内容要旨 | | 本研究は,自動車車体用防錆鋼板として高性能を有する亜鉛・鉄族合金電気めっき鋼板,とりわけZn-Fe合金電気めっき鋼板を中心に,その製造プロセス技術開発を目的として,Zn-Fe合金めっき鋼板を高速・高電流密度で安定製造するための操業変数最適化と亜鉛・鉄族合金高速めっきプロセスの電解槽工学的な解明を行ない,その工業電解技術としての実用化を計るための研究成果をまとめたものである. 第1章では,自動車車体用防錆鋼板の市場ニーズより,亜鉛・鉄族合金めっきの研究が行なわれた背景及び目的について述べた.就中,Zn-Fe合金めっき(1913年Cowper-Coles)はZn-Ni合金めっき(1905年C.B.Jacobs)と同様に,比較的歴史の古いめっき技術であるにもかかわらず,それを高速・高電流密度でめっきする高生産性工業電解技術としての完成度は,不十分なものであった.可溶性陽極と不溶性陽極方式との得失比較,また近年ストリップの高速めっきのために開発された各種電解セルについて物質移動の均一性の観点から概括し,最後にストリップ連続めっきへの電解槽工学的手法による研究過程の概要について述べた.即ち,系全体の物質収支・エネルギー収支,電解槽電圧配分構成,電解槽内の陽極・陰極面での電流密度分布・流動状況等の基本課題を,逐次究明して行くべき手順並びに指針として,その方向づけを行なった. 第2章は,ストリップの高速連続電気めっきの限界論についての研究をまとめたものである.いわゆる「鍍金」プロセスは,被覆する原料の「分解過程」→「輸送過程」→「堆積過程」からなる.先ず第一に,「堆積過程」における析出皮膜の健全性に関して,Fischer-WinandのMorphology概念図より,めっき電流密度iが,二つの電気化学的パラメーターである交換電流密度ioと物質移動限界電流密度iLに対して,io<i<iLなる範囲にあることが必須要件であることを明らかにした.次に「輸送過程」に関して,種々の異なった流体系に関して,物質移動係数kMが濃度境界層厚みcの観点から統一的に解釈できることを明らかにした.また湿式電解における究極の絶対限界電流密度が〜104(A/cm2)のオーダーとなることを指摘した.第三に,「分解過程」に関して,外部電源より電気化学的エネルギーを注入できる可溶性陽極方式と異なり,不溶性陽極方式については,めっきすべき金属を含有する原料の化学的溶解速度に律速されうることを示した.第四に,大型連続反応装置における反応密度が〜105(kcal/m3・hr)なる限界値をとるという牧島説との関連において,近年建設された鋼帯の連続電気めっきラインは,その限界値の約半分の反応密度で操業していることが判明した.第五に,鋼帯の連続電解に固有の問題として,ストリップと通電ロールとの大電流供給限界について,通電ロール押込疵発生の観点より数値計算を行ない,通電ロールへの金属付着現象の機構を明らかにした. 第3章は,亜鉛・鉄族合金電気めっきを,高電流密度で,電解槽内を連続的に高速走行するストリップへ行なうことを目的とし,ストリップ(カソード面)でのめっき電流密度分布を数値計算で求め,また,ストリップ表面近傍での局所的液流動分布を水流れ模型実験で求めることにより,ビーカー規模でのめっき挙動と走行するストリップへのパイロット・ラインでのめっき挙動との関係について研究した成果をまとめたものである.ストリップの連続式電解槽における高電流密度下でのストリップ面のめっき電流分布を電流線が一方向性を有すると単純化して,その一次電流分布を数値計算で求めた結果,以下の事が判明した.先ず,電極Lが長く,電極間距離hが狭く,浴抵抗tが小さく,ストリップ板厚が小さいほど電流密度分の不均一性が増すこと,次に,ストリップの板幅方向に形状不良があり板幅ぞりが存在する場合にW字型曲線状のめっき電流分布不均一を生じるが,その電流分布は,電極間距離hが大きく,幅ぞり量bが小さく,かつpassによるその差が小さいほど均一化されること,第三に,省エネルギーのために電極間距離hを短縮する場合には,b/h比が一定となるよう板のめっきセル内の平坦形状もあわせて改善する工夫が必要であることを示した.更には,水模型実験によるめっきセルの速度場の測定,並びにフローセルとパイロット・ラインでのめっき実験を行ない,微量金属イオン・トレーサー法による陰極界面近傍の物質移動状況の把握によって,めっき液流動と合金電気めっき挙動との関係を明らかにし,次のように電解槽設計に適用した.先ず第一に,Zn系合金電析のめっき皮膜均一性を得るためには,電流密度分布の均一化と適切なめっき液吹込みによるRe数の制御を行なうこと.第二に,物質移動係数の長手方向(液流方向)均一化をはかるために,めっき液のストリップ面に対する吹込み方向は,ハード面の設計上で可能な限り水平に近い低角度であること.