライトとの界面を押し退けるように)塊状となっていること,および,デンドライト形状のMnSのrod径が鋼デンドライトに関する凝固単位胞の体積あるいは凝固変数と

 

 なる相関があることである.

 III章では,前章で得られた凝固変数と鋼デンドライトおよび硫化物介在物とに関する定量化の結果を,極低SのCa添加処理をされた溶接構造用アルミキルド鋼のCCスラブ柱状晶部に適用して,そのデンドライト樹技構造とMnS介在物の量・大きさ・分布密度を初期溶鋼組成とスラブ部位とから定量的に与えることを検討した.ここで対象としている鋼では,MnS介在物を考えるとき,Caの,S固定作用だけではなくOとの反応も同時に考慮に入れなくてはならないことと,MnS介在物だけでなくクラスター状Al2O3もなくすことが必要なので,Caの,酸化物と硫化物とに対する影響を考慮に入れて検討した.本章で得られた結果を要約すると次のようになる.

 柱状晶部のデンドライト樹枝間隔は[II2.1],[II2.3]に対して凝固シェル成長に関するparabolic lawから計算される凝固シェル成長速度Rと固液共存層の温度勾配Gとを使うことによって得られる1,2tの値と良い相関が見られた.そこで柱状晶部のデンドライトを局所的な定常一方向凝固の,優先成長する樹枝の連続的に拡大するモデルによって表した’拡大する凝固単位胞’の体積と頂点の分布密度とをスラブ表面からの距離Dsによって

 

 と与えた.

 一方,鋼デンドライト樹間へのCa,O,S等の元素のミクロ偏析挙動と,残存溶鋼中での溶存CaがCaOとCaSになる生成反応を平衡論によって定式化し,それを基にして残存溶鋼中のOの活量とSの活量がそれぞれのCa化合物になる割合をOPC,SPCと定義し,その経験式を与えた.すなわち,残存溶鋼中の全固溶OのうちCaOの形成に関与するOの割合をOPCと見なしてOPCを初期溶鋼の成分値[Ca]o,[O]o,[S]o,から与えた.同様にSの分配に関してSPCを与えた.それらの数式は

 

 であり,これらの関係式と介在物の物性値ならびにAl2O3-CaO系介在物の形態に対しておいた仮説とからMnS介在物とクラスター状Al2O3の体積分立fv(MnS),fv(Al2O3)とを初期溶鋼組成から求める数式を与え,観察結果と対応していることを示した.

 またII章で明らかにしたMnSのモルフォロジーと凝固条件との関係についての知見からdendritic-II型MnS介在物の樹状をなす体積に相当する球の半径rMnSと樹枝の径dMnSとを初期溶鋼組成とDsとの関係で与えた.

 IV章では単ロール急冷法によって鋼および鉄基合金の超急冷薄帯をつくりその凝固組織と超急冷凝固条件との関係を調べ,樹枝間隔と凝固変数との関係はII章,III章で調べた緩慢な一方向凝固の場合に見られる,凝固パラメーターR-0.14G-0.50との相関関係;

 1=1750R-0.14G-0.50,2=870R-0.14G-0.50

 の外挿線上に,ほぼ,のっていることを明らかにした.

 このような超微細なデンドライト構造に対応して樹間部には,高炭素鉄基合金の場合はFe3Cが,高炭素系にCr,Mo,Wを添加した鉄基合金の場合にはFe3Cとそれらの合金元素の炭化物とが共存した複合炭化物コロニーが形成され,いっぽう,樹枝部は超急冷凝固ままでは残留オーステナイト相であることを明らかにした.また鉄基超合金XF-527の場合には樹枝部は低炭素系のオーステナイトステンレス=マトリックスであり,樹間部は複合炭化物のほかNi,CrおよびMoを含んだ複合析出物のコロニーを形成していた.これらの樹間のコロニーは熱的に極めて安定であり,それぞれの合金系の再結晶温度を越える高温での緻密化処理を施しても分離・溶解がほとんど起こらず,バルク化後の材料は超微細な結晶構造となる.これによりこのような超急冷箔を緻密化したバルク材料は超塑性を示す.そのメカニズムは超微細なマトリックス結晶粒と樹間コロニーとの界面すべりに起因するものであり,いわゆる「べき乗則クリープ領域」の挙動であることを示した.

 V章では本研究で得られた凝固変数とデンドライト樹技間隔との関係をゆらぎの理論からKurzらによって導かれている諸数式を使って検討し,これらの諸数式の与える値と本研究の実験式の値とが極めて近いものであることを示した.また本研究における一方向凝固での鋼等の一次と二次の樹枝間隔の関係が《2t/1〜0.5》で近似できることが妥当か否かを検討し,ゆらぎの理論等からみても工学的近似として許容できることを示した.さらに残存溶鋼中でdendritic-II型MnSが晶出し始めるときの残存溶鋼プールの鋼デンドライト樹間における分散状態を考察した.

 VI章では本研究の工学的な意義を述べた.本研究は鉄鋼材料におけるデンドライト凝固組織が材料特性に与える影響を,連続鋳造で製造される溶接構造用アルミキルド鋼におけるMnS等の伸展性の介在物と,幾つかの鉄基合金の超急冷凝固によって形成される超微細ミクロ偏析構造とを対象とした研究であるが,これらの第二相のモルフォロジーと分散状態を系全体の凝固変数と定量的に関連づけるための基本概念を明らかにしたことにより,ひろくデンドライト凝固と第二相の形成の問題を定量化するための一つの考え方を与えている.これにより凝固と材料特性との関係が緊密に関わる,たとえばNear Net Shape CCや各種の介在物の問題に対して有用な考え方を提示していることを述べた.