第三に,高電流密度下のZn系合金電析挙動は,副生するH2ガス発泡による物質移動促進因子()の導入により,Chilton-Colburnの無次元相関式を適用して,現象論的記述が可能となることを実用化に際して十分考慮した. 第4章は,連続めっき設備で生産性良く,高品質のZn-Fe合金めっき鋼板を製造する技術確立を目的として,先ずFeイオン含有Zn合金めっき浴の基礎物性定数の集約,次に高電流密度下での最適めっき条件の確認,また更には,めっき浴流動状況・めっき表面H2ガス発泡作用とめっき皮膜析出安定性との関係の確認等のカソード側電析挙動についての研究をまとめたものである. 先ず,基礎物性定数としてMacMullinの提案に基き,Pourbaix Diagram,標準電極電位,めっき浴の溶解度及び溶解度積,pH緩衡能,pH濃度依存性,電気伝導度,密度,粘度,拡散係数等々について調査収集を行なった.次に,低Fe組成めっき皮膜並びに高Fe組成めっき皮膜の各々について,Zn-Fe合金めっき皮膜組成制御の観点から,製造条件の最適化をはかるための諸因子の影響を明らかにした.組成安定性の点からは,0.6(A/cm2)以上の高電流密度側での操業,硫酸アルミニウム添加によるめっき浴緩衡剤の選定,陰極界面pH均一化のための物質移動制御等が重要であることを明らかにした.第三に,めっき表面近傍での物質移動に関して,副生するH2ガス気泡による顕著な促進作用を確認した.めっき電流効率低下の点で副生H2ガス発生は望ましくないものであるが,Zn-Fe合金めっきの物質移動限界電流密度の大幅な向上がみられることから,ある程度の副生H2ガス発生は,むしろ,合金めっきの高電流密度操業上で有益であることが,判明した. 第5章は,Feイオンを含有する合金めっきを行なう場合の,実生産設備でのめっき浴管理方法について提案することを目的として,第4章において研究したZn-Fe合金電気めっきのカソード反応に加えて,アノード反応,原料供給反応.反応等のめっき系全体の物質収支に関する研究をまとめたものである.先ず,アノード反応,カソード反応,イオンの空気酸化反応,原料供給系などの系全体の諸反応を明らかにした.次に,Feイオンを大量に高fluxでめっき浴へ供給するには,希硫酸によるFe溶解か高濃度のめっき浴によるFe溶解が化学的溶解法として実用化しうることを示した.第三に,電解槽中での生成速度は,反応が物質移動律速であることに着目して,アノード面での酸化速度をカソード面での還元速度との差により決定されることを指摘し,生成率なる無次限数により規定できることを示した.第四に,めっき系全体で生じうるイオンの空気酸化速度が〜3.7×10-9(mol/cm2・s)であることを確認した.これは,陽極面でのイオンの酸化速度〜6.2×10-4(mol/cm2・s)に比較して極めて小さいfluxであるが,めっき浴中に巻き込まれる気泡や飛散する液滴の総表面積が総陽極面積に比べて極めて大きいため,電解セル設計如何によっては,生成上で無視できない量となりうることをパイロット・ラインで実証した.第五に,系全体で生成したイオンの処理方法としては,イオン供給すべき金属のめっき液との反応による還元方式が,Feイオン大量供給の見方からも,技術的・経済的に有利であることを明らかにした.第六に,上述の金属溶解・還元方式におけるめっき系全体の物質収支式を導出し,実生産設備でのめっき浴イオン管理方法を提案した. 第6章は,陽極におけるイオンの酸化を防止する目的で,陽極室の電解質としてH2SO4を選び,陰イオン交換膜のSO42-選択透過性を利用して,Zn-Fe合金めっき浴中での反応を抑制しつつ,電解質で生成したH2SO4でFe,Zn等の金属粒を高fluxで溶解する,隔膜電解技術の開発に関する研究である.陰イオン交換膜を透過するSO42-イオンの輸率が,陽極室中のH2SO4濃度の単調減少関数であることに着目して,Zn-Fe合金めっきのカソード側電流効率FとtSO42-の値とが合致するようH2SO4濃度を設定すれば,めっき浴中でのイオンの生成を抑制しつつ系全体の物質収支を維持できることをビーカー規模での実験で確認し,更にパイロット・ラインでのめっき実験で実証した.また,めっき電流密度として,〜1A/cm2レベルでの高電流密度操業においても,膜間電位差は〜1V程度でおさまり,かつ,イオン交換膜荒れも防止しうることを確認した. 以上述べた本研究成果は,Zn-Fe合金電気めっき鋼板を高速・高電流密度条件で製造するための量産技術確立に有効であったばかりでなく,合金電気めっき鋼板を高品質・高生産性で製造するストリップの高速電解竪型槽として,国内2ライン,米国2ライン,英国1ライン,総計5ラインが稼動し年産約150万Tonの生産を行なっており,鉄鋼業の表面処理分野に対して多大な貢献をなした. |