審査要旨

 本研究は,鉄鋼材料におけるデンドライト組織の形成を急速凝固を含む広い凝固条件の中で捉え,併せてデンドライト樹間に形成されるMnS介在物の成長をデンドライト構造単位との関係で考察し,樹枝間隔ならびに介在物のモルフォロジー・分散状態を一方向凝固・急速凝固基礎実験から連続鋳造に至る広範な凝固条件と定量的に関係づけることを目的としてなされ,6章よりなる。

 I章においては本論文の課題とその背景,目的を述べた。

 II章は比較的S濃度の高い0.6%C・0.1%Si-0,6Mn・極低P・極低Oの中炭アルミキルド鋼(初晶)を使って定常一方向凝固させ,凝固の進行中に固液共存状態のまま焼き入れ,鋼の凝固組織と硫化物系介在物の晶出の進行過程を停止させて,それらが形成されるkineticsを調べた。その結果を従来の研究によって明らかにされている知見と組み合わせて樹枝構造および硫化物系介在物の大きさを凝固条件と関係づけ定量化した。すなわち,定常一方向凝固した鋼デンドライトの一次と二次樹枝間隔1,2tは凝固条件(凝固速度R,温度勾配G)と

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 なる相関関係があることを見出した。この関係式を基礎にしてデンドライト構造単位の大きさから凝固単位胞なる考え方を提示し,凝固単位胞を包絡する14面体の幾何学的な形状から凝固単位胞の体積,14面体の頂点の密度を凝固条件と関係づけた。さらに,デンドライト樹間に晶出するII型MnSの晶出挙動と形態を検討した。II型MnSはTSより数10℃低い温度から晶出を始め,その時の固相率は99%近くである。晶出が始まった時の残存溶鋼の形状は凝固単位胞14面体の頂点部分で塊状となっていること,および,デンドライト形状のMnSのrod径dMnsがデンドライトに関する凝固単位胞体積VSUCあるいは凝固条件と

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 なる相関がある。

 III章では,前章の結果を極低SのCa添加処理をされた溶接構造用アルミキルド鋼の連鋳スラブ柱状晶部に適用して,そのデンドライト構造とMnS介在物の量・大きさ・分布密度を初期溶鋼組成とスラブ部位とから定量的に与えることを検討した。柱状晶部のデンドライト間隔は前章の関係をよく満たした。この結果より,柱状晶部のデンドライトを,局所的な定常一方向凝固の優先成長する樹枝が連続的に拡大する’拡大する凝固単位胞’モデルを展開した。またII章で明らかにしたMnSのモルフォロジーと凝固条件との関係についての知見からII型MnS介在物の樹枝状をなす体積に相当する球の半径と樹枝の径とを初期溶鋼組成とシェル厚との関係で与えた。

 MnS介在物を考える時,CaのS固定作用だけではなくOとの反応も考慮し,またMnS介在物だけでなくクラスター状Al2O3もなくすことが必要なので,Caの酸化物と硫化物に対する影響を考慮に入れて検討した。すなわちデンドライト樹間へのCa,O,S等の元素のミクロ偏析挙動と,残存溶鋼中での溶存CaがCaOとCaSになる生成反応を,平衡論によって定式化し,それを基にして残存溶鋼中のOの活量とSの活量がそれぞれのCa化合物になる割合をOPC,SPCと定義し,その経験式を与えた。すなわち,残存溶鋼中の全固溶OのうちCaOの形成に関与するOの割合OPCと見なしてOPCを初期溶鋼の成分値[Ca]0,[O]0,[S]0,から求めた。同様にSの分配に関してSPCを求めた。これらの関係式とMnS介在物とクラスター状Al2O3の体積分率とを初期溶鋼組成から求める数式を与え,観察結果と対応していることを示した。

 IV章では単ロール急冷法によって鋼および鉄基合金の超急冷薄帯をつくりその凝固組織と超急冷凝固条件との関係を調べ,樹枝間隔と凝固条件との関係はII章,III章で調べた関係式の外挿線上にあることを明らかにした。樹間部には,高炭素鉄基合金の場合はFe3Cが,高炭素系にCr,Mo,Wを添加した鉄基合金の場合にはFe3Cとそれらの合金元素の炭化物とが共存した複合炭化物コロニーが形成され,一方樹枝部は超急冷凝固ままでは残留オーステナイト相であることを明らかにした。また鉄基超合金XF・527の場合には樹枝部は低炭素系のオーステナイトステンレスマトリックスであり,樹間部は複合炭化物のほかNi,CrおよびMoを含んだ複合析出物のコロニーを形成していた。これらの樹間のコロニーは熱的に極めて安定であり,それぞれの合金系の再結晶温度を越える高温での緻密化処理を施しても分離・溶解がほとんど起こらず,バルク化後の材料は微細な結晶組織となり,このような超急冷箔を緻密化したバルク材料は超塑性を示す。超塑性は超微細なマトリックス結晶粒と樹間コロニーとの界面すべりに起因するものであり,いわゆる「べき乗則クリープ領域」の挙動であることを示した。

 V章では本研究で得られた凝固条件とデンドライト樹枝間隔との関係を摂動理論を使って検討し,これらの諸数式の与える値と本研究の実験式の値とが極めて近いものであることを示した。さらに残存溶鋼中でII型MnSが晶出し始めるときの残存溶鋼プールのデンドライト樹間における分散状態をこれらデンドライト成長理論から考察した。

 VI章は本研究の結論である。

 以上を要するに本論文は鉄鋼材料におけるデンドライト凝固と介在物の形成の問題を定量化するための考え方を与えている。これにより凝固と材料特性との関係が緊密に関わる問題に対して有用な考え方を提示し,金属工学の発展に寄与する所が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認める。

